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傷病手当金の制度上の社会的治癒、再発、転移とは サバイバー伝授!がんとお金(4)

がん治療終了後の「療養周辺費」を補ってくれる社会保障の制度として、会社員や公務員は傷病手当金を受給できます。卵巣がん経験者の大塚美絵子さんに、この制度を理解するための3本柱のうち、前号では「病気になったときの強い味方」についてお話してもらいました。今回は残り2つの柱について注意すべきとしています。それは「傷病手当金が貯蓄の性質をもつ」、「再発や転移と社会的治癒という概念」です。

傷病手当金、会社人事が詳しくないケースがあるので要注意

大塚さんも、「自分が病気になるまでは、傷病手当金の実務について詳しく知りませんでした」と話しています。会社の方からは制度について一切説明はなく、入院中に同室の人から教えてもらって初めて申請を決意したといいます。しかし、会社に連絡すると、人事から予想外の回答が返ってきました。

「あなたは、要件を満たさないので、傷病手当金の支給対象になりません」

不思議に思いましたが、「仕方ない、退職したからしばらくは失業手当(失業保険ともいいます)でしのごう」とハローワークへ行ったところ、「働く能力(=状態を意味する法律用語)がない人には支給できません」といわれました。
当時は治療の行方もよくわからないなか、失業保険、傷病手当金ともにもらえないと言われて、奈落の底に突き落されました。
そこで、会社の就業規則や健康保険組合の傷病手当金の規定を読み直したところ、受給権があることを確認、しかし会社に再度問い合わせても、やはり回答はNO。そこで都の労働局に相談して、やっと受給にこぎつけました。
労働局の相談員の話では、「傷病手当金は保険組合の事務なので、会社人事が詳しくない場合や、規定の解釈を間違えてしまう場合もある」とのことでした。

勤める人が毎月納める健康保険料は貯蓄、遠慮せずに手続きしましょう

傷病手当金の制度を知っていても周囲への遠慮から申請をためらう方もいらっしゃいます。病欠で迷惑をかけているのに申し訳ないというのです。
「私も、休職あけの同僚に対し、マネジャーが『俺たちが睡眠時間を削って働いて、お前がゆっくり休むためのお金を稼いでいたんだぞ、割に合わないな』と言うのを耳にしたことがあります」と大塚さん。
しかし、これはマネジャーの理解のほうが不正確なのです。傷病手当金の元となるお金は毎月の給料から差し引かれる健康保険料です。従って、給付される傷病手当金は「健保銀行」に自分が積み立ててきた貯蓄と言い換えることもできます。傷病手当金をもらっても「収入」とはならず非課税であることも納得できますね。
自分の貯金を取り崩すのに、他人への遠慮はいりません。休んだ分は、しっかり療養して元気に回復し、働くことで恩返しすればよいのです。
記事「がん社会保障、知ることは力なり サバイバー伝授!がんとお金(1)」をモットーに社会保障を理解して、自分から積極的に行動を起こしましょう。黙っていたら、もらって当然のお金がもらえません。

休職中に出社するともらえなくなることに注意

傷病手当金は、出社すると打ち切られる場合があることに注意が必要です。出社という事実をみて、健保組合などが就労可能と判断する場合があるからです。
治療でしばらく休職後、結局、退職することになった人が、挨拶と引継ぎのため退職日に無理して出社したところ、「退職時には就労可能であった」と評価されて、退職後の傷病手当金が打切られたという悲劇も実際にあったようです。
挨拶や引継ぎのために無理して出社し、結果的に体調を崩す、傷病手当金も打切られる、これでは本末転倒です。人事との交渉は病院か自宅近くで行いましょう。元気になってから、改めて挨拶のために出向くのは失礼なことではありません。

社会的治癒と再発、転移との関係を理解すべき

あまり意識されていませんが、医学上の用語と社会制度上の用語が異なることは、よくあることです。
がん医療における「治癒」も、その一つ。医師は、がんに関しては容易には「治癒」と表現せず、治療終了後数年経つまでは「寛解(かんかい)」と表現します。ところが、人事は「えっ、まだ治癒していないの?」ということで、「復職させる」「しない」で押し問答になる場合があります。
また、傷病手当金は、元気を回復し受給が終了した場合、同じ疾病で再度受給することはできません。そこで、再発・転移の場合に一悶着が起きることがあります。
再発・転移は、医学上は「同じ」疾病と扱われるようです。例えば、乳房を全摘後、肺に転移したという場合、病巣は肺でも乳がんは乳がん、しかも原発のときと「同じ」がんだそうです。
しかし、傷病手当金の制度に関していえば、再発・転移により再度療養する前に職場復帰し、定められた期間働いていれば、最初のがんは社会通念上「治癒」したとみなし、再発・転移後のがんは「別の疾病」として扱うのです。
これは、単なることばの問題ではなく、患者さんが傷病手当金を受給できるか否かに関わってきます。
先生によっては、「医学的に不正確な言葉を使いたくない」という方もいらっしゃるようですが、そういう場合、患者さんが「概念の相対性(医学的意味と法律的意味は異なる)」と、「患者の生活がかかっている」ことを説明して、適切な書類を書いてもらいましょう。
最後になりますが、大塚さんから下記のメッセージです。

受け取れる権利があるので知識を蓄えて積極的に行使、恩返しは元気になってから

がん治療で休職しているかたにとっては大変な時期ですが、自分でいろいろ調べて知識を蓄えること、権利があることには積極的に行動を起こさないといけません。
今は、病院の相談支援センターや、知識をサポートしてくれる患者会やNPOもいろいろあります。
開業しているファイナンシャル・プランナーさんもいらっしゃいますし、リンパレッツでも情報提供をおこなっております。いろいろなことが重なるので大変な時期ではありますが、先輩サバイバーやピアサポートをうまく頼って、経済的不安を軽減することが大切です。

リンパレッツロゴ

大塚美絵子さん

2012年に卵巣がんを発症したサバイバーさんです。ご自身は、がんと闘った経験から、リンパ浮腫(むくみ)対策などの弾性ストッキングやスリーブなどを販売するお店をしています。
がん患者さんを支えるために相談会や講演といった、さまざまな活動に励んでいます。
大塚さんのお店やブログ

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公開日:2019/06/14