疾患・特集

メタボ健診に引っかかったらL-FABPを測定しよう

三宅紀子先生(順天堂大学医学部附属順天堂医院臨床検査科・八潮駅つばめクリニック院長)

特定健康診査(通称 メタボ健診)は、2008年にサポート体制も考慮して開始されました。当初は内臓脂肪型肥満による動脈硬化症の予防を主目的として開始しました。その後、動脈硬化の原因となる糖尿病や高血圧症と腎臓機能障害が深く関わっていることがわかってきました。最近ではメタボ健診のなかで腎臓機能障害を早期に発見し、総合的に動脈硬化症の発症や進展を予防することが求められています。一方、メタボ健診で実施される項目では早期の腎臓機能障害を見逃している危険性があります。回復の見込みがある段階で腎臓のダメージを知るにはどうしたらいいのでしょうか。三宅紀子先生にお話をうかがいました。

監修:三宅紀子先生(順天堂大学医学部附属順天堂医院臨床検査科・八潮駅つばめクリニック院長)

そもそもメタボ健診は何のため?

メタボリック症候群

メタボ」は「メタボリック症候群」の通称です。メタボリック、すなわち生命維持に必須な代謝に支障のある状態がメタボリック症候群です。メタボリック症候群は内臓脂肪型肥満が原因です。内臓脂肪とは皮下脂肪と異なり、「自分では触ることができない脂肪」です。

日本人は人類のなかでも飢餓に耐える遺伝子を保有する人種であることが知られています。アメリカ合衆国にはこの遺伝子と類似する遺伝子を保有する人種が在住します。アメリカ合衆国のライフスタイルのなかで彼らは糖尿病発症率がきわめて高く、狭心症や急性心筋梗塞の発症例が多いことが知られるようになりました。
類似する遺伝子を有する日本人もアメリカと同様なライフスタイルになりつつある状況下で、糖尿病、狭心症、急性心筋梗塞患者数が増加し続ける状況を何とか回避したい、という切迫したいことを目的に開始されたのが「メタボ健診」です。
遺伝的素因に加え、内臓脂肪型肥満になると高血圧、高血糖、脂質代謝異常がみられる頻度が高くなります。高血圧症、糖尿病、脂質異常症は動脈硬化症の発症や進展の主な原因です。動脈硬化症により狭心症、急性心筋梗塞、脳梗塞など生命にかかわる疾患を発症します。
メタボ健診が実施され、これらの疾患は腎臓機能障害の原因となる一方、腎臓機能障害がこれらの疾患を重症化することがわかってきました。メタボ健診はメタボの状態にある人を検査でいち早く見つけ、見つけたメタボの状態をよくするための生活習慣の変更や治療をできるだけ早く始めることを目的にしています。
職場でメタボ健診を勧めるのは、みなさんがいつまでも健康で働けるようにという会社の願いがあるからだと思います。さらに、「メタボ」は「すこしお腹回りが増えた」くらいのこと、と思いがちです。しかし、これがみなさんやご家族などに将来的に負担をかける原因となってしまうことのないように、「メタボ健診」をきちんと受けるようにしましょう

メタボの悪役は増やしすぎた「内臓脂肪」

メタボの要になるのは、みなさんが触ることができない内臓脂肪です。内臓脂肪は肝臓などの臓器およびその周囲に貯蔵される脂肪で、空腹時のエネルギー供給源として重要です。脂肪細胞数は成長期でほぼ決定されます。内臓肥満とはそれぞれの脂肪細胞の一つ一つの脂肪量が増加した状態です。一日のなかで空腹時が十分ある場合やエネルギー消費に対するエネルギー消費のバランスが取れている場合、内臓脂肪量は維持されます。十分にお腹がすいた状態で適量の食事を心がければ内臓脂肪肥満は防げます。高度な知能を持ったとはいえ、人は動物です。必要な時に必要なエネルギーを得て、十分な休養をすることが動物の基本ですが、飽食で便利な移動手段があり、仕事に追われて運動する時間がないと内臓脂肪は着実に増え続けます。内臓脂肪が増加するとエネルギー代謝が異常となり、さらに肥満を誘導する原因となり、糖尿病発症や脂質異常症の原因となります。また、内臓脂肪量が増加すると内臓脂肪から生命維持に有害なさまざまな成分が血液中に流れ込みます。これらは高血圧症を重症化させ、悪性腫瘍や関節炎などの発症や進展にも関与することがわかってきました。

内臓脂肪との会話

おいしい食べ物、飲み物が手軽に手に入り、これらの情報が簡単に入手できる魅惑的な時代です。また、仕事で疲れ、運動は面倒になってしまいがちです。これが、内臓肥満を着実に増やしているのです。
また、ストレス食いも大きな原因となります。「ストレスを食べることで解消する」のは脳からの指令です。脳のエネルギー源は糖分(ブドウ糖)です。ストレスがあると脳は糖質の要求が増加し、ついつい飲み食いが増えてしまうのです。脳との「つきあい」が大切です。ストレスがあれば、早期にこれを解消する方法を見つけることが大切です。好きな音楽や読書などの趣味の時間を少しでも確保することで早期の内臓脂肪貯蓄は回避しましょう。疲れた時こそ、外の空気を感じ、体を動かすことですっきりすることができます。糖質(ブドウ糖)を利用するために膵臓からインスリンが分泌されますが、内臓肥満によりインスリン作用が障害され、これが内臓脂肪貯蓄の増加を助長します。これを防ぐために毎日体重を測定し、脂肪細胞が増えている危険性を早期に知る必要があります。

メタボ健診で引っかかったらどうする?

三宅紀子先生 取材の様子

メタボは放置するととんでもないことになりますから、健診で引っかかったらすぐに正しい行動を取りましょう。食事をみなおしたり、運動したり、体重を落として内臓脂肪を減らすことです。
日本では、メタボ健診で健康リスクありと判定された人が特定保健指導を受けられる仕組みになっています。特定保健指導とは、医師、保健師、管理栄養士などによるメタボ改善のための専門的なサポートのことです。
このサポートを受けるための手続きは簡単で、あなたが加入している医療保険の問い合わせ窓口に連絡すれば受診の方法を案内してくれます。また、会社によっては受診の案内状をあなた宛に送ってくれるところもあります。いずれにしても、その案内に従って受診し、対応してくれる専門スタッフのサポートを受けるようにしましょう。

尿検査で問題なくてもメタボの人は安心できない

日本のメタボ健診とその後のサポート体制はとても良くできたシステムですが、メタボ健診開始時には腎臓障害とメタボリック症候群との関連性が十分に解明されていませんでした。しかし、内臓脂肪肥満が腎臓障害の原因となり、「慢性腎臓病」発症に深く関わっていることが提唱されるようになりました。
慢性腎臓病は特殊な病気ではありません。高血圧症、糖尿病、脂質異常症が腎臓を障害します。腎臓にはさまざまな機能がありますが、デトックスのための主要臓器です。デトックス障害は生命維持に必要なさまざまな機能に支障をきたし、メタボと深く関わりのある狭心症、急性心筋梗塞、脳梗塞を代表とする動脈硬化性疾患の危険性を高めます。
メタボ健診では、尿検査や血清クレアチニンやeGFR(糸球体ろ過率)で異常があった場合に腎障害の可能性と診断されます。しかし、これらに異常がない場合でもメタボ健診で異常を指摘された場合に、早期の腎臓障害が存在する可能性があります。なぜなら、メタボ健診での慢性腎臓病についての検査項目は尿タンパク(アルブミン)、血清クレアチニン、eGFR(糸球体濾過率)だけでは早期腎臓障害が見逃されていることがあるからです。
健康を維持するために腎臓はきわめて重要な臓器です。メタボと診断された場合や最近体重や腹囲が増加傾向である方は早期腎臓障害を知ることが大切です。

メタボ健診ではわからないL-FABPを測っておこう

では、回復の見込みがある段階で腎臓のダメージを知るにはどうすればいいのでしょうか。
実は、血管や臓器も黙ってサイトカインにやられているわけではなく、L型脂肪酸結合タンパク(略号L-FABP;エルファブ)という物質を出して対抗します。しかも、L-FABPはまだ腎臓のダメージが小さく、何らかの手を打てば回復できる段階から放出されてきて、尿の中にも増えてきます。火事に例えると、L-FABPは小火(ぼや)を知らせる煙です。予め煙探知機を備えておけば警報が鳴り、大火事になる前に火を消すことができるのと同じで、尿の中にL-FABPが出てきたらすぐに手を打つ。そうすれば、慢性腎臓病という大火事を防ぐことができます。
慢性腎臓病にとっての煙探知機が、「L-FABP」です。L-FABPは病院で検査できますが、自分で測定できる検査キットもあります。自分で簡単にできる尿検査で、あなたが慢性腎臓病を発症するリスクを持っているかどうかを知ることができます。メタボ健診で分からない、L-FABPを測定しましょう。L-FABPは測定するタイミングで出方が違ったりしません。いつ測ってもいいのです。

L-FABP検査キットで陽性だったときにすべきこと

L-FABPの検査キットで陽性判定が出たらどうしたらいいでしょうか。煙探知機の警報が鳴ったら火元に向けて消火器を噴射しますよね。検査結果が陽性になったということは、「このままでは慢性腎臓病になってしまうぞ」という警報が鳴ったのと同じです。そのときに行うべきことは、

(1)生活習慣の改善
(2)医療機関への相談

です。これはメタボ健診で引っかかったときと同じです。
(1)は自己流でもいいのですが、できれば管理栄養士や理学療法士などによる専門的なアドバイスを受けることを勧めます。
(2)については、かかりつけ医がある人は、まずそこで相談し、必要に応じて専門の医療機関を紹介してもらうのが良いと思います。かかりつけ医がない場合は、職場の産業医の先生に相談するか、腎臓内科を専門とする医師のいる医療機関を探して相談することを勧めます。

L-FABPを測定することで生活習慣改善努力の成果も判定できる

生活習慣改善のために自分で決めたこと、専門のスタッフや医師に受けたアドバイスを守ればメタボの悪さの要である内臓脂肪が減り、腎臓のはたらきも良くなるはずです。努力して良くなったかどうかを知りたくありませんか?
L-FABPの自己検査キットは、陽性、つまり、将来的に慢性腎臓病を発症するリスクがあるかどうかがわかるだけでなく、線の色が濃いか薄いかで腎臓のダメージの程度が大まかにわかります。
まず、検査後のテストスティックをスマートフォンで撮影するなどしておきましょう。そして、生活習慣の改善や治療を始めてから一定の期間が経過したら、もう一度自己検査キットで測定します。そのときのテストスティックの線の色を前の検査のときの写真と比べてみてください。判定窓のTのところの線の色が前回よりも薄くなっていれば成果が上がっていることになります。
恐らく1ヵ月間、初期段階の人が生活習慣の改善に取り組めば明らかな変化が生じると思います。早く成果を知りたいという方は1ヵ月ぐらい経ったときに、着実に成果を知りたいという方はもう少し長い間隔を開けて検査し、前回のテストスティックの写真と線の色の濃さを比べてみるといいと思います。

公開日:2022/04/01