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133:伝染病を正しく怖がるにはどうしたらよいか?コレラからコロナを考える(3)人間到る処バイキンあり(17)(望月吉彦先生) - ドクターズコラム

メディカルコラム

望月吉彦先生

更新日:2020/06/08

コレラ菌混じりの糞尿を飲んでしまったロンドン市民

ロンドンにコレラが流行した頃、ほとんどの「病気」の原因は不明でした。「コレラ」もコレラと命名されていましたが原因は不明でした。当時、伝染病が流行る原因として以下の2つが考えられていました。

(1)瘴気説:空気中に漂う瘴気(しょうき)が病気を広げるとする説
ヒポクラテス以来、唱えられていた説です。
現代ならば空気感染ですね。あまり知られてはいないですが、空気感染(飛沫核感染)する病気は3つしかありません。結核、水痘、麻疹の3つです。飛沫感染と飛沫核感染(=空気感染)は別物です。COVID-19は飛沫感染だと言われています。

(2)コンタギオン説:病気にかかった患者と接触することで、未知の何かが健常者に乗り移り病気を広げるという説
元はイタリア人科学者、哲学者、医師のジローラモ・フラカストーロ(1478-1553年)が唱えた説です。
病気はある種の何か「contagium vivim, contagium animatum:注:ラテン語 contagiumは病気を伝染するモノ、vivimは生き物、animatumは生き物」によって伝染するという説です。ジローラモは梅毒を「syphilis」と命名、「シフィリスとフランス病」という本を出しています。梅毒がヒトからヒトへと「伝染する」ことがジローラモには解っていたのでしょう。

この2つが考えられていて、以下のような対策が取られていました。

(1)瘴気予防対策
瘴気による病気の伝染対策として「瘴気」に触れないように、空気がきれいな場所に住む。瘴気が蔓延しないように部屋などの換気を良くする。よどんだ空気の中に身を置かないなどが予防法として知られていました。

(2)コンタギオン予防対策
病気にかかった人との接触をできるだけ避ける。病気に罹った人の使ったものを使わない、触らないなどの方法がとられました。

あれ?当時の瘴気予防対策もコンタギオン予防対策も「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)」に対する対策とまったく一緒です。今でも通用する感染症対策です。
しかし、残念なことに「コレラ」にはこれらの対策は無効でした。

1840年代ロンドンでコレラが流行した時、ロンドン衛生責任者「チャドウィック(Chadwick, Sir Edwin:1800-1890)」は「瘴気」がロンドンに蔓延しないように対策を立てました。
チャドウィックはコレラが発症している地域の下水、汚水つまり糞尿から瘴気が立ち上ると考え、下水をテムズ川に大量に押し流したのです。糞尿を大量にテムズ川に流したことでコレラが流行っていた地域の「糞尿の匂い」は消え、同時に「瘴気」も少なくなり、コレラが減ると思われたのですが、ロンドンでは逆にコレラに罹る人が急増したのです。
今ならさしずめコレラが「急増:オーバーシュート」したのです。

さてコレラ急増の原因はなんだったのでしょうか?答は簡単です。現代のように下水を処理してテムズ川に流したわけではありません。糞尿をそのままテムズ川に流したのです。かなり臭かったでしょうね。
当時のロンドンの上水道(つまり飲み水)はテムズ川の水を利用していました。当時、水を消毒するという概念はありません。テムズ川の水をそのまま取水し、それを飲んでいたのです。。
問題は水の採取場所です。当時のロンドンにはいくつか水道会社がありました。そのうち数社は糞尿を流した場所よりも下流でテムズ川の水を採取していたのです。つまりコレラ菌の交じった糞尿混じりの水を飲用に供していたのです。
その結果、ロンドンでコレラが「急増」したのです。当時のロンドン衛生責任者、チャドウィックには何が何だか解らなかったと思います。

図1:手書き図 テムズ川と上下水道
図1:手書き図 テムズ川と上下水道

図1は当時のテムズ川の採水場所と下水の廃棄場所を図示してみました。
「ああ、これはひどい」と私たちが思うのは現代に生きる我々には「病原体と病気との関係」が解っているからです。

「病原体と病気との関係」を世界で初めて明らかにしたのは、フランスの化学者ルイパスツールです。
ルイパスツールは「白鳥の首フラスコ」による実験を行い、微生物が腐敗を生じさせることを証明しました。
普通のフラスコに入れた肉汁を一度熱し、そのまま放置すればたちまち肉汁は腐敗します。腐敗した肉汁のなかには微生物がたくさんいるのが観察されていましたが、この微生物がどこから来るのか不明でした。自然に発生するとする説、空気から微生物が運ばれてくるという説があり、どちらが正しいか解っていなかったのです。
そんな時代にパスツールは図2のようなフラスコを作り、中に「肉汁」を入れ、加熱します。

図2:白鳥の首フラスコ
図2:白鳥の首フラスコ

この白鳥のような形状をしたフラスコ内の肉汁は加熱後腐敗しなかったのです。つまり空気と接しないと微生物(=細菌)はフラスコ内に入り込めないのですね。これを発表したのが1859年。パスツールは「微生物」とだけ記しています。科学史に残る偉大な発見です。

次に登場したのがドイツ人医師コッホです。コッホが細菌感染症と細菌との関係を明らかにしたのです。
1876年、炭疽症の原因が炭疽菌であることを証明。コッホは結核菌(1882年3月24日)、コレラ菌(1883年)を発見しています。コッホの弟子は、破傷風菌(北里柴三郎)、ジフテリア菌(レフラー)、腸チフス菌(ガフキー)、赤痢菌(志賀潔)など多くの病原菌を発見しています。まさに「コッホの時代」が到来、感染症治療の大きな転換点です。
コッホは「ある微生物」が本当に「病気の原因菌」となっているかどうかの判定するために以下の原則を、1884年に提案します。「コッホの4原則」です。

  • 原則1:ある一定の病気には、一定の微生物が見出されること
  • 原則2:その微生物を分離できること
  • 原則3:分離した微生物を、感受性のある動物に感染させて同じ病気を起こさせうること
  • 原則4:そしてその病巣部から、同じ微生物が分離されること

以上です。今でも通用する原則です。

次回に続く。いよいよ前々回ご紹介したコレラの流行をたったの10日で止めたスノー医師とホワイトヘッド副牧師が活躍します。

【参考文献】

  • 文献1:野村裕江著 「江戸時代後期における京・江戸間のコレラ病の伝播」
    地理学報告 79巻 p1~20
  • 文献2:スティーヴン・ジョンソン(著)「感染地図」河出書房新社
  • 文献3:Isabel Rosanoff Plesset著Noguchi and His Patrons
    Fairleigh Dickinson Univ Pr (1980/10/1) 邦訳もあります。
  • 文献4:ウェンディ・ムーア(著),「解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯」河出文庫、2013年 矢野 真千子(翻訳)
  • 文献5:Frerichs RR et al. Nepalese origin of cholera epidemic in Haiti. Clin Microbiol Infect. 2012 Jun;18(6):E158-63.
  • 文献6:石 弘之 「感染症の世界史」洋泉社 2014年

望月吉彦先生

望月吉彦先生

所属学会
日本胸部外科学会
日本外科学会
日本循環器学会
日本心臓血管外科学会
出身大学
鳥取大学医学部
経歴
東京慈恵会医科大学・助手(心臓外科学)
獨協医科大学教授(外科学・胸部)
足利赤十字病院 心臓血管外科部長
エミリオ森口クリニック 診療部長
医療法人社団エミリオ森口 理事長
芝浦スリーワンクリニック 院長

医療法人社団エミリオ森口 芝浦スリーワンクリニック
東京都港区芝浦1-1-1 浜松町ビルディング1階 プラザ 111 内
TEL:03-6779-8181
URL:http://www.emilio-moriguchi.or.jp/

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