疾患・特集

131:伝染病を正しく怖がるにはどうしたらよいか?コレラからコロナを考える(1)人間到る処バイキンあり(15)(望月吉彦先生) - ドクターズコラム

メディカルコラム

望月吉彦先生

更新日:2020/04/27

今、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界中に広まり大変なことになっています。この感染症の原因ウイルスは「SARS-CoV-2」と命名されました。SARS(severe acute respiratory syndrome)の原因ウイルスは「SARS-CoV」です。名前は似ていますが、「SARS-CoV-2」は「SARS-CoV」の子孫ではありません。別のウイルスです。

それはともかく、今回のCOVID-19を考えるのに最適な映画があります。それは2011年の米国映画「コンテイジョン "Contagion"」(注:contagion=伝染病)です。
Amazon Prime Videoなどで見ることができます。新しい伝染病が出現した時、

  • どのように対処するのか?
  • どのように対処すべきか?
  • アメリカのCDC(Centers for Disease Control and Prevention:疾病予防管理センター)はどのように伝染病に対処しているか?
  • アメリカのCDCとはそもそも何か?
  • CDCは何をやっているのか?
  • CDCと米軍の関係はどうなっているか?
  • WHOはどうやって関与するか?

などがよくわかります。
感染症とは関係無いですが、この映画の俳優陣は豪華です。

  • マリオン・コティヤール:エディット・ピアフ~愛の讃歌~でアカデミー賞
  • マット・デイモン:『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』でアカデミー脚本賞
  • グウィネス・パルトロー:『恋におちたシェイクスピア』でアカデミー賞主演女優賞
  • ケイト・ウィンスレット:愛を読むひとで  アカデミー賞主演女優賞
  • ローレンス・フィッシュバーン:『TINA ティナ』でアカデミー主演男優賞候補
  • ジュード・ロウ;『リプリー』でアカデミー助演男優賞候補

多くのアカデミー賞俳優が出演しています。この中の誰かが主人公という訳ではありません。主人公は「病原体」です。映画の最後はかなり衝撃的で見るとかなり「ぎょっ」とします。
今回の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を予言したような映画です。ぜひご覧ください。
なお、この映画で重要な役割を演じた世界一の美女とも称される女優のグウィネス・パルトローはCOVID-19について注意を呼びかけています

人類は多種多様な「感染症」に苦しめられてきた

人類は多種多様な「感染症」に苦しめられてきました。病原体に対抗する手段を持っていなかったからです。人類が最初に手にした感染症に対する武器は「ワクチン」でした。
ワクチンの始まりはジェンナーが天然痘予防のために発明した「種痘」です(1796年)。種痘は世界中にあっという間に広まり、ついに1977年に天然痘という人類を苦しめた病が地球上から消えました。素晴らしいことです。人類vs感染症の戦いの歴史で勝ったのはこれだけです。小児麻痺もようやく地球上から消滅しそうですが、まだどうなるか解りません。
ワクチンの次に手にした武器はサルファ剤(プロトンジル)でした。その後もペニシリンを初めとする抗生物質、抗結核薬、抗ウイルス薬、抗寄生虫薬など様々な武器を手にして「感染症」に対峙してきました。

しかし細菌やウイルスは「耐性」や「変異」という武器を手にして人類に刃向かっています。
人口の増加と共に普通では住めなかったような場所に住めるようになったこと、多くの家畜を飼うようになったことから、今度は「人畜共通感染症」という「病(やまい)」に悩まされるようになりました。元々動物にしかいない細菌やウイルスが人間にも感染するようになったのです。SARS-CoV-2も「コウモリ」に元からいるウイルスだと言われています。
話は逸れます。なぜコウモリなのでしょう。いくつか仮説はあります。

  • コウモリは哺乳類であること(鳥類ではありません)
  • コウモリの個体数は全哺乳類の20%と多いこと
  • コウモリは長生きすること(約30年)
  • コウモリは不潔?なところに生息すること
  • 土地開発に伴い、人類がコウモリと接する機会が多くなったこと

などが挙げられます。恐らく上のすべてが関与するのだと思います。

話を戻します。
歴史上、天然痘、ペスト、コレラ、麻疹、マラリア、結核、エイズ、風疹、インフルエンザ(スペイン風邪)etc.多くの感染症により人類は苦しめられてきました。前述の如く、人類はそれに対する治療法、予防法を手に入れて戦ってきました。人類と感染症と戦いに関する物語はたくさんあります。そのほとんどは負け戦の物語です。下図に日本人の平均寿命を示します。

古い時代の日本人の寿命

 平均寿命5歳平均余命
時代
縄文時代14.614.621.922.0
室町時代15.217.323.1 
江戸時代40.042.0  

※注:単位は「歳」、江戸時代は14地域の平均
※資料:鈴木隆雄(1996)「日本人のからだ―健康・身体データ集」

室町時代まで日本人の平均寿命は10代です。折角産まれても様々な感染症にかかり長生きすることはできなかったのです。そんな中、細菌に対して鮮やかな勝利を収めた物語があります。それも「細菌」「ウイルス」が見つかる前の話です。
話はまたまたそれます。
いま1000円札には野口英世の肖像が使われています。細菌学を勉強した時、その教科書に野口英世の名前はありませんでした。野口は「黄熱病」の研究で有名ですが、野口の黄熱病に関する研究や論文はすべて「間違い」です。
黄熱病はウイルスが原因です。野口英世が生きた時代、ウイルスを見ることができる電子顕微鏡はありません。野口に黄熱病ウイルスが見えたわけも無く野口英世の「黄熱病に関する論文すべてが間違っていたこと」がわかっています(文献3)。それゆえに野口英世の黄熱病対策は的外れでした。
事程左様に感染症との戦いは簡単ではありません。野口英世の業績のうち数個は今も評価されています。いずれ野口英世に関しては良い面、悪い面、野口英世の手はどうなっていたか、手の手術は上手くいっていたのか?などを考察したいと思います。

話を戻します。今回次回は、ロンドンで起きたコレラ禍を鮮やかな手法で制圧した物語を紹介します(主に文献2によります)。ロンドンコレラ禍を制圧した手法から「疫学」が発展しました。今にも通じる話です。

コレラがロンドンに蔓延した時

まずコレラのパンデミック史を簡単に紹介します。
コレラは、これまでに解っているだけで7回パンデミック(世界的流行)を起こしています。7回のうち、有名なのは第3回目のパンデミックです。これはロンドンを直撃し、ロンドンで多数の死者がでます。1852年のことです。
ちなみに日本でもコレラは江戸時代、1822年、1858年と2回にわたって大流行しています(文献1)。コレラはかかるとあっという間に死んでしまう病気です。感染すると3-4日で死亡します。日本では、それゆえに「3日コロリ」と称されていました。自分が刻一刻とあの世に近づいていくのを目の当たりにしながら死んでいく病気とも言われます。
コレラはインドに古来より存在したと思われる病気です。コレラと思われる記載がある文献がインドには紀元前からあるので、そのように予測されるのです。
1493年にコロンブス御一行が世界中にあっという間に広めた「病気」と違ってコレラはインドからロンドンにはなかなか広がりませんでした。コレラにかかるとあっという間に死亡するからです。航海中、ずっとコレラにかかっている船員などいなかったのです。しかし東西の往来が進んだ結果、ついに1832年ロンドンにもコレラは上陸、2万人の死者を出しました。
あっという間に死亡する「コレラ」はとても恐ろしい病気です。コレラはコレラ菌(英語:Vibrio cholerae、学名はVibrio cholera pacini Pacini 1854)を含んだ飲食物を摂取することにより発症することがコッホによって明らかになったのは1884年のことです。

さて、第3回コレラパンデミックとなった1854年のコレラ禍がなぜ有名なのでしょうか?それはこの年のロンドンのソーホー街におけるコレラ禍が、ある医師とある副牧師の「共同作業」によりあっという間(2週間)に「収束」したからです。
医師の名前は「ジョンスノー(John Snow、1813-1858)
副牧師の名前は「ホワイトヘッド(Henry Whitehead、1825-1896)」です。
彼らの共同作業は後に昇華して「疫学」という学問になり、この2人の名前は医学の歴史に燦然として輝いています。疫学は「集団を対象にして統計学を用いて疾病の原因や傾向を明らかにする学問」です。元は伝染病だけが対象でした。今はすべての疾患に「疫学」による分析が行われています。

ジョン・スノーはハンテリアン医学校出身です。ハンテリアン医学校出身ということで何か、思い出しませんか?ハンテリアン医学校はハンター兄弟が起こした学校です。弟のジョン・ハンター(John Hunter、1728-1793)のことは以前紹介しました(参考記事:110:ジョン・ハンター無くして近代外科は語れない 血管疾患(4))。
ジョン・スノーはハンタ-から直接学んだ訳ではありませんが、ハンテリアン医学校で はジョン・ハンターの教えが伝わっていたと思います(文献4)。その教えは、

「自分の頭で考えよ」
「常に疑問を持ち、自分の頭で考える外科医をそだてることが必要」
「世の定説は、真の知識というより単なる信仰に基づいている。定説を改めようとするのは定説の誤りを認めて得意になりたいからではなく、自分たちの無知を認めて改めるためである」
「確立された教義に疑問を持ち自分の頭で考えよ」

というモノです。ちなみに種痘のジェンナーはジョン・ハンターの家に住み込んで学んだ文字通りの直弟子です。
ジョン・ハンター一門は、実に多くの人を助ける方法を発明、発見しています。元はこのジョン・ハンターの教えが素晴らしいからでしょう。今でも通用する不変的な思考法だと思います。
下図はロンドンのソーホー街のコレラ発症者が住んでいた場所をプロットした地図です。死者が出た家は濃く印されています。

ロンドンのソーホー街のコレラ発症者が住んでいた場所

黒い点がコレラを発症した患者が住んでいる(いた)地点です。地図を見ると患者の多い場所と少ない場所がはっきりとわかります。これを冷静に分析した結果、それまでの定説「瘴気(しょうき)によりコレラは伝播する」を覆し、コレラ伝播の予防法を確立、この年以降、ロンドンでコレラの蔓延を防ぐことができるようになったのです。
ジョン・スノーは、ジョン・ハンターの教え通り、「自分の頭で考え確立された定説を覆した」のです。この地図は病気に「正しく」対処することの大切さを教えてくれます。

自分でCOVID-19に関するデータを収集し、疫学してみる

COVID-19の原因ウイルスは判明していますが、それでもCOVID-19を封じ込める方法は定まらず、日本も世界も困っています。それを考えるとコレラの原因となる「細菌」が解っていない時代にコレラの流行を防いだ彼らから学ぶことは多いと思います。
COVID-19の発生場所、患者の年令、性別、発生時期、発生した場所の気候etc.を分析すればCOVID-19が流行る原因、流行る地域がわかるかもしれません。
私も集めたデータからCOVID-19を疫学してみました。
私の予測は次の3点です。1.2.はこの原稿を書き始めた時点(2020/3-1の予想)での予想。3.は2020-04-25時点での予想です。

  • 日本ではCOVID-19は大流行しない
  • オーストリア、スイス、フィンランド、イタリア、デンマーク、ドイツ、米国、中近東、南米では大流行する
  • 西アフリカ,中部アフリカで大流行しない

の2つです。数年後、この予測が当たったかどうかわかると思います。
皆さんも、自分でCOVID-19に関するデータを収集し、疫学してみることをお勧めします。

2つほど、誰でもできるCOVID-19分析法を紹介しましょう。

COVID-19分析法その1:論文を調べる
ちなみにPUBMEDで「novel coronavirus 2020」で検索すると、2020-04-17の時点で1200編の論文が掲載されています。中国からの論文が圧倒的に多いですね。
PUBMED「novel coronavirus 2020」
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/?term=novel+coronavirus+2020
NEJM、LANCET、NATURE、JAMAなどの雑誌に載っている新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関する情報を読んでみると面白いです。英語でかかれていますが今はGoogle先生の力を借りれば読むことができます。
なお、COVID-19に関する論文の多くは特例によりfree article となっています。つまりタダで読めるのです。こんなことは稀です。一流雑誌に掲載された論文をリアルタイムにタダで読める機会など滅多にありません。ぜひ読んでみてください。

COVID-19分析法その2:国別、発症数を調べる
以下のサイトなどをご覧ください。
COVID-19 Dashboard
https://gisanddata.maps.arcgis.com/apps/opsdashboard/index.html#/bda7594740fd40299423467b48e9ecf6
COVID-19 Virus Pandemic
https://www.worldometers.info/coronavirus/

こういう資料を見て考えてみましょう。
次回に続く。

大切な余話:
コレラなんて古い病気と思うでしょうが、今でもアフリカ、東南アジアでは流行しています。時に大流行をおこします。直近で有名なのは、2010年、ハイチでの大流行でしょう。これは大地震で壊滅したハイチに派遣されたネパールの国連平和維持活動(PKO)部隊が持ち込んだコレラが原因でした。ハイチではそのために70万人が感染し、8000人以上が死亡しています(文献5)。ハイチの人びとにとっては、大地震に加えてコレラが流行り、文字通り「泣き面に蜂」だったと思います。

【参考文献】

  • 文献1:野村裕江(著)「江戸時代後期における京・江戸間のコレラ病の伝播」地理学報告 79巻 p1~20
  • 文献2:スティーヴン・ジョンソン (著)「感染地図」河出書房新社、2007年刊
    翻訳は矢野真千子さんです。矢野さんの翻訳本に「外れ」はありません。多分、翻訳しても読むべき本を選んでいるのでしょう。翻訳も日本語として熟れているので読みやすく、すっと頭に入ってきます。本書も同様です。ぜひ、お読みください。
  • 文献3:Isabel Rosanoff Plesset(著)Noguchi and His Patrons
    Fairleigh Dickinson Univ Pr 、1980/10/1
    邦訳もあります。
  • 文献4:ウェンディ・ムーア (著)「解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯」河出文庫、2013年 矢野 真千子(翻訳)
  • 文献5:Frerichs RR et al. Nepalese origin of cholera epidemic in Haiti. Clin Microbiol Infect. 2012 Jun;18(6):E158-63.

望月吉彦先生

望月吉彦先生

所属学会
日本胸部外科学会
日本外科学会
日本循環器学会
日本心臓血管外科学会
出身大学
鳥取大学医学部
経歴
東京慈恵会医科大学・助手(心臓外科学)
獨協医科大学教授(外科学・胸部)
足利赤十字病院 心臓血管外科部長
エミリオ森口クリニック 診療部長
医療法人社団エミリオ森口 理事長
芝浦スリーワンクリニック 院長

医療法人社団エミリオ森口 芝浦スリーワンクリニック
東京都港区芝浦1-3-10 チサンホテル浜松町1階
TEL:03-6779-8181
URL:http://www.emilio-moriguchi.or.jp/

※記事内の画像を使用する際は上記までご連絡ください。