疾患・特集

がんの話題にタブーがない海外 がん経験者が国際学会で受けた衝撃とは(3)最終回

国際がんサポーティブケア学会に参加した、卵巣がん経験者の⼤塚美絵⼦さんに学会を振り返ってもらいました。⽇本と海外のがんに対する意識のさまざまな違いが印象に残りましたが、今回は話題にタブーがないこと(遠慮することや隠すことがないこと)について紹介します。

治療の打ち切りをはっきりと宣告

「積極的治療の終了とその告知法」をテーマに掲げるセッションがあったのは驚きでした。なぜなら、日本でも、積極的治療の終了を宣言が広まったもののトラブルも少なくないので、明確な終了宣言をだすことの功罪について、さまざまな意見が交錯しているからです。
ところが、聴講したセッションでは、医師が治療打ち切りの宣告することを前提に、宣告のタイミングや部屋の様子、医師のことば遣い、誰を同席させるかなどについて議論が交わされていたのです。
上映されたデモビデオでは、患者さんもすんなりと終了宣言を受けいれていましたし、参加者も終了宣言には誰も疑問を呈しませんでした。
セッション終了後、その驚きをオーストラリアやカナダの看護師さんにぶつけたところ、

看護師(オーストラリア):あれはデモビデオだからよ。現実はすんなりとはいかないワ。多くの患者さん・家族が「何とかしろ」と食い下がるし、セカンドオピニオンを求めて走りまわって大変なのよ。
看護師(カナダ):そうね。「治療は打ち切り」と言われても患者さんの側は簡単に受けいれないわ。患者さん本人が受け入れても、家族が反対することもあるわね。

というわけで、治療終了宣言に対する患者さんや家族の反応は世界共通のようでした。しかし、それでも治療終了宣言は「原則としてする」のだそうです。そこに文化や信条の違いを感じました。
さらに、日本では医師から治療終了と言い渡された患者さんや家族が、時として法外な値段の民間療法に走るという問題があることを話すと、先の看護師さんたちは「ありえない!!」でした。
欧米にも、さまざまな代替・補完療法は存在します。しかし、合理的な費用で世界標準(ゴールドスタンダード)の治療が受けられる環境にありながら、エビデンスの乏しい超高額の民間療法に走る患者さんが存在するということは、オーストラリアやカナダの看護師さんには理解不能だったようです。

尊厳死も話題に!

ウイーンの学会では、「Euthanasia」(尊厳死)をテーマとして掲げるセッションもありました。
がん治療の進歩はめざましいですが、それでも4割弱が5年以内に亡くなるという現実があります。
ですから、どのようにして最期を迎えるのかはサポーティブケアの重要なテーマのはずですが、日本では患者さんも医療者もなかなか「Euthanasia」(尊厳死)ということばを公の場では口にできません。それを規律する法律や倫理基準も整備されていません。
日本の現状に照らすと、1000人以上が参加する大きな学会で「Euthanasia」が堂々と議論されていることは衝撃を受けました。

治療終了宣言といい、尊厳死といい、日本では話題にすることがタブーに近いテーマにについても、活発な議論が繰り広げられていました。

ヘソ下問題もあけっぴろげに議論

大腸がんや、婦人科、泌尿器科などのがんを治療すると、「Below the waist」(仮にヘソ下とします)に排泄や性生活といったさまざまな問題が生じますが、恥ずかしさから、なかなか相談しづらいもの。大塚さんも、「主治医はすばらしい人格者でしたが、相談しにくいことはありました」とのことです。
ところが、学会では女性医師が多くの参加者を前に「若い婦⼈科がん患者には、セックスアドバイザー(sexologistなど)をサポートメンバーとして加えるべき」と堂々と提案していたのです。
パキスタンの婦人科の女医も「私が積極的に悩み相談に乗っているわよ」と話していました。ノルウェーの看護師さんは、大腸がんの男性患者から「人工肛門が夜の楽しみの邪魔になるくらいなら、手術はしないでくれ」と懇願された話をしてくれました(結局、抗がん剤治療だけにしたそうです)。
たしかに、排泄や性生活の問題はQOL(生活の質)や人生設計を決める重要な要素です。ときには、離婚や家族の断絶につながることもあります。しかし、日本では個別対応はしていても、公の場で堂々と議論されるのというのはあまり聞きません。
「私も、気がついたら『ヘソ下問題』を議論していました。ただ、国際学会では英語で議論するのは平気なのですが、日本語で話すのは恥ずかしくて…」(大塚さん)

経済毒性「financial toxicity」?

がん治療が患者さんに与える影響を議論するセッションで、「financial toxicity」という言葉が使われていたのにもショックを受けたそうです。
「financial toxicity」とは、直訳すると「経済毒性」。患者さんの経済的な負担が大きいことを意味します。たしかに、がんを治療すると経済的な負担がのしかかってきますが、それにしても「toxicity=毒性」はきつい表現です。
それまで聞いたことがなかったので、発表者の造語だと思っていたのですが、検索してみたら何とNational Cancer Institute(米国立がん研究所)のサイトに用語の定義が掲載されていました。
「financial toxicity」という⾔葉に対して⼤塚さんは、
「⽇本でも、がんを治療すると少なからぬ経済的負担が⽣じますが、国⺠皆保険制度に加えて⾼額療養費限度額などの制度のおかげで、医療機関への⽀払いは『毒性』を⽤いるほどではありません。ありがたいことです」

頭のてっぺんから足の先まで医療も生活もトータルサポート

⼤塚さんは、2018年の国際がんサポーティブケア学会を楽しんだようですが、実は最初は参加をためらっていたとか。
「実は、学会のホームページに参加資格のなかに『患者』という項目が無かったのです。『Others(その他)』として申込みましたが、会場入り口で追い返されないか、少々不安でした」
では、会場で医療資格がないことで、嫌な思いをしなかったのでしょうか?
「まったく逆でした。世界中の医師・看護師・薬剤師など医療者のかたは、歓迎してくださいました。こちらには「実体験」という武器(?)がありましたからね、むしろ質問攻めにあったほどです」

最後に、患者さん、経験者(サバイバー)さんに向けてメッセージです。

大塚さんのメッセージ:がん経験者(サバイバー)も積極的に参加してみては?

治療はCure、Control、Comfortのバランスが重要なことや副作用対策、議論のテーマにタブーがないことなど、日本と海外の違いばかり述べましたが、もちろん共通点もたくさんありました。それに、各国の参加者の意見を聞くと、日本の医療の良い面を再認識できました。
なにより、世界中の医療者・研究者が、がん治療に伴う諸問題を、医療だけでなく、生活・経済・メンタル・人生観などあらゆる面にわたってトータルでサポートしようと努力していることがわかり、たいへん心強かったです。
サバイバーのかたは時間がとれれば、学会に参加することをおすすめします。多くのかたの努力に勇気づけられますよ!
2019年は、国際がんサポーティブケア学会が6月21~23日に米・サンフランシスコで、国内の日本がんサポーティブケア学会は9月6・7日に青森で開催されます。

大塚美絵子さん

2012年に卵巣がんを発症したサバイバーさんです。ご自身は、がんと闘った経験から、リンパ浮腫対策などの弾性ストッキングなどを販売するお店をしています。
がん患者さんを支えるために相談会や講演といった、さまざまな活動に励んでいます。
大塚さんのお店やブログ

■参考記事

公開日:2018/12/28