「規則正しい生活をしましょう」、「早寝早起き」、皆さんにも子供の頃に親から言われたり、教室に標語として貼られていたりという記憶があると思います。今ではそのようなことはないのかもしれませんが、少なくとも私たちが子供の頃はそうでした。その理由について深く考えたことはありませんでしたし、当時はゲーム機もスマホもない時代でしたから、夜遅くまで起きているようなこともありませんでした。生活のリズムが変わったのは、受験勉強をするようになってからでしょうか。夜遅くまで頑張る夜型、朝早起きして頑張る朝型の2つのタイプがありました。授業中に居眠りすることはありましたが、若いこともあって、調子が悪くなるようなことはありませんでした。皆さんも同じような体験をしていると思いますが、実は、生活リズムも乱れというのは人の体や心の健康にとって大問題なのです。ここでは、心や体の健康と生活リズムの関係について、比較的新しい研究を紹介します。 目次 生活リズムの乱れは健康に悪い影響を与える 生活リズムを整える治療はうつ症状の改善を促す 板倉先生ワンポイントアドバイス 生活リズムの乱れは健康に悪い影響を与える 私自身は受験勉強で生活リズムが乱れても大丈夫だったと書きましたが、本当に若ければ影響を受けないのかという点を明らかにした研究があります。 この研究では、夜型の若者を対象に、複数要素で構成されるSleep Health Composite Score(睡眠の健康度を測る複合的な尺度)と、精神面と身体面の健康度との関係性を調べています*1。対象となった若者の平均年齢は14.77歳ですから、中学生です。 Sleep Health Composite Scoreは7日間の睡眠日誌と自己評価点数から計算され、今までの研究と専門家の意見を合わせた境目の点数に照らし合わせて「good」と「poor」の評価が決められました。一方、健康度については自己評価、医師の評価、保護者の評価、身体検査の結果を総合して判定されました。 その結果、Sleep Health Composite Scoreがgoodなグループは感情的、認知的、社会的な健康障害リスクが低く、身体症状、肥満、気分障害、不安障害などが少ないことがわかりました。このような結果に基づいて、睡眠の健康度は若者の心や体にも影響すると結論づけられました。 生活リズムを整える治療はうつ症状の改善を促す 米国では、退役軍人を対象にした研究が行われました。軍人は、訓練の時は規則正しい生活を強いられますが、戦場では生活リズムを守ることは不可能でしょうし、さまざまな理由で退役後も夜型になる人が多いようです。この研究では、行動学的睡眠療法、簡単に言えば夜型を朝型に変えて生活リズムを整える方法の効果が研究されました。 その結果、朝型にシフトできたグループは、うつ病症状や睡眠の質に改善が見られたと報告されています*2。また、この研究を行った医師たちは、朝型、夜型というのは生まれつきではなく、環境の影響も受けるということも言っています。 双極II型うつ病(双極性障害なのですが、うつ病が前面に出ている)患者さんを対象に、対人関係および社会的リズム療法の効果を試した研究があります。患者さんを、この治療法と抗うつ薬を併用するグループ、プラセボを併用するグループに分け、20週後の症状の変化を比べています。 その結果、2つのグループとも治療開始前に比べて20週後に症状が明らかに改善していました。2つのグループの比較では、抗うつ薬併用グループの症状改善はプラセボグループより早かったものの、薬による副作用が出てしまっていました*3。また、自分の受けている治療法が好ましいと考えた患者さんでは、よい結果が得られていました。 このことから、乱れた生活リズムを整えることは、患者さんにその方法が歓迎されれば、うつ病によい影響を及ぼすと言えそうです。 ヒトの体では、睡眠・覚醒のリズムがあり、覚醒時には身体活動と食事などの動作を刻むように作られています。ヒト以外の動物でも同様に生活リズムを持っています。このリズムは脳や体内臓器の機能維持に大切です。従って、生活リズムの乱れが、肥満や精神・神経機能などに影響してきます。健康で幸福感の高い生活をおくるためには生活リズムの調整をはかることが大切です。 ■参考文献 *1:Dong L, et al. Sleep Health 2019; 5(2): 166–174 *2:Hasler BP, et al. Behav Sleep Med 2016; 14(6): 624–635 *3:Swartz HA, et al. J Clin Psychiatry. 2018; 79(2): doi:10.4088 公開日:2021/04/13 監修:芝浦スリーワンクリニック名誉院長 板倉弘重先生
普段とは人が変わったように「気分が昂ぶる」「おしゃべり」…。躁状態が軽い「軽躁状態」の場合は異変が目立ちにくく、双極性障害が見過ごされている可能性があります。 目次 うつ病患者の10人に1人が、実は双極性障害 「自殺したい」という気が起こる前に、家族が気づいてあげたい 受診を勧めづらいときは、まずは家族だけで病院に相談に行くという手も 加藤忠史先生から家族へのメッセージ うつ病患者の10人に1人が、実は双極性障害 双極性障害はうつ状態と躁状態、2つの気分の波を繰り返す障害です。双極性障害に特徴付けられる躁状態では、普段とは人が変わったように「気分が昂ぶる」「おしゃべり」「やたらと社交的になる」「眠らないでも平気で動き回る」といった気分・行動の変化が認められ、それが昂じると仕事や人間関係に支障をきたしてしまうこともあります。うつ病で苦しんでいる患者さんの中に、以前に躁状態になったことがある、という方はおられないでしょうか?特に、躁状態が軽い「軽躁状態」の場合は異変が目立ちにくく、見過ごされている可能性があります。しかし、うつ状態のうつうつとした気分を経験している本人にしてみれば、躁状態のときはむしろ調子が良く、本来の自分の姿だとさえ感じられます。そのため躁状態の症状は自覚しにくく、また家族も本人の元々の性格によるものだと思い込んでいると、異変になかなか気づけません。 うつ状態で受診したとき、以前に躁状態があったかどうかを医師に伝えることは、双極性障害の診断ではとても重要です。しかし、もう何年も前に1、2週間あっただけのハイな状態が、現在のうつ病の治療に関係があるなどとは多くの方はご存じありません。そのため、以前に躁状態があったことを伝えず、本当は双極性障害なのに、うつ病と診断されるケースは少なくありません。うつ病と診断されている方の10人に1人が、実際には双極性障害であるとも言われています(文献1)。うつ病と診断され、双極性障害の適切な治療を受けられないと、症状の悪化を招くこともあります。受診の際は本人だけでなく、家族をはじめとした周りの方も、普段からの変化をきちんと医師に伝えることが大切です。 「自殺したい」という気が起こる前に、家族が気づいてあげたい 双極性障害は躁状態とうつ状態を繰り返すため、躁状態でいつも以上にやる気に満ちていても、やがてはうつ状態に転じます。このとき、躁状態のときの自分の振る舞いを思い返して、自責感に駆られて深刻に思いつめてしまうことがあります。思いつめた結果として最悪の場合、自殺に至るケースもあります。双極性障害では、うつ病よりも自殺が多いと言われています。 そこまで至らなかったとしても、双極性障害は再発を繰り返しやすいため、適切な診断を受けないと適切な治療が遅れ、結果として再発が起きやすくなり、再発を繰り返すことが社会的な後遺症となって、その後の生活を苦しいものにしていきます。また、双極性障害は摂食障害、不安障害、アルコール依存との合併もしばしばみられますので、要注意です(文献2)。治療が遅れれば遅れるほど、社会復帰が難しくなってしまうのが双極性障害なのです。 受診を勧めづらいときは、まずは家族だけで病院に相談に行くという手も たとえ本人に躁状態の自覚がなくても、家族が異変を感じたら、精神科の専門医の受診を勧めましょう。受診を勧めても病院に行きたがらないときは、家族が皆で集まって説得することで、納得してくれることもあります。また、上司や恩師など、本人が信頼する目上の人の言うことであれば、勧めに応じてくれることもあります(文献3)(文献4)。受診を勧めることに抵抗があったり、本人がなかなか勧めに応じなかったりした場合、まずは家族だけで病院に行き、医師やケースワーカーに相談してもいいでしょう(本人のカルテは本人が行かないと作ってくれませんが、多くの場合、何らかの形で相談に乗ってくれます)。 家族から、あのときはひょっとして躁状態だったのかも知れない、として伝えられるエピソードは、医師にとっては、適切な治療を進めるうえでの大きな手がかりとなります。「躁状態の特徴に近いけれど、大きなトラブルが起きたわけではないし、症状として伝えるほどではないだろう」などと思わず、気になることは医師に伝えるようにしましょう。 理化学研究所 脳科学総合研究センター加藤忠史先生から家族へのメッセージ 双極性障害は、躁状態、うつ状態を繰り返す病気ですが、これらは必ず改善して元の状態に戻り、再発予防療法を受けることで、再発のリスクを減らすことができます。しかし、正しい診断が遅れ、適切な治療を受けないままに、躁状態での上司や家族との軋轢、うつ状態での休職等を繰り返すと、これが社会的な後遺症となって、患者さんの社会復帰を妨げてしまいます。躁状態、うつ状態による社会生活の障害を最小限にするためには、なるべく早く適切な診断に至り、正しい治療を受けることが大切です。双極性障害は、以前は、正しく診断されて予防療法を受けるまでに平均10年近くかかると言われ、その間に患者さんは多くの大切なものを失ってしまうのが常でした。しかし、双極性障害の正しい知識が普及し、早期に治療を受けられるようになれば、この期間はもっと短くできるはずです。双極性障害の徴候に早めに気づき、正しい診断を受けることをお勧めします。 参考資料: 文献1:『双極性障害(躁うつ病)とつきあうためにVer.7』(日本うつ病学会) 文献2:『双極性障害(躁うつ病)のことがよくわかる本』(講談社) 文献3:『双極性障害―躁うつ病への対処と治療』(筑摩書房) 文献4:『躁うつ病とつきあう[第3版]』(日本評論社) 監修医: 独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター 総長 樋口 輝彦 先生 九州大学大学院 医学研究院 精神病態医学分野 教授 神庭 重信 先生 ■関連記事 増え続ける不登校、うつ病も増加? 子供が「うつ病」になったら…大人はどうする? 心と脳の病気、糖尿病は関わりが深く合併しやすい うつ病、統合失調症など精神疾患が生活習慣改善により予防できるケースも 公開日:2017年1月10日
気分の落ち込み・感情の高ぶりの波が大きい「双極性障害」とはどのような病気なのでしょうか。 目次 気分の波がみられる、かつて「躁うつ病」と呼ばれていた精神疾患 双極性障害を発症するきっかけとは? 専門医による、早期の正しい診断と治療が必要 家族へのアドバイス 気分の波がみられる、かつて「躁うつ病」と呼ばれていた精神疾患 双極性障害は、気分が高揚し、活動が増える「躁状態」と、落ち込んで、やる気が失せてしまう「うつ状態」という対極にある状態が繰り返し現れる(気分の波)精神疾患です。うつ病が、うつ状態のみがみられる「単極性」であるのに対して、うつ状態と躁状態の両方があることから「双極性」と名付けられました。かつては「躁うつ病」と呼ばれていた病気です。躁状態の激しさに応じて、I型とII型に分類されます。 激しい躁状態がみられます。周囲の人に高圧的な態度をとったり、高額の買い物により借金を抱えたりして、仕事を失う、家庭が崩壊するといった社会的な問題が起きやすくなります。 躁状態がI型のようにはっきりとは現れず、「軽躁状態」と表されます。そのため、躁状態が見逃されやすい傾向があります。 双極性障害を発症するきっかけとは? 双極性障害がなぜ起きるのか、はっきりした原因はまだよく分かっていません。しかし、次のような要因が複雑にからみあい、発症に至ると考えられています。 ●遺伝子 親など、同じ家系に双極性障害の患者がいる人は、双極性障害を発症する確率が高いことから、遺伝も関係していると考えられています。ただし、その家系だからといって、必ず発症するわけではありません(文献1)(文献2)(文献3)。 ●生育歴 幼少期を過ごした環境も、双極性障害の発症に関係すると考えられています。親からの虐待やネグレクト(育児放棄)の経験と、発症との関係は分かっていません(文献1)。 ●ストレス 日常生活で受けるストレスのほかに、身近な人の死・結婚・出産・就職などのライフイベントがきっかけになると考えられています(文献1)(文献2)。 ●性格・気質 社交的で明るく、気配りができる「循環気質」の人が、双極性障害になりやすいと言われています。ただし、几帳面で責任感が強い「執着気質」の人が発症しやすいという説もあり、画一的に判断することはできません(文献1)。 ●その他 生活リズムの変化による睡眠不足、うつ病の薬を服用している人が躁状態になる「躁転」、季節の変化なども、双極性障害を発症するきっかけになると言われています(文献1)。 専門医による、早期の正しい診断と治療が必要 躁状態の人は、それが病気の症状とは思わず、調子が良いとさえ感じるため、自分から通院することはまれです。うつ状態のときに通院しても、躁状態について医師に伝えず、うつ病と診断されることも多くあります(文献1)(文献2)(文献3)。うつ病と双極性障害では、治療に用いる薬が異なるため、うつ病と診断されたままでは、正しい治療を受けられない可能性が高くなります。 双極性障害は最悪の場合、自らの命に手をかけかねない病気であり、早期に正しく診断され、治療を受ける必要があります(文献4)。できるだけ早く正しい治療を受けられるように、精神科や神経科などで専門医に診てもらうことが大切です。 家族へのアドバイス 双極性障害の患者さんに対する家族の接し方は、病状に少なからず影響を及ぼすと考えられます。発症の原因探しをして根拠なく問いつめる、病気に対して偏見をもつといった態度は、患者さんを苦しめることになります。毎日つきっきりで世話を焼いたり、こまごまと口出ししたりせず、かといって患者さんと同じように興奮して言い合いをしたり、腫れ物に触るような扱いをしたりせず、患者さんとはほど良い距離感で自然に接することを心がけましょう(文献1)(文献2)(文献3)。 参考資料: 文献1:『双極性障害(躁うつ病)のことがよくわかる本』(講談社) 文献2:『よくわかる双極性障害(躁うつ病)』(主婦の友社) 文献3:『双極性障害(躁うつ病)とつきあうためにVer.6』(日本うつ病学会) 文献4:『みんなのメンタルヘルス総合サイト 双極性障害(躁うつ病)』(厚生労働省ホームページ) 監修医: 独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター 総長 樋口 輝彦 先生 九州大学大学院 医学研究院 精神病態医学分野 教授 神庭 重信 先生 ■関連記事 増え続ける不登校、うつ病も増加? 子供が「うつ病」になったら…大人はどうする? 心と脳の病気、糖尿病は関わりが深く合併しやすい うつ病、統合失調症など精神疾患が生活習慣改善により予防できるケースも 公開日:2017年1月10日
本当は双極性障害なのに、うつ病と診断されていることもあります。うつ状態のとき、躁状態のとき、双極性障害の症状をチェック。 目次 本当は双極性障害なのに、うつ病と診断されていることも… 双極性障害の主な症状 統合失調症や境界性パーソナリティ障害と似ている点とは? 家族へのアドバイス 本当は双極性障害なのに、うつ病と診断されていることも… 双極性障害の人は、うつ状態が比較的長いため躁状態に気付かれず、うつ病と診断されていることが多くあります(文献1)(文献2)(文献3)。うつ病だと診断された人のうちの約10人に1人が、実際には双極性障害との報告もあります(文献3)。双極性障害では、うつ状態と躁状態の正反対の症状が同時に起きる「混合状態」になることもあります(文献2)(文献3)。次の症状が、ある一定の期間、またはずっと続いていないか、チェックしてみましょう。 症状の中には、周囲の人のほうが気付きやすいものもあります(文献1)(文献2)。本人だけでなく、客観的に見ることができる家族が「以前と違う」と感じるところがないかをチェックすることも勧められます。 双極性障害の主な症状 うつ状態のとき 【1】一日中憂うつで、落ち込んだ気分になる 【2】今まで楽しめていたことが楽しめない 【3】食欲の増加・減少や、体重の増加・減少がみられる 【4】眠れない、早くに目が覚める、寝すぎるなど、睡眠に問題が生じる 【5】話し方や動作が鈍くなる、またはイライラして落ち着かない 【6】何をするにも、おっくうに感じて、やる気が出ない 【7】自分には価値がないように思えて、自分のことを責める 【8】物事に集中できなくなり、決断することができない 【9】死にたい、消えてしまいたいと思うようになる …など 躁状態のとき 【1】以前と違ってハイテンションで、調子が良いと感じられ、怒りっぽくなる 【2】自分は偉い存在だと思う 【3】以前よりおしゃべりになり、とめどなく話し続ける 【4】アイデアが次々と思い浮かぶ 【5】注意力が散漫で、一つのことに集中できない 【6】以前より行動的で、落ち着きがなくなる 【7】不相応に高額な買い物など、無謀と分かりきったことに熱中する …など 出典:『DSM-IV-TR 精神疾患の分類と診断の手引』(医学書院) ほかにも、次のような症状がみられることがあります(文献1)(文献2)。 うつ状態のとき 不安や恐怖の気持ちが強くなる 疲れがとれにくい 考えがまとまらない 不安や恐怖の気持ちが強くなる 以前より仕事の能率が悪い あまり話さなくなる 疲労感や体調不良(頭痛、肩こり、吐き気など)を訴える 身だしなみに気をつかわず、だらしなくなる …など 躁状態のとき 自分はなんでもできると思う 周囲の人より自分のほうが優れていると感じる 爽快で、幸せな気分になっている 自信に満ちあふれ、やる気がある 眠りたいと思わず、ひと晩中活動しても平気 陽気で、冗談をよく言い、よく笑う 無謀な計画を立てる 陽気で、冗談をよく言う 特におもしろいことがなくても、よく笑う 高圧的な態度をとり、人と衝突することが増える …など 統合失調症や境界性パーソナリティ障害と似ている点とは? うつ病のほかにも、双極性障害と似た症状が現れる精神疾患があります(文献1)(文献2)。いずれの場合も症状がまぎらわしく、一度だけの診察で正しく診断するのは困難だと言われています。専門医の下で、継続的に診察を受けることが勧められます。 ■統合失調症 陽性症状(幻覚、妄想など)と陰性症状(感情が乏しくなる、意欲が低下するなど)という二面性がある点や、誇大的な話をする点、興奮状態になる点などが似ています。 ■境界性パーソナリティ障害 人から見捨てられることへの恐怖感や、空虚感があることを除いて、衝動的な言動がみられる、イライラして激しく怒ることがある、不安な気持ちになるなど、多くの共通点がみられます。 家族へのアドバイス 双極性障害の症状の中には、本人より周囲の人のほうが気付きやすいものがあります。特に躁状態の症状は、本人に病気の自覚はなく、むしろ調子が良いとさえ思っている可能性があります(文献1)。思い当たる症状があるときは、受診を勧めてみましょう。場合によっては、まずは家族だけで医師に相談してみても良いでしょう。 参考資料: 文献1:『双極性障害(躁うつ病)のことがよくわかる本』(講談社) 文献2:『よくわかる双極性障害(躁うつ病)』(主婦の友社) 文献3:『双極性障害(躁うつ病)とつきあうためにVer.6』(日本うつ病学会) 文献4:『DSM-IV-TR 精神疾患の分類と診断の手引』(医学書院) 監修医: 独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター 総長 樋口 輝彦 先生 九州大学大学院 医学研究院 精神病態医学分野 教授 神庭 重信 先生 ■関連記事 増え続ける不登校、うつ病も増加? 子供が「うつ病」になったら…大人はどうする? 心と脳の病気、糖尿病は関わりが深く合併しやすい うつ病、統合失調症など精神疾患が生活習慣改善により予防できるケースも 公開日:2017年1月10日
双極性障害は治療が難しく、長引きやすい病気と言われています。治療は家族の協力の下、正しい治療を継続することが大切です。 目次 家族の協力の下、正しい治療を継続することが大切 薬物療法が治療の中心 病気を理解し、対人関係を学ぶ精神療法 家族へのアドバイス 家族の協力の下、正しい治療を継続することが大切 双極性障害は治療が難しく、長引きやすい病気だと言われています。うつ病などの別の病気と診断されて、適切な治療の開始が遅れることが、その理由の一つとして挙げられます(文献1)(文献2)(文献3)。また、もう治ったと思って自己判断で服薬を中断してしまうことも影響していると考えられます(文献2)。双極性障害の治療では、家族など周囲の人の協力の下、医師の指示どおりに薬物療法や精神療法を続けることが大切です。 薬物療法が治療の中心 双極性障害の治療の中心となるのは、薬物療法です。まず気分安定薬を用いるのが、標準的な治療法となっています(文献1)。 双極性障害の主な治療薬 ■気分安定薬 特徴 …気分の波を安定させる薬です。躁状態の改善や、再発予防効果が期待できます。薬剤によっては、うつ状態の改善や、自殺予防の効果も期待できます。 薬剤 …リチウム、バルプロ酸、カルバマゼピン、ラモトリギン※うつ症状はいずれも保健適応外…など ■抗精神病薬 特徴 …不安やイライラを抑え、気持ちを穏やかにする薬です。躁状態の改善や再発予防効果のほか、薬剤によってはうつ状態の改善が期待できます。 薬剤 …オランザピン、アリピプラゾール(うつ症状は適応外)、クエチアピン(躁・うつ両症状で適応外)、リスペリドン(躁・うつ両症状で適応外)…など 出典:『よくわかる双極性障害(躁うつ病)』(主婦の友社) 『日本うつ病学会治療ガイドライン I.双極性障害2012』(日本うつ病学会ホームページ) このほかに、抗うつ薬や睡眠薬などが処方されることもあります。 病気を理解し、対人関係を学ぶ精神療法 病気を理解したり、周囲の人とコミュニケーションをとりやすくしたりする精神療法(心理療法)は、双極性障害の再発予防に有効だと考えられています(文献1)(文献2)(文献3)。主に次のようなことが、薬物療法とともに行われます。 ■心理教育 病気についての知識とともに、服薬の大切さやストレスへの対処法などを、医師等との対話を通して身に付けます。また、再発の予兆をあらかじめ把握しておき、それに気付くことの重要性についても学びます。 ■対人関係・生活リズム療法 現在の人間関係の洗い出しや、周囲の人との会話の練習とともに、就寝時間をはじめとした生活リズムを改善して、再発を防ぎます。 家族へのアドバイス 患者さんの家族が心理教育を受けることもあります(文献2)。家族は、特に躁状態の患者さんの言動や問題行動によって疲れたり、傷ついたりすることがあり、そんなときの対応方法などを学べます。困ったことがあれば、医師に相談しましょう。 参考資料: 文献1:『双極性障害(躁うつ病)のことがよくわかる本』(講談社) 文献2:『よくわかる双極性障害(躁うつ病)』(主婦の友社) 文献3:『双極性障害(躁うつ病)とつきあうためにVer.6』(日本うつ病学会) 文献4:『日本うつ病学会治療ガイドライン I.双極性障害2012』(日本うつ病学会ホームページ) 監修医: 独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター 総長 樋口 輝彦 先生 九州大学大学院 医学研究院 精神病態医学分野 教授 神庭 重信 先生 公開日:2017年1月10日
再発を防ぐためには、治ったと思っても服薬を中断せず続けることが大切です。再発の予兆を把握しておきましょう。 目次 治ったと思っても服薬を中断せず、続けることが大切 つらい副作用が出ても、医師に相談すれば対応してもらうことが可能 再発の予兆を把握しておき、異変を感じたらすぐに受診を 家族へのアドバイス 治ったと思っても服薬を中断せず、続けることが大切 躁状態の人は多くの場合、病気の自覚がなく、調子が良いとさえ思っています(文献1)。そのため、双極性障害の診断を受けても、自分はどこも悪くないと考え、服薬を自己判断で中断してしまうことがあります。双極性障害の薬は症状を抑えるだけでなく、再発予防のためにも服用します(文献1)(文献2)(文献3)。 双極性障害では、躁状態とうつ状態が繰り返されます。躁状態の高揚感が始まると、うつ状態が消えたように感じられ、病気が治ったと勘違いしてしまうケースもあります(文献2)。治ったと思っても自己判断で服薬を中断せず、医師と相談して、服薬をやめる時期を決めることが大切です。 つらい副作用が出ても、医師に相談すれば対応してもらうことが可能 双極性障害の治療薬を服用すると、下痢や食欲不振などの副作用が現れることがあります(文献2)。副作用がつらいと感じたら、自己判断で服薬を中断するのではなく、まず医師に相談しましょう。状況に応じて、薬の量や種類を変えたり、副作用を抑える薬を処方したりする対応をしてもらえます。 再発の予兆を把握しておき、異変を感じたらすぐに受診を 再発を防ぐには、適度に運動したり、徹夜を避けたりして、生活リズムを整えることが大切です(文献1)(文献2)(文献3)。再発の前には、なんらかの予兆が現れることがあります。自分の再発の予兆をあらかじめ把握しておき、その予兆が出てきたと感じたら、医師に相談しましょう。 双極性障害の主な再発の予兆 本人が気付く予兆 うつ状態のとき 今まで楽しめていたことが楽しめない 疲れがとれにくい 何をするにも、おっくうに感じて、やる気が出ない 考えがまとまらない 不安や恐怖の気持ちが強くなる イライラして、気持ちが落ち着かない …など 躁状態のとき アイデアが次々と思い浮かぶ 自分はなんでもできると思う 周囲の人より自分のほうが優れていると感じる 爽快で、幸せな気分になっている 眠りたいと思わず、ひと晩中活動しても平気 …など 周囲の人が気付く予兆 うつ状態のとき 以前より仕事の能率が悪い あまり話さなくなる 食欲が低下する 身だしなみに気をつかわず、だらしなくなる 以前より太る、またはやせる 疲労感や体調不良(頭痛、肩こり、吐き気など)を訴える 睡眠の悩み(眠れない、早くに目が覚める、寝すぎる)を訴える …など 躁状態のとき 金づかいが荒くなる 行動的で、落ち着きがない おしゃべりで、とめどなく話し続ける 無謀な計画を立てる 陽気で、冗談をよく言う 特におもしろいことがなくても、よく笑う 高圧的な態度をとり、人と衝突することが増える …など 出典:『双極性障害(躁うつ病)のことがよくわかる本』(講談社) 家族へのアドバイス 再発の予兆には、本人よりも、周囲の人のほうが気付きやすいものがあります(文献1)。日頃から気を配り、普段と違う様子がある一定の期間、あるいはずっとみられるようなときは、受診を勧めると良いでしょう。困ったことがあれば家族だけで抱え込まず、医師に相談してみましょう。 参考資料: 文献1:『双極性障害(躁うつ病)のことがよくわかる本』(講談社) 文献2:『よくわかる双極性障害(躁うつ病)』(主婦の友社) 文献3:『双極性障害(躁うつ病)とつきあうためにVer.6』(日本うつ病学会) 監修医: 独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター 総長 樋口 輝彦 先生 九州大学大学院 医学研究院 精神病態医学分野 教授 神庭 重信 先生 ■関連記事 増え続ける不登校、うつ病も増加? 子供が「うつ病」になったら…大人はどうする? 心と脳の病気、糖尿病は関わりが深く合併しやすい うつ病、統合失調症など精神疾患が生活習慣改善により予防できるケースも 公開日:2017年1月10日
双極性障害の患者さんの中には、治療の効果がみられる方がいる一方で、なかなか改善しない方もいます。治療における問題点について、九州大学大学院教授の神庭重信先生にお話をうかがいました。 目次 うつ病と診断された人が、実は双極性障害だったというケースも… 再発の予防も、双極性障害の治療では大切 海外では使われているのに、日本では使えない双極性障害の薬がある!? うつ病と診断された人が、実は双極性障害だったというケースも… ―― 双極性障害の治療における問題点には、どのようなものがあるでしょうか? 適切な診断が難しいことや、再発率が高いこと、アンメット・メディカル・ニーズ(※)があることなどが挙げられます。これらが、日本の双極性障害の治療を難しくしていると考えられます。 ※アンメット・メディカル・ニーズ(Unmet Medical Needs)とは、「医療現場で求められていながら、まだ満たされていないニーズ」を意味する英語です。ここでは、双極性障害の患者さんにとって最適と思われる治療薬の選択肢が少ないことを指しています。 ―― 適切な診断が難しいのは、なぜでしょうか? 躁状態が出ていないときは、うつ病と見分けにくいのが、最大の理由です。躁エピソードと呼ばれる、躁状態になったときの体験談を聞き出せれば、初めはうつ病と診断されても、実は双極性障害だったと分かることがあります。ところが、躁エピソードを聞き出せない限りは、双極性障害であると決定的に診断できる方法がないため、見分けるのはきわめて難しくなります。うつ病なのか、双極性障害なのかを正しく診断することは、精神科医が抱えている一番難しい問題かもしれません。双極性障害であることまでは分かっても、I型とII型の診断は困難なことが多いのです。 ―― うつ病と誤診されることで、治療にどのような影響が及ぶのでしょうか? 双極性障害と診断した患者さんに、まずは気分安定薬を使用することを考えます。しかし、うつ病と診断した場合に使用するのは、一般的には抗うつ薬を考えます。双極性障害の患者さんは、抗うつ薬ではあまり改善しないばかりか、副作用が出る恐れがあります。診断が適切になされていないと、本来は慎重になるべき抗うつ薬の使用を、双極性障害の治療で知らずしらず行ってしまうのです。 抗うつ薬の使用による副作用 ●躁転 うつ状態だったのが、抗うつ薬の作用により躁状態に転じます。 ●アクチベーションシンドローム 躁症状などが引き起こされ、自殺リスクが高まります。賦活症候群(ふかつしょうこうぐん)とも呼ばれます。 再発の予防も、双極性障害の治療では大切 ―― 再発率の高さについてはいかがでしょうか? 双極性障害はうつ病よりも再発しやすく、患者さんの約3分の1が何年にもわたって再発を繰り返すと言われています。いつまで治療を続ければいいのか分からず、患者さんは不安を抱えています。再発をきちんと予防することが、双極性障害の治療では大切です。 再発を繰り返すことが多いのは、働きざかりの現役世代です。仕事を頑張りたい、早く仕事に復帰したいという気持ちが強く、つい頑張りすぎてしまうケースが多いようです。働きざかりの頃は症状に悩まされても、定年退職を迎える年齢に近づくと、多くの患者さんは症状が落ち着き、再発しにくくなります。これは、年齢の影響もありますが、ストレスが減ったことや、若い頃にきちんと治療を続けた結果とも言えるのではないでしょうか。 海外では使われているのに、日本では使えない双極性障害の薬がある!? ―― アンメット・メディカル・ニーズ(満たされていない医療ニーズ)とは、どのようなものでしょうか? 大きな問題の一つに、薬の副作用が挙げられます。双極性障害の治療で使用される抗精神病薬には、副作用として、パーキンソン症候群や体重が増加することがあります。なるべく早く対処することが大切です。また、食欲を増進させる作用をもつ薬を処方する際などは特に、患者さんには定期的に体重を測ってもらうように勧めています。 ―― そのほかには、どのようなものがあるでしょうか? 患者さんにとって最適と思われる薬が、日本では双極性障害の薬として使用できないことがあります。日本で一般的に使用されている双極性障害の薬には、躁症状の改善や、再発予防効果が期待できるものなど、いくつかの種類があります。しかし、うつ症状を改善する治療薬は限られていますので、新しい薬物の治験が進められています。 公開日:2017年1月10日
双極性障害の患者さんの中には、治療の効果がみられる方がいる一方で、なかなか改善しない方もいます。治療における問題点について、九州大学大学院教授の神庭重信先生にお話をうかがいました。 目次 精神科医の間でも判断が分かれることのある、双極性障害のI型とII型 どんなに些細な躁エピソードでも、医師に伝えることが大切 薬を変えることで、著しい改善がみられるケースも 神庭重信先生からのメッセージ 精神科医の間でも判断が分かれることのある、双極性障害のI型とII型 ―― 双極性障害のI型とII型は、どのように分けられているのでしょうか? I型とII型を明確に分ける基準はなく、「問診の質問ごとに点数を振り分けて、何点以上がI型で何点以下がII型とみなす」というような評価基準もありません。かつては「入院が必要となるほど重いのがI型」とされていましたが、現在はそこまで重症でなくても、障害が現れている場合には、I型とみなされることがあります。軽度のI型と重度のII型では、精神科医の間でも判断は分かれます。 医師は問診で手がかりを探ります。軽い躁状態だった軽躁エピソードは、本人があまり覚えていなかったため、医師に伝えていないこともあります。医師から過去の軽躁エピソードを尋ねられて、「あれがそうだったのか」と初めて気づく方もいます。患者さんも「たいしたことではないから、先生に伝えるまでもないだろう」とは思わず、どんなことでも医師に話したほうが正しく診断され、適切な治療を受けやすくなります。 I型とII型の躁症状 I型…夜通し眠らず活動的になったり、職場でトラブルを起こしたりする、激しい躁状態がみられます。 II型…生産性が上がったと感じる程度であるため躁状態の自覚がなく、診断されない傾向があります。 どんなに些細な躁エピソードでも、医師に伝えることが大切 ―― 正しく診断されるために、患者さんができることはありますか? 思い当たるエピソードがあれば、どんなことでも医師に伝えましょう。I型なのかII型なのかによって、医師の判断が左右されることもあるため、どちらなのかが分かったほうが、適切な治療を受けやすくなります。患者さん本人も、自分がどちらなのかが分かったほうが病気への理解が深まり、安心できるかもしれません。どんなに些細な躁エピソードでも医師に伝えることは、うつ病と見分けるためにも重要です。それまでうつ病と言われてきたのが、双極性障害と診断されると患者さん本人が腑(ふ)に落ちる、というケースは少なくないようです。 ―― 受診の際は、どんな検査が行われるのでしょうか? 問診では、現在の様子や症状が出始めた時期、学生時代や仕事のキャリアといったこれまでの生い立ちなどをお聞きします。また、家族関係や職場の問題、ストレスを感じていることも聞き、場合によっては心理テストを行います。問診以外では、血液検査や心電図検査、脳波測定、MRI検査などを行うこともあります。 家族から話を聞くこともあります。本人が気づいていないことの情報を医師に提供でき、適切な治療を受けやすくなるので、できれば家族と一緒に受診すると良いと思います。 薬を変えることで、著しい改善がみられるケースも ―― 患者さんにとって、治療が適切かどうかという影響はやはり大きいのでしょうか? たとえ双極性障害だと正しく診断されていても、治療が適切でなければ改善が遅れてしまいます。反対に、治療がうまく合ったおかげで、見事に改善したケースもあります。以前に27、28歳の女性を診たことがあります。その方は2年ほどうつ状態に悩まされていて、治療も受けていましたがなかなか改善せず、当院を受診しました。「自分は双極性障害かもしれない」と言っていて、過去のエピソードを聞くとたしかに双極性障害でした。それまで飲んでいた薬を変えたところ、3~4ヵ月で改善しました。今は子どもと接する仕事をしていて、同居している家族も大変喜んでいます。 神庭重信先生からのメッセージ 双極性障害は、日本で使用できる薬が限られていることや、再発予防の面において、治療上の問題はまだあります。しかし、以前と比べればそれらは改善されました。適切な治療をしっかりと受ければ、「治療を受けて良かった」と感じるようになる方は多いでしょう。「自分はうつ病の治療を受けているけれど、なかなか良くならないし、違う病気かもしれない」と思ったときは双極性障害の可能性を疑い、自分に合うと感じられる専門医を受診して、思い当たる躁エピソードをきちんと伝えると良いでしょう。 公開日:2017年1月10日