望月吉彦先生
更新日:2024/06/11
先日、遠藤章先生逝去の報を知り、驚きました。文献から遠藤先生の偉大なご業績をひも解き、追悼とします。
コレステロールを下げるお薬「スタチン」を世界で初めて発見したのは遠藤章先生です。
スタチン発見の経緯などを紹介いたします。
遠藤先生は東北大学農学部を1957年に卒業、三共製薬(現:第一三共)に入社。1966-68年、アメリカのアルバートアインシュタイン大学に留学。留学中と帰国後に2つの仮説を思いついたとあります(文献2など)。
解説:
肝臓でコレステロールが合成されるときに使われる酵素の一つがHMG-CoA還元酵素(3-Hydroxy-3-methylglutaryl coenzyme-A reductase)です。この酵素の働きを阻害する物質が見つかれば、肝臓でコレステロール合成ができなくなる。そうなれば血中のコレステロール値は低下し、動脈硬化の進行を遅らせることができるのではないかと、遠藤先生は考えたのです。元に戻ります。
上記2つの「仮説」を思いついた遠藤先生は様々な実験、探索を行いました。その一端を紹介します。
1971年:2.の仮説を実証するためHMG-CoA 還元酵素阻害物質の探索を開始します。
三共の中に発酵研究所(有馬洪所長)が作られ「菌類からHMG-CoA 還元酵素阻害物質を見つける」プロジェクトを立ち上げました(1971年から2年間の期限付き)。
1973年7月:コンパクチンの発見。
遠藤先生が菌類の探索を始めてから2年、6000!もの菌種を探索。探索終了間際の1973年7月に青カビ(Penisillium citrinum Pen-51) から ML-236B (コンパクチン)を発見。なお「京都の米屋の米から得たものと書かれているものを見受けますがそれは間違い」とこの青カビを三共に持ち込んだ古谷航平氏が経緯を書いています。少し長くなりますが、引用します(文献11より)。
「私は社内で一人菌をいじっていましたが,本格的に教えを請いたいと思い終業時間後や休暇をとって、しばしばひそかに国立衛生試験所(現:国立医薬品食品衛生研究所)に行って同所の一戸正勝研究員にいろいろと教えてもらっていました」
「消費者に渡る前の各地産の米を国立衛生試験所で検査を行っていました」
「検査後の廃棄するカビが生えたシャーレなどがたくさん置かれていました」
「その中にP. citrinumと思われるカビがありました.P. citrinumは寒天培地中に黄色い色素を出すことは一つの特徴ですが、これは色素を出していませんでした」
「何か変わった株なのではと思いいただて帰りました」
「そのため、その菌株は京都産の米に由来するとわかっているのです。1967年の春だったと記憶しています」
「遠藤さんは帰国し社内での研究を開始しましたが、当初からコレステロールに関する研究であったと思います。そこで、私がいろいろな基質から分離してためておいたカビを彼に提供しました。そのうちの1株が上記のアオカビだったのです」
古谷航平さんが、終業後に国立衛生試験所に行っていたこと、ちょっと変わった青カビを三共に持ち帰らなければコンパクチンは見つからず、スタチン発見は遅れたかもしれないですね。
さて遠藤先生は、当初、このコンパクチンはコレステロール低下作用を持つだろうくらいの認識だったそうですが、ラットにコンパクチンを投与したところ、コレステロール低下作用が認められたため、
1974年6月7日:コンパクチンのコレステロール低下作用について特許出願。論文も直ちに書いています(文献9.10.)。
コンパクチンは、あのペニシリンと一緒で、青カビから発見されています。それゆえ、スタチンは「動脈硬化のペニシリン」とも称されます。
1974-76年:コンパクチンをラットに投与した実験開始。
この世界初のスタチン(HMG-CoA 還元酵素阻害剤)のコンパクチンですが、培養細胞ではコレステロール合成を阻害するのですが、ラットではコレステロールの低下作用が見られませんでした。これはラットのコレステロールが正常だからで、血中コレステロール値が高い雌鶏を使った実験では、コンパクチンでコレステロールが見事に下がりました。その後、コンパクチン投与でサルでも犬でも血中コレステロール値が下がることがわかり、1976年から非臨床試験が開始されます。
1976年:三共はメルクと秘密保持契約をむすびコンパクチンをメルクに提供。
1976年12月:コンパクチンがHMG-CoA還元酵素阻害作用をもつ物質であることを示した論文が掲載される(文献10)。この論文こそ、遠藤先生が世界初のHMG-CoA還元酵素阻害物質(つまりコンパクチン)を発見したことを示す論文です。
1978年2月2日:世界で最初のスタチンによる臨床使用が阪大で行われる。
大阪大学病院の山本章先生から18歳の家族性高脂血症(血中コレステロール値が1000)の方にコンパクチンを投与して治療をしたいという申し出があり、有馬所長と遠藤先生の独断でコンパクチンを山本章先生に提供、山本先生が患者さんに投与したところ、劇的に改善しました。今なら、こんなことはできないでしょうね(文献12)。
1978年8月:しかしラットに超高容量のコンパクチンを投与すると、肝細胞に微細結晶が生じることがわかり、一時実験は中断。後に通常の使用量では問題ないことが解るが、三共はコンパクチンの開発を中止。
1978年11月:メルク社はカビの一種である「アスペルギルス・テレウスAspergillus terreus 」からコンパクチン同族体(=コンパクチンと似た構造と作用をもつ物質の意味)であるメビノリンを発見。
1978年末:遠藤章先生、三共を退職、東京農工大に移る。
1979年2月:遠藤章先生は、紅麹菌(Monascus ruber M1005)が産生する物質にコレステロール低下作用があることを発見、この物質をモナコリンKと命名し、特許出願。1979年2月20日。
1979年6月15日:メルク社はメビノリンの特許出願。
1979年10月:メビノリンとモナコリンKは同一物質と認定され「ロバスタチン」と命名。遠藤先生の方が特許出願は早いのですが、発見した日はメルク社の方が早いのです。そこで「モナコリン=メビノリン=ロバスタチン」の特許は先願特許の国(特許を出願した日を優先する国、米国を除く先進国)では遠藤先生に特許があり、先発明主義(発見日を優先)の国ではメルクにあります。
1979年11月:遠藤章先生は「モナコリン=メビノリン=ロバスタチン」の特許を三共に譲渡。しかし三共はロバスタチンの開発は行わなかった。先願特許の国ではこの物質(ロバスタチン)の特許は三共にあり、そのために、メルクのロスバスタチンの開発が遅れたとあります(文献3)。
1979年:コンパクチンを投与した犬の尿中から、コンパクチンよりも生理活性の高い「プラバスタチン」を三共の辻田代史雄が発見。
1980年6月:プラバスタチンの特許出願。
1987年9月:メルクから「ロバスタチン(商品名:メバコール)」が商業販売開始、これが世界初の商業スタチンです。なお、このお薬は日本では未発売です。
年度不明(1980-1985年頃?):コンパクチンからプラバスタチン合成に必要な物質を作る放線菌(Streptmyces carbophilus)を三共の研究者が発見。この菌は、たまたま、三共の土壌採集グループがオーストラリアの栄養源の少ない土壌を持ち帰りその中から見つかった菌です。この菌はコンパクチンを効率よく水酸化してプラバスタチンを合成することが解り、この菌を用いての工業化に三共が成功。プラバスタチンが世に出たのはこの「菌」が見つかったからだと思います。このことはあまり知られてはいませんが、日本放線菌学会の平成2年度の学会賞を受賞しています。それくらい重要な発見だったと思います(文献5.6.)。
つまり、プラバスタチン合成には二つの菌
が関与していることがわかります。「コンパクチンを産生する」青カビが、偶然、三共の研究所にあり、「プラバスタチンの工業化に必須」の機能を持つ放線菌を含んだオーストラリアの土が三共にあったとは、言葉にはできないくらいの不思議を感じます。「神様」はどこかにいるのではと思わずにはいられないです。
1989年3月:三共の「プラバスタチン(商品名:メバロチン)」は薬事承認され、同年10月から販売開始されます。世界で二番目に商業販売された「スタチン」です。
多くのスタチンが発見され、世界中で使われるようになりました。そのスタチンの大元は、繰り返しますが、1973年に遠藤章先生が発見した「コンパクチン」です。スタチンは、高脂血症、脂質異常症治療のゴールデンスタンダードとなり、多くの人の命を救います。 遠藤先生の業績を眺めていると、何かを発見すると直ちに、
がわかります。コンパクチンで特許を取っていなかったら、医療の世界、薬の世界だけではなく、大げさに言えば日本経済に影響があったと思います。
そういう大きな功績に対して、世界中から、賞賛を浴び、様々な賞を授けられています。受賞した主な賞を挙げます。
日本国際賞、文化功労者、マスリー賞、アルバート・ラスカー臨床医学研究賞、ガードナー国際賞などを授けられています。ただ1つだけ受賞すべきだった「賞」が無いのが残念ですが、そんな表彰はともかく、これからも多くの人命を救うであろうお薬(スタチン)を発見した偉大な生涯でした。 合掌
多数の文献がありますが、代表的なモノを挙げておきます。
文献9.10.こそ、スタチン発見の文献です。リンク先をたどればどなたでも読めます。
望月吉彦先生
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