望月吉彦先生
更新日:2016/03/28
今回より冠動脈疾患の治療についてお示しします。冠動脈疾患治療には大きく3つあります。
まず、(1)の「薬物治療」についてお話しましょう。「薬物治療」では、
が使われます。
「ニトログリセリン」は狭心症治療薬として最初に使われました。今回はその「ニトログリセリン」にまつわる話を紹介したいと思います。
「ニトログリセリン」は1847年(弘化四年:江戸末期)にイタリア人化学者アスカニオ・ソブレロが合成に成功します。
硝酸、硫酸、グリセリンを混合して作られました。「熱すると直ぐに爆発する」始末におえない物質でした。
ソブレロは、「ニトログリセリンをなめると激しい頭痛が生じる」ことも報告しています。
その後、スウェーデンの化学者だったアルフレッド・ノーベルは、「ニトログリセリン」を珪藻土に染み込ませて安定化させることに成功し、これを「ダイナマイト」と名付けて爆薬として売り出し大成功を収めます。建築土木にも戦争にも使われました。その遺産で皆さんもよくご存知の「ノーベル賞」が運営されています。
「ニトログリセリンの薬効」はどのようにして解ったのでしょうか?これも「セレンディピティ」です。
ダイナマイト製造工場の工員達が強い頭痛や動悸を訴えることに目を付けたのが米国フィラデルフィアのハーネマン医科大学コンスタンチン・ヘリング医師です。ヘリングは友人の化学者にニトログリセリンを合成してもらい自分でも使ってみます。「ニトログリセリンには強い血管拡張作用」があることが解り、狭心症治療薬への応用を発案します。それが1853年のことです。
しかしその後、「ニトログリセリン」は狭心症に対して「効くとする一派」と「効かないとする一派」に分かれます。
その論争に終止符を打ったのは若干26歳のイギリス人医師ウィリアム・ミューレルです。
彼は1879年「Lancet(ランセット誌)」に「ニトログリセリンを数滴舌下投与させると血管拡張を生じるが、内服では効かない」と報告します。
内服では胃の中で吸収され、肝臓で代謝を受けるので「ニトログリセリン」は分解されて作用を発揮できないのですね。舌下なら、そのまま血中に入るので効くわけです(舌下の粘膜からの吸収が大変早く、即効性が期待される薬にはこの投与方法が用いられます)。
今も「ニトログリセリン」が舌下使用されます。ミューレルの報告を読んで狭心症に悩まされていたノーベル自身、「ニトログリセリン」を使用するようになります。
1879年にLancetでの報告がなされて世界中で狭心症の患者さんに「ニトログリセリン」が使用されてきました。今も現役のお薬です。100年以上経ってから「ニトログリセリン」の薬理作用が判明します。「ニトログリセリン」は体内では分解されて「NO(一酸化窒素)」を放出しています。
なんと血管内皮細胞は「血管内皮由来弛緩因子(EDRF:Endothelium-derived relaxing factor)」を分泌していることがわかっていたのですが、この「EDRF=NO」だったのです。この証明でRobert F. Furchgott, Louis J. Ignarro とFerid Murad.は1998年のノーベル医学賞を受賞しています。
要するに血管の一番内側にある血管内皮細胞は「EDRF=NO」を分泌して血管を「弛緩=拡張」させていたのですね。ちなみに「NO」を体内で分泌させるお薬にはシルディナフィル(バイアグラ®)やミノキシジル(リアップ®)があります。バイアグラはED以外にも難病である肺高血圧症の治療にも使われます。
一方、血管を収縮される因子もあり、「血管内皮細胞収縮因子はEDCF(endothelium-dependent contracting factor)」と言い、そのうちのひとつはエンドセリンで元筑波大学の柳沢先生のグループが発見しています。
古くてもよく効く「ニトログリセリン」です。上手に付き合っていけば狭心症にはとてもよく効きます。労作時や早朝の胸痛、ストレス時や疲労時の胸痛を認める方は、ぜひご相談ください。
胸痛に「ニトログリセリン」が効く場合は、狭心症の疑いが強いです。狭心症から心筋梗塞に移行すると、とても怖い合併症が生じることがあります。寒い時期と季節の変わり目は心筋梗塞発症率が上がります。ご注意ください。
次回も狭心症に効く色々なお薬のお話をしようと思います。
望月吉彦先生
医療法人社団エミリオ森口 芝浦スリーワンクリニック
東京都港区芝浦1-3-10 チサンホテル浜松町1階
TEL:03-6779-8181
URL:http://www.emilio-moriguchi.or.jp/
※記事内の画像を使用する際は上記までご連絡ください。