望月吉彦先生
更新日:2018/12/25
今回は、いま話題の「水道」から平均寿命について考えてみたいと思います。日本の平均寿命と水道水とは密接な関係があるのです。
我が国の平均寿命は段々と延びていっています。
2017年の日本人の平均寿命は女性が87.26歳、男性が81.09歳でした。女性は世界2位、男性は世界3位です。ちなみ男女ともに世界一は香港です。日本では女性の方が男性よりも約6歳長生きします。
図1:平均寿命(日本、戦前は完全生命表のみ・不連続、年)
出典:ガベージニュース「日本の平均寿命の推移をグラフ化してみる」
http://www.garbagenews.net/archives/1940398.html
図1のグラフを見ると、男女とも太平洋戦争後に平均寿命はどんどん長くなっていくのがわかります。男性の平均寿命は昭和22年(1947年)には50歳でした。昭和26年(1951年)に60歳、昭和46年(1971年)に70歳、平成25年(2013年)に80歳と延びています。このまま90歳に到達するでしょうか?日本の平均寿命が延びた要因には、
などが挙げられます。
さまざまな要因が重なりあい、右肩上がりで平均寿命は延びてきました。そろそろ頭打ちだろうと言われています。しかし、私は、特に男性において改善の余地があると思っています。現在、日本男性の喫煙率は約3割です。それが女性並みの1割になれば、もう数歳平均寿命が延びると愚考します。故の無い話ではありません。日本の喫煙者は非喫煙者に比して約10年寿命が短いというデータがあるからです(文献2)。
日本は、平均寿命が延びたことにより、死因が変化してきました。現在の死因は
第1位 がん(31%)
第2位 心疾患(15%)
第3位 脳血管疾患(12%)
です。
平均寿命が70歳を超えた頃(1960年代)から癌に対する医療が問題になってきました。また心疾患、脳血管疾患の原因となる糖尿病や高脂血症に対する医療も取り上げられるようになってきたのもこの頃です。それ以前は、癌や糖尿病になる年齢に達する前に死んでいたのですね。あるいは栄養状態が悪かったので糖尿病や高脂血症になる人は少なかったのだと思います。
ちなみに糖尿病学会の設立が昭和33年(1958年)、動脈硬化学会の設立は昭和47年(1974年)です。逆に言えば、それまでは糖尿病も動脈硬化もあまり問題にならなかったのですね。いわゆる「生活習慣病」が発症する前に、感染症が原因でお亡くなりになっていた方が多かったのでしょう。
話は少し戻ります。このように第二次世界大戦後後の平均寿命の延びについては比較的よく知られ、分析もなされています。しかし、それ以前つまり明治時代に健康や寿命に関する統計を取り始めた頃から太平洋戦争までのことはあまり分析されていませんでした。
日本では
明治13年(1881)からは死産統計
明治32年(1899)からは人口動態統計
明治39年(1906)からは死因統計
が記録されるようになりました。その精度も結構高いのです(文献3)。図2は、日本における乳児死亡率、新生児死亡率の年次推移です。
図2:新生児死亡率、乳児死亡率の年次推移
さて、図1と図2を見て何かお気づきになりませんか?
統計を取り始めた当初、平均寿命は少し短くなり、乳児死亡率は上昇しています。しかし、平均寿命は1920年頃を境として長くなり(図1)、乳児死亡率は1920年頃を境として減少しています(図2:黄色い矢印)。これは、医学の世界で「1920年“頃”の謎」とされてきました。
それを解いたのは、なんと医療とは全く関係の無い元国土交通省の官僚だった竹村公太郎さんです。1945年(昭和20年)生まれの方です。2002年に国交省を退職されています。官僚といっても、文系官僚ではなく工学が専門のキャリア技官だった方です。退職して2年後の2004年には「ダムの排砂対策とその施工に関する研究」で工学博士号を取得しています(文献4)。かなりの勉強家なのでしょう。竹村氏は国交省の官僚としてインフラの設計や運営(ダム、河川管理)を担当していました。退職後に専門である「インフラ整備」「地図」の知識を元に日本の文明や日本の歴史を別な観点から読み解いた本を何冊も書いています(後述)。
竹村さんも、図1、図2のグラフを見て、「1920年“頃”の謎」について疑問を抱き厚生労働省の図書館!を度々訪れ、1920年頃に保健衛生の歴史に残るような出来事が無かったかどうかを探したのですが、これといった出来事の記録は無くこの「謎」は解明不能でした。
この「謎」が判然としないまま、考え続けていた竹村さんに、“セレンディピティ”が訪れます。氏が、たまたまお台場で催されていた「東京都水道100周年記念展」を見に行ったときのことです。その展示物の中に「大正10年(1921年)」に「東京市で水道の塩素殺菌が開始される」と書かれたパネルを見つけたのです。そうです!この「塩素殺菌の開始」こそが、この「1920年頃の謎」を解く鍵だったのです。
水道供給自体は、塩素殺菌導入に先立つこと30年前に開始されていました。逆に言えば30年間は殺菌されない水が全国に供給されていたのですね。怖い話です。殺菌されない水を飲んだために平均寿命が低下し乳児死亡率の増加したのだと思います。しかし、1921年以降は塩素によって「殺菌された水が供給」されるようになり、平均寿命は延び、乳児死亡率の著明な低下をもたらしたのですね。
ここに気づくだけでも素晴らしいのですが、竹村さんはさらにいくつかの素晴らしい発見をしています。わかりやすくするために順番にご紹介しましょう。
しかし、何故1921年に水道水に塩素投与が開始されたのかはわかりませんでした。
「1921年に水道水の塩素殺菌が始まった」
「水道水の塩素殺菌により乳児死亡率は低下し、平均寿命が延びていったのだろう」
「でもなぜ、1921年に塩素殺菌が始まったかわからない」
以上のようなことを機会がある毎にあちこちで披露していたのです(普通の人は、ここまではしないでしょう)。
そういう竹村さんの水道水塩素殺菌開始に関する話を聞いた方の中に「保土谷化学工業株式会社」の方がいらして、1921年の水道水の塩素殺菌開始に関する記事が載っている同社の社史のコピーを竹村さんに送ってくれたのです。その社史には同社が
「陸軍がシベリア出兵(1918年-1921年)に際し毒ガス兵器として液体塩素を開発したが、毒ガスを使うことも無かったのでこの時に余ってしまった液体塩素を水道水の殺菌に転用することになった」
と書かれていたのです。日本軍は1921年10月にシベリアから撤退します。この時に余った「毒ガス用の液体塩素」を水道水に投入したのですね。
これで1921年に水道水への塩素投与開始が開始された理由がわかりました。これだけでも凄いのですが、ここで終わらないのが竹村さんです。毒ガスとして使おうとしたくらい猛毒であるはずの液体塩素を水道水殺菌に使おうと命令を出したのは誰だろう?と考えます。液体塩素は陸軍(=国)のモノです。民間人が勝手に流用することはできません。きっと、衛生や細菌学に造詣が深くしかも地位が高い「政治家」がいて塩素投与の指示を出したのではないかと推測し該当する政治家を探しました。
その政治家はおそらく「後藤新平」です。後藤は福島県の須賀川医学校(現存はしていませんが)を卒業した医師です。その後、現在の名古屋大学病院の元となる病院の院長になったり、内務省衛生局で官僚として仕事をしたり、ドイツに留学して細菌学!で医学博士号を得たりしています。後に内務大臣、外務大臣を経て東京市長になります。外務大臣時代にはシベリア出兵作戦にも参加し、シベリアから帰った後、1920年に東京市長(今の東京都知事)になっています。
東京で塩素を水道水に付与して水道水の殺菌を開始する前年に東京市長になったのです。医師であり、細菌学をドイツで学び、シベリア出兵が終了して液体塩素が余っていると知っていた後藤新平が市長だったことが「1920年頃の謎」を解く最後の鍵だったのです。
殺菌された安全な水が東京中に行き渡るにつれて平均寿命が延び出したのです。
後藤新平が塩素を水道水の殺菌に使うよう指示した資料はありませんが、多分竹村さんの推測通りだと思います(文献5)。日本中の水道水の殺菌に塩素が使われるようになり今に至りますが、その始まりにはこのように色々な偶然が積み重なっています。
こういう事実を掘り起こし、調べ尽くす竹村さんの能力は半端ではないですね。何でも良いけれど「専門」があると応用が利くという良い例だと思います。竹村さんは「地形」を見ることで日本史を読み解く本や水力発電所の重要性を説いた本など、多数執筆しています(文献7、8など他にも多数)。ご興味ある方はぜひお読みください。どの本も面白いです。
というような話をしていた私にも、先日、小さな“セレンディピティ”が訪れました。私の患者さんのご主人が竹村公太郎さんと一緒に国土交通省の技官として働いていたのだそうです。世間は広いようで狭く、狭いようで広いですね。
それはともかく「平均寿命に関する1920年“頃”の謎」と「良質な水道水」を考えると「水」それも良質な「水」が、いかに健康にとって大切かがわかりますね。
注:参考文献6によると、1903年、ベルギーにて世界で最初に塩素が公共水道水の消毒に用いられたとのことです。どうやってそれが日本に伝わったのでしょうか?
望月吉彦先生
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