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116:「論文を書く」ということ(4)(望月吉彦先生) - ドクターズコラム

大人の健康情報

望月吉彦先生

更新日:2019/9/2

Otherwise, this paper from Japan is excellent.

前回より続きます。

勇躍、初めて書いた英文論文を「The Annals of Thoracic Surgery」という雑誌に[再]投稿しました。

それから数ヵ月…… ある朝、医局に行ったら上司の先生から「君はThe Annals of Thoracic Surgeryに投稿したの?」と聞かれました。ここまで書いた通り、あまりに恥ずかしいことばかりを経験していたたので、論文をアメリカの雑誌に投稿したことを伝えていなかったのです。
なぜ、投稿したのが、上司の先生に解ったのかな?と思ったら、「Dr.Mochizukiの論文をアクセプトします(注:アクセプトは雑誌に掲載しますよという意味です)」と記載されたFAXが「The Annals of Thoracic Surgeryの編集部」から夜中に届いていたのです。
「投稿された論文はアクセプトするけれど、コメントが3名の査読者から届いているのでこれらのコメントに対して至急回答するように」との内容も記されていました。論文が「The Annals of Thoracic Surgery」に掲載される!とわかりとてもとても嬉しかったです。しかし、コメントに対する返事が必要です。それも厄介でしたが、とても嬉しいコメント(赤字で示します)が書かれていました

以下、そのFAXに載っていた査読者のコメントを紹介します。

COMMENTS OF THE REVIEWER (査読者のコメント)

赤字部分は私が修飾しています。

査読者1.のコメント:
The story of the "complex" cardiac myxomas continues. The authors report a case with high circulating interleukin-6 Levels, and they were able to document that the excised tumor contained IL-6. In addition, circulating levels of IL-6 dropped shortly after tumor resection. The manuscript is well written, and is short and to the point I do not suggest any major revisions. I do think that it warrants publication as part of the ongoing story of this subset of patients with cardiac myxomas.

査読者2.のコメント:
This paper reports a single case of cardiac myxoma associated with constitutional signs and presence of Interleukin-6 in the serum. Although the case is well presented it does not add any extra information when compared to precedent publications (ref. 2, 3, 5). Important questions are not addressed, such as: does the association myxoma, constitutional signs and high serum Interleukin-6 values induce a rise of recurrence? Can myxoma recurrence be diagnosed on IL-6 dosage? Are constitutional signs due to presence of IL-6 in the serum? This paper simply describes a case report of the well known association myxoma, constitutional signs and presence of Interleukln-6 in the serum.

査読者3.のコメント:
It is essentially an interesting case report with good lab data. My only suggestion to the author is that the discussion Is a little long by about 30%.There is some repetition in the thoughts expressed. With a little effort, this could be shortened.
Otherwise, this paper from Japan is excellent.
It may well be that the figure of the microscopic section should be published in color.

査読者3.の先生はコメントに「this paper from Japan is excellent」と記してくれました。私は狂喜乱舞しました。苦労して一生懸命書いた甲斐がありました。これは、私の人生の中でも嬉しかったことの上位5つに入ります。
ともかく3名の査読者への回答を練りに練って書き、査読者への助言に沿って論文を書き直し、私の論文は無事に胸部心臓外科領域では一流雑誌である“The Annals of Thoracic Surgery”へ掲載されました(文献1)。雑誌と別刷りが送られてきたときは「夢か」と思いました。

しかも、この論文掲載がご縁で心臓外科の教科書(「心臓外科」新井達太編、医学書院刊)の「心臓腫瘍の項」を書かせていただくことにもなりました。
そして、もっと凄いことが私の知らないところで起きていました。なんと朝倉書店の「内科学」の教科書の「心臓腫瘍」の項に、この論文が2版に渡って引用されたのです。
これを教えてくれたのは医学部の学生さんでした。「もしかして、この教科書に引用されている“Mochizuki Y”で始まる論文は、望月先生の論文ですか?」と聞かれたのです。本当に嬉しかったです。私は内科の教科書に論文が引用されていることを知らなかったからです。
この教科書の「心臓腫瘍」の項は、筑波大学の山口巌先生の執筆でした。山口先生は著名な先生ですが、私は面識がありませんでした。ですから、純粋に私の論文を読んで引用して下さったのです。望外の幸せでした。内科を専門とする同僚の先生方からとても羨ましがられました。

写真1:教科書の表紙
写真1:教科書の表紙です

写真2:教科書の中の文章
写真2:教科書の中の文章です

この論文を読んだ本家本元(Carney complex の提唱者)のCarney先生から、論文の別刷り送付依頼の手紙がきました。ドイツ、オランダ、ベルギー、フランスの先生からも別刷りの送付依頼の手紙をいただきました。その上、この論文を書いてから10年後にアメリカのCornell大学内科のVeugelers先生から、世界中の「Carney complex型の心臓粘液腫」の遺伝子解析研究にお誘いを受けて協同研究をさせていただき、その論文は「Proceedings of the National Academy of Sciences(米国科学アカデミー紀要)」にも掲載されました。
勿論、私の名前もこの論文のauthorのひとりになっています(文献2、余話4を参照ください)。また、この論文を書いたが為に、American journal of cardiologyなどの雑誌から心臓腫瘍に関する「査読依頼」もいただくようになりました。

私が初めて投稿した英文論文は、私が医師になった当時の目標のうち

  • 英文論文を良い雑誌の載せること
  • 教科書を書くこと
  • 教科書に載るような論文を書くこと

の3つを実現させてしまいまいした。一粒で3回美味しい論文でした。
あの「バイク便」を思いつかなければ無かった論文です。そう思うと、冷や汗がでます。臨床現場では、珍しい病気に出会わないままに過ぎてしまう医師も多いのですが、私は良い時期(インターロイキンー6が見つかった後)に珍しい症例に出会い幸運でした。
とにかく、この論文を書いた事で、英文論文を書く自分なりの「方法論」を作ったのです。その後もいくつか、英文論文は書きましたが、The Annals of Thoracic Surgeryにはなかなか掲載されませんでした。初めて書いた英文論文が、The Annals of Thoracic Surgeryに載ったのは、僥倖でした。

よく「宝くじは買わないと当選しない」と冗談で言われますが、「論文は書かないと載らない」ですね。そして、どうせ書くなら英文論文の方が良いですね。

【参考文献】

  • Mochizuki Y, Okamura Y, Iida H, Mori H, Shimada K.“Interleukin-6 and "complex" cardiac myxoma.”
    Ann Thorac Surg. 1998 Sep;66(3):931-3.
    ↓実物を読めます。フリーですので、お時間が有るときにお読みください。
    https://www.annalsthoracicsurgery.org/article/S0003-4975(98)00569-4/fulltext
  • Proc Natl Acad Sci U S A. 2004 Sep 28;101(39):14222-7. Epub 2004 Sep 15.
    Comparative PRKAR1A genotype-phenotype analyses in humans with Carney complex and prkar1a haploinsufficient mice.

余話1:

この論文を書いていた当時、私はマッキントッシュのコンピューターを使っていました。投稿論文はWordで書いていたのでデータは残っていますが、そのほかのメモ書きなどはすべて「クラリスワークス」というマッキントッシュ用のソフトで書いていました。
今回、この機会に見直そうとしましたが、ほとんどが読めません。特殊なソフトを使わないと読めそうにありません。とても残念です。
パナソニックのVHSとソニーのβのような話(懐かしい!)ですが、今はマイクロソフト社のWordが世界標準です。当時も全てWordを使って作業していれば良かったです。マッキントッシュのソフトで作った書類は拡張子(.txtや.jpgなど)が付いていませんでしたので、何のソフトで作った書類かわからないのです。実に困った話です。

余話2:

途中でも紹介しましたが、この論文を書いていた時に思いついたのが、付箋(ポストイット)を用いる方法です。参考までに、画像を添付します。ポストイットは便利で、日常生活にも論文作成にも欠かせないですね。

写真3:付箋紙活用例1
写真3:付箋紙活用例1

写真4:付箋紙活用例2
写真4:付箋紙活用例2

写真5:付箋紙活用例3
写真5:付箋紙活用例3

余話3:

Google Scholar」で検索すると私の書いた論文は、現在まで21編の論文に引用されていることがわかります。
21編の論文中には世界的に有名なメイヨークリニックのHartzell V.Schaff先生の書いた “Surgery For Cardiac Myxomas” という論文もあります。名誉な話です。
以前は、こういうことを調べるのは大変でしたが今は「Google Scholar」があるので簡単にわかります。比較には全くなりませんが、山中伸弥先生が書いたノーベル賞の論文「Induction of pluripotent stem cells from adult human fibroblasts by defined factors」は14,000編の論文に引用されています。桁が違いますね。

余話4:

「Proceedings of the National Academy of Sciences(米国科学アカデミー紀要)」に、著者として名前が載るのも大変な名誉です。インパクトファクターは10点くらいです。
ちなみに、この雑誌は米国では「ピー エヌ エー エス」と呼称します。しかし、日本では何故か「ピーナス」と呼称されています。これは良くないですね!さて、なぜでしょう(笑)。米国人には別なモノを連想させてしまうようです。他人がいないところで、低音で、ゆっくりと「ピーナス」と発音すれば……

余話5:

締め切りの無い論文投稿は、自分でデッドラインを作らないとダメですね。痛感しました。自分で締め切りを作るのは困難ですが、なにか目標が無いと、だらだらと時間が過ぎてしまいます。とは言え、自分でデッドラインを作るのは難しいですね。

余話6:

米国の一流雑誌に論文が載るのは、ある意味「劇薬」です。というのは、もうすでに発表されているような事を、日本語で、論文を書く意欲が無くなるからです。日本語の論文も、実はとても大切だと後に気づきました。

余話7:

アメリカに長く留学していた先生に伺ったら、“Instructions for Authors” の技術的部分(紙質、フォント、紙のサイズなど)はすべて「秘書さん」がやってくれるのだそうです。それを聞いて私はため息がでました。

望月吉彦先生

望月吉彦先生

所属学会
日本胸部外科学会
日本外科学会
日本循環器学会
日本心臓血管外科学会
出身大学
鳥取大学医学部
経歴
東京慈恵会医科大学・助手(心臓外科学)
獨協医科大学教授(外科学・胸部)
足利赤十字病院 心臓血管外科部長
エミリオ森口クリニック 診療部長
医療法人社団エミリオ森口 理事長
芝浦スリーワンクリニック 院長

医療法人社団エミリオ森口 芝浦スリーワンクリニック
東京都港区芝浦1-3-10 チサンホテル浜松町1階
TEL:03-6779-8181
URL:http://www.emilio-moriguchi.or.jp/

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