疾患・特集

003:EBM(Evidence-based medicine)の始まり(望月吉彦先生) - ドクターズコラム

大人の健康情報

望月吉彦先生

更新日:2014/09/22

皆さんは「EBM」という言葉を聴き慣れてはいないでしょう。私たち医療者はこの言葉をよく耳にします。
昔の医療は医師個人の経験とそれに基づく勘により行われていました。近年は、EBM(根拠に基づいた医療)が定着し、エビデンスやガイドラインをベースにした医療が行われるようになりました。私が所属するエミリオ森口クリニックでは、EBMを基本としながら患者様一人ひとりに合わせた個々のヘルスバリューの向上を目指す医療の提供者であろうと考えて、日々の診療にあたっています。
いずれこのコラムでも紹介いたしますが、私は「糖質制限治療」を様々な患者さんに勧めています。「糖質制限治療」について勉強した時、「食事」と「病気」について色々な事を考えした。今でも色々と思いを巡らせています。「食事」と「病気」はまさに初めてEBMを実証した関係にあります。今回はそのお話をしたいと思います。

海軍から脚気をほぼ根絶したのは

「壊血病」はミカン、レモンを食べることで予防する事ができる

世界で初めて食事による病気治療を報告したのは、イギリス海軍軍医のジェームズ・リンドで1753年の事です。リンドは、「壊血病」はミカン、レモンを食べることで予防する事ができると報告しています。
世界で二番目の報告は、日本人の高木兼寛(たかきかねひろ)です。高木は洋食や麦飯を食べることで「脚気」の予防や治療になる事を報告しています。高木もリンドと同じく海軍軍医です。軍艦に乗っている間の食事により、それぞれ壊血病や脚気という病気が予防できることを示したのです。高木は東京慈恵会医科大学の創始者で本邦医学博士第一号としても有名です。
イギリスに留学中、脚気がイギリスでは見られないことに着目し、航海中の食事を従来の米食を主体とした和食から洋食に変更(最終的には麦飯を採用)して海軍から脚気をほぼ根絶しています。高木はその成果を当時から有名な医学雑誌「LANCET」に報告しています。
この論文が本格的なEBMの嚆矢とされています。
何故かと言うと、航海に赴く2隻の軍艦の内1隻は米食主体の和食を供し、もう片方は洋食を主体とした食事を供し、洋食を主体とした船には航海中には脚気が見られなかったと報告しています。まさにEBMです。高木(Baron Takaki)の名は世界中に広まりました。その成果を世界各地で講演しています。正確に言うと航海の年月が違いますが、時期、コースは一緒です。

南極大陸にビタミン学に貢献した功労者数名の名前がついた地名があります。うち一つがTAKAKI岬です。Eijkman岬、Funk氷河、Hopkins氷河、McColumm峰などと並んでいます(脚注参照)。 それくらい当時も今も栄養学でTAKAKIの名は有名ですが、残念ながら日本ではあまり知られていません。
ちなみに、日清戦争では脚気病死者が、「海軍0名」に対し「陸軍で病死者4,000名」。日露戦争で「海軍脚気患者87名、死者0名」に対し「陸軍脚気患者25万人、病死者28,000名」。また脚気で体力が低下した結果、十分な戦闘が出来ずに戦死した兵も少なくないと言われています。ロシア兵は「日本兵がヨロヨロしながら突撃してくる」と描写しています。脚気でヨロヨロしていたのです。かわいそうな話です。日清戦争での海軍の教訓も生きていません。
当時の陸軍軍医総監は森鴎外で、脚気は「脚気菌」で起きると主張した為、陸軍は麦飯を取り入れませんでした。そのため悲惨な結果になっています。森鴎外のいうことを聞かずに麦飯をとりいれた陸軍部隊もあり、その軍隊では脚気が出ていません。しかし大半の陸軍兵はかわいそうな事になっていました。
興味がある方は、吉村昭 著「白い航跡」(講談社文庫)をお読みください。

今でも食事は様々な病気と関わっています。それに気づいた高木やリンドは偉かったとつくづく思う今日此頃です。

注:

  • Eijkman、Hopkinsは脚気の原因となるビタミンB1の発見でノーベル賞を受賞
  • Funkはビタミンの発見者で命名者
  • McColummはビタミン(A、D)の発見者

望月吉彦先生

望月吉彦先生

所属学会
日本胸部外科学会
日本外科学会
日本循環器学会
日本心臓血管外科学会
出身大学
鳥取大学医学部
経歴
東京慈恵会医科大学・助手(心臓外科学)
獨協医科大学教授(外科学・胸部)
足利赤十字病院 心臓血管外科部長
エミリオ森口クリニック 診療部長
医療法人社団エミリオ森口 理事長
芝浦スリーワンクリニック 院長

医療法人社団エミリオ森口 芝浦スリーワンクリニック
東京都港区芝浦1-3-10 チサンホテル浜松町1階
TEL:03-6779-8181
URL:http://www.emilio-moriguchi.or.jp/

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