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重症心不全への再生治療の実際

重症の心不全の患者さんに、細胞シートという再生医療等製品を用いた治療が保険診療で受けられるようになりました。実際の治療の流れと患者さんが負担する費用などについて解説します。

重症心不全の細胞シート治療、患者負担の実際は?

重症心不全の細胞シート治療

既存の薬物治療や非薬物治療で治療効果がない重症の心不全の治療では、補助人工心臓や心臓移植などの選択肢はありますが、人工心臓への感染、心臓移植においてはドナー不足、また免疫抑制剤による副作用などの課題がありました。
そこで、既存の標準治療で効果が十分期待できない虚血性心疾患による重症心不全の患者さんを対象に、患者さん自身の太ももの筋肉細胞を採取して細胞シートという再生医療等製品の「ハートシート®」を作製して、開胸後の心臓表面に直接貼り付ける移植治療が2015年に薬事承認され、より広く治療が受けられるようになりました
細胞シート治療を受ける患者さんにとって、患者さんが負担する治療費用はいくらになるのでしょうか。治療の流れも含めて概説します。

受診、細胞シート作製、シート移植まで1ヵ月以上の期間が必要

重症心不全の患者さんがハートシート®を用いた再生治療を受ける際、以下のような治療ステップを踏むことになります。

■細胞シート治療の流れ

  • 医療機関で患者さんの大腿部から筋肉組織を数g程度を採取します。
  • 採取された筋肉組織は、専用の容器に入れられて企業の細胞培養・調整施設に送られます。施設で筋肉組織に含まれている骨格筋芽細胞を分離培養して増殖し、専用容器に充てんして凍結保存されます。期間は数週間です。
  • 凍結保存された培養細胞はまず安全性などを確認する規格検査が行われます。この検査には約1ヵ月の期間が必要です。
  • 規格検査に合格した培養細胞は、手術の日程に合わせて、凍結した状態で企業が細胞シート加工用の容器内にセットし、医療機関に届けます。移植前日に医療機関内の細胞調整施設で細胞がシート状に調製(作製)されます。シート作製は5枚ほどです。
  • 患者へのハートシート®の移植として、開胸後に心臓表面に1枚ずつ載せるように貼り付けます。

図:細胞シート治療の流れ

出典:テルモ株式会社
http://www.terumo.co.jp/pressrelease/detail/20160530/237

上記の治療の流れを見ると、患者さんには細胞組織採取のための太もも手術と、細胞シートの心臓移植とでトータル2回の手術を受けることになります。最初の細胞組織採取から移植までおよそ1ヵ月以上の期間が必要になります。
また、移植後に顕著に心機能に回復が認められるのは、患者さんの状態、重症度にもよりますが、細胞シート移植後から約3ヵ月が経過したころといわれますので、ある程度の期間は慎重な術後管理、健康管理が必要です。

参考:テルモ株式会社
http://hs.terumo.co.jp/
RSMP vol.6 no.2, 215—222, May 2016

再生医療の治療費は高額療養費制度を活用すると数十万円に

細胞シート治療を受ける重症心不全患者さんの負担は、いくらになるのでしょうか。ハートシート®は保険適用で治療を受けることができます。医療機器として算定された保険償還価格が2016年1月から認められています。

ハートシート®の保険償還価格は、組織・細胞の採取から培養までのAキット製品が636万円、細胞輸送~シート作製~移植までのBキットが細胞シート1枚168万円です。
ハートシート®は薬事承認上、5枚使用することになっていますので,636万円+168万円×5枚の合計で約1,470万円になります。技術料として組織採取の際に5,000円、移植に9万4,200円となります。

これに対し、従来の心臓移植の治療費は2,000~3,000万円(術前検査から退院までの費用)や補助人工心臓は2,000~3,000万円の費用となっています。心臓移植はドナーが圧倒的に少なく常に治療が可能なわけではありません。

保険診療は、基本的には患者さんは3割負担になります。ここに高額療養制度(上限10万円)をあわせればかなり負担が軽減されます。高額療養費制度が適用されれば、患者さんの収入条件にもよりますが、数十万円に抑えられることになります。

重症心不全患者は増加傾向

現在、保険適用が承認された虚血性(きょけつせい)の心筋症患者の細胞シート再生医療に加えて、心臓移植を受けなければ助からないような重症化する拡張型心筋症の小児患者を対象とした細胞シートを用いた臨床試験や、小児の先天性疾患患者を対象とした心臓内幹細胞を用いた臨床試験が実施されています。
また、人工多能性幹(iPS)細胞を用いて細胞シートを作製して治療する研究も進められ、2018年5月についにヒト臨床研究が承認されました。筋芽細胞は心筋細胞には変化しませんが、iPS細胞からは心筋細胞が作ることができるので注目されています。

最後になりますが、循環器疾患診療実態調査報告書によると、2015年度の循環器専門施設・研修関連施設における心不全による入院患者数は23万8,840人で、最近は年間につき1万例以上の患者数が増加しています。
重症の心不全患者も増加傾向にあることが考えられますが、治療に関しては、今後はさまざまな選択肢を選ぶことができるようになる日も近いでしょう。

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公開日:2018/11/12
監修:大阪大学大学院心臓血管外科学 宮川繁先生、一般社団法人細胞シート再生医療推進機構業務執行理事/ユタ大学薬学・薬剤化学部併任教授 江上美芽先生