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あなたの「おいしい」と健康を支援する糖尿病食事指導 患者さん自身が糖尿病を治す!(3)

糖尿病患者さんが、「おいしく食べてきた食生活(食文化)」と、自分の健康に適量となる食事内容とのバランスをとれるよう支援する食事療法を東京衛生病院の杉本正毅先生は推進しています。「おいしい」と健康を支援する、カーボカウントの考え方を活用した患者さん中心の食事管理法について解説していただきました*1

「僕は、たとえ糖尿病であっても、おいしい食事を続けて欲しいと思っているので、カロリー制限という考え方が嫌いです」

第40回荒川糖尿病フォーラムでは、東京衛生病院の杉本正毅先生は講演の冒頭、上記のような挨拶から語り始めました。

カロリーや栄養バランスに縛られず、糖尿病患者さんの「美味しい」と健康を支援したい。それは僕が昔からずっと考えていたことでした。

1993年、1型糖尿病患者さんを対象としたDCCT研究*2で、強化治療のグループの患者さんの食事指導にカーボカウント(Carbohydrade counting:炭水化物を数えるという意味)が採用され、その有効性が世界ではじめて証明されました。
その報告を知ったとき、僕は「これまでずっと糖尿病患者さんを苦しめてきたカロリー制限という呪縛からようやく患者さんを解放することができる」と小躍りしました。
1994年以降、米国ではカーボカウントは糖尿病患者の標準的な食事管理法として定着しています。今日は、日本ではなかなか普及しない基礎カーボカウントを活用した患者中心の食事指導についてお話ししたいと思います。

『食』は『人間の多様性が如実にあらわれる場所です。だからこそ『決定共有アプローチ』が不可欠です。提供:杉本正毅先生

以下、同フォーラムでの講演内容をふまえて、基礎カーボカウント法を活用した食事管理法について具体的に紹介します*1

まず「基礎カーボカウント」をマスターする

杉本先生の糖尿病食事指導に対する信念は「患者さんの『自己決定』を尊重し、実行可能な食事計画を立てること」です。
このため、「患者さんの嗜好、食文化に合っていて、長く続けられる食事管理法を、患者さんと協力して決めること」にこだわっています。
患者さんの価値観を大切にするためにはまず医師自身が自分の価値観を患者さんに表明することが大切だと先生は言います。
そこで、たとえばいかにもカロリー制限という呪縛に苦しんでいると思われる患者さんに対しては、「僕はたとえ糖尿病であっても患者さんにはおいしい食事を続けてほしいと思っていますので、普通の医師と違って『カロリー制限』という考え方が嫌いなのです。だから、もしもあなたが『俺はカロリー制限でなきゃイヤだ』という考えの持ち主なら、他の医師にかかることをお勧めします」と伝えることもあるそうです。
そんなとき、多くの患者さんがホッとした笑顔を見せるそうです。
こうした先生の方針にとって欠かせない食事管理法が「基礎カーボカウント法」です。
米国では1994年以降、基礎カーボカウント法が糖尿病患者さんに対する標準的な食事管理法として推奨されています。
ところが日本では不思議なことに「基礎カーボカウント法」がなかなか採用されず、カロリー制限食という指導法を長年推奨されてきたという歴史があります。

「基礎カーボカウント指導」の要点

それでは以下に『基礎カーボカウント指導』の要点を説明します。日本で流行している糖質制限食とはまったく異なるので、誤解されないようにすることが大切です。

  • まず3大栄養素である炭水化物、たんぱく質、脂質がそれぞれ血糖値にどのように影響するのかを詳しく説明します。
  • 食後血糖値は主にその食事に含まれる炭水化物量で決まることを説明します。
  • このとき同時に高脂肪食(天ぷら、ミックスフライなど)では食後高血糖が遷延するので、食後血糖値を制御する基礎カーボカウント法の効果が現れにくいことも説明します。
  • 次にプレート法を用いて、栄養バランスについて説明します。
  • そして、1日のカロリーと炭水化物量を示し、1食に摂る炭水化物量を示します。
  • 続いて「炭水化物早見表」を渡して、主な食品の炭水化物量を示し、その患者さんの主食量を具体的に示します。
  • 最後に「糖質制限食」との違いを説明します。
    糖質制限食は、血糖値が上がらないように炭水化物摂取量を1日130g未満まで制限し、カロリーや脂質、たんぱく質の摂取量には一切規定がありません。これに対して、基礎カーボカウントは1日に摂る総カロリーとそれに占める炭水化物比率を示したうえで、「1食に食べる炭水化物量を一定にし、1日の炭水化物摂取量を守ること」です。
    つまり、1食の炭水化物摂取量を固定(Fix)することであり、制限することを求めません。
  • カロリー計算を求めないことを説明します。
    杉本先生の基礎カーボカウント指導は、患者さんに「カロリー計算」を求めません。その理由はカロリー計算とカーボカウントを同時に行うことは非常に煩雑で、実践が容易という基礎カーボカウントのメリットが損なわれること、さらに実際のところ、1食に摂る炭水化物量を固定し、1日の炭水化物摂取量を定める基礎カーボカウントではカロリー計算をしなくても、カロリーオーバーで失敗する人は少ないという理由によります。

■指導例

もっとも標準的な指導は1日2000kcal、炭水化物50%(250g/日)で、もしも患者さんが1日1回おやつを食べたいという希望を持っている場合
→朝食70g、昼食80g、スナック30g、夕食70g

もしも、1日2回おやつを食べる習慣を持っている患者さんなら、以下のようになります。
→朝食70g、スナック 20g、昼食 70g、スナック20g、夕食 70g

患者さんは基礎カーボカウントを守りながら、その中で自分らしい食生活の実践に努力します。しかし、なかにはもう少しご飯など炭水化物をたくさん食べたいという人もいます。
そんなときには1日の炭水化物量と1食の炭水化物量を変更し、それに合わせて、食後血糖値を下げる薬を調整することで、患者さんの食べたい食事と血糖管理の両立を図ります。

次回は、血糖管理のための薬物療法最適化プログラムについて具体的に紹介します。

*1:記事に関しては以下をもとに作成しました。

  • 2018年11月22日開催:第40回荒川糖尿病フォーラムの杉本正毅先生の講演「“自分らしく食べる”を支援するカーボカウントを活用したエンパワーメント・アプローチ」
  • 杉本正毅 (@DiabetesCafe) Twitter
    https://twitter.com/diabetescafe
  • ナラティヴ・カフェ Narrative Cafe Diabetes Cafe:糖尿病診療におけるナラティヴ・アプローチ
    http://sugimotomasatake.com/
  • カーボカウント研究会 カーボカウントで楽しい生活
    http://www.carbocounting.com/blog/
  • *2:DCCT研究(DCCT:Diabetes Control and Complications Trial)は、1983〜1993年に米国とカナダで行われた大規模臨床研究。1型糖尿病患者を、強化治療のグループ(強化インスリン療法または持続皮下インスリン注入療法)と従来治療のグループ(当時の一般的治療の1日1~2回のインスリン注射)に分けて、両グループ間で網膜症・腎症・神経障害といった合併症の発症や進展の予防が可能かどうかを調べたものです。食事管理ツールとしてカーボカウントが活用されました。

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公開日:2019/04/05
監修:アドベンチスト会東京衛生病院附属教会通りクリニック 内科 杉本正毅先生