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すり減った軟骨を修復・再生へ!変形性ひざ関節症の細胞シート治療

「変形性ひざ関節症」は、軟骨がすり減ることで歩くことや階段の昇り降りなどが困難になる、日常生活への支障が極めて大きい病気です。すり減った軟骨は骨と違って自然に修復できません。そこで、東海大学の佐藤正人先生は、軟骨が擦り減った部位に直接に軟骨細胞シートを貼り付けて、軟骨を再生させる治療の開発を進めています(2018年3月、第17回日本再生医療学会総会の講演をもとに本記事を作成しました)。

すり減った軟骨を修復・再生できる根治療法が望まれています

変形性ひざ関節症のイメージ

平成28年度の国民生活基礎調査によると、要支援者における「介護が必要になった主な原因」の第1位が関節疾患(約17%)でした。そのなかで最も多いのが「変形性ひざ関節症」と言われています。中高年、なかでも女性や太っている人に起こりやすい傾向があります。

変形性ひざ関節症をはじめとした関節疾患は、関節軟骨の成分で細胞の増殖や分化などに関わるⅡ型コラーゲンやヒアルロン酸、プロテオグリカン、ヒアルロン酸などの細胞外マトリックスが分解されて流出すると、関節のクッション性が低くなって軟骨が減少して発症します。
関節軟骨の重要な成分に「軟骨細胞」がありますが、非常に少なく増殖しないので軟骨の修復・再生が難しいと言われています。

変形性ひざ関節症に対する治療は、痛み止めやヒアルロン酸注射などによる対症療法、O脚矯正の骨切り術、人工関節手術などがありますが、現状ではすり減った軟骨の修復や再生はできないのが課題です。
また、体重のかからない部分の患者さん本人の軟骨組織からわずかな細胞を採取し、増殖・培養を行って損傷部位に注入や移植をする自己細胞(自家細胞ともいいます)を移植する治療法がありますが、現在は変形性ひざ関節症の保険適応がありません。その理由は、十分に体重を支えるだけの強度を持った軟骨(硝子軟骨といいます)が再生できず、質の悪い軟骨だけではすぐに症状が再発するからと言われています。

そこで、荷重に耐えうる強度と、生体が本来持つ粘弾性や滑らかさを兼ね備えた軟骨組織である硝子軟骨を再生させる治療法を開発するために、東京女子医科大学の研究チームが開発した細胞シート工学※1に着目した研究が開始されました。

ひざの軟骨損傷部に細胞シートを覆うように直接貼り付けて移植

細胞シートは、細胞を特殊な培養皿で増殖・培養するため、細胞自身が作りだす接着因子(のり状のたんぱく物質)を保ったままで作られます。
患者さん自身の細胞を用いて細胞シートを作る際は、まず医療機関で膝関節部位にあっても体重のかからない部分から軟骨細胞と滑膜細胞が採取されます。
次に、細胞シートを作る細胞加工施設に両方の細胞が送られて、数週間かけて増殖・培養して複数の細胞シートが作られ、医療機関に送られて治療が行われます。
なお、移植には軟骨細胞から作られた細胞シートのみが用いられます。滑膜細胞は、細胞シート作製の過程で軟骨細胞の増殖を促すことを目的に使われます。
治療は、ひざの軟骨損傷部に複数枚重ねた細胞シートを覆うように直接貼り付けて移植するため、比較的短時間で済みます。

細胞シート治療の特性としては以下が挙げられます。

  • 移植した軟骨細胞や軟骨の重要な成分であるプロテオグリカンが軟骨の損傷部位から流出することを防ぎます。
  • 修復に悪影響を与える因子が軟骨の損傷部位に進入することを阻止します。
  • 細胞シートには人工物は一切含まれておらず、生体に接着して、細胞シートから成長因子が持続的に供給されます。

図:細胞シート工学を応用した関節軟骨修復・再生 図:細胞シート工学を応用した関節軟骨修復・再生

提供:東海大学整形外科学教授 佐藤正人先生

  • ※自己軟骨・滑膜とは、患者さん自身の軟骨・滑膜のことをさします。自己は自家ともいいます。
  • ※細胞シート工学の技術を用いることで、接着因子を維持したまま細胞シートを作ります。作った細胞シートを積み重ねたものを損傷部位に移植します。

現在、患者さん本人の細胞からシートを作って移植する治療に関しては、すでに8例の臨床研究に成功しました。
また、新たな臨床研究として研究中の治療としては、より多くの患者さんが治療を受けられるよう、自分以外の人の細胞(乳幼児の手術組織から採取した軟骨細胞)を用いた治療法に関する研究が進められています

参考情報: 東海大学ホームページ(http://cellsheet.med.u-tokai.ac.jp/
株式会社セルシード(https://www.cellseed.com/regenerative/012.html

公開日:2018/08/20
監修:東海大学整形外科学教授 佐藤正人先生
一般社団法人細胞シート再生医療推進機構業務執行理事/ユタ大学薬学・薬剤化学部併任教授・江上美芽先生