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062:アニサキスを考えてみた。「お嬢サバ」が生まれた理由…(望月吉彦先生) - ドクターズコラム

メディカルコラム

望月吉彦先生

更新日:2017/6/12

ここのところ、アニサキスによる食中毒のことが、報道されています。

アニサキス被害急増、サバやアジの生食注意 10年で20倍、流通発達の影響も(西日本新聞 2017/5/21)

サバ・アジ・イワシ…寄生虫アニサキスの食中毒にご注意(朝日新聞デジタル 2017/5/20)

アニサキスは前回で紹介した線虫の一種です。比較的身近にいます。
今回は、アニサキスとは何か?アニサキス食中毒とは何か?アニサキス食中毒を予防するにはどうしたらよいか?美味しく「サバ」を食べるにはどうしたらよいか?などについてご紹介しようと思います。

ある授業をきっかけに、鯖が食べられなくなり…

大学時代を過ごした鳥取は鯖が豊富にとれるところでしたので、美味しい鯖が食べられ、幸せでした。しかし、ある授業をきっかけに、私は鯖が食べられなくなってしまったのです。その授業とは、「衛生学」の授業です。「保健所の仕事を知る」そういう内容の実習の一環で、鳥取県の境港に揚がった鯖や烏賊を解剖して「アニサキス幼虫」がいるかどうかを調べたのです。アニサキスは海産物に寄生する線虫の総称です。要するに寄生虫の一種です。アニサキスの成虫は鯨などに寄生します。アニサキスの一生?はこのサイトに漫画で、とても解りやすく書かれていますので、ご参照ください。

話は戻ります。実習授業で鯖を解剖したら、内臓からたくさんのアニサキス幼虫が見つかりました。一匹の鯖の内臓に、10-20匹のアニサキス幼虫が見つかりました。
写真1は鯖の内臓から見つかるアニサキス幼虫です。白い糸のように見えるのがアニサキス幼虫です。ウニョウニョと動きます。

鯖の内臓から見つかるアニサキス幼虫
写真1:鯖の内臓から見つかるアニサキス幼虫

烏賊では、見つけるのが多少厄介です。アニサキス幼虫は白いので保護色?となって見つかりにくいのです。しかし、鯖の内臓のアニサキスは簡単に見つけることができます。写真1のごとく、肉眼でアニサキスがハッキリ見えるのです。 生きたアニサキス幼虫を人間が食べると、胃アニサキス症、腸アニサキス症、腸管外アニサキス症を生じます。有名なのは、胃アニサキス症です。アニサキス幼虫が胃で暴れるのです。胃壁にアニサキス幼虫が食いつくので、強烈に痛いのです。
写真2は胃壁に食いついているアニサキス幼虫を鉗子で取り出す様子です。

アニサキス幼虫を鉗子で取り出す様子
写真2:アニサキス幼虫を鉗子で取り出す様子
国立感染症研究所

魚を食べてから数時間後に強い腹痛と吐き気が出現し、嘔吐します。家族、友人で同じ魚を食べていると、一斉に同様の症状が発現することもあります。私もそういう方を拝見したことがあります。家族全員(4名)が胃アニサキス症を発症して胃カメラによるアニサキス除去を受けています。

さて、そういう「鯖の内臓からアニサキス幼虫を探せ」という授業を受け、アニサキス症の勉強をしたら、また鯖が食べられなくなりました。烏賊も一時、食べられなくなったのです。もう30数年前のことです。当時、その授業の指導をしてくれた衛生学の先生に、「鯖や烏賊に、こんなにアニサキス幼虫がいて食べても大丈夫でしょうか?」と質問しました。先生からはハッキリとした答えはありませんでした。しかし、その先生が言うには「この辺り(鳥取)でとれた鯖は大丈夫だと、漁師も寿司屋も魚屋も言っている」という“あいまい”な話が返ってきたのでした。当時はそれを追及することはなく終わらせていました。

鳥取の鯖は食べても大丈夫?

大学を出て関東地方で働くようになり、そして救急患者さんが搬送されるような病院で働くようになると「胃アニサキス症」は珍しい病気では無いことに気づきました。胃カメラが普及して、比較的容易に診断がつくようになったこともあるかもしれません。今も日本全国で年間7000-8000件の発症があると予測されています(国立感染症研究所の推定)。私はアニサキス症が怖くて、鯖の刺身やシメ鯖が食べられない状態がまた長い間続いたのです。焼き鯖や味噌煮といった加熱調理された鯖以外は食べる気にはなりませんでした。
なお、アニサキス幼虫が寄生するのは鯖だけではありません。マグロ、イカ、サンマ、サケ、アジ、タラなど、様々な魚に寄生します(約150種の魚から見つかっています)が、なぜかよくわかっていませんが、鯖に寄生することが多く、アニサキス症の多くは鯖が原因です

2011年のことです。東京都健康安全センターからアニサキス幼虫に関する論文が発表され話題を呼びました(文献2)。この論文を読むと「鳥取の鯖は食べても大丈夫」という言い伝えが、ほぼ(8割?)、正しかったことがわかります。それを説明しましょう。

アニサキス幼虫は4種に分類(Ⅰ~Ⅳ)されるのですが、アニサキス症をおこす原因として最も多いのはアニサキスⅠ型幼虫(Anisakis simplex)です。このアニサキスⅠ型幼虫はさらに3種類に分類されることがわかってきました(分類というと面白く無さそうですが、実はとても重要であることが以下からもわかります)。

Ⅰ型幼虫の分類です。

  • (1)アニサキス・ピグレフィー(Anisakis pegreffii)
  • (2)アニサキス・シンプレックス・センス・ストリクト(Anisakis simplex sensu stricto)
  • (3)アニサキス・シンプレックスC(Anisakis simplex C)

の3種です。
顕微鏡を見ても、この3種のアニサキス幼虫の違いを区別するのは不能なほど似ているのだそうですが、遺伝子レベルではかなり違うので、遺伝子検査によりこれら3種を区別するのだそうです。東京都健康安全研究センターが2007-2009年、「築地市場」に全国各地から集まる「鯖」に寄生するアニサキス幼虫を遺伝子レベルで調べた結果がこの論文です。とても面白いことがわかりました。
図1がそのまとめです。

産地別マサバにおけるアニサキスの検出割合
図1:産地別マサバにおけるアニサキスの検出割合
東京都健康安全研究センター

日本海側~九州地方の「サバ:鯖」に寄生するアニサキスの8割は(1)のアニサキス・ピグレフィー(Anisakis pegreffii)で、太平洋側の「サバ」に寄生するアニサキスの8割は(2)のアニサキス・シンプレックス・センス・ストリクト(Anisakis simplex sensu stricto)であることがわかりました。
非常に面白いことに、「太平洋側にいるアニサキス・シンプレックス・センス・ストリクト」は「日本海側にいるアニサキス・ピグレフィー」の100倍も筋肉に寄生することがわかったのです。どうしてこうなったのでしょうね。それはともかく、刺身は筋肉を食べるのですから、日本海側でとれる新鮮な「鯖」は「ほとんどアニサキス症を生じない」のです。これが「鳥取の鯖はアニサキスがいてもアニサキス症はほとんど発症しない」理由の「答」でした。長年の疑問が氷解しました。寄生虫の分類という地味な作業に臨床的意味を付与するとても素晴らしい研究だと思います(私が大学の実習で見た、鳥取県境港から揚がった鯖のアニサキス幼虫も内臓への寄生がほとんどでした)。

安全に「サバ」を食べるなら、産地&冷凍がポイント

さあ、ここからは鯖を安全に美味しくいただく方法をご紹介しましょう。
酢で締めてもアニサキス幼虫は死滅しません。酢で締める作業で鯖は旨味が増すかも知れませんが、アニサキス症とは無関係です。図1を眺めていると、「刺身」でも食べられる鯖があることがわかりますね。というわけで、私は産地を聞いて「鯖」を食べるようにしています。しかし、これで絶対安全な訳ではありません。内蔵寄生型アニサキスでも、釣られてから時間が経つと、筋肉に移行することがあるからです。つまり、100%筋肉に行かないわけでは無いからです。 しかし、100%安全に「鯖」を食す方法があります。それは、加熱(70℃以上で死滅)または冷凍(-20℃で24時間以上冷凍すると感染性が無くなります)すれば良いのです。きちんとした冷凍処置は医学的には良いことだらけです。ところが、冷凍の義務規程や冷凍しない場合の罰則規定はありません(後述のごとく、欧米には冷凍しないと罰則があります)。冷凍すると不味くなると言う方もいますので、この辺りは個人の判断ですね。そうは言ってもサバを生で食べたいですね。私なら「産地が日本海側~九州」で「1度はきちんと冷凍した」鯖なら躊躇無く食べます。
アニサキス症は「食中毒」ですから届け出る義務があります。調理する方も食べる方も「多少の美味しさ」を大切に考えるか?アニサキス症を念頭に置くか?考えれば答はひとつだと思います。

もっと確実に鯖を安全に食べる方法は無いのでしょうか?「1度でも冷凍した鯖は美味しくないから食べたくない」という方のために別な解決方法が考えられています。そのひとつを紹介します。

今、「安全な鯖を供給しよう」という取り組みが鳥取県で始められています。その方法とは「鯖の陸上養殖」です。海上での養殖は安全ではありません。海上養殖だと、他の海中生物から寄生虫が感染する可能性があるからです。鳥取県立栽培漁業センターでは生け簀を陸上に置き、地下から海水(!)をくみ上げて、くみ上げた水を生け簀に供給することで「アニサキスが付いていない陸上養殖サバ」の開発に成功しています。ブランド名を「お嬢サバ」と言うのだそうです(笑)。ムシ(寄生虫)の付いていない「ハコ入り娘」ならぬ「ハコ入り鯖」というところでしょうかね。このネーミングは、1回聞けば忘れないですね。
ちなみにこの「お嬢サバ」ですが、まだ、あまり流通していません。鯖専門店「SABAR」で食べることができます(参考文献3)。

というわけで、今回は、アニサキスを巡るアレコレを考えてみました。前回ご紹介したように「線虫を用いた癌の早期発見」手技開発のきっかけは「胃アニサキス症」です。私が診ているある患者さんは、胃アニサキス症に罹った時、同時に腹部の様々な検査がなされ、それを契機に別のもっと「重い」病気が見つかり、そちらの治療が行われ、命拾いをしています。その方は「アニサキス様々」だと仰っていました。「病」を診ていると色々なことがあります。

追記:外国でのアニサキス症は?

アニサキス症は、外国でも発症することがあるのでしょうか?日本を除いた他国では魚の生食をほとんどしないので、発症がほとんどありません。しかし、オランダは特別です。昔から生ニシン料理「ハーリング」があります。1960年代に、「ハーリング」によるアニサキス症が報告されたため、1968年以降、ニシンに関し「-20℃以下24時間以上の冷凍保存」が法律で義務付けられています。米国やオランダ以外のEU諸国も生食用の魚は最低でも-20℃以下で24時間の保存が義務 付けられています。アニサキスがいてもこの保存条件ではアニサキスは「凍死」しますのでアニサキス症は発症しません

【参考文献】

  1. 厚生労働省のアニサキスに関する情報(PDF)
  2. 鈴木淳,村田理恵:わが国におけるアニサキス症とアニサキス属幼線虫 東京都健康安全研究センター研究年報第62号2011年
  3. 奇跡のブランドサバ「お嬢サバ」を食べてきた!東京・浜松町「SABAR GEMS大門店」

望月吉彦先生

望月吉彦先生

所属学会
日本胸部外科学会
日本外科学会
日本循環器学会
日本心臓血管外科学会
出身大学
鳥取大学医学部
経歴
東京慈恵会医科大学・助手(心臓外科学)
獨協医科大学教授(外科学・胸部)
足利赤十字病院 心臓血管外科部長
エミリオ森口クリニック 診療部長
医療法人社団エミリオ森口 理事長
芝浦スリーワンクリニック 院長

医療法人社団エミリオ森口 芝浦スリーワンクリニック
東京都港区芝浦1-3-10 チサンホテル浜松町1階
TEL:03-6779-8181
URL:http://www.emilio-moriguchi.or.jp/

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