望月吉彦先生
更新日:2025/05/25
私は濾過性病原体(今はウイルスと呼称されています)に対して「virus」という言葉を提唱したベイエリンク論文(参考文献5.ドイツ語です)に敬意を表して「virus」のドイツ語読みである「ビールス」を使いたいと思っています。この件に関しては、次々回で詳述します。なお新聞記事などで使っている場合はウイルス表記のままにします。
注:ウイルス学会、○○大学ウイルス学教室のような固有名詞は「ウイルス」を使います。
2020年6月、コロナに日本中が慄いていた時、ある論文が発表され話題になりました。新聞、テレビなどでも報道されました。それは“うつ病の原因”となるウイルスの遺伝子を発見という論文です。
「うつ病の原因となるウイルスの遺伝子を発見」したと東京慈恵会医科大学の研究グループが発表したのです。
https://www.youtube.com/watch?v=n9gZEC3dnfQ
この論文を紹介しましょう。
Human Herpesvirus 6B Greatly Increases Risk of Depression by Activating Hypothalamic-Pituitary -Adrenal Axis during Latent Phase of Infection
iScience. 2020 Jun 26; 23(6): 101187.
東京慈恵会医科大学ウイルス学講座の近藤一博先生が発表した論文です。
タイトルは「Human Herpesvirus 6B Greatly Increases Risk of Depression by Activating Hypothalamic-Pituitary -Adrenal Axis during Latent Phase of Infection」
全文を誰でも読むことができます。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7298549/
この論文の要旨は、
「ヒトヘルペスビールス6Bは、感染の潜伏期に視床下部-下垂体-副腎系軸を活性化する。この活性化により、うつ病発病のリスクが大幅に増加することを発見した」
です。
つまり、ヒトヘルペスビールス6B感染と「うつ病発病」には関係がある。「ヒトヘルペスビールス6Bはうつ病発症の大きな要因」だということになります(注:次回で詳述しますが、ヒトヘルペスビールス6Bは1-3歳までに、ほぼ全員が罹る突発性発疹の原因ビールスで、感染後体内に生涯にわたって潜伏感染します。ヘルペスビールスは潜伏感染が多いですね。口唇ヘルペス、性器ヘルペスなど)。

“うつ病は甘え”
“うつ病になるのは根性が足りないから”
“鬱は甘えで発病する。そんなのは気の持ちようでどうにでもなる”
“鬱になるのは根性が足りないから”
“うつ病は気のせい”
などと言われたりもします。決してそんなことはないのです。しかし、うつ病の発病原因はわかっていません。
もし、うつ病がヒトヘルペスビールス6B感染と関係があるなら、それはノーベル賞級の大発見です。
近藤先生御自身もダイアモンドオンラインの「ノーベル賞級の大発見!ビールス研究者が疲労・うつの謎にたどり着いた理由」(https://diamond.jp/articles/-/293526)という記事の中で、
「発見するのが早すぎました。周囲からも死んでから評価される仕事だと言われます。がん遺伝子を見つけた花房先生も、画期的な発見すぎてノーベル賞を受賞していません。受賞できたのは、その仕事に追随した人たちです。私も生きている間に認められるのは無理でしょう」
と述べています。ご興味がある方はぜひ、上掲の論文を読んでみてください。
胃がんの原因の多くはピロリ菌です。子宮頚癌の原因の多くはヒトパピローマビールスです。思いもよらなかった病原菌が思いもよらない「病気」を起こすことはよく知られています。
さて、うつ病がどうしてヒトヘルペスビールス6B感染と関係あるのか、今回と次回で解説を試みます。もし、これが本当なら抗ビールス薬やワクチンで「うつ病」は治るか、予防できることになります。夢のような話ですね。
話は、やや逸れます。
近藤一博先生はヘルペスビールスの研究者です。
以下は近藤先生の自己紹介文です。
私の研究テーマは「ヒトヘルペスビールス6(HHV-6)の潜伏感染と疲労・うつ病との関係」です。このテーマで30年以上研究をさせていただいています。
https://jikei-tropmed2.wixsite.com/covid-19/what-s-corona
近藤先生の経歴を示します。
東京慈恵会医科大学ウイルス学講座教授。1985年、大阪大学医学部卒業。1991年、大阪大学微生物病研究所助手。1993~1995年、スタンフォード大学留学。1996年、大阪大学大学院医学系研究科・微生物学講座助教授。2003年より現職。2021年より東京慈恵会医科大学疲労医科学研究センターセンター長を兼任。
新型コロナビールス感染症の初期(2020年5月)、コロナビールスについて次のように発言していました。
「ビールス学の世界では、自分の専門以外のビールスの関しては口出ししてはいけないという不文律があります。現役のコロナビールス学者は、日本にはほとんどいないので、マスコミなどでビールス学者が新型コロナビールスの解説をすることは、まず無いと思います。」
「もし、○○ビールスによる疾患が問題になった場合は、そのビールスをしっかりと研究している人の言うことを尊重しなさい」
「ちゃんと研究していない者は、横からごちゃごちゃと邪魔をしてはいけません」と述べて、注目を浴びました。
近藤先生の予測は当たりました。新型コロナビールス感染症について色々な「専門家」が色々なことを述べていましたが、後から振り返ると結構「?」なことも多かったですね。自称「新型コロナビールス感染症専門家」の発言には検証が必要ですね。新しいビールスがどうなるのか、専門家でも予測が難しいのですね。
さて、話を戻します。
うつ病とはなにかという根源的な話になります。
うつ病発病の原因として、
1.脳の病気説
2.心の病気説
の2説あり、長年論争がありますが、決着はついていません。
うつ病は「脳の病気である」という説の中心は「モノアミン仮説」です。この仮説と結核治療には密接な関係があります。
結核の治療薬の「イソニアジド」(今も使われています)やイソニアジドにN-イソプロピルを加えた「イプロジアニド」を投与されている結核患者さんが「多幸感」を感じることから見つかった仮説です。
アメリカのノースウエスタン大学のアルバートゼラー(E. Albert Zeller)が、結核治療薬の「イプロジアニド」にMAO(モノアミン酸化酵素)阻害作用があることを発見。ラットに「イプロジアニド」を投与するとラット脳内のモノアミンであるセロトニンやノルアドレナリンが増えることを発見したのです。
この発見を元に、アメリカの精神科医ネーサン・クラインが「イプロジアニド」をうつ病治療に用いました。
効果はあったのですが、副作用が多いため「イプロジアニド」は現在使われていません。
うつ病は脳の病気であり、脳内のモノアミン(セロトニンやノルアドレナリン)を増やせばうつ病は治るという「仮説」の下に多くの薬が開発されました。その代表例が、
でしょう。
1988年、SSRIの「プロザックR」(フルボキサミン)が発売開始されます。これで「うつ病が治る」と言われました。ほかにも「レクサプロ®」「ジェイゾロフト®」「パキシル®」「ルボックス®」など多くのSSRIが販売されています。
1997年にはSNRIの「トレドミン®」が発売開始され、以後、「サインバルタ®」「イフェクサー ®」が発売されています。
さて、SSRI、SNRIの登場でうつ病は減ったのでしょうか?

引用:社会実情データ図録(https://honkawa2.sakura.ne.jp/2150.html)
特効薬?ができてもうつ病の患者数は増えるばかりです。おかしいですね。H2ブロッカーが出現し、胃潰瘍が激減。ピロリ菌が発見され、ピロリ菌感染者の除菌が進んだ結果、胃がん発症者が減少。HPVによって子宮頚癌が生じることがわかり、HPVワクチンにより子宮頚癌が減少というようなことにはならなかったのです。むしろ、うつ病は増えています。
モノアミン仮説が唱えられた当時、人間の脳内モノアミン(セロトニン、ノルアドレナリンなど)を測る方法はありませんでした。人間の脳内モノアミン測定する方法が確立してから、うつ病患者さんの脳内モノアミンを測定した論文が多数出ましたが、うつ病患者さんの脳内モノアミンは減っていませんでした。SSRIやSNRIを投与しても脳内モノアミン(セロトニン、ノルアドレナリン)は予想に反して増えていませんでした。
というと、そういうわけではありません。著効する方が3割から5割いらっしゃいます。逆に言えば効かない方が半数以上いらっしゃいます。SSRI、SNRIで悪化する方も3割いるという論文もあります。人間の脳内は簡単では無さそうです。
そういうわけでSSRI、SNRIの新薬は、ここ10数年出ていません。なおうつ病以外の方がSSRIやSNRIを服用すると「ハイ」になり社会問題になっています。
注:コロンバイン高校銃乱射事件など…
Alexander J:Exposure to a common antidepressant alters crayfish behavior and has potential subsequent ecosystem impacts:Ecosphere 15 June 2021
https://esajournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ecs2.3527
https://nazology.net/archives/91130
アメリカ人の2割は「うつ病」と診断されたことがあるそうですし(https://forbesjapan.com/articles/detail/64022)、人口の1割の方は治療を受けています。アメリカの人口は3億2千万人、その1割が抗うつ薬を服用しています。つまりアメリカでは約3千万人がお薬を飲んでいると予想されています。
お薬の中でも多く服用されているのがSSRIです。SSRIは人間の体内で分解されて糞尿中に排泄されます。糞尿は浄化処理されて河川に流されますが、SSRIとしての薬効が保たれたままで流されている可能性も指摘されています。そういうわけでSSRIを川にいるザリガニに投与したらどうなるかというのが論文の実験要旨です。
SSRIを投与されたザリガニは元気になり、大胆になるそうです。うつ病のザリガニ(そんなモノはいない?)に投与したわけではないです。人間でも普通の人に投与すると「ハイ」になる。それと一緒でしょう。面白い実験ですね。
しかし、元気になってもうつ病が治るわけではありません。しかしSSRI、SNRIで「元気になること」はとても大切だと思います。元気になって考えが前向きになれば正しい認知ができる可能性が高まると思います。
フロイトが唱えた精神分析学により「うつ病の原因は心理的なもの」であるととらえられるようになり、現在も多くのメンタルクリニックで心理療法が行われています。代表的な心理療法「認知行動療法」でしょう。
実際のうつ病治療は脳の病気説に立脚した薬物療法と心の病気説に立脚した心理療法の両方が行われています。SSRI、SNRIなどの抗うつ薬が効く方もいます(3-5割)。
うつ病というか精神疾患治療が難しいのは「普遍的な診断指針」がないからです。肝臓病なら、AST、ALTなどで定量的に病状を把握できます。心疾患なら、心電図、エコー、BNPなどで、病状現状を把握できます。精神疾患にはそういう「指標」がありません。しかし、近藤先生の論文によるともしかしたら「うつ病」の病状を把握する指標(血液検査)ができるかもしれないとのことです。
近藤先生がなぜ「うつ病」が「ヒトヘルペスビールス6(Human herpesvirus 6)」感染によって生じると思いついたのか?採血で「うつ病」の診断ができるようになる、それは本当か?などということを次回ご紹介します。乞うご期待。
いつの日にか、この「仮説」が正しいことが確かめられて、血液検査でうつ病と診断されたら「お薬」を7日飲んだら治るようになったら随分と世界が変わるかと思います。
望月吉彦先生

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