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117:「いつでも どこでも だれとでも」医をめぐる言葉あれこれ(望月吉彦先生) - ドクターズコラム

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望月吉彦先生

更新日:2019/9/17

世界中の医療に関する格言

道路を走っていると様々な標語が看板に記されています。

「飲んだら乗るな、乗るなら飲むな」
「あぶないよ よそ見 飛び出し ふざけっこ」
「注意一秒 ケガ一生」
「ぼちぼち 走りなんせー 鳥取路」
「おみやげは 無事故でいいの おとうさん」
「いちごが好きでも 赤なら止まれ」
「赤信号みんなで渡れば怖くない…そういってアイツは先に逝ってしまった」

最近見て、面白かったのは「ドラレコが見ているよ、お父さん」です。例のあおり運転後に高速道路に掲げられていました。
日本はこういう「標語」が好きなのでしょう。俳句、川柳などの影響があるのかもしれません。外国にもあるのでしょうか?

医療に関する標語というか格言も数多くあります。日本だけではなく世界中にもたくさんあります。有名なのはヒポクラテスの『術は長く生は短し』でしょう。ラテン語で“Ars longa,vita brevis.” 英語になると“Art is long, life is short”。“Art”という言葉が使われるので『芸術は長く生は短し』と紹介されることが多いのですが、ヒポクラテスは医師ですからこの場合の「術」は医術だと思います。

とにかく医療に関する格言は数限りなくあり、それに関する本も数多く出版されています(文献参照)。有名どころをいくつか紹介しましょう。

『患者さんの言うことに耳を傾けよ。患者さんはあなた(医師)に診断を語っている』(オスラー)
『医学によって生命は伸びるが、死の手からは医師でも遁れることはできない』(シェイクスピア)
『上医は病を予防し、中医は来たらんとする病に応じ、下医は現実の病を治療する』(中国のことわざ)
『われ包帯し、神これを癒やし給う 』(アンブロワーズ・パレ)
『病気を診ずして病人を診よ』(高木兼寬)
『健康こそもっとも貴重な財産である事を理解すべきである』(ヒポクラテス)
『誰でも長生きしたい、しかし老いたいとは思わない』(俚諺)
『病気を防ぎ、苦痛をやわらげ、病を癒やすことーーーこれが我々の仕事だ』(オスラー)
『手術の途中で、手術方針で迷うことがある。そういう時は、困難で面倒な方法の方が正解であることが多い』(恩師、新井達太先生)
『動脈硬化が起こる前に、態度の硬化が起こる』(Matt Oliver)
『手術室の看護師は外科医の第2の妻である』(Viatceslav Ryndine)
『もっとも重要な凝固因子は外科医である』(Moshe Schein)
『良い手術には“始末”が必要』(恩師、岡村吉隆先生、元和歌山県立医大学長、関西弁で “始末” は片付けること)
『キズは見つけなければ治らない』(フランシスベーコン)
『無知な医師は独善的』(ウィリアムオスラー)
『もともと太っている患者は痩せている患者より早く死ぬ』(ヒポクラテス)
『医療は「癒しの芸術」であり「聞く芸術」である』(バーナード・ラウン)
『病人を少しでも楽にしたいとたゆまず努力してはじめて医師は能力を最大限に発揮できる』(バーナード・ラウン)

などなど、たくさんあります。なかには?のつくような格言もありますね。
私もこのような格言を作ってみたいと思っていました。心臓血管外科手術には出血がつきものです。特に人工心肺を使う手術ではヘパリンという抗凝固薬を患者さんに投与しますので一時的に出血しやすい状態になります。様々な心臓血管手術がある中で一番止血に難渋するのが「大動脈解離(だいどうみゃくかいり)」という病気の手術です。大動脈が裂ける怖い病気です。この病気では手術で切開、縫合した箇所のそこかしこから出血が始まることがあります。手術が早く終われるタイプの単純な大動脈解離なら良いのですが、複雑なタイプの大動脈解離だと、縫うところが多数あり止血に難渋します。しつこく根気よく止血作業を続ける事が大切です。わかりづらいでしょうが、本当にあちこちあちこちから出血することがあるのです。出血が続き、止血に難渋して21時間手術をしたこともあります。幸いこの21時間も手術をした患者さんは、しつこく止血作業を繰り返していたら、神様も味方してくれるのか、段々と出血が収まってきて助かりました。
『人間諦めが肝心』などと言われます。しかし元近鉄の投手だった鈴木啓示が説いたように手術の場合も『投げたらあかん』のです。そういうわけで『諦めが悪いのが良い外科医』だと思い、若い外科医にそのことを説いてきました。それが私の考えた第一の「格言」です(笑)。

三つでできた言葉は覚えやすく、忘れ難い

話は全く変わります。皆さんは、「赤尾好夫(1907-1985)」という方をご存じでしょうか?旺文社の創業者で一昔前「赤尾の豆単」という受験用の辞書で一世を風靡しました。2017年鎌倉にあった同氏の旧居跡を利用した「歴史文化交流館」がオープンしたので話題になりました。その赤尾好夫氏は山梨県の出身です。私は高校生の時、甲府で同氏の講演を聴いたことがあります。
赤尾氏の有名な言葉に『人間は忘れる動物である。忘れる以上に覚えることである』という言葉があります。その講演の最初にもその有名な言葉を引用して『だから今日私が話したことも忘れるだろうけれど聴いて面白いと思った言葉はノートに書いておくと良い』と言って講演が始まりました。講演の内容のほとんどは見事に忘れています(笑)。
しかし、その講演の中で、「人間三つまでは覚えられる。だから皆に知られているような言葉は三つでできていることが多い。今日は、三つの勉強法を教える」というような話だったのです。その三つの勉強法は忘れていますが、三つでできた言葉は覚えやすく、忘れ難いということだけは覚えています。いくつか三つの言葉(語)でできている標語というか成句をご紹介しましょう。順不同、思いつくままに。

「来た 見た 勝った(Veni, vidi, vici)」(カエサル)
「来た 見た 購うた」(喜多商店@大阪)
「清く 正しく 美しく」(小林一三:宝塚の創始者)
「作らず 持たず 持ち込まず」(非核三原則)
「散る桜 残る桜も 散る桜」(良寛の辞世)
「エトス パトス ロゴス」アリストテレス
「運 鈍 根」(成功の条件 俚諺(りげん;民衆から生まれたことわざ)
「見ざる 言わざる 聞かざる」(日光の三猿)
「神様 仏様 稲尾様」
「危険 汚い きつい」(3K)
「うまい はやい やすい」(吉野家)
「天呼ぶ 地呼ぶ 人が呼ぶ」(仮面ライダー)
「ホップ ステップ ジャンプ」
「日光 結構 もう結構」(戯れ言)
「売り手良し 買い手良し 世間良し」近江商人
「食う 寝る 遊ぶ」(日産のCM)
「自由 平等 博愛」(フランス共和国の標語)
「強く 早く 絶え間なく」(心臓マッサージの要点)
「ミッション パッション ハイテンション」(齋藤孝)
「朝は朝星 夜は夜星 昼はうめぼし いただいて」(とび職の方の戯れ言 ※注:「星を戴く」と「ご飯を頂く」をかけています。高級で洒落ている言葉ですね)
「bigger stronger faster」(ステロイドを扱った米国ドキュメンタリー番組の名前)
「スリル スピード サスペンス」(戯れ言)
「巨人 大鵬 卵焼き」
「松 竹 梅」
「金 銀 銅」
「真 善 美」
「ラーメン つけ麺 ぼくイケメン」(狩野英孝)
「いつでも どこでも だれでも」(NHKラジオ体操の標語)

まだまだ、たくさんありそうです。
出来が良いのは韻を踏んでいる「来た 見た 勝った(脚韻)」、「危険 汚い きつい(頭韻)」などの語句で、覚えやすいですね。「来た 見た 勝った」はラテン語「Veni, vidi, vici」の翻訳です。ラテン語の原文も脚韻を踏んでいます。

何を言いたいかというと、私もいつか、このような三つの言葉で成る、そしてできたら韻を踏んだ「外科医の標語」を作りたいと思っていました。
手術はいつも、同一チームで同一病院で行えれば良いのですがそうもいきません。他病院で手術をする事もありますしメンバーが変わってしまう年もあります。24時間365日、緊急の患者さんが飛び込んできます。直ちに手術を始めないといけない場合も数多くあります。盆暮れ正月休み関係無しです。つまりどんな状況、どんな環境、どんな病院でも良い手術ができるように訓練することが必要です。
そういうわけで、(例示の最後にある)NHKラジオ体操の標語を少しだけ変えて、良い外科医になるには『いつでも どこでも だれとでも』という標語を考えつき、若い外科医に話をしていました。これは手術や医療に限ったことではありません。どんな仕事でも「いつでも どこでも だれとでも」楽しく、そして効率よく仕事ができれば良いと思っています。

【参考文献】

  • 「医をめぐる言葉の辞典」ジョン デインティス、アマンダ アイザクス(編集)、長野敬(翻訳) 青土社
  • 「医の名言」荒井保男(著) 中央公論社
  • 「外科医へ贈ることば」モーシェ・シャイン(編集)、古瀬彰(翻訳)

注1:

赤尾好夫氏の遺産を元に、奨学金が山梨県の優秀な学生に与えられています。 この制度は同氏の遺志を継ぐべく死後23年にして始まっています。希有な出来事です。

注2:

『いつでも どこでも だれとでも』は、仕事に限った話です。

望月吉彦先生

望月吉彦先生

所属学会
日本胸部外科学会
日本外科学会
日本循環器学会
日本心臓血管外科学会
出身大学
鳥取大学医学部
経歴
東京慈恵会医科大学・助手(心臓外科学)
獨協医科大学教授(外科学・胸部)
足利赤十字病院 心臓血管外科部長
エミリオ森口クリニック 診療部長
医療法人社団エミリオ森口 理事長
芝浦スリーワンクリニック 院長

医療法人社団エミリオ森口 芝浦スリーワンクリニック
東京都港区芝浦1-3-10 チサンホテル浜松町1階
TEL:03-6779-8181
URL:http://www.emilio-moriguchi.or.jp/

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