望月吉彦先生
更新日:2016/11/14
これまで冠動脈疾患の治療薬について書いてきましたが、そもそも、そういう病気に罹らなければ良いですね。さまざまな研究で冠動脈疾患の危険因子(=病気にかかりやすい因子)が解っています。これらの危険因子を念頭に置いて生活すれば、冠動脈疾患にかかる確率は格段に低下します。危険因子については、これまでに何度もお伝えしておりましたが、改めて以下に列挙します。
上記の(1)(2)(3)は自分でコントロールができない因子です。しかし、残りはコントロールができます!この中に幾つ自分が当てはまるでしょうか?当てはまる方はぜひ、コントロールしましょう!
今では当然のごとくに思われるこれらの因子が解ったのはそんなに昔のことではありません。1957年、高血圧と高コレステロール値が冠動脈疾患と大きな相関があること、さらに喫煙や座りがちの生活も冠動脈疾患のリスクを増大させることが確認されました。(参考文献 2~4 )なぜこんなことが解ったのでしょう。それは全て「フラミンガム研究」から得られた偉大な結果です。あまり知られていないので、ちょっとご紹介しましょう。
1930年代から米国では心臓病、特に狭心症や心筋梗塞を発症する方が多いことが社会問題でした。しかしなぜこのような疾患が多いのかよく解りませんでした。
1940年代、米国の死亡原因のトップは心血管疾患(主に心筋梗塞)でした。米国公衆衛生局はその原因を探る計画を立てます。米国全体を代表するような集団を長年にわたって研究すれば、どのような人に心臓病が発症しやすいかが明らかになるのではないかと考えたのです。
白羽の矢が立ったのはボストン郊外のフラミンガム町でした。この町で長期の疫学研究を開始したのです。この町が選ばれたのは大都市ボストンに近く産業が多く、働き場所が多いので、人口の出入りがきわめて少ないことが一番の理由だそうです。
フラミンガム町の住人のうち、健康な男女5,209人(30~62歳)が参加した研究が始まりました。こういう研究をする際の集団を「cohort(コホート)」と言い、このようにある集団を長年にわたって観察し分析する研究を「コホート研究」と言います。結果的に米国公衆衛生局がフラミンガム町をこの研究に選択した判断は正しく、30年後にこの研究から脱落したのはたったの3%でした(死亡を除く)。それだけ人口の出入りが少なく、また研究への参加意識が高かったことが立証されました。
話を危険因子に戻します。このフラミンガム町でのコホート研究を始める前に米国公衆衛生局が立てた仮説を示します。
5,209人の集団(コホート)を追跡して最初に解ったのが、(1) 高血圧の方、(2) 高コレステロール血症の方に心筋梗塞の発症が多いことです。それが上述の1957年のことでした。
その後、次々と色々なことが解ります。喫煙、肥満、糖尿病、家族歴、痛風などが心筋梗塞の発症寄与因子であることが解明されたのです。
結果的に研究開始前に立てた仮説のほとんどが証明されたのです。素晴らしいですね。なお、この研究結果が発表される以前は「高血圧は冠動脈への血流維持に必要で血圧を下げると、狭心症や心筋梗塞が発症しやすい」と考えられていたのです。「高血圧の方の狭心症、心筋梗塞発症を予防するためにはきちんとした高血圧治療が必要である」という常識がこの研究で確立されたのです。血圧治療に関するパラダイムシフトです。
この研究から解った「危険因子」を減らしましょうという指導が全米でなされます。米国心肺血液研究所(NIH)による「高血圧指導プログラム」、「コレステロール教育プログラム」を実施。更に「禁煙指導」などを行った結果、1970年から1990年の20年間で冠動脈疾患による死亡率が半分に低下しました。その結果を示します。米国における冠動脈疾患死亡率の変化です。「劇的減少」を示しています。
この研究が無ければまだ米国いや世界中の心筋梗塞発症率は高いままだったかもしれません。
余談です。先年「ハンナ・アーレント」という映画を見ました。1950年代から60年代にかけての米国の風景が描かれています。女性も含めて、ほぼ全員、ヘビースモーカーです。映画に登場する出演者はひっきりなしに煙草を吸っています。それが普通の風景だったのでしょうね。
しかし、フラミンガム研究結果が知られるようになると、米国は厳格な禁煙政策を実施し、それは世界中に広まります。このように米国のみならず世界中の健康政策に大きな影響を与えているのがフラミンガム研究です。なんて素晴らしい研究でしょう!
初めて成立する研究です。
壮大なドラマを見ているようです。これこそ「THE 臨床研究」だと思います。
そして、更に素晴らしいことに、今もこの研究は続いています。現在は初期参加者の孫が参加している研究などがなされています。これだけ息の長い研究も珍しいですね。第4世代、第5世代と続けば、さらに色々なことが解ってくることでしょう。
なお、この研究の参加者に特に経済的な特典があった訳ではありません。それどころか研究に参加するため、検診を受けたりするので時間がとられます。詳細なアンケートに答える必要もありました。初代フラミンガム研究の統括者であったThomas Dawber医師は『この研究への参加者が時間とエネルギーを提供してくれることに感謝して、それに報いなければいけない。』と繰り返し述べたそうです。
またフラミンガム町に常在する5人のコーディネーターの存在も大きかったと思われます。コーディネーターは全員女性で参加者と長年信頼関係を築いてきたのです。そういう熱心な医師、コメディカルスタッフの協力があって初めてこの研究がなされたのです。
最初の研究成果がもたらされてから、この研究に参加した方々の意識に微妙な変化が生じました。参加者は「人類の利益という大きな目的に貢献していることを認識するようになった」と述べています。フラミンガム町は「世界の心臓を救った町」とも言われています。フラミンガム町の人々が外国旅行中病気に罹った時、受診先病院でフラミンガム町出身ということが解ると尊敬されるそうです。それだけフラミンガム研究は世界中で尊敬されている研究なのだと言えます。
さて、日本でもこのようなコホート研究が行われています。
1961年から福岡県久山町で行われている「久山町研究」は世界的に有名です。何が有名かというと
そういう際だった特徴があります。久山町研究から解ったことが日本の医療施策に反映されています。他にも「山形県船形町研究」、「岩手県北研究」、「富山スタディ」、「北海道の端野・壮瞥町研究」、「宮城県大崎研究」などが知られています。
ちょっと変わった所では30歳以上の日系ブラジル人1世(移民)およびその子孫を対象とした「日系ブラジル人糖尿病研究」とか、ハワイに移住した日系米国人を対象とした「ホノルル心臓調査」もあります。 日系人がその土地、土地での生活習慣に染まるにつれて、段々とその国の疾病傾向に似た疾病罹患様式になることが明らかになりました。要するに「遺伝病以外の疾病は生活習慣によって発症する」ことがこういう研究で明らかになりつつあります。
いずれにせよこういうコホート研究を続けるには長い年月にわたる観察が必要で、そのために費用も人手もかかります。とても大変ですが、それから得られる恩恵は大変大きいのです。その代表がフラミンガム研究でしょう。もう一度、フラミンガム町からの大きな贈り物をよく考え、危険因子に該当する項目がある方はぜひ、お気を付け下さい。必要があると判断されたら、治療を受けることも必要です。病気は「予防」が一番大切です。
望月吉彦先生
医療法人社団エミリオ森口 芝浦スリーワンクリニック
東京都港区芝浦1-3-10 チサンホテル浜松町1階
TEL:03-6779-8181
URL:http://www.emilio-moriguchi.or.jp/
※記事内の画像を使用する際は上記までご連絡ください。