望月吉彦先生
更新日:2019/3/25
このページには、症例を紹介する医学的な資料として、開心術中の写真があります。苦手な方はお気を付けください。
段々と暖かい日も増えてきました。
「冬」(寒いと血管が収縮し血圧が上がります)や、日によって気温の変動が大きい「季節の変わり目」には心臓血管疾患が発症することが多くなります。心筋梗塞(しんきんこうそく)、大動脈瘤破裂(だいどうみゃくりゅうはれつ)、大動脈解離(だいどうみゃくかいり)、といった病気です。
今回から数回、血管の病気についてお伝えしようと思います。
最初に「高血圧を放置するとどうなるか?」をお目にかけましょう。
写真1は「大動脈解離」という病気によって血管の内膜が裂けた上行大動脈を示します。
この患者さんは、高血圧未治療の方でした。高血圧によって、大動脈が裂けるのです。
以下、医学的な資料として、開心術中の写真がありますので、ご注意ください。
写真1:大動脈解離により血管の内膜が裂けた上行大動脈
大動脈解離で生じた裂け目
写真2は「大動脈解離(だいどうみゃくかいり)」によって上行大動脈に孔(あな)が開いて大出血を起こしているところです。
この患者さんも、高血圧を放置していた方です。
写真2:大動脈解離により上行大動脈に孔が開く
大動脈破裂部と破裂した大動脈から噴出する血液
高血圧が引き起こす大動脈の病気の多くは発症するまで全く症状がありません。「大動脈解離」は、この写真でお示ししたように動脈の内膜が裂けたり、動脈の破裂を引き起こしたりします。何かの拍子に血圧が高くなるとこのように血管に裂け目が生じます。裂け目が生じるまでは全く症状がありません。
助かった方に聞くと「裂けた瞬間」がわかります。曰く「会議中に怒った時」、「囲碁をしていて悪手を打った瞬間」、「車を暴走させていた時(暴走族の方でした)」、「イラッとした瞬間」、「調理をしていて神経を使っていた時」、「悪いやつを懲らしめようと乗り込んだ時」、「あの時!」というようにハッキリとわかります。要するに血圧が「グッと上がるようなこと」とともに発病しています。それまでこのような病気が発症するとは、誰も思っていません。怖いですね。自分にも他人にも大動脈解離がわかるような症状が生じた時は、写真1、2のような重篤な状態に陥ってしまいます。
「血圧なんて簡単」「血圧なんて、治療の必要があるの?」などと思わずに十分にお気を付けください。
それはさておき、今回は「血液の循環」という根源的な話を紹介します。
血液は体中を巡り回ります。これを「循環」と称します。
「循環」は2系統あります。
の2つです。こんな図を見たことがあるかも知れません。
図1
血液は、
左室 → 動脈 → 末梢血管 → 毛細血管 → 静脈 → 右房 → 右室 → 肺動脈 → 肺静脈 → 左房 → 左室
と流れ、そしてまた
左室 → 動脈 → 末梢血管…
と流れます。
赤字部分は酸素に富んだ動脈血が流れ、青字部分は静脈血が流れます。
と言います。今は中学生の理科の授業で習います。
イギリス人医師 ハーヴェイ(William Harvey:1578 - 1657年)が「循環」を発見しました。医学上の大発見です。Harveyは「ハーベー」「ハーベイ」、「ハーヴェイ」、「ハーヴェー」などと表記されますが、本稿では岩波文庫で使われている「ハーヴェイ」を使います。
写真3
ハーヴェイは「血液が体の中を循環する」ということを発見し、「Exercitatio anatomica de motu cordis et sanguinis in animalibus」という本の中でそのことを発表しました(参考文献1)。1628年に刊行されました。原著はラテン語で書かれています。1628年というと、日本は江戸時代で三代将軍家光の時代です。ハーヴェイが「血液が体の中を循環する」ことを発見するまで、血液が体の中を循環するとは考えられていませんでした。
話は全く変わりますが、2003年、日本ハムの監督に就任した「ヒルマン監督」は就任時の記者会見で「ギリシャの哲学者アリストテレスの哲学に沿った野球をやれば勝てるようになる。アリストテレスの精神が野球に必要だ」と語っていました。プロ野球の監督がアリストテレスのことを話していたので、びっくりしました。
ヒルマン監督が指揮を執った2003年の日本ハムのキャッチフレーズはなんとギリシャ語の「Ethos Pathos Logos」でした。ギリシャ語のプロ野球チームのキャッチフレーズなど、前代未聞でしょう。
ヒルマン監督は野球を勝ち抜くためには、
この3つが必要だと説いていました。
アリストテレスは「人を動かすには、エトス、パトス、ロゴスの3つの要素が必要である」と説いています。これは、アリストテレスの3要素と言われています。ヒルマン監督は、これを伝えたかったのですね。
「プロ野球で勝ち抜くにはアリストテレスの哲学を理解することが必要だ」と言われて、当時の日本ハムの選手は目を白黒させたのでないでしょうか?
日本ハムはこの年(2003年)こそ5位でしたが、「Ethos Pathos Logos」の精神が伝わったせいか、2006年には日本一になっていますし、2007年にもパリーグ優勝をしています。2007年に、ヒルマン監督は勇退しています。
話を戻します。
「アリストテレスの哲学」と「血管」には大いに関係があります。アリストテレスは、血液の流れや血管の役割について詳細な記述をした本を遺しています。
西洋の学問はギリシャ哲学から始まっています。ソクラテスからプラトンへ、プラトンからアリストテレスという流れです(注:ソクラテスの同時代人に医学の祖「ヒポクラテス」がいますが、ヒポクラテスは哲学者ではありません。医師です。また別系統の話になるので今回は触れません)。
アリストテレスの師匠プラトンは「精神」について論じています。目に見えない「精神」だけを論じていました。ですから「プラトニックラブ」はプラトンに由来します。
一方、アリストテレスは目に見えないモノ(精神)だけでは無く、「目に見えるモノ」も観察して「動物誌」「動物部分論」という本を残しています。その中に心臓や血管への考察が書かれています。
ちなみにアリストテレスは、ギリシャのアテネにあるプラトンが作った学園「アカデメイア」で学んでいます。今、「アカデメイア」、「アカデミー」という言葉がよく使われますが、その元がこの「アカデメイア」です。元は「アカデマス(アカデモスとも言う)」という人が所有していた森があった場所に学園を建てたので「アカデメイア」の名前が付いたのです。「佐藤さんの土地」に学校を作ったから、その学校名を「佐藤」としたようなモノですね。
それはさておき、プラトンやアリストテレスが心臓や血管についてどのように考えていたのかをお示しします。
プラトンは「心臓は血液の泉で血液の動きは心臓から起こる」と説いています。部分的には合っています。
アリストテレスは「心臓には魂が宿り、プノイマ(生気とも霊気とも訳されています)を作り、そのプノイマを全身に送り出すために心臓から血液を送り出す」としています。「プノイマ」が大切だったのですね。もちろん、「プノイマ」は実在しません。
プラトンやアリストテレスのこういった考えは、それから400年後のギリシャ人医師「ガレノス」に受け継がれます。ガレノスは膨大な医学論文を残し、後世の医学に多大な影響を与えました。ある部分は正しく、ある部分は間違っています。何しろ紀元後160年頃の話です。間違ったのも仕方ありません。
ガレノスは、心臓、血管、循環については間違った記述をしています。
ガレノスは以下のようなことを説いていました。
これらは全て間違いです。
しかし、これが、後世に伝わり、心臓や血管への基礎概念となっていたのです。このガレノスの考えは1628年、ハーヴェイによって正しい血液循環が示されるまでの間、つまり1400年も信じられていました。ガレノスの時代には人体解剖が許されていませんでした。だから間違ったのも仕方ないでしょう。
次回へ続く。
ヒポクラテスの名言のひとつに「哲学を持った医師は神に近い」という言葉があります。ヒルマン監督は日本ハムファイターズを初めて日本一に導きました。
日本ハムファンにとっては「哲学をもった野球監督は神に近い」と言えるかもしれません。
重要な注:フランス在住の言語学者、小島剛一氏より、下記(1)(2)のご指摘があった。
(1)「プノイマ」は、pneumaのことだとすれば、ドイツ語式の読み方が奇異です。ラテン語のpneumaもギリシャ語の πνεῦμα も「プネウマ」と読みます。
望月注:「プノイマ」はpneumaのドイツ語読みだと思います。最近の文献には「プネウマ」と記されているモノも多いのです。本来なら、ギリシャ語の読み方を尊重して、「 プネウマ」と記すべきだと私も思います。本文はあえて変更しません。将来的にギリシャ読みの「プネウマ」が一般的になって欲しいです。
(2)「アカデーメイア」の語源になった固有名詞は、ギリシャ語で Ἀκαδημος と綴りますから、カタカナ転写は「アカデーモス」です。
望月注:ギリシャの地名ですから、本来「アカデーモス」と表記すべきですね。
外国地名の表記は難しいですね。「北京」を日本人はペキンと読みます。ピンイン表記は「Beijing」です。北京在住の中国人はこれを「ペイチン」と発音し、英語圏の人は「ベイジン」と読みます。さて、日本人はこれをなんと読めば良いのでしょう。難しいです。
望月吉彦先生
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