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034:狭心症への著効薬「ベータブロッカー」冠動脈疾患(6)(望月吉彦先生) - ドクターズコラム

メディカルコラム

望月吉彦先生

更新日:2016/04/18

前回は、冠疾患治療薬のうち「ニトログリセリン」の話を書きましたが、ほかにも冠疾患治療薬がたくさんあります。今回はベータ遮断薬についてお伝えしようと思います。

薬や細菌が『受容体』と結びついて、さまざまな働きをする

バレーボール

ベータ遮断薬は「ベータブロッカー」とも言います。「ブロッカー」とは「遮断」と言う意味ですね。バレーボールで「ブロック」というのがありますが、同じ意味です。
では、「ベータ」とは何か?
一般的に「ベータ」は「β」とギリシア文字で表記するのが普通です。「β」があれば「α」もあります。「α」も「β」も『受容体』の名前です。

細胞にはさまざまな『受容体』があり、薬や細菌が『受容体』と結びついてさまざまな働きをするだろうと予見したのは、ドイツの細菌学者・生化学者 パウル・エールリッヒ(Paul Ehrlich)です。
エールリッヒは、免疫学の進歩とジフテリア抗血清の開発に貢献して、1908年にノーベル医学生理学賞を与えられています。
北里研究所の秦佐八郎はエールリッヒの下に留学し、エールリッヒと共に梅毒の特効薬「サルバルサン」を発明します。ちょっと、日本人にもなじみ深い人物ですね。

エールリッヒは真の天才で、幾つものパラダイムシフトを起こしています。
そのうちのひとつが「側鎖説」で、今の『受容体』にあたる概念をすでに100年も前に表していました。ある種の毒物は体に作用するのに似た種類の毒物は体に作用しないのを見て、細胞には側鎖があり、その側鎖と毒物や細菌が結合しないと色々な作用が現れないと考えたのですね。「側鎖 ≒ 受容体」という考えです。素晴らしい発想です。

『アドレナリン受容体』には2種類ある!

「α」「β」の話に戻ります。これらは、細胞にある『アドレナリン受容体』の名称です。
これを発見し、提唱したのは米国ジョージア医学校の薬理学教授であった Raymond P. Ahlquist(1914-1983)で、1948年のことです。
“A study of adrenotropic receptors”という大変有名な論文です。この論文で『アドレナリン受容体』には2種類あることを提唱しました。
なかなか受け入れられなかったようですが、Ahlquisは1954年薬理学の有名な教科書“Drill's Pharmacology in Medicine”の『アドレナリン受容体』の項の執筆をまかされ、それを機に、その概念が広まります。

「アドレナリン」の精製に世界で初めて成功し企業化したのは高峰譲吉だったのを覚えておられるでしょうか?この時代まで「アドレナリン」が実際にどうして効くのか不明だったのですね。

心臓を休ませる!『β受容体』に拮抗するお薬の合成に成功

その「α」「β」受容体に目をつけたのが、英国の薬理学者 James W Black(1924-2010) です。特に「β受容体」に目をつけ、「β受容体」に拮抗するお薬を作ったら心臓を休ませることができるのではと考え、1958年、ついに世界初のβ受容体拮抗薬(=ベータブロッカー)である「プロプラノロール(インデラル®)」の合成に成功します(文献2.)。

その作用機序ですが、「内因性(体内で作られる)アドレナリン」はβ受容体に作用して心臓の動きを強めます。しかし、「β受容体拮抗薬」はアドレナリンが作用する受容体が作用しないように働くので、心筋収縮力増強作用を抑えます。これにより心臓の動きは(少し)抑制され、脈はゆっくりになります。
結果的に、心臓はお休みすることができて「狭心症」に良く効きます
狭心症は心筋への酸素供給不足が原因ですから、相対的に心筋の仕事量を減らすことで狭心症を抑えることができたのです。また心筋収縮力を落とすことで血圧も下がることもわかりました。

プロプラノロールが合成され、狭心症や高血圧に効くとわかるまでは、内因性のアドレナリン作用を抑えるのは禁忌であると考えられていました。心臓の働きが弱るからアドレナリンが分泌されるのであり、それを抑制しようとするのは間違いだと考えられていたのですね。それをBlackは見事に覆しました。

Blackは「H2受容体」にも目をつけて、その拮抗薬である「シメチジン(タガメット®)」も発明しています(文献3)。このお薬で胃潰瘍に対する手術は激減します。

こういう合目的創薬を創始したことに対して、Blackは 1988年ノーベル医科生理学賞を受賞します。
その授賞講演で、Ahlquitがいなければプロプラノロールは産まれなかったとも述べています。Ahlquistは1983年に亡くなっています。もう少し長生きすれば一緒に授賞していたかもしれませんね。それにしても、生涯に二つも医学の歴史を変えるようなお薬を発明したBlackは素晴らしいです。

「プロプラノロール」は現在、あまり使われていません。それは気管にあるβ受容体にも作用して喘息を引き起こすことがあり、窒息死を招くことがあるからです。
現在多く使われているβブロッカーは心臓への拮抗作用が強く、気管にはあまり作用しないお薬です。β1選択性の高い薬剤といいます。私も、このβ1選択性の高いβ-ブロッカー製剤を非常に多くの患者さんに処方してきました。実によく効きます。

末期の心不全患者さんへ投与すると、心臓が止まってしまうはずが

閑話休題、プロプラノロール合成成功から、17年経った1975年のことです。
β拮抗薬は狭心症や高血圧に広く使われるようになっていました。当時、β拮抗薬の絶対的禁忌は心不全患者さんへの投与でした。心臓移植を待つような末期の心不全患者さんへβ拮抗薬を投与すると心臓は止まってしまうと考えられていました。
そういう時に何を思ったのか?1975年スウェーデンのWaagstein先生は、心臓移植を要するような拡張型心筋症の7名の患者さんに「アルプレノロール(Alprenolol)」というβ拮抗薬を投与したところ(2-12ヵ月間)、心不全症状のみならず心機能が改善することを報告しました(文献4.)。

Wagenstein先生の論文より

しかし、本来なら心機能を抑制する作用のあるβ拮抗薬が、なぜ心機能をよくしたのか不明でした。今でも、はっきりとこれだという作用機序はわかっていません。仮説はたくさんあります。

当時、どのβ拮抗薬をどれくらいの量を投与したら良いかも不明でしたが、密かに(ほかに治療方法がないような患者さんに対して)使われるようになります。
β拮抗薬の心不全治療に関する大規模なstudyは1990年代になって行われ、今では心不全患者さんへの少量β拮抗薬投与はゴールデンスタンダードとなっています。日本でも、1980年頃に導入というか、密かに使われるようになっていたようです。

心不全治療での結果
左)治療前、右)治療後
大きかった心臓(真ん中の白い部分)がベータブロッカー投与により、小さくなっています。

もう試みる治療がないという患者さんにメトプロロールを…

私が医師になった1983年当時も、教科書には「β拮抗薬は心不全患者への投与は絶対禁忌」と書かれていました。
しかし、日本では今でもなかなか心臓移植は受けることは容易ではありませんが、当時は移植を受けられる可能性はゼロでした。拡張型心筋症の患者さんは当時の標準治療を受けておられましたが、末期状態になると治療に反応しなくなります。そういう時代でした。

1984年のこと、やはり拡張型心筋症で末期の患者さんが入院してきました。もう試みる治療がないという患者さんでした。当時、私の指導医だったS先生が「スウェーデンのWaagstein先生が創始したβ拮抗薬による心不全治療を試みてみよう」と仰いました。
とはいえ文献も少なく、投与量もよくわかりません。薬局に行って通常量の20分の1量のメトプロロールというβ拮抗薬を粉にして作ってもらい、おっかなびっくり投与しました。
薬局の先生にも、何に使うのか、説明するのに苦労しましたのを、よく覚えています。

朝から数時間おきに、この1/20量のメトプロロールを飲んでもらいました。心臓がほとんど動いていない患者さんへの投与ですから、いくらご家族へ説明をしてあるとはいえ、大変怖かったのを憶えています。S先生も怖くて、1-2時間ごとに心臓エコーをとることと、少しでも容態が悪化するなら、メトプロロール投与を止めるように、そして夜間は絶対に投与しないようと指示されました。

2週間くらい、病室に張り付いて少量メトプロロール投与を行っていたら、心機能が段々回復してくるのが心エコーでわかりました。また心不全の末期だと頻脈となりコントロールに苦しむのですが、頻脈も収まりました。
結局、通常の使用量の1/10くらいのメトプロロールを一日三回に分けて投与することで心不全のコントロールができ、ついには退院できるまで改善したのには本当にびっくりしました。指導医のS先生と共に喜んだのをとても今でもよく憶えています。

朝から夕方まで、この患者さんの病室に出入りを繰り返していたことを思い出します。私も結構真面目だったのです。この患者さんの娘さんが「ミス東京の1人」だったので、病室に入り浸ったのはそのためだろうと周囲からはからかわれましたが、そんなことはありません。真摯に治療に当たっていたのです。
退院するとき、この娘さんが、当方が照れてしまうほど喜んでくださり、かなり嬉しかったのは確かです(笑)。

喜ぶ患者さん

狭心症の予防に一番大切なのは、冠動脈の硬化を防ぐこと

長々と書いてきましたが、「β拮抗薬」は狭心症に著効はしても血管を良くするわけではありません。
心臓の働きを少し弱めて狭心症状を改善させる薬であることを忘れないようにしてください。
狭心症の予防には、何と言っても冠動脈の硬化を防ぐのが一番大切です。寒い時期や季節の変わり目には、血圧が上昇し、狭心症を発症しやすくなります。どうかお気を付けください。
狭心症の初発症状は、胸痛に限りません。歯痛、肩痛、腹痛で生じることもあります。「冠疾患に関する危険因子」をお持ちの方は、特に気をつけてください。思い当たるような症状がある方は、早めに、クリニックへ相談ください。

【文献】

  1. Ahlquist RP (June 1948). "A study of the adrenotropic receptors". Am. J. Physiol. 153 (3): 586-600. PMID 18882199.
  2. Black JW, Crowther AF, Shanks RG, Smith LH, Dornhorst AC (1964). "A new adrenergic betareceptor antagonist". The Lancet 283 (7342): 1080-1081.
  3. The pharmacology of cimetidine, a new histamine H2-receptor antagonist.
    Brimblecombe RW, Duncan WA, Durant GJ, Ganellin CR, Parsons ME, Black JW.
  4. Waagstein F, FIjalmarson A, Varnauskas E, Wallentin I : Effect of chronic betaadrenergic receptor blockade in congestive cardiomyopathy. Br Heart J 1975 ;37 : 1022-1036

望月吉彦先生

望月吉彦先生

所属学会
日本胸部外科学会
日本外科学会
日本循環器学会
日本心臓血管外科学会
出身大学
鳥取大学医学部
経歴
東京慈恵会医科大学・助手(心臓外科学)
獨協医科大学教授(外科学・胸部)
足利赤十字病院 心臓血管外科部長
エミリオ森口クリニック 診療部長
医療法人社団エミリオ森口 理事長
芝浦スリーワンクリニック 院長

医療法人社団エミリオ森口 芝浦スリーワンクリニック
東京都港区芝浦1-3-10 チサンホテル浜松町1階
TEL:03-6779-8181
URL:http://www.emilio-moriguchi.or.jp/

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