望月吉彦先生
更新日:2019/12/02
なぜ、私がパルスオキシメーター(動脈血酸素飽和度測定器)の紹介にこだわっているかというと、
などがその理由です。 というわけで、前置きはそれくらいにして前回に続き、パルスオキシメーターに関する話題を続けます(注:今回で終了です)。
今回は、
についての紹介と考察です。
医療現場でどのように使われているか説明しましょう。大きく分けて3つの使い方があります。
の3つです。これらをご紹介しましょう。
パルスオキシメーターはさまざまな疾患、病態の診断に使われます。例を3つだけ挙げます。
前回お伝えしましたように、パルスオキシメーターは最初に手術室で使われました。全身麻酔をすると呼吸も止まります。呼吸が止まると酸素が全身に行き渡らなくなります。そのため、全身麻酔中には、人工的に肺に空気(酸素)を送りこむ必要があります。これを人工換気と言います。人工換気は麻酔医によってコントロールされます。手術中、患者さんの呼吸は麻酔医の管理下にあります。
何も起きなければ良いのですが、前回ご紹介したように麻酔事故は2000の手術に対して1件くらいの割合で生じていました。原因はさまざまですが、麻酔事故の大きな原因のひとつが低酸素血症でした。
麻酔は、純酸素に笑気をまぜたガス+麻酔ガス、静脈から投与する麻酔薬などを使って行います。酸素を充分に肺に送り込んで人工換気を行えれば良いのですが、酸素を流している管が外れたり、酸素ボンベの酸素がなくなったり、酸素と笑気の配管を間違えたり、麻酔中に喘息発作が生じたり、さまざまな原因で低酸素血症を生じることがあったのです。早期に低酸素血症を検出できないと、体に酸素が回らなくなり、死につながりかねない事故を引き起こします。このような怖い「低酸素血症」の診断を早期に感知することは、パルスオキシメーター開発以前は難しかったのです。
今はリアルタイムでパルスオキシメーターにより動脈血酸素飽和度を測っていますので、少しでも動脈血酸素飽和度が下がれば直ちに判ります。低酸素血症が生じるとアラームが鳴ります。パルスオキシメーターのおかげで今は10万件に1件くらいしか麻酔事故が起きなくなりました。これは「麻酔中の事故予防」という一般の方には目には触れないところでの応用です。集中治療室での人工呼吸器装着中のトラブルによる低酸素血症も激減しました。つまりパルスオキシメーターにより容易に「低酸素血症」が診断できるようになり低酸素血症により引き起こされる疾患が激減したのです。
呼吸不全とは息ができにくくなる病気です。この病気の代表格はCOPD(慢性閉塞性肺疾患:chronic obstructive pulmonary disease)です。以前は慢性気管支炎、肺気腫と呼ばれていました。喫煙が、COPDの病因の9割を占めます。
先頃、落語家の桂歌丸さんがこの病気でお亡くなりになりました。桂歌丸師匠は缶ピース60本を50年以上吸っていたそうです。
歌丸さんは晩年、「たばこはもうやめました。あんな苦しい思いをするくらいなら、吸わない方がいい」と言って、COPDという病気や喫煙の危険についての啓発活動をしていました。お亡くなりになった時、呼吸器学会から追悼文が出るくらい喫煙の害について啓蒙をしてくださったのです(日本呼吸器学会「桂 歌丸 師匠を悼んで」)。
COPDの診断には動脈血酸素飽和度の測定が欠かせません。パルスオキシメーターがあれば、外来でも短時間でCOPDを疑うことができます。喫煙をしている方で、平地での動脈血酸素飽和度が90%を割っていたらCOPDを強く疑います。
他にも色々な呼吸器疾患の診断に欠かせません。
「息が苦しい」と訴えてくる患者さんがいます。そういう時、まずパルスオキシメーターで動脈血酸素飽和度を測定します。これが90%以下なら、酸素の投与を行い、酸素飽和度を上昇させてから、病歴を聞き、聴診器を当てて呼吸音を聞き、レントゲンを撮影し……というように診療します。
つい最近も、ある患者さんが「息が苦しい」ということで来院されました。パルスオキシメーターで動脈血酸素飽和度を測定すると80%しかありませんでした。呼吸音は聴診器で聞くと喘息の音に「似た」音を聴取します。喫煙歴はなく、胸部レントゲンで肺野はきれいです。肺炎や気管支炎、COPDではありません。動脈血酸素飽和度が80台だとかなり苦しいですし、危険です。重度の過敏性肺炎を疑い、直ちに大きな病院に入院していただきました。結局、元々肺塞栓(肺動脈に血栓が詰まる病気です)があり、それに加えて、自宅エアコンのダストによって生じていた過敏性肺炎により低酸素血症が生じていたことが解りました。この方は、治療が奏功し元気に活躍しています。
このように呼吸不全が一瞬にしてわかるのです。パルスオキシメーター開発以前、呼吸不全の診断は簡単ではなく、前回もお伝えしたように動脈血の直接採血が必要でした。
今はすべての救急車にパルスオキシメーターが常備されていて救急隊員の方は患者さんのところに到着すると直ちにパルスオキシメーターを指に装着して動脈血酸素飽和度を測ります。
隔世の感があります。
睡眠時無呼吸症候群(SAS)とは睡眠中に呼吸が止まる病気です。睡眠中に呼吸が止まると動脈血酸素飽和度が低下します。パルスオキシメーターを寝ている間に指につけて、睡眠中の動脈血酸素飽和度を測定すれば、どの程度呼吸が止まっているか解析できます。呼吸が止まっている時間、頻度が高ければ治療が必要です。パルスオキシメーター普及以前、SASの診断は難しかったのです。今は、繰り返しますが容易に診断ができます。
SASと診断されないと、睡眠中の低酸素血症により、昼間の眠気や心筋梗塞、脳梗塞の発症率が上がります。SASが簡単に診断できることで多くの方が助かっています。
上記のことだけでなく他にも多くの病気の診断に役立っています。
さまざまな呼吸器疾患の「治療判定」にパルスオキシメーターは極めて有用です。桂歌丸師匠は晩年、鼻に酸素吸入用のチューブを付けていました。あれを見ると酸素をどんどん投与すれば良いだろうと思う方も多いと思います。しかし、酸素を大量に(過剰に)投与するとかえって肺に障害が起きます。過剰酸素投与による肺障害を予防するには必要最小限の酸素投与量をを決める必要があります。パルスオキシメーターを用いると必要最小限の酸素の投与量がわかります。
COPDが進行すると大量に酸素を投与しても、動脈血酸素飽和度は上がらなくなります。「一日中、溺れているような気がする」とCOPDが進行した患者さんは言います。怖いことです。
さて、さまざまな疾患の診断に役立つパルスオキシメーターですが、未熟児の治療にも絶大な貢献をしています。あまり知られてはいませんが未熟児網膜症の発症予防に役立っています。
未熟児の網膜血管は文字通り「未熟」です。まだ網膜全体を網膜血管が覆う前に産まれてきます。未熟児は生後、クベースと呼ばれる保育器に入れられ、酸素の投与、温度の管理等が行われます。肺も未熟ですので、酸素投与が必要です。投与する酸素濃度が高すぎると網膜血管が収縮し、未熟児網膜症を引き起こします。このことは1951年から解っていました(文献10)。しかし、当時の医療技術では簡単に動脈血酸素飽和度を測定することができず、投与酸素濃度のコントロールは難しかったのです。未熟児の動脈血を採取すること自体至難の業です。未熟児網膜症を予防するために投与酸素濃度を減らすと、今度は呼吸不全などが生じて死亡率が上昇してしまいました。しかしパルスオキシメーターが簡単に使われるようになり、
未熟児網膜症にならず
呼吸不全も生じない、
動脈血酸素飽和度が段々と解るようになりました。そのおかげで、未熟児網膜症による失明者が激減したのです(文献11、12など多数)。
パルスオキシメーターとは別な話ですが、1968年未熟児網膜症に対する光凝固治療法が、世界に先駆けて天理よろず相談所病院の永田誠医師により開発され(文献13)、世界に広がります。
未熟児網膜症の発症予防には日本発のパルスオキシメーターが使われ世界中の失明したかもしれない患児を救い、不幸にして未熟児網膜症が発症してもその治療には日本で開発された治療が行われ失明を予防しているのです。日本人として誇らしいですね。
最初に使われたのが、高山登山です。パルスオキシメーターで動脈血酸素飽和度を測りながら登れば安全です。酸素飽和度が低くなれば、酸素を補給すれば良いのです(文献14)。
@富士山頂
これは私自身が富士山頂で200mを速歩で歩いた後に、パルスオキシメーターで測定した動脈血酸素飽和度です。83%と著明に減少しています。かなり苦しいですね。しかし、立ち止まって深呼吸を数分繰り返すと、動脈血酸素飽和度は90%代後半になり息は楽になります。
富士山頂の酸素濃度は13%(平地は21%、エヴェレスト山頂は7%)です。正確に言うと酸素濃度は平地でもエベレスト山頂でも一緒ですが、気圧が違うので取り込める酸素が減るのですね。
映画「エベレスト:2015年」にエベレスト登山でパルスオキシメーターが使われている場面があります。この映画は実話を元にして作られていますが怪談よりも怖い映画でした。
それはともかく、パルスオキシメーターは登山以外のさまざまなスポーツでも使われています。
これは資料がひとつしかありません。文献6に、1997年の初秋、小児麻酔学会で特別講演されたスウェーデンのLindahl医師は「ノーベル賞選考委員の一人だ」と紹介されました。Lindahl先生は講演後に「ノーベル賞に是非推薦したい人がいる。それはパルスオキシメーターの原理を発見した青柳青柳卓雄氏だ」と述べたそうです。
Lindahl氏とは、Karolinska Institute:Department of Physiology and Pharmacology :Sten Lindahl教授のことでしょう。私はもしノーベル賞がパルスオキシメーターに対して授与されるなら受賞するのはパルスオキシメーターの原理を発見した青柳卓雄氏とパルスオキシメーターを臨床使用できるように改良して、世界中に広めたニュー医師(Dr. William New Jr.:1942-2017)だと思っていました。残念なことにニュー医師は2017年にお亡くなりになっています。
ノーベル賞はともかく、世界中で多くの人々を助けている(今後も助ける)パルスオキシメーターですが、最初にこの原理を考えついたのは日本光電の青柳卓雄氏とコニカミノルタの山西昭夫氏です。特許出願は青柳卓雄氏の方が早く出していますし、学会で発表し、論文にもしていますので発明者は青柳卓雄氏ということになっていますし、欧米の教科書にもパルスオキシメーターの原理の発明者は「TAKUKO AOYAGI」であると明記されています。しかし、このパルスオキシメーターが世界に普及するに当たり、山西昭夫さん、コニカミノルタグループの果たした役割は極めて大きかったのです(関連記事:大勢の人を助けている機械は日本で発明されたけれど最初に普及したのは米国(2))。
心電図は1906年に基礎的論文が出されています。それから100年、今も心電図の代わりになる機械はありません。原理は不変だからですパルスオキシメーターもその原理は不変ですので、将来にわたり使い続けられ、多くの人々を病気から救ってくれると思います。
望月吉彦先生
医療法人社団エミリオ森口 芝浦スリーワンクリニック
東京都港区芝浦1-3-10 チサンホテル浜松町1階
TEL:03-6779-8181
URL:http://www.emilio-moriguchi.or.jp/
※記事内の画像を使用する際は上記までご連絡ください。