疾患・特集

035:人間(じんかん)到る処“バイキン”あり(1)(望月吉彦先生) - ドクターズコラム

大人の健康情報

望月吉彦先生

更新日:2016/05/09

今回から、時々、感染についてのお話をしようと思います。
話のなかに出てくる「バイキン」とは細菌、真菌、ウイルス、プリオンなど微生物の総称と思ってください。
SARS、エボラ、鳥インフルエンザ、エイズ、結核、マラリア、デング熱、ジカ熱 etc. とにかく、感染は怖いですね。目に見えないモノが相手ですから大変です。

突然ですが、「もやしもん」という漫画を読んだことがありますでしょうか?「もやし」は日本酒を作るときに使う種麹のことで、野菜のモヤシとは関係ありません。この漫画の主人公の大学生には「バイキン」が見えて「バイキン」と会話もできる!そういう設定の漫画です。
この主人公には至る所にいる「バイキン」が見えるのです。「バイキン」の基本を理解するのにとても良い本です。
漫画だけではちょっと…という方には「絵でわかる感染症 with もやしもん (KS絵でわかるシリーズ) 」という少し専門的なマンガ本もあります。興味のある方は、一度手に取りお読みください。

人間が生活している場所はもちろん、南極の氷の中、深海など至る所に「バイキン」はいます。
人体にもたくさんいます。口腔内、皮膚、腸管などには常在菌がいて、体の平衡状態を保つのに役立っています。まさに、人間到る処“バイキン”あり、です!

その「バイキン」が人に入り込んだときに悪さをするのが『感染』です。
「バイキンがいる」ことと『感染』は別モノです。『バイキンが入る』=『感染する』ではありません。
しかし、一旦、『感染』が成立すると厄介で死に至ることもあります。

色々と怖いのですが、怖いものの一つに「耐性菌」があります。「耐性菌」の代表は「MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)」ですね。「耐性菌」のなかには一つの抗菌薬(抗生物質)に耐性を持つだけでなく、多くの抗菌薬に耐性を獲得した「多剤耐性菌」というものも生まれています。これは本当に怖いです。「多剤耐性菌」にはダーウィンが唱えた「進化論」が当てはまります。菌は進化しています。この話に流れてしまうとまた長くなりますので、身近なところのお話にしましょう。

「手を洗う」ことが全ての感染予防に通じる

この写真を見てください。

MRSA

左は、MRSAを排菌している患者さんに触れた後、MRSA増菌培地に手をつけてMRSAの発育を見た写真。
右は、同様にMRSAを排菌している患者さんに触れた後、手をアルコールで洗浄した後にMRSA増菌培地に手をつけてMRSAの発育を見た写真です。

一見してお解りになるかと思いますが、手を洗わないとMRSAがたくさん生えてきます。この写真から色々なことが考えられます。
手を洗えばMRSAの「手による伝播」は防止できるかも知れないと考える人がいるかもしれませんし、逆にどこにMRSAがいるのか解らない(目に見えない)のだから、手の洗浄を一体いつすればいいのか解らないと頭を抱えてしまうかもしれません。

いずれにせよ、目に見えない菌を相手にするのは大変です。理論上、患者さんに触るたびに手を洗浄できればよいのですが、それもなかなか大変です。

ちなみに、上記に“MRSA増菌培地”と書きましたが、この培地は特殊な培地でMRSA以外は繁殖できないような特別な培地です。なぜかというと、普通の培地で同様の培養をするとMRSAよりもたくさんいる皮膚常在菌の方が早く増殖してしまい、MRSAの存在がよく解らなくなってしまうからなのです。通常の培養ではMRSAなんかよりもたくさんの「バイキン」が培養されてしまいます。

とにかく、この写真からも解るように、できるだけ「手を洗う」ことがすべての感染予防に通じます。日本は一般に清潔です。トイレ文化も世界一、上水道はほぼ完備しています。
あと、私見ですが、「箸」も大きい要素だと思います。日本食を食べる場合、普通は箸を使います。手でおかずやご飯を取って食べることはしません。しかし、パンは違います。汚れた手でパンを食べたら感染が波及する可能性があります。そういうことをひっくるめて日本は清潔です。
ご先祖様に感謝しなければいけません!

日本のインフルエンザワクチン予防接種は有効?

2015年末よりインフルエンザが猛威をふるっていました(これを書いているのが2016年4月3日で、インフルエンザは下火になっています)。
「予防接種をしているとインフルエンザには罹患しない」と思われる方が結構いらっしゃいますが、それは間違いです!
予防接種をしていてもインフルエンザに罹患することはあります。ちょっと難しい話になりますが、お付き合いください。

日本のインフルエンザワクチンは通常は腕に接種します。そして血中にIgG抗体を作ります。
しかし、インフルエンザウイルスは血中に入りません。インフルエンザは鼻腔粘膜から感染するので、原理原則をいえば、鼻腔粘膜にIgA抗体が分泌させるようなワクチンでないと有効な感染防御はできないことになります(これに比し、例えばB型肝炎ワクチンは話が解りやすいです。B型肝炎ウイルスは血中を循環しますから、B型肝炎ワクチンを摂取すれば抗体が血中にできるので、ほぼ100%感染予防ができます)。

有効な感染予防を実現するために直接鼻粘膜に接種するワクチンなんて見たことないですよね。実は、米国ではそのようなワクチンがあるのです。
これは鼻腔粘膜に生菌ワクチンをスプレーし鼻腔にIgA抗体を作らせるので、インフルエンザの型さえ合えばインフルエンザ感染を高率に予防できます。しかし、生菌ワクチンですので、当然、インフルエンザに罹患する恐れもあり、このワクチンは日本では認可されていないのです。
理屈でいってしまえば、鼻腔撒布型ワクチンを使っていないので「日本でのインフルエンザワクチン接種で予防はできない」のも一理あります。
そんなこともあり、巷ではインフルエンザワクチンに関しては「感染予防にならない」という趣旨の本がたくさん出ております。

しかし!WHOのサイトでも、

「Vaccination is the most effective way to prevent infection and severe outcomes caused by influenza viruses.」@2015-02-05
(ワクチン予防接種は、インフルエンザウイルスの感染や重篤化を防止するための最も効果的な方法です。)

と書いてあります。日本形式のインフルエンザワクチン予防接種は、有効な手段なのです。

ちょっと脱線しますが、先日、ある患者さんからお問い合わせいただきました。
「インフルエンザはワクチンで予防不可と結論」というニュースが世間に流れていたそうで、ショックを受けたということでした。
あるブログで、世界保健機関(WHO)がホームページ上に「ワクチンで、インフルエンザ感染の予防はできない。また有効とするデータもない」などと書いてあることが分かったというものでした。
それを聞いた私は直ぐにWHOのサイトを確認しましたが、事実無根。全くそのようなことは書いておらず、前述のように有効性を認めていることしか載っていませんでした。
不思議に思ってこのブログのニュースソースであった別のサイトを見てみると、何と、「●月●日に掲載致しました本件記事につきまして、現在追加取材中につき一時的に非公開にしております」と記事を下ろしているではないですか……
このブロガーさんも世の中に出すのなら、もう一歩踏み込んで確認してからでも良かったのではないかと、残念に思いました。

インフルエンザ感染で怖いのは「脳症」

話を戻しましょう。インフルエンザは激しく型が変わるので、予め今年はこれが流行るだろうと考えてワクチンが作られます。その予想が外れると効果が低くなってしまうので、これがインフルエンザワクチン不要派の論拠の一つになるのです。
それでも健康成人ではおよそ60%程度の発症を防ぐ効果があると報告されていますし、インフルエンザワクチンを接種していると罹患しても軽症で済むことが多いのです。

この冬もクリニックに受診された「熱が出ないインフルエンザ感染者の方」が何人もいらっしゃいました。これまでの私の経験からも総合的に考えると、インフルエンザワクチンはWHOの勧告通り、受けておいたほうが良いと思っています。

インフルエンザ感染で怖いのは「脳症」です。先ほどインフルエンザウイルスは血中を循環しないと書きました。よって、インフルエンザウイルスが脳に到達することはないのですが、「脳症」として発症します。「脳症」というのは、発熱、頭痛、意識障害、痙攣などの脳炎の急性症状を示すのですが、脳実質内に炎症は認められません。
「インフルエンザ脳症」も意識障害や痙攣など怖い病状を生じます。「サイトカイン・ストーム」という状態が「インフルエンザ脳症」の原因になります。「サイトカイン・ストーム」がなぜ生じるかは解っていませんが、解熱剤との関係が報告されています。
インフルエンザによる熱発で安全性が確立されている解熱剤は「アセトアミノフェン」と「イブプロフェン」だけです。ですから私は、インフルエンザが疑われる場合で解熱剤を処方する時は「アセトアミノフェン」と「イブプロフェン」以外は処方いたしません。

「人間(じんかん)到る処“バイキン”あり」です。

寒いと、感冒、インフルエンザが増えます。それは気温が15-18度以下になり、さらに低湿度になると風邪を起こすウイルス(200種類くらいあります)の活動が活発になるからです。それに加えて換気がどうしても悪くなり、「バイキン」と接触する可能性が高くなります。空気が乾燥すると鼻腔粘膜も乾燥して免疫力が落ちてしまい、余計に風邪に罹りやすくなります。
風邪予防に一番効果があるのが「手洗い」です。どうか手洗いを励行してください。そして、湿度管理もお忘れなく!

風邪とインフルエンザでは、あなた自身のみならず家族や職場といった周囲の方への影響が随分と違います。もし、風邪かな?インフルエンザかな?と思ったら、早めにクリニックにおいでください。簡単な検査でインフルエンザかどうか判定可能です。

感染のお話は次回に続きます。お楽しみに。
(次号はこんなお話も……)
頭を悪くするウイルスが人の咽頭から発見されるという要旨の論文が2014年11月に発表されました。40%の人に感染しているらしいです。
Chlorovirus ATCV-1 is part of the human oropharyngeal virome and is associated with changes in cognitive functions in humans and mice Proc Natl Acad Sci U S A. 2014 Nov 11;111(45):16106-11.

※おせっかいな注釈を:
表題の『人間(じんかん)到る処…』ですが、『人間到る処青山あり(じんかんいたるところ せいざんあり)』を捩っています。
幕末の僧、釈月性の詩の一部です。「人の住む世界(人間:じんかん)は広く、何処にいっても死んで骨を埋めるところ(墓場:青山)はある」ということより、「大きな望みを成し遂げるためなら何処にでも行って、活躍するべきである」という意味です。

※さらにおせっかいな注釈:釈月性の七言絶句全文と注釈です。
男兒立志出郷關 男の子だったら学問を志して郷里を出よう
學若無成不復還 頑張っても学問がならなかったら帰らないよ
埋骨何期墳墓地 骨を埋めるは故郷の土地だけではない
人間到処有青山 どこにでも墓地に適した土地(青山)はあるよ

※さらにさらにおせっかいな注釈:
東京都港区青山にたまたま青山墓地がありますが、これは徳川家の大名だった青山家の広大な屋敷跡が青山という地名に残り、そこに墓地を作ったので、この七言絶句の「青山:せいざん」とは関係ありません。

【参考文献】

  1. 予防接種は「効く」のか?ワクチン嫌いを考える(光文社新書) 岩田健太郎著
  2. 99・9%が誤用の抗生物質 医者も知らないホントの話(光文社新書) 岩田健太郎著
  3. 感染症(中公新書) 井上栄著
  4. もやしもん 1-13巻 石川雅之著(モーニング KC)
    その他多数

望月吉彦先生

望月吉彦先生

所属学会
日本胸部外科学会
日本外科学会
日本循環器学会
日本心臓血管外科学会
出身大学
鳥取大学医学部
経歴
東京慈恵会医科大学・助手(心臓外科学)
獨協医科大学教授(外科学・胸部)
足利赤十字病院 心臓血管外科部長
エミリオ森口クリニック 診療部長
医療法人社団エミリオ森口 理事長
芝浦スリーワンクリニック 院長

医療法人社団エミリオ森口 芝浦スリーワンクリニック
東京都港区芝浦1-3-10 チサンホテル浜松町1階
TEL:03-6779-8181
URL:http://www.emilio-moriguchi.or.jp/

※記事内の画像を使用する際は上記までご連絡ください。