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157:ジョン・ハンター無くして近代外科は語れない 血管疾患(5)(望月吉彦先生) - ドクターズコラム

メディカルコラム

望月吉彦先生

更新日:2022/03/14

ハンターが活躍していた時代、ロンドンで馬車の御者に多発していた職業病とは

前回までイギリス人医師ジョン・ハンター(John Hunter、1728-1793が医学を学んだ時代には、本当の人体臓器の位置や血液の流れなどが、かなりわかってきたことをお示ししました。しかし、臓器の位置や血液の流れがわかっても病気の治療にそれが結びついたわけではありません。

当時、病気でお亡くなりなった方を解剖することで様々な病気の原因がわかってきました。例えば、胃の辺りに「できもの」があり、次第に食事が摂れなくなり衰弱してお亡くなりなった方を解剖すると胃に腫瘍が見つかり、食事が摂れなくなって死亡した原因は胃に腫瘍ができたからだといったごく初歩的なことが解明されつつあったのです。現代の「病理解剖」です。

このように解剖で病気が解明できるようになったのもハンター医師の功績が大きいのです。ハンターが診ていた患者さんのうち多くの方が死後ハンターによって解剖されることを希望したからです。この辺り、ハンターと患者さんとの関係は「理想的」です。

御者

様々な病気の中で比較的早期から病気の診断が可能であったのは体表面に近い血管の病気です。体表面に近い箇所にある動脈は触れることができます。足の血管が閉塞すれば脈が触れなくなり、足の血管に動脈瘤ができれば「瘤(こぶ)」は触ればわかります。
ハンターが活躍していた時代のロンドンで馬車の御者(ぎょしゃ:馬車に乗って、馬をあやつる者)には、ある職業病が多発していました。その病気は「膝窩動脈瘤(しっかどうみゃくりゅう)」です。膝の裏にある血管が膨れて動脈瘤となる病気です。

なぜ御者だけがこんな病気になるかというと、御者の履いていた膝まで覆うような乗馬用の靴が原因でした。硬い乗馬靴が膝窩動脈に当たって動脈を損傷して動脈瘤を生じさせていたのです。現在なら外傷性動脈瘤に分類されます。

我々がよく見る動脈硬化性の動脈瘤とは原因が違います。足の動脈瘤なんて軽い病気だと思うかもしれません。しかし、動脈が膨れ上がってくると痛みを生じ、やがて破裂して死に至ります。

当時、この乗馬靴が原因の「外傷性膝窩動脈瘤」に対して2つの手術が行われていました。

  • 膝窩動脈瘤の生じた足を切断する
  • 膝窩動脈瘤の中枢側、末梢側の血管をしばって膝窩動脈瘤を切除する

この2つの方法です。しかし、どちらの方法を行っても極めて死亡率が高かったのです。本格的な麻酔法が始まったのが1846年のことですから無麻酔で行われています。手術器具などの「消毒」も始まっていません。1.の方法で足を切断しても出血や感染で死亡することも多く、たとえ助かっても片足になってしまいます。2.の方法で動脈を縛っても動脈瘤の近傍で縛るのですから、血管はもろくなっていて出血が止まりません。つまり失血死してしまうのです。どちらの方法も良い方法とは言えません。

前回ご紹介したようにハンターは死亡率の高い手術は行わない主義でした。そういうハンターにとって、1.も2.も良い手術とは思えなかったのでしょう。別の手術を考案します。天才的発想の手術です。

その手術は「膝窩動脈瘤となっている痛んだ血管には触れないで治療する」方法です。膝窩動脈瘤となって弱く脆くなっている血管よりももっと中枢側(心臓に近い側)の健常部分の血管(硬い御者靴で損傷されない部位の血管)を縛る方法です。

当時、こんなことを考えた外科医はいませんでした。動脈を縛ればその先の臓器は「壊死:えし」すると思われていたからです。これは私の推測なのですが、ハンターは数千体の死体を解剖していますので、一部の血管が詰まっても別な道(側副血行路)が生じている、そういう死体を見たのだと思います。

ハンターは手術を行う前に2つの実験をしています。

  • 犬の大腿動脈を露出、血流が見えるまで血管剥いてみる
  • 若い雄鹿の頸動脈を縛り、角がどうなるか観察した

この2つの実験をしたのです。
1.は動脈の構造をよく知らないとできません。動脈は内膜、中膜、外膜の3層構造をしています。ハンターは「多分」、動脈の外膜を剥がして中膜と内膜だけにして血流が見えるまで血管壁を薄くしたのです。そして数週間後に改めてこの血管を見てみると元通りになっていたのです。つまり、正常な血管なら損傷を受けても修復することがわかったのです。
2.はどうしてこんなことを思いつくのか常人には理解不能です。鹿の角は頸動脈から供給を受けて大きくなります。
頸動脈を縛れば角の血流は悪くなること、その血流が回復するかどうかの観察が「角なら」容易であることを思いついたのでしょうか?普段から多くの動物を飼育して観察していたから思いついたのでしょうか?
鹿の頚動脈をしばると角(つの)は血流が流れなくなりますので冷たくなりました。しかし、数週間すると元通りの暖かさになり、動脈を縛っていない側、つまり正常側の角の生育と同様な生育を認めたのです。これは縛った血管の周りに側副血行路(バイパス)ができたことを意味します。側副血行路ができていることを血管に色素をいれて確かめています。

このような実験を繰り返し、膝窩動脈瘤よりも中枢側の動脈を結紮(けっさつ)すれば、

  • 膝窩動脈瘤への血流が減ることにより破裂の危険が少なくなること
  • 膝窩動脈より末梢の血流は、数週間すれば側副血行路ができて歩行もできるようになること

と確信したと思います。実に合理的、科学的ですね。

実際に手術を行います。手術は公開されました。1785年12月12日のことです。階段式に見学者が手術を見られるようにした「劇場型手術室」で手術を行いました。患者の大腿の内側で膝よりも上の部分の皮膚を切開して大腿動脈を露出し、この動脈を4本の糸を用いて縛ったのです。4本というところが、私は凄いと思います。1本や2本では縛った血管が再開通する可能性がありますが、4本ではまず再開通することはないと思います。さらに用意周到なことにハンターは傷口を閉鎖していません。もし術後、血流途絶による足の壊死が生じそうだったら縛った糸を外すつもりだったのです。わずか5分でこの手術を終わらせています。
この手術を見ていた若きイタリア人外科医パオロ・アサリーニが、この手術の詳細な記録を残しているので細かいところまでわかります。

この手術記録には「ピンセットの柄の部分を用いて大腿動脈だけを露出した」と記されています。私もこの部分の大腿動脈の手術はたくさん行いました。動脈を露出するのは簡単ではありません。大腿動脈の周りには静脈や神経があるからです。今でもハンターの行った手術を5分で行うのは至難の業です。しかし数千体の解剖をしていたハンターには容易だったのでしょう。ちなみにハンター医師が手術に使った大腿内側の部分は特殊な構造をしています。内転筋管と言いますが、ハンター医師に敬意を表して「ハンター管」とも呼ばれています。

この手術も、もちろん、無麻酔で行われています。さぞかし痛かっただろうと思いますが、患者さんにとっては「痛み」よりも「膝窩動脈瘤破裂による死への恐怖」の方が勝っていたのでしょう。
この手術をうけた患者さんの回復は劇的でした。膝窩動脈瘤は小さくなり、痛みを感じないようになり、普通に歩けるようになりました。2年後に別な病気でお亡くなりになりますが、ハンターはいつも通り裏ルートを使ってこの足を手に入れます。きれいに側副血行路ができていました。
この足はロンドンにあるハンテリアン博物館の「P275」という標本となっています。この手術をうけて50年も長生きした方の脚の標本もあります。こちらは「P279」という標本です。どちらも見ることができます(文献2.参照)。

この手術はヨーロッパ中に広まりました。死亡率もそれまでに行われていた手術に比して圧倒的に低かったのです。こういう革新的な手術の話を読んでいると眠れなくなります(笑)。

今でも膝窩動脈瘤の手術は厄介です。手術をするなら痛んだ膝窩動脈に対して、

  • 動脈瘤となっている膝窩動脈を大伏在静脈(足の静脈)で置換するか
  • 人工血管で置換するか
  • ステントグラフト治療を行うか

の3択です。私は主に1を行っていました。長期開存率に問題があります。いずれにせよ、良く動く箇所であること、圧迫されやすい箇所であること、日本人特有の「正座」の問題などもあり治療は簡単では無いです。

膝窩動脈瘤を紹介しましょう。外傷性では無く、動脈硬化性です。この部位にできることは稀です。

図1:膝窩動脈瘤は黄色矢印部分
図1:膝窩動脈瘤は黄色矢印部分
本写真は以下から引用しました。Creative Commonsです。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK541115/figure/article-27.image.f5/

図2:ハンターが行った手術(膝窩動脈の中枢側を4本の糸で縛る)の模式図
図2:ハンターが行った手術(膝窩動脈の中枢側を4本の糸で縛る)の模式図
動脈瘤よりも中枢側(心臓側)にある動脈をしばれば血流が途絶えて動脈瘤は小さくなります。

図3:今なら膝窩動脈瘤部分を大伏在静脈や人工血管などで置換またはステントグラフト治療
図3:今なら膝窩動脈瘤部分を大伏在静脈や人工血管などで置換またはステントグラフト治療
注:黄色部分は代用血管またはステントグラフトを示しています。

図4:このような場所に使われる人工血管
図4:このような場所に使われる人工血管です。
わかりづらいですが折れ曲がっても閉塞しないように
血管の周りにプラスチック製のリングが数mmおきに配置されています。

【参考文献】

  • 解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯(河出文庫)2013年
    ウェンディ・ムーア著、矢野 真千子(訳)
  • ハンターの設立した自然史博物館はハンテリアン博物館(Hunterian Museum, Royal College of Surgeons)として現在まで残っています。ナチスドイツによるロンドン空襲で標本がかなり損傷してしまいましたが、今でも貴重な標本が多数残っています。今回ご紹介した手術を受けた「歴史的な足」も標本として残っています。現在改装中で2023年に再開する予定だそうです(https://www.rcseng.ac.uk/museums-and-archives/hunterian-museum/)。

追記:

このような血管手術が日本にも伝わり、世界最初の動脈瘤切除術は、なんと日本で行われました。この日本で行われた手術は世界を代表する血管外科の教科書にも紹介されています。いつか、ご紹介しましょう。

望月吉彦先生

望月吉彦先生

所属学会
日本胸部外科学会
日本外科学会
日本循環器学会
日本心臓血管外科学会
出身大学
鳥取大学医学部
経歴
東京慈恵会医科大学・助手(心臓外科学)
獨協医科大学教授(外科学・胸部)
足利赤十字病院 心臓血管外科部長
エミリオ森口クリニック 診療部長
医療法人社団エミリオ森口 理事長
芝浦スリーワンクリニック 院長

医療法人社団エミリオ森口 芝浦スリーワンクリニック
東京都港区芝浦1-3-10 チサンホテル浜松町1階
TEL:03-6779-8181
URL:http://www.emilio-moriguchi.or.jp/

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