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124:日本は死因不明社会~大動脈瘤「破裂」症例はどれくらいあるか、日本では不明(望月吉彦先生) - ドクターズコラム

大人の健康情報

望月吉彦先生

更新日:2020/01/06

明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
さて、2020年正月第一号は、こんな歌の紹介から初めて見たいと思います。
一休禅師(1394年―1481年:享年87歳)の作った歌です。

「門松は冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」

一休の著した『狂雲集(きょううんしゅう)』に載っている歌です。
一休は皮肉めいた言動、機転の利いた言動で有名です。それが故に、とんちの「一休さん」のモデルになったのでしょう。
おめでたい正月に、わざわざ不吉?な歌を詠むのも一休さんらしいですね。一休さんが生きた時代と今はだいぶ違います。一休の生きた1400年頃、日本人の平均寿命は正確にわかりませんが、15歳前後ではないかと推定している研究者もいます(参考文献5)(図録▽平均寿命の歴史的推移(日本と主要国))。そういう時代に正月を迎えられる(=年を重ねられる)のは、普通の人にとっては慶事です。めでたいと喜ぶのが普通ですね。しかし、一休は正月を迎える事は年を取る(=死に近づく)事だとも言っているのです。一休は当時としては異例の長寿者です。長生きをしている間に色々な経験をしたのでこのような事を言うようになったとも推測されます。
西欧世界でも、一休の言った事と同じような事が言い習わされています。

「メメント・モリ」(注:ラテン語 memento mori)
→「必ず死が訪れることを忘れるな」「死を忘れるな」です。

さて、正月早々縁起でも無いとお思いでしょうが、一休禅師に倣って「死」について考えて見たいと思います。

突然死例の多くは死因が不明

大動脈瘤(だいどうみゃくりゅう)という病気があります。身体の中にある大動脈が太くなる病気です。大動脈が太くなりすぎると破裂します。アインシュタイン、司馬遼太郎は腹部大動脈瘤破裂で、最近では俳優の阿藤快が胸部大動脈瘤破裂でお亡くなりになっています。
大動脈瘤のほとんどは症状が無いために診断が遅れることがあります。司馬遼太郎が大動脈瘤破裂を起こす直前に書いた随筆を、読み直してみると腹部大動脈瘤がかなり大きくなっていることを示唆している症状があることが解ります。曰く、

「背中が痛い」
「足が時々冷たくなってしびれる」

と書いています。これらは、後から考えると、腹部大動脈瘤がかなり大きくなってきたために生じた症状だと解ります。
大動脈瘤のほとんどは症状が無いと記しましたが、自分にも他人にもわかる「大動脈瘤の症状」があります。それは「大動脈瘤の破裂」です。
東京都監察医務院によると突然死の死因の4番目が大動脈瘤破裂です。破裂した方の何割が病院に来ることができて手術を受けることができるか統計がありません。ほとんどは即死するのではないかと「思います」。「思います」と書いたのは日本では「突然死例の多くは死因が不明」だからです。
今号はその「突然死」について考えて見たいと思います。
大動脈瘤破裂のように時や場所に関わりなく「突然死」する可能性がある病気があります。事故や事件でお亡くなりになることもあります。
「突然死」した場合、死因を明らかにすべく、解剖や検査を行う制度があり、それを監察医制度と言います。
監察医制度が実際に「正常に」機能しているのは東京、大阪、神戸の3都市しかないと言われています。これらの都市で、突然死した場合は監察医がその死因を明らかにするために解剖を行います(後述)。全例ではありません。
それ以外の道府県ではどうかというと、突然死をしても特に事件性が無いと思われる場合、解剖が行われず、「急性心不全」などの病名が付けられて『処理されています(いました?) 』。「急性心不全」は正確には病名ではありません。急にお亡くなりなった状態を表す言葉が急性心不全です。なおあえて、『処理されて(いました?)』と記したのは2018年4月、法律が改正され警察署長の判断で解剖が必要と認めれば監察医務院のない県でも解剖が行えるようになったからです。これを「新法解剖」と言います。しかし、後述の如く、それは簡単ではありません。

それはともかく、学生時代、少数の府県でしか実行されていない「監察医制度」のことを法医学の授業で聞いてから、なにか変だと思っていました。救急治療を行っている病院に勤務していると「突然死」で搬送されてくる患者さんがいます。その多くは持病があり、何らかの治療や投薬を受けていることがほとんどですので「それなりの病名」を付けて死亡診断書が書かれます。持病が明らかで無いのに突然死した方は、前述の如く「急性心不全」という病名を付けられて「処理」されていました(います)。
変ですね。
行政に関すること、法律を変えるのは簡単ではありません。多くの人は、こんなモノだと諦めます。
でも諦めない偉い人はいます。

「死後にCTやMRを行い、死因を明らかにする努力をすべきだ」

「そんなことで良いのか? 東京、大阪、神戸以外で突然死した方の死因はどうでも良いのか?東京、大阪、神戸だって解剖率は高くない、つまり日本は死因不明社会だ」と言い出したのが、現在は国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構QST病院臨床検査室医長の江澤英史先生です。QST病院とは「National Institutes for Quantum and Radiological Science and Technology」から取った略称です。わかりづらいですね。

それはさておき、江澤先生は突然死を含め、実質的に、死因が不明のまま処理されるのはおかしい、それなら「死後にCTやMRを行い、死因を明らかにする努力をすべきだ」と提案したのです。死後にCT、MRを行うのをAi(Autopsy imaging:オートプシーイメージング)と言います(注参照)。

Aiは1999年11月のある日に江澤先生が考えついた概念です。Aiの命名者は江澤先生の同僚だった吉川京燦(よしかわきょうさん)先生です。ちなみに江澤先生は病理解剖を行う病理医で、CTやMRの診断を行う放射線科医ではありません。

ここで、少し「解剖」について説明します。
「解剖」は三つに分類されます。

  • 正常解剖:献体された御遺体を解剖することで医学の基礎を学びます。
  • 病理解剖:病気でお亡くなりになった方の死因、病因を明らかにするために行います。
  • 法医解剖:以下の二つに分かれます。
    • 司法解剖:犯罪性のある死体の死因などを究明するために行われる解剖
      注:しかし、警察の死体取扱い件数のほとんどが司法解剖されていないのが現状(法医学専門医の不足、予算不足などの理由により)。
    • 行政解剖:死因がはっきりとしないが犯罪性がないと思われる異状死体に対して、死因の究明を目的として行われる
      これは東京、大阪、神戸にある監察医務院で行われます。

病気が不明の「変死体」の解剖はつまり法医解剖されることになります。問題は解剖がなされる「率」です。死因がはっきりとしない場合、米国では50%、イギリスでは60%が解剖されています。解剖=死因究明ではありませんが、それでもかなり多くのことが解剖をすることでわかります。

さて、我が日本ではどうでしょう。東京、大阪、神戸には監察医務院があるので、3%前後が解剖されています。しかし、監察医制度が無い道府県において低いところは0.1%しかありません。
私が冒頭で、大動脈瘤破裂で即死するのがどれくらいあるかわからないと記したのは、このように日本は「死因不明社会」だからです。もちろん全例が死因不明ではありません。日本では病院での死亡が8割、2割は死因不明の急死、変死、事故死です。急死した場合、解剖が行われない(9割以上は行われていない)と死因は不明なまま処理されてしまいます。江澤先生は実際に病理解剖を行っていますが、その中で日本は死因不明社会だと気づいたのですね。怖い話ですが、他殺でも体表面に外傷などがないと「急性心不全」で済んでしまうのです。

有名なのは、看護師4人組で男性2名を巧妙な方法で殺した「久留米看護師連続保険金殺人事件」です。殺された一人は空気を静脈から注射して殺害され、もう一人は胃管から大量のアルコールを注入して殺害されています。後に仲間割れするまで、どちらも病死として扱われていました。前者の空気注入による殺害はAiがあれば簡単に死因はわかるので事件として扱われたと思います。このように突然死には「闇」があります。ここでは書けないとてつもなく深い「闇」もあります。

日本はある意味特殊です。日本では

  • 病理解剖ができる医師も、法医解剖ができる医師も極めて少数で、予算も少ない。つまり、病理解剖も法医解剖もほとんど行われていない。

    しかし

  • CT、MRの人口当たりの普及率は世界一です。

つまり、解剖はなかなかできないけれど、診断機器はたくさんあるのが日本です。豊富にある診断機器を用いてAiを行えば死因の究明に役立つと江澤英史先生が思いついたのです。それが1999年のことです。同時期に筑波メディカルセンター病院放射線科の塩谷清司先生がAiと概念が重なるPMCT(Post Mortem Computed Tomography:死後CT検査)の研究を始めていました(注:PMCTの創始者は、筑波メディカルセンター病院の救急部長だった大橋教良先生で、1985年のことです)。 江澤先生は塩谷先生とコンビを組んでAiという概念を日本や世界に広め、なんとAi学会まで作っています。

江澤先生は「海堂尊」のペンネームで小説を書いています。「チーム・バチスタの栄光」、「ブラックペアン」などのベストセラーを沢山書いているので知っている方も多いと思います。これらの小説の中で、もちろん、Aiがいかに大事か説いています。医学的なAiに関する著作も多く、これらを読むと海堂尊医師(=江澤英史先生)は「Ai命!」だということがわかります。「ゴーゴーAi」という本には1999年当時、無名の医師だった江澤英史先生が多くの医師、診療放射線技師、そして行政にAiを提案し、苦労をしながらAiという概念を広める様が書かれています。

Ai開始当初、江澤英史先生は文字通り孤軍奮闘でした。初期の頃に孤軍奮闘していた江澤先生をそっと助けてくれたのが、元新潟県知事だった米山隆一先生です(突然、知事を辞職することになってしまいましたが、本書を読む限り良い医師だと思いますし、そもそも辞職する必要など無かったと思っています)。

段々と広まるAi

現時点でまだAiは正式に認定された制度ではありませんが、段々と広まっています。今では突然死の4割にAiを用いた診断が行われるようになり、多くの死因が明らかになってきました。
2014年からは小児の急死、変死例には基本的にAiが導入され、生前に受けた虐待による死亡例が見つかっています。Aiが子供に導入されたことで、虐待の抑止力になるかも知れません。このように、Aiは段々と社会に認知され、社会を変えつつあります。

Aiは画期的な方法です。世界でも類例を見ません。「解剖」という特殊なことは行いません。ちょっと気味が悪いかも知れませんが、ご遺体をCT、MRで検査する、それだけでわかることはたくさんあります。動脈瘤の破裂など簡単に診断ができます。脳梗塞、脳出血などの診断もできます。外傷の診断もできます。利点しか浮かびません。

健康を考える時、死因を分析することはとても大切です。今号でお伝えしたようなことも新年を機に考えて頂ければ幸いです。

あまり不吉なことばかり、新年早々書くのも気が滅入ります。きれいな富士山の写真を掲げて終わりとします。河口湖から撮影した富士山遠景です。 一富士二鷹三茄子と言います。良い夢をご覧下さい。

写真:河口湖から撮影した富士山遠景

【参考文献】

  • 海堂尊「死因不明社会―Aiが拓く新しい医療」(ブルーバックス)
  • 海堂尊、 山本 正二「死因不明社会2 なぜAiが必要なのか」 (ブルーバックス)
  • 海堂尊(=江澤英史)「ゴーゴーAi アカデミズム闘争4000日」(講談社)
  • 塩谷清司「死亡時画像 ―歴史と最近の動向―」
    http://www.eiken.co.jp/modern_media/backnumber/pdf/MM0710-04.pdf
  • 「日本人のからだ―健康・身体データ集」鈴木隆雄(1996) 朝倉書店

望月吉彦先生

望月吉彦先生

所属学会
日本胸部外科学会
日本外科学会
日本循環器学会
日本心臓血管外科学会
出身大学
鳥取大学医学部
経歴
東京慈恵会医科大学・助手(心臓外科学)
獨協医科大学教授(外科学・胸部)
足利赤十字病院 心臓血管外科部長
エミリオ森口クリニック 診療部長
医療法人社団エミリオ森口 理事長
芝浦スリーワンクリニック 院長

医療法人社団エミリオ森口 芝浦スリーワンクリニック
東京都港区芝浦1-1-1 浜松町ビルディング1階 プラザ 111 内
TEL:03-6779-8181
URL:http://www.emilio-moriguchi.or.jp/

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