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139:血管疾患(5) 血管外傷 ナイフでめった刺しにされて(望月吉彦先生) - ドクターズコラム

メディカルコラム

望月吉彦先生

更新日:2020/10/05

※注意:今回は手術の写真がたくさん出てきます。血が苦手な方はお気をつけください。

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今回はかなり珍しい血管の病気というか、血管外傷について紹介します。血管をナイフで刺されてしまった患者さんの話です。
以下図1を参照しながら、お読みください。

図1
図1

手術途中に呼ばれた救急室、そこで見たモノは…

頚動脈という言葉を聞いたことがあると思います。左右2つの頚動脈があります。左右で少し違いがあります。右の頚動脈は大動脈から出る腕頭動脈という太い血管の枝です。体格にもよりますが、腕頭動脈の長さは5cmくらいあります。「腕」「頭」と称され右手と右頭部右側へ動脈血を送る太い血管です。腕頭動脈は右総頚動脈と右鎖骨下動脈に分かれます。左側には腕頭動脈は無く、大動脈から直接、左総頚動脈と左鎖骨下動脈が分枝します。首に手を当てて触れる動脈は左右の総頚動脈です。右側の総頚動脈より心臓に近い方、つまりかなり奥にあるのが腕頭動脈です。そのため、腕頭動脈の手術は少し難しいのです。幸い腕頭動脈単独の病気はあまりありません。

話は変わります。時々、包丁やナイフなどの刃物で人を刺したりする事件が報道されます。心臓や血管も刃物で損傷を受けることがあります。心臓を刺されて、病院に搬送されてきた方を何人か見ました。ほとんどは即死です。心臓を刺されるとその場で、ほとんどの方はお亡くなりになってしまいます。病院に搬送された時点で死亡している時は手術ではなくて「解剖」に回されることがほとんどです。そのような場合は「事件」ですから、東京都なら監察医務院で司法解剖になり、東京都以外は、各都道府県にある大学の法医学教室での司法解剖を受けることになります。当たり前ですが、刺されたけれど病院に来た時にお亡くなりになっていない場合は、手術の対象になります。

以下本稿の主題に入ります。
上述のごとく、普通は「腕頭動脈」を触れることはできません。10数年前の某月某日、午前9時に私は腹部大動脈瘤の手術を開始しました。腹部の皮膚を少し切開したところで、救急部長のQ先生から電話が入りました。直ちに救急室に来てくれという連絡です。どうやら、血管にキズを負った患者さんが救急車で搬送されてきたようです。しかし、私はすでに手術を開始していたので、一旦は断ったのですが、再三再四救急室に来てくれという連絡が入り、仕方なく、一時手術を止めて、手術室を出て、1階の救急室に向かいました。そこで見たモノは……

※以下に手術の写真があります。血が苦手な方はお気をつけください。

写真:救急室で見たモノ

紫⾊のゴム⼿袋をつけて患者さんの⾸に指を⼊れているというQ救急部⻑の姿でした。救急室内には、救急部の医師、看護師はもちろんのこと、救急隊員や多数の警官がいて騒然としていました。多くの医師が凄い勢いで輸血をしていました。最初は何が何やらわからなかったのですが、皆さんの話を総合すると、どうやらこの患者さんは

  • 二十歳になったばかりの女性であること
  • 早朝から開いている食堂の店員さんであること
  • 開店準備をしていた時に強盗に襲われ体中を刃物で「めった刺し」にされた(らしい)こと
  • 倒れていたところを後から来た店員に発見されたこと
  • 来院時は意識が無かったこと
  • 来院時の血色素量が2.0しか無かったこと(正常は10以上です)
  • 来院時脈が触れなかったこと
  • 瞳孔が散大していること
  • 私が救急室に来た時点でも意識が無いこと
  • 来⽉、結婚式を挙げる予定であること、その結婚相⼿がこの患者さんの⾜元にいること

などが解ってきました。確かに体中に大小さまざまな切創(きりきず)がたくさんあり、出血しています。救急部の先生が総出でキズの止血を行っていました。
問題は首に刺さっている救急部長の指です。

Q救急部長に「Q先生の指はどこに入っていて、何をしているのか?」と聞いたら、

Q部長曰く
「来院した時は、首に普通の切り傷があると思っていた」
「点滴ルートを確保し、輸血を行ったところ、今、指で押さえているところの奥から、⾎液がどんどんと湧き出してきた」
「どうやら腕頭動脈が刃物で切られているらしい」
「指で腕頭動脈を圧迫しているが、いつまでも押さえておくわけにはいかない」
「切れた腕頭動脈を修復して欲しい」
とのことでした。

要するにこのQ部長の指先の奥でには刃物で傷つけられている(らしい)腕頭動脈があり、そこからの出血を止めて欲しいということでした。
これは無理だと思いました。修復するには、腕頭動脈周囲を露出しないと修復できません。少しでも指を動かせば大出血します。外傷学の教科書にも載っていないようなシチュエーションです。意識もありません。瞳孔も完全に散大しています。手術をして止血ができたとしても、脳に後遺症が残る可能性も高いのです。
しかも、私は他の人をすでに「執刀」していたのです。心臓から遠いところの血管損傷なら、手術は容易です。しかし、今Q部長が指で押さえているのは、胸の中にある腕頭動脈です(普通は触れない)。

色々と考える間もなく、この腕頭動脈損傷の手術は無理であることをQ部長に伝えました。私と同じで、呼び出されていた整形外科の先生も、脳神経外科の先生も頭を振るばかりです。私は執刀していた手術に戻ろうとしました。そうしたら、この患者さんの足元にいた婚約者の男性が、「なんとしても助けてくれ」「来月結婚するのだから助けてくれ」とすがりついてきました。しかし、無理なモノは無理なのです。この男性に手術ができない理由を説明しました。
「太い動脈が損傷されている。胸の奥深くにある血管であり、この部位の手術は普通でも難しいこと」
「手術をするにはQ部長の指を退かさないといけないが、指を退かしたら大出血すること」
「来院時の血色素量が2.0しかない、つまり一度大量に出血しているので血圧も低く、すでに脳損傷を生じているであろうから、たとえ手術をしても回復は見込めないであろうこと」
などを説明しました。
手術は難しい(できない)と説明しましたが、彼は納得しません。

申し訳ないけれど、あとは救急部の先生にお任せして自分の手術に戻ろうと思ったのです。そうしたら、この男性は患者さんの説明を始めたのです。
「彼女は捨て子だ。孤児院で育てられた」
「彼女の人生で楽しいことはほとんど無かった」
「中学を卒業してからずっと働いていた」
「縁があって俺と付き合うようになって結婚することになった」
「彼女は俺と結婚して初めて家族ができるんだ」
「その結婚が来月だ!」
と言って、だからなんとかして欲しいと、大きな声で何回も懇願するのです。

こういう社会的背景を聞くと「なんとかしてあげたい」と思うのが人情で、私の頭にも感情にもスイッチが入りましたがどうしようもないものはどうしようもないのです。

その場で思いついた手術方法

そうこうしているうちに、他のキズ(大小取りまぜて40箇所くらい)の止血操作や輸血により、血圧が回復してきました。脈も触れるようになってきました。
しかし、刃物で切られている(と思われる)腕頭動脈からの出血を止めないとどうにもなりません。Q救急部長の指を少しだけ外してもらったら、もの凄い勢いで血液が噴出しました。やはり損傷していると思われる腕頭動脈を修復するのは不可能だと思いました。噴出する血液を避けながら体の奥にある動脈の縫合をするのは不可能なのです。
しかし、解決方法が天から降ってきました。ある方法を思いついたのです。いつも行っている心臓手術の方法を応用すれば容易に腕頭動脈に到達できることに気づいたのです。

図2
図2

緑で囲まれている部分は胸部にあります。胸の骨の下にあり、通常は目に触れません。胸骨の下に緑色の部分があるのです。心臓外科医は、この部分の手術を行っています。つまり腕頭動脈に達するには、いつも行っている胸骨正中切開を行えば良いことに気づいたのです。

図3
図3

図3:手術の説明図、というかその場で思いついた手術方法
胸骨を電気ノコギリで縦切りにする正中切開を行い(くどいようですが心臓外科医なら誰でもできる方法です)、腕頭動脈根部を胸部から露出し、腕頭動脈に止血鉗子をかけて血流を遮断し、裂け目からの出血を減少させて、その間に裂け目を修復する。そういう手術です(注:5分くらい、右側の頭部に流れる血流を遮断しても問題ありません)。

図3のような手術をすれば、助かるかもしれない。少なくとも止血はできるかもしれない。
しかし、それを行うには、現在すでに執刀した腹部大動脈瘤の手術を止めなくてはいけません。困ったなと思っていたら、消化器外科の先生方が、腹部大動脈瘤手術のお手伝いを申し出てくれたのです。それで腹部大動脈瘤の手術は遂行できるだろうと言ってくれました。
しかし、私が行おうとしている血管外傷の手術は、いつもの心臓血管外科のスタッフと行うことができません。しかし、折良く、呼吸器外科の先生に連絡がつき一緒に手術ができることになりました。呼吸器外科医ですから、胸部を開けるのは慣れています。助かりました。少なくとも手術はできるだろうと思いました。
そして、図3のような手術を行うことを、麻酔科の先生、手術室の看護師さんに伝え手術準備をして頂きました。平日の午前中でした。通常その時間、手術室はフル稼働しています。この時、折良く手術のキャンセルがあり、一部屋手術室が空いていたのです。物事が進む時は、こういう「運」もあります。
「この患者さんと結婚する予定の方」に手術方法を説明。大きなキズが胸に残るけれど、救命にはこれしか手がないことを説明し、了解して頂きました。そして、Q救急部長に指で止血してもらいながら(最初の写真の状態)、1階の救急室から上階の手術室へ移動しました。

胸部を消毒し、呼吸器外科の先生と一緒に手術を開始しました。胸部の皮膚をまっすぐ切り、胸骨を専用の電気ノコギリで切開し、腕頭動脈の根元を慎重に剥離します。なんとか、腕頭動脈にテープを巻くことができ、テープを補助にして血流遮断鉗子を腕頭動脈にかけて血流を止めました。

※リンク先に手術の写真があります。苦手な方はお気をつけください。

図4:手術中の写真1 ※リンク先
胸骨正中切開を行い心臓側から腕頭動脈を露出して、テーピングして、腕頭動脈の血流を遮断した時の写真です。

この時点でQ部⻑の指を外してもらいましたが出⾎しませんでした。目論見通り「出血は止まった」のです。刃物で損傷を受けていた⾎管が⾒えました。腕頭動脈は刃物で、きれいに、切れていました。切れている部分の腕頭動脈の末梢側にも血流遮断鉗子をかけて完全に血流を止め、千切れそうになっていた腕頭動脈を、細いポリプロピレン糸を用いて縫合し血流を再開しました。出血は完全に止まりました。一気に血圧が安定しました。

図5:手術中の写真2 ※リンク先
刃物で千切れそうになっていた部分の上下を血管遮断鉗子で血流を止めます。

図6:手術中の写真3 ※リンク先
細いポリプロピレン糸で損傷部を修復したところ、指で持っている青い糸は修復に使用したポリプロピレン糸です。

ほかの部位の止血も、慎重に行い胸骨をワイヤで寄せて胸を閉じ手術は終了しました。手術記録を見直したら、1時間で手術を終えていました。皮膚表面にある多くの切創(刺されてできたキズ)を縫合して、完全に手術が終わったのは、それから1時間くらい経ってからでした。
問題は、手術後に意識が戻るかどうか、あるいは後遺症が残るかどうかです。感染症も心配です。とても、とても心配でした。
しかし、手術後1日目にやや意識が回復し、2日目には完全に意識が回復しました。意識が回復した時の婚約者のものすごく喜んでいる様を見て、少し「うるっと」しました。そして3日目には食事が食べられるようになりました。2ヵ月のリハビリが必要でしたが、あまり大きな障害も残らず退院できました。

なお入院中にこの患者さんは刺した犯人の顔も思い出したのです。たまに食堂に来るお客さんだったのです。早朝の食堂では若い女性店員が一人しか働いていないことを知っていて強盗に入り、レジにあるお金を強奪しようとしたのです。
しかし、店員がお金を渡さなかったので、持っていたナイフでいきなりあちこちを切ったり、刺したりして、レジからお金を盗んだのです。怖い話です。犯人がすぐに見つかったので警察関係の方にとても感謝されました。もし患者さんがお亡くなりになっていたら、犯人は捕まらなかったかもしれず、今もこの犯人は市中をうろついていたかも知れません。
なお、この患者さんは予定より数ヵ月遅れましたが、無事結婚式を挙げることができてお子さんも授かりました。外科医人生の大きな思い出の一つです。
「人生あきらめが肝心」と言われますが「外科医は諦めが悪い方が良い」と思っています。

なお、この方が助かったのはもちろん私だけの力ではありません。

  • 第一発見者の方が素早く救急車を呼んでくれたこと
  • 直ちに現場に駆けつけた救急隊の皆さん
  • 血圧が測れない状態でも輸血路を確保してくれた優秀な救急部の医師、看護師の皆さん
  • 輸血をすぐに用意してくれた輸血部の皆さん
  • 採血データを迅速に出してくれた検査部の皆さん
  • 腕頭動脈からの出血を止めてくれていたQ救急部長
  • 腹部大動脈瘤手術のお手伝いを買って出てくれた消化器外科の先生
  • 一緒に手術をしてくれた呼吸器外科の先生
  • 麻酔を引き受けてくれた麻酔科の先生
  • 手術の補助をしてくれた手術部の看護師さん
  • 手術後の治療を一緒に行ってくれた集中治療部の医師、看護師の皆さん
  • 手術を懇願した「婚約者の熱意」

その他、実に多くの方の助けがあり手術が上手くいったのです。
感謝の意を表明して稿を終わります。

後日談1:Q部長がこの症例を救急医学会に発表したら、大絶賛を受けたそうです。私も行けば良かった。
後日談2:早速論文にしようと思って論文検索をしたら、アメリカでは腕頭動脈の損傷が結構あり、私と同様な方法での修復例が10数例すでに論文になっていました。ですから論文にはなりませんでした。残念です。
後日談3:「先生は犯人からも感謝されて良い」と警察関係の方に言われました。患者さんが死亡していたら、犯人は「殺人罪」となっていたからです。
注:孤児院という言葉は正式名称ではありません。平成10年以降は「児童養護施設」と称されます。
注:個人情報を伏せるため多少の改変をしています。

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望月吉彦先生

望月吉彦先生

所属学会
日本胸部外科学会
日本外科学会
日本循環器学会
日本心臓血管外科学会
出身大学
鳥取大学医学部
経歴
東京慈恵会医科大学・助手(心臓外科学)
獨協医科大学教授(外科学・胸部)
足利赤十字病院 心臓血管外科部長
エミリオ森口クリニック 診療部長
医療法人社団エミリオ森口 理事長
芝浦スリーワンクリニック 院長

医療法人社団エミリオ森口 芝浦スリーワンクリニック
東京都港区芝浦1-3-10 チサンホテル浜松町1階
TEL:03-6779-8181
URL:http://www.emilio-moriguchi.or.jp/

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