認知症・アルツハイマーに関する記事をご紹介します。認知症・アルツハイマーの正しい知識を身につけることで、予防や改善にお役立てください。
アルツハイマー病は、脳にアミロイドβが蓄積することや、糖尿病が発症リスクになることが言われています。東京大学の岩坪威先生らの研究グループは、アルツハイマー病モデルマウスの実験結果から、高脂肪食を食べてインスリン抵抗性が起こることで、脳にアミロイドβを蓄積するメカニズムに関する知見を「Molecular Neurodegeneration」4月12日オンライン版に報告しました(AMEDプレスリリース)*。 目次 脳におけるインスリン抵抗性の影響を検討 高脂肪食を食べたマウスではアミロイドβ蓄積が増加 インスリン抵抗性の代謝ストレスが脳内のアミロイドβ蓄積に関わる可能性 高脂肪食の摂取で脳内ではインスリン抵抗性、同時にアミロイドβ除去速度が低下 脳におけるインスリン抵抗性の影響を検討 アルツハイマー病は、脳にアミロイドβが数多く蓄積することが発症原因のひとつではないかと考えられています。 また、2型糖尿病の人はアルツハイマー病になりやすく、糖尿病の病態のインスリン抵抗性との関係が指摘されていますが、その関係性は明らかにされていませんでした。 そこで、岩坪先生らの研究グループは、脳にアミロイドベータ蓄積が生じてアルツハイマー病を発症するモデルマウスを用い、脳におけるインスリン抵抗性の影響を検討しました。 高脂肪食を食べたマウスではアミロイドβ蓄積が増加 研究では、まずモデルマウスに高脂肪食、普通食、カロリー制限食を与えることによりアミロイドβの蓄積に違いがあるかどうかを検討しました。 すると、高脂肪食を食べたマウスではアミロイドβ蓄積が最も増加しているのに対し、高脂肪食から普通食あるいはカロリー制限食に変更したマウスではアミロイドβの蓄積が抑制されることがわかりました。 つまり、高脂肪食を与えると体内で炎症やストレスが大きくなってインスリン抵抗性を引き起こすと同時に、脳ではアミロイドβ蓄積が増加していく可能性が考えられます。 参照:日本医療研究開発機構(AMED)4月12日プレスリリース 図1「Aβの蓄積は高脂肪食負荷によるインスリン抵抗性の発症に伴って増加しその後の食餌制限により可逆的に抑制される」 https://www.amed.go.jp/news/release_20190412.html インスリン抵抗性の代謝ストレスが脳内のアミロイドβ蓄積に関わる可能性 モデルマウスにインスリン分泌に関わる遺伝子を欠損させたところ、インスリンのはたらきが低下して糖尿病を発症しましたが、アミロイドβの蓄積はみられませんでした。 この遺伝子を欠損させたマウスに高脂肪食あるいは普通食を食べさせたところ、高脂肪食を持続的に食べさせたマウスでは糖尿病は悪化するとともに、アミロイドβの蓄積は普通食を食べさせたマウスに比べて多くなることが確認されました。 つまり、インスリンのはたらきが低下したことではなく、インスリン抵抗性が起こる要因となる高脂肪食摂取による代謝ストレスが脳内のアミロイドβ蓄積に関わり、アルツハイマー病を発症する可能性がわかりました。 参照:日本医療研究開発機構(AMED)4月12日プレスリリース 図2「IRS-2 欠損 AD マウスへの高脂肪食負荷によりAβの蓄積が促進される」 https://www.amed.go.jp/news/release_20190412.html 高脂肪食の摂取で脳内ではインスリン抵抗性、同時にアミロイドβ除去速度が低下 さらに、脳内におけるインスリンやアミロイドβの動態を分析しました。 その結果、高脂肪食の摂取による糖尿病の状態では、血液中から脳へのインスリンの移行が低下することによって脳内でインスリン抵抗性が生じると同時に、アミロイドβを除去する速度が低下することにより、アミロイドβ蓄積が多くなる可能性が考えられました。 以上から、食事などによる代謝負荷に伴うインスリン抵抗性が、アルツハイマー病に関わるとされる脳におけるアミロイドβの除去速度を低下させて蓄積増加に関わること、食事制限により脳のアミロイドβ蓄積が抑制される体内メカニズムが考えられます。 今後は、体内における代謝ストレスのメカニズムを明らかにできれば、アルツハイマー病の予防・治療につながることが期待できます。 日本医療研究開発機構(AMED)4月12日プレスリリース https://www.amed.go.jp/news/release_20190412.html *:本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)の脳科学研究戦略推進プログラム「新機軸アミロイド仮説に基づくアルツハイマー病の包括的治療開発」の支援を受け、東京大学大学院医学系研究科教授の岩坪威先生、東京大学医学部附属病院特認教授の門脇孝先生、准教授の窪田直人先生らの共同研究により行われ、「Molecular Neurodegeneration」4月12日オンライン版に報告されました。 https://molecularneurodegeneration.biomedcentral.com/articles/10.1186/s13024-019-0315-7 公開日:2019/04/17
うつ病と認知症、糖尿病はそれぞれ関わりがあるので、どちらの病気も合併しやすく、またお互いに悪化させると言われています。東京女子医科大学東医療センターの大坪天平先生が第39回荒川糖尿病セミナーで、それぞれの病気の関わりについて講演した内容を紹介します。 目次 うつ病と認知症、糖尿病など生活習慣病との関係とは 糖尿病がある人や血糖値の変動が大きい人は認知症になりやすい うつ病を繰り返し発症して双極性障害になると認知症になりやすくなる うつ病と認知症、糖尿病など生活習慣病との関係とは 心の病気と言われる「うつ病」と、高齢者における脳の病気と言われる「認知症」、生活習慣病である「糖尿病」は、それぞれどのような関わりがあるのでしょうか。 東京女子医科大学東医療センター精神科部長・臨床教授の大坪天平先生は、国内外の研究成果などを、2018年6月に開催された第39回荒川糖尿病セミナーの講演で解説しました(同セミナーの講演内容をもとに本記事を作成しました)。 糖尿病がある人や血糖値の変動が大きい人は認知症になりやすい 大坪先生によると、日本ではアルツハイマー病をはじめとした認知症の患者さんは増加の一途をたどっており、福岡県の久山町で長年にわたって住民調査を実施している久山町研究でも同様の結果がみられています。 久山町研究で認知症患者さんの特徴を検討したところ、糖尿病がある人では糖尿病でない人に比べて認知症になりやすいことが明らかになりました*1。特に、糖尿病診断の際に行われる糖負荷試験の2時間後血糖値が200mg/dL以上であると、119㎎/dL以下と比較して、約3.4倍アルツハイマー病になりやすいことがわかりました*2。 また、1日における血糖値の変動幅が大きいほど認知機能が低下しやすいとの報告もあります。 糖尿病と認知症との関連として、体内で起きている異常(または変化)に関しては以下が挙げられます。 高脂血症や微小血管障害、終末糖化産物という物質が体内に蓄積することなどにより、酸化ストレスが増える。酸化ストレスにより、神経細胞の変性や細胞死、認知症に関わるアミロイドβという物質が脳内にたまる。 インスリン抵抗性が起こることで、脳内でブドウ糖(グルコース)の利用率が下がり、脳の神経細胞がエネルギー不足になって、脳の神経自体が疲弊していく。 うつ病を繰り返し発症して双極性障害になると認知症になりやすくなる うつ病と糖尿病は合併しやすく、糖尿病と認知症も合併しやすいことが言われています。さらに、うつ病とも関わりがあるとともに、認知症の発症リスクとも言われる、気分の浮き沈み(躁とうつ)を示す病気である双極性障害についても大坪先生は解説しました。 双極性障害は家族歴との関係が強い(家族に同じ病気の人がいる率が高い)病気ですが、うつ病を何回も再発している患者さんにも多いと言われています。うつ病の患者さんを長期間追跡したところ、10年目において、診断がうつ病から双極性障害に2割の人が変わっていたとの研究報告があります*3。 うつ病も双極性障害も再発する病気ですが、より双極性障害の方が再発しやすい病気です。うつ病も双極性障害も、気分の浮き沈みを繰り返しているうちに、脳の萎縮が見られるようになります。 脳の萎縮は言い換えると、機能できる神経細胞が減少することです。特に、記憶や感情に関わっている海馬が萎縮すると言われています。海馬は、アルツハイマー病で特に萎縮の目立つ場所なので、気分の浮き沈みは認知症を発症しやすくするというわけです。 以上から、うつ病(こころの病気)、認知症や双極性障害(脳の病気)、糖尿病(生活習慣病)で起こる脳や体内で起こっている変化には関連性があることがわかりました(図)。 うつ病を悪化させないことが糖尿病の改善や、双極性障害、高齢になって発症するアルツハイマー病の予防になるかもしれません。 図:糖尿病とうつ病、認知症、双極性障害との関係 図の略語は以下 DM:糖尿病 MI:心筋梗塞 HT:高血圧 提供:東京女子医科大学東医療センター精神科部長・臨床教授・大坪天平先生 *1:Neurology 1995 ;45(6):1161-8. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/7783883 *2:Neurology 2011;77:1126-34 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21931106 *3:Am J Psychiatry 2011 ;168(1):40-8. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/?term=Fiedorowicz+JG%E3%80%80Am+J+Psychiatry%2C+2011 公開日:2019/01/07 監修:東京女子医科大学東医療センター精神科部長・臨床教授・大坪天平先生
日本人の死亡原因の3分の2を占めるといわれている生活習慣病ですが、認知症にも影響があることをご存知でしょうか。脳血管性認知症とアルツハイマー型認知症、それぞれに生活習慣病がどのように影響しているのかをご紹介しましょう。 目次 認知症のリスクが増加する生活習慣病 脳血管性認知症と生活習慣病 アルツハイマー型認知症と生活習慣病 生活習慣病による認知症を予防するには 認知症のリスクが増加する生活習慣病 日本人の死亡原因の3分の2を占めるといわれている生活習慣病ですが、認知症にも影響があることをご存知でしょうか。生活習慣病は、認知症のなかでも脳血管性認知症、アルツハイマー型認知症の発症に関与しているという論文も発表され、このなかでは生活習慣病への対策は認知症の予防だけではなく、発症後の進行抑制にもつながるとまとめられています。 それでは、脳血管性認知症とアルツハイマー型認知症、それぞれに生活習慣病がどのように影響しているのかをご紹介しましょう。 脳血管性認知症と生活習慣病 脳血管性認知症は、脳の血管が詰まったり出血したりして脳の細胞に酸素が送られない状態となり、神経細胞が死んでしまうことによって起こります。症状には、めまい、しびれ、言語障害、麻痺、感情失禁(涙もろくなる)、知的能力の低下、判断力の低下などがあり、脳がダメージを受けた部位によって異なります。 このような脳の血管に影響を及ぼすのが、糖尿病や脂質異常症、高血圧といった生活習慣病です。生活習慣によって引き起こされるII型糖尿病で、血糖値が高いままになると脳血管や脳神経に障害が起こりやすくなるといわれています。 また、脂質異常症や高血圧の場合は、動脈硬化を起こしやすく、これにより血流が悪くなり、脳梗塞や脳出血などが起きやすくなって、脳血管性認知症につながる場合もあります。 アルツハイマー型認知症と生活習慣病 アルツハイマー型認知症は、脳にアミロイドβやタウなどの特殊なたんぱく質がたまり、神経細胞が壊され減少するために起こります。症状としては、記憶障害、判断力の低下、日付がわからない、自分のいる場所がわからないなどの見当識障害が見られます。 アルツハイマー型認知症になる原因は、はっきりと解明されていません。しかし、高血圧によりアミロイドβの産生が促進され、病状が加速されるのではないか、という見方もあります。また、糖尿病についても高い相対危険度が報告されています。 生活習慣病による認知症を予防するには これまでご紹介したように、認知症のなかには生活習慣病が原因となっているものがあります。反対にいえば、生活習慣病を防げば認知症の予防にもなる、ということです。認知症の予防、というと難しいもののように感じる方もいらっしゃるかもしれません。でも、生活習慣病の予防ならば、禁煙をする、アルコールの飲み過ぎを控える、適度な運動を続けるなど、日常生活でもできることがたくさんあります。 また、このようなことを実行していても生活習慣病が心配、という方は病院に行って医師に相談をするのもよいですね。 公開日:2016/02/29
新聞などで、「中高年男性の万引き」というショッキングな記事を見かけることがあります。こうしたケースは単なる犯罪行為ではなく、認知症の一種である「ピック病」が原因となって引き起こされる場合があり、働き盛りの中高年男性に増えつつある病気として注目されています。ピック病の実態について紹介します。 目次 中高年男性が万引き? 若年性アルツハイマー病と異なる点は ピック病の問題点 ピック病(初期~中期)のチェックリスト 中高年男性が万引き? 新聞などで、「中高年男性の万引き」というショッキングな記事を見かけたことのある人も多いのではないでしょうか。多くは50代の働き盛り、しかも社会的地位があり「まさかこの人が?」と思われるような人がボールペンや消しゴム、チョコレートなどといった子どもが欲しがるような物を万引きするといった内容です。これらの事件を起こした当人に罪の意識はなく、釈放後、間もないうちに同じような事件を繰り返すといいます。 こうしたケースはいずれも初老期に見られる認知症「ピック病」であると診断され、働き盛りの中高年男性に増えつつある病気として注目されています。 若年性アルツハイマー病と異なる点は ピック病は40~60代という比較的若い世代で発症する点が若年性アルツハイマー病と似ています。しかしこの2つには明らかな相違が見られます。まず、異常が起こる部位が異なります。CTやMRIで撮影すると、若年性アルツハイマー病では頭頂葉や側頭葉後部に異常が見られるのに対し、ピック病では前頭・側頭葉に異常が見られるといいます。 また若年性アルツハイマー病では障害、意欲の低下、個性の喪失などの症状が顕著になるのにくらべ、ピック病は人が変わったようになってしまうという特徴があります。無欲・無関心になるのに加え、浪費、過食、収集、窃盗、徘徊などの異常行動が見られるようになります。症状が進行するにしたがって自制力が利かなくなり、粗暴な行動や一方的に話す行為、人を無視したような態度をとることも。性格の豹変振りに家族も驚きを隠せないことが多いようです。 ピック病の問題点 先に紹介した中高年男性らのケースでは、ピック病という診断がつかず、万引きという脱法行為によって社会的地位を失い、家族まで巻き込んでしまう悲惨な結末を迎えています。というのも、日本の医学界ではごく一部の専門家をのぞいてピック病という病気の存在すら知られておらず、異常行動は単なる反社会的な行為として片付けられてしまうケースが多いのです。 ピック病はその反社会的な行動だけでなく、しだいに記憶障害や言葉が出ないなどの神経症状が現れ、最終的には重度の認知症に陥るといいます。原因や治療法はまだ十分に分かっていませんが、脳血流を活発にする栄養補給や適切なケアで、悪化を遅らせることは可能と考えられるとする専門医の声もあります。医療従事者や家族、社会全体でピック病に対する知識を持ち、新しい治療法が開発されていくまで患者をサポートしていく必要があるでしょう。 ピック病(初期~中期)のチェックリスト 40歳以降に、あてはまる項目が3つ以上あると疑いがあります。 4、5、7、9は1項目で疑いありです。 1. 状況にあわない行動 場所や状況に不適切と思われる悪ふざけや、周囲の人に無遠慮で身勝手な行為をします。 2. 意欲減退 引きこもりや何もしないなどの状態が続き改善しません。思い当たる原因はとくになく、本人の葛藤もありません。 3. 無関心 周囲の出来事に無関心になったり、身だしなみに気を使わず不潔になったりします。 4. 逸脱行為 万引きなどの軽犯罪を犯すが反省や説明ができず、繰り返すことが多くなります。 5. 時刻表的行動・繰り返し行動 散歩や食事、入浴などを時刻表のように毎日決まった時間に行います。やめさせたり待たせたりすると怒ります。 6. 食べ物へのこだわり 毎日同じもの(とくに甘いもの)しか食べず、際限なく食べる場合もあります。 7. 言葉の繰り返し 同じ言葉を繰り返したり、他人の言葉をオウム返しします。 8. 好みの変化 突然甘いものが好きになるなど好みが大きく変わります。酒やたばこなどは以前と違い大量に摂ります。 9. 発語、意味の障害 無口になったり語彙が少なくなったり、品物の名前や使い方が分からなくなります。 10. 短期記憶の維持 最近の出来事などの短期記憶は保たれます。日時も間違えず、外出しても道に迷いません。 作成:宮永和夫(群馬県こころの健康センター所長) 公開日:2007/10/29
「若年性認知症」その名の通り、若い年齢の人が発症する認知症のこと。ストレスが多く、生活が乱れがちな現代の日本では、若年性認知症になる人が増えているそう。もう、認知症は高齢者だけの病気ではなくなってきている。症状も様々で、早期発見が難しいこの病気。病気の前兆と症状を理解して、早めに予防と対策をしておきたい。 目次 認知症は高齢者だけの病気ではない 若年性認知症の原因とは 若年性認知症の治療と予防 もしも家族がかかってしまったら 認知症は高齢者だけの病気ではない 認知症は高齢者の病気――そんな誤解をしている人が多い。しかし、実は働き盛りの年代でも認知症になることがある。それが「若年性認知症」。18~64歳で発症する認知症の総称だ。旧厚生省の研究によれば、患者数は推計27,000~35,000人。現実にはその3倍以上におよぶとも言われている。 若年性認知症の原因とは 老人性認知症 アルツハイマー病、脳血管障害など 若年性認知症 アルツハイマー病、脳血管障害、脳腫瘍後遺症、頭部外傷、薬物・アルコール依存症、クロイツフェルト・ヤコブ病、パーキンソン病、エイズ、ピック病など、背後にさまざまな病気が考えられる ここでは代表的なアルツハイマー病や脳血管障害のほか、対応方法においてとくに注意を要するピック病について説明しよう。 うつ病と間違いやすいアルツハイマー病 ●なぜ起こる? 脳に「老人班」と呼ばれるしみのようなものができて、引き起こされる。しみの正体は、「ベータ・たんぱく」という新種のたんぱく質からなる「アミロイド」という物質。これがどんどん溜まることで、脳細胞の機能が阻害されてしまうのだ。遺伝によるケースもあり、その場合、発症年齢は30~50歳くらいと言われている。 ●こんな兆候に注意! 初期は頭痛やめまい、不眠が見られる。さらに不安感、自発性の低下、抑うつ状態も。本人も気づかないことが多いうえに、うつ病と診断されやすいので厄介だ。ポイントになるのは「人格の平板化」。以前に比べて、頑固で、自分中心になり、他人への配慮がなくなった――と感じたら要注意!ひどい物忘れや、帰宅途中で迷子になるようなことがあれば、赤信号である。 生活習慣病が引き起こす脳血管障害 ●なぜ起こる? 脳梗塞により、血管が詰まったり、血流の量が減るなどして、脳細胞のはたらきが低下するために起こる。男性に多く、50~60歳で発病しやすい。 ●こんな兆候に注意! 「物忘れが多い」「計算ができない」などのサインは見逃せない。「まだらボケ」と言い、あることは忘れても、ほかのことはしっかり覚えていたりする。抑うつ症状のほか、喜怒哀楽が激しくなるなどの変化も。脳梗塞による運動機能の低下、言語障害をともなうケースもある。高血圧や脳卒中の経験がある人は注意が必要だ。 行動に異変があらわれるピック病 ●なぜ起こる? アーノルド・ピックが発見したのでこの名がある。脳細胞が萎縮し、近辺にピック小体という異常物質ができるために起こる。はじめはゆっくりと進行するので発見しにくい。平均発病年齢は54歳。早ければ20歳で発病することも!本人または家族にピック病や認知症の病歴があれば警戒が必要だ。 ●こんな兆候に注意! 「仕事ぶりがずさんになった」「約束を破る」など、人格の変化がポイントになる。不潔になったり、衣服の乱れを気にしなくなることも。アルツハイマー病に似ているが、違うのは行動上の異変が目立つ、不安感情がさほど見られないなどの点。このほか、「話しかけられた言葉を何でも繰り返す」「言葉を一切話せなくなる」などの言語障害も危険信号。 若年性認知症の治療と予防 治療法はさまざま 一口に「若年性認知症」と言っても、治療や対応法はまちまち。例えば「脳血管障害」なら、外科手術、薬物・運動療法によって症状はほとんど改善する。またアルツハイマー病でも、早期発見し、リハビリに努めれば回復の可能性もある。しかし、ピック病の場合は、残念ながら今のところ有効な治療手段はない。錯乱して暴れるなど、介護は危険をともなうので、在宅でのケアは難しい。感染症にかかりやすく、数年で死に至るケースもある。 若年性認知症は生活改善が予防のカギ きちんとした食事や睡眠、適度な運動を心がけるなど生活習慣を見直せば、発病の確率は減らせるはずだ。また、趣味や職場以外の社交場を持つなど、毎日を生き生きと暮らす工夫も大切。 認知症の予防に役立つといわれる食品 もしも家族がかかってしまったら もしも、家計を支える働き盛りの家族が認知症になってしまったら…。やはり経済的な問題や心理的ストレスはとても大きいものだろう。高齢者と違い、若いだけに体力もあるので、介護する側もエネルギーを消耗してしまう。 現在のところ、専門施設や情報の不足も深刻だ。とはいえ少しずつではあるが、助け合いの輪は生まれつつある。自分たちだけで抱え込まず、いざというときはSOSを。また、介護する側も息抜きを忘れずに。 ■関連記事 歩きにくい、ボンヤリしている…知っておきたいiNPHの特徴 なぜ増えている? 認知症ドクターインタビュー(1) 見過ごしていませんか?ご家族の軽度アルツハイマー型認知症 心と脳の病気、糖尿病は関わりが深く合併しやすい 公開日:2003年10月20日
脳はいくつになっても、使いつづけたほうがいいようです。ど忘れを防止する方法として脳に刺激を与える方法をご紹介します。ど忘れは脳の病気を伴っていることもあります。気になる症状があれば、専門医に相談しましょう。 目次 記憶の基本は「繰り返し」 脳にいいことをしよう! 脳の異常はない? 記憶の基本は「繰り返し」 ど忘れを防止するために、まず必要なのは、脳を正しくはたらかせること。 脳の機能は、 ・ 正確に ・ 適度なスピードで ・ 持続力を持って はたらかなければならない。例えば、「えーっと、あれは誰だっけ…。そうそう、○○さんだ!」と適度なスピードで正確に思い出せれば、問題はない。が、ど忘れというのは、たいてい思い出すためのスピードが遅く、記憶システムがエラーを起こしているのだ。 そして、脳を正しくはたらかせるために必要なのが「繰り返す」こと。まれに、一度聞いただけでしっかり覚えていられる人もいるが、たいていはメモを取ったり、そのメモを繰り返し見て確認することで記憶しているのだ。 ど忘れを防ぐには、記憶を確実にすること。これが、基本中の基本である。 脳にいいことをしよう! 脳は刺激を与えて活性化させなければ、どんどん脳活動も減少してしまう。 脳はいくつになっても、使いつづけたほうがいいのだ。ど忘れを防止する方法として、こんな方法もぜひお試しあれ! ●脳によい食事 カルシウム・ビタミンが不足したり、脂肪分の多い食事を続けていると脳にダメージを与えやすい。ファーストフードやインスタント食品を避け、バランスの取れた食生活を送ろう。 ●文字を書く いくらパソコンを使っていても、それは文字を変換しているだけで自分で書けるとは限らない。実際、書いてみると、自分がいかに文字を忘れているかに気がつくだろう。手紙や日記を書いたり、今年は年賀状を手書きにするなど、手で文字を書いてみよう。 ●会話をする 会社で人と接することのない部署だったり、子供が成長するなどして家庭にも人がいなくなり、会話が減少すると、脳活動が減少していく。人としゃべることも活発な脳にする大事な要素。 ●香りで刺激を与える ラベンダーにはリラックス効果があり、脳を休めてくれる。また、セージには記憶力向上の効果、バジル、ペパーミント、レモン、ローズマリーなどには、集中の効果がある、と言われている。 ●運動で脳を活性化 車や電車ばかりで歩行能力が減退すれば、脳への刺激も弱くなる。脳を退化させないために、ウォーキングなどの運動をしよう。 脳の異常はない? ど忘れは、記憶システムがエラーして起こる。それは、脳の病気を伴っていることもある。「単なるど忘れだから」とか、「歳をとったから、忘れてもしょうがない」などと放っておくと、取り返しがつかないことにもなりかねない。 「最近、よく忘れるなあ」と思うのと同時に、次のような症状がある場合には、専門医に相談しよう。 アナタの脳になんらかの異常が起きているのかもしれない。 こんな症状、ありませんか? ろれつが回らないことがある ひどい頭痛が、最近あった めまいがすることがある 足元がふらつくことがある 手がしびれることがある 忘れる事が多くなってきた 公開日:2001年11月26日
誰でも経験のある「ど忘れ」。初めのうちは「なんだっけ…、そうそう!あれだよ」なんて思い出せていたのに、だんだん思い出せなくなってきていませんか?ど忘れを「歳のせい」なんて思っていると、取り返しがつかなくなるかもしれません。 目次 ど忘れとは? 記憶のメカニズム なぜ、忘れるの? ど忘れとは? ど忘れとは、辞書によれば「当然知っているはずのことなのに、どうかした拍子に思い出せなくなる」こと。つまり、脳の記憶にエラーが起こった、ということだ。 誰にでも、「えーっと、あれなんだっけ…」という経験はあるはず。それがたまになら誰も気にしないが、あまりに続くと「最近、物忘れが激しい」となり、「どこか悪いんじゃないか」と気になってくる。本人は、「忘れるはずじゃない」と思っていたことなだけに、「ど忘れ」するとショックを受けてしまうのだ。 あなたは、こんな経験がないだろうか? 1. 以前にも話したことを同じ人に話したとき A:言われれば、前にも話したことを思い出す(「そう言えば、前にも話したっけ…」) B:言われても、覚えていない(「えっ?もう話したっけ?」) 2. 約束していたのを忘れてしまったとき A:約束は覚えていたけど、その時は忘れてしまった(「あーっ、約束してたんだった…」) B:約束したこと自体覚えていない(「そんな約束したっけ?」) 3. 何かやろうとしたことを忘れてしまったとき A:よく考えてみれば、思い出す(「あれをするんだった!」) B:まったく忘れてほかのことをしてしまう(「何かしようとしてたかしら?」) こんな場面で、Aのような回答なら、そう心配はない。でも、もしBのようなことがあなたに起こっているなら、それは注意が必要など忘れなのだ。 記憶のメカニズム さて、人はどのように物事を記憶しているのだろうか。 人の記憶にとって大切なのは、五感。これが、脳への情報の入り口になっているからだ。 五感とは、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚のこと。そのなかでも、視覚、聴覚からの情報は膨大であり、それを処理する脳の部分も容積的に大きな量を持っている。 記憶には、「感覚記憶」「短期記憶」「長期記憶」の3種類ある。 記憶のメカニズム ●感覚記憶 脳の感覚中枢(視覚中枢や聴覚中枢、体性感覚中枢など)が正常にはたらき、外部からの情報を処理したときに得られる記憶。年齢が高くなると、視覚、聴覚の反応が鈍るため脳が得られる情報が減り、脳も鈍くなった、と言われる。 ●短期記憶 短期的な記憶。昨日言われたことを覚えている、など。脳の海馬という場所に短期記憶の中枢がある。これ(海馬を含む側頭葉)がダメージを受けると、外から来た新しい情報が処理されないため、繰り返し同じことを言ったり、すぐ前のことを記憶できなかったりする。が、ほかの部分がダメージを受けていなければ、長期的な記憶は残っている。 ●長期記憶 長期的な記憶。つまり、昔から長く残っている記憶のこと。ただし、短期記憶を繰り返し、繰り返し貯蔵することで、長期記憶になる。 この3つには関係がある。外部からの情報をまず、感覚中枢がキャッチし、感覚記憶となってとらえられ、それが短期記憶になる。これを繰り返すことで長期記憶になる、と言うわけだ。 なぜ、忘れるの? 脳に入ってくる情報には、大きく分けて2種類ある。 ひとつは、能動的な情報。自分が見たい、聞きたいと思って、積極的に受信しようとするものだ。もうひとつは受動的な情報。例えば、学校の授業など、それほど興味がない(?)ものがそうかもしれない。 このうち、受動的な情報は、あまり覚えていない。興味のないことは、いくら耳で聞いて目で見ても、なかなか記憶としては残らないのだ。さらに、覚えているためには、「努力」が必要である。どんなに関心があることでも、努力しなければずっと覚えていることはできない。 つまり、「感覚記憶」を「短期記憶」にするためには、まず五感を有効にはたらかせ、情報に対し能動的である必要があり、さらに「短期記憶」を「長期記憶」にするためには、繰り返し行動することが必要なのである。 公開日:2001年11月26日
年齢による「もの忘れ」だと思っていたら… 年をとると忘れっぽくなる人が多いということは、一般的によく知られています。そのため、ご家族に多少の変化がみられても、「もう年だし、ただのもの忘れだろう」と気にされないことがあります。しかし、実際には「軽度アルツハイマー型認知症」が見過ごされている可能性があります。次の症状の中に、ご家族に当てはまるものがないかチェックしてみましょう。 軽度アルツハイマー型認知症でみられる主な症状 以前と比べて、次の症状がよくみられるようになります。 □ 物をなくしたり、普段とは違う場所に置き忘れたりする □ 約束を忘れることが多い □ 同じ質問を繰り返す 対策を十分に検討するために大切なのは、軽度のうちに発見すること アルツハイマー型認知症の患者さんと暮らす介護者さんは、患者さんご本人の心配ばかりをしがちです。しかし、介護生活による精神的な負担や、治療費をはじめとした経済的な負担など、介護者さんご自身の暮らしにも影響が及ぶことを知っておく必要があるでしょう。結婚や転勤に伴う転居や、お子さんの受験、また他のご家族の病気など、思い通りに介護ができない状況になることも考えられます。 「もっと早く準備をしておけば…」と悔やまないために大切なのは、早めに情報を集め、対策を講じることです。軽度のうちにアルツハイマー型認知症を発見できれば、病状が進行するまでの間に、対策を十分に検討することができます。ご家族の変化に気づいたら、早めに医療機関で相談することが望ましいと言えます。 「軽度でみられる主な症状」にあてはまったら、まずは医療機関へ! 認知症の検査には、主に次のようなものがあります。忘れっぽくなったというご自分の変化について、患者さんご本人が不安に思っている場合もあります。不安を払拭するためにも、早めに医療機関に連れていってあげると良いでしょう。 認知症の主な診療/検査 ●症状の確認 高齢者が自動車運転免許を更新する際の検査のように、「もの忘れ」などの症状について、いくつかの質問を通して患者さんご本人や介護者さんに確認します。 ●血液検査 一般的な健康診断のように注射で採血をして、いくつかの検査項目から、認知症である可能性を調べます。 ●画像検査 磁場や電磁波を用いて脳の写真を撮る「MRI」や、放射線を発する薬剤を用いて脳の血流状態を画像化する「SPECT」(スペクト)などで、脳を調べます。 その他の脳の画像検査についても現在、研究開発が進んでいます。 ※どの検査が行われるかは、医師の判断によって異なります。 ■関連記事 歩きにくい、ボンヤリしている…知っておきたいiNPHの特徴 なぜ増えている? 認知症ドクターインタビュー(1) 若年性認知症~働き盛りにしのび寄る「認知症」 心と脳の病気、糖尿病は関わりが深く合併しやすい 公開日:2014年10月23日
特集「アルツハイマー型認知症最前線」では、体験談をお寄せいただいた方々に、下記の質問をしました。結果とご意見は次の通りです。 Q. ご自身が認知症になったとき、告知を望みますか? 回答を頂いた37名中、36名が「告知を望む」という結果になりました。残る1名は、「自身の介護経験を振り返ると、ケースバイケースだと考える」というご意見でした。 今、日本ではインフォームド・コンセントの考え方が医療現場に浸透しています。 これは、治療に先立ち、医師がその目的や具体的な治療内容をじゅうぶんに説明し、患者さんの同意を得るというものです。そのためにはまず、病名の告知が必要となります。 アルツハイマー型認知症の場合、その病気の特性から、患者さん本人が告知の内容を正確に受け止めることは大変難しいと考えられます。 それでも実際に、ご家族の介護を経験された方のほとんどが「自身への告知を望む」と回答された背景には、たとえ認知症であっても自分の残された人生について考えたい、症状の軽いうちに自身の判断能力でやり遂げたいことや整理したい問題などがある、などが挙げられるのではないでしょうか。そのためにも、告知を受けた患者さんが、少しでも長く自分らしい人生を送れるようなお薬の登場が期待されると言えるでしょう。 先生のお言葉「アンケート結果を読んで」 香川大学医学部精神神経医学講座教授中村祐先生 認知症を告知するか否かは大変難しい問題です。おそらく、定型的な答えはなく、実際はケースバイケースということになってしまうと思います。法的な立場からすると、初期である程度理解が可能な間に告知を受ける必要があります。 というのも、それによって残された時間における患者さんの権利をある程度守ることができるからです。実際、成年後見制度を利用することにより能力が減退した時期においても患者さんの権利を守ることが可能です。また、色々な治療やリハビリテーション、介護施設への入退所も本来ならば、患者さんの意思に基づいて行わなければなりません。しかし、現在は認知症が不治で、かつ進行性の病であるという位置づけである為、告知を受けた際には相当の心理的な負担がかかると想像されます。心理的な負担に耐えられない状況にある場合や告知の内容を理解できない状況にあるときは、告知に関しては熟慮する必要があると思います。 アルツハイマー型認知症を告知する為のバックグラウンドとして、まず、告知の内容を理解できる間、つまりできるだけ早期に診断を受ける環境が必要です。次に、アルツハイマー型認知症がまったく不治ではなく、治療に期待がもてるという状況が必要です。 現在、早期診断の必要性については広く啓発され、多くの方が初期の段階でアルツハイマー型認知症の診断を受けられるようになりつつあります。また、治療法についても、進行を遅らせることが期待される薬剤の開発が、日々進展しつつあるのが現状です。 多くの努力が功を奏して、アルツハイマー型認知症の告知を受けても心配のない時代が来ることが望まれます。
特集「アルツハイマー型認知症最前線」では、皆様からの体験談を募集いたしました。 その結果、貴重なご意見や体験談をお寄せいただきましたので、ここに内容をご紹介させていただきます。読者の皆さんに共通の問題として、認知症について深く考える機会となれば幸いです。ご協力いただいた方々には深く御礼を申し上げます。ありがとうございました。 体験談 その1 実母と姑のダブル介護で痛感 ―「介護とは、誰か1人の肩に重くのしかかるもの」 (40代、女性、主婦) 現在、実母と姑の2人を同時に介護しています。実母がアルツハイマー型認知症、姑は脳梗塞が原因の認知症で、ともに昭和4年生まれ、要介護3という状況です。 実際に介護を経験してみて思うことは、よく「介護は家族が皆で協力して」と言いますが、実際は家族の中で誰か1人、腹をくくった人間の肩に重くのしかかるものだということです。 また「がんばらない介護」とも言いますが、わが家の場合、私ががんばらなければ両親は生活できないと思います。「がんばれ」と励まされるのも辛いものですが、部外者から「がんばらなくてもいいのよ」などと言われると、袋小路に追い込まれるような気がします。今はネットを通じて情報交換をするようになった介護仲間と、お互いに励ましあっている状況です。 認知症の実態を良くご存じない方は、認知症患者さんは何もかも理解できないという誤解をしているようです。しかし実際は、部分的にクリアなところも多く、だからこそ毎日の生活が難しいといった点を痛感しています。 体験談 その2 祖母に赤ちゃんと接するような介護をするようになってから、気持ちが楽に ―「介護を通じて、本当にいい経験ができた」 (30代、女性、会社員) 「カレーはどうやって作るんやった?」-この言葉が、祖母のアルツハイマー型認知症の始まりでした。 そのうち文字が書けなくなり、小学生の文字練習帳を使って毎晩のように字を書く練習をするようになりました。それでも進行が進み、ひどくなる一方。突然、裸足で家から飛び出すなど、そんな祖母の病気の悪化ぶりを見ていてとても辛かったです。 初めのうちは、祖母への対応にかなりしんどい思いをしたのですが、徐々に赤ちゃんに戻っていくような祖母の様子を見て、家族は祖母に、赤ちゃんと接するような世話をするようになりました。すると不思議なことに、気持ちがとても楽になって行ったのです。 最終的には寝たきりになりましたが、ときどき分かっているのかどうなのか、私たちが話すことに反応して笑ったり怒ったり、ふと以前の祖母に戻るときがありました。アルツハイマー型認知症でも、どことなく分かっている部分があるのでしょうね。 祖母の介護を通じて、本当にいい経験ができたと思っています。 体験談 その3 私を他人や妹と思う母 ―「認知症の症状に慣れても募る、やり切れない思い」 (40代、女性、無職) 母が認知症です。発症する前のイメージは、認知症と言えば無気力でボッーとしているものというイメージでした。実際は、まったく違いました。 私の母の症状は、娘である私を他人や妹と思い込むことから始まりました。医学書には「家族が分からなくなるのは重度になってから」「大切なことは簡単に忘れない」などと書かれており、介護初心者の私は、「母の認知症は特別なのか?」「大切なことは簡単に忘れないのなら、私は母にとって何なのだろう?」と、とても思い悩みました。 何を見ても、読んでも、私の混乱をしずめてくれるものは無く、「個人差だから」と説明されても納得できませんでした。 今はだいぶ母の症状にも慣れてきましたが、どんなに介護しても「ありがとうございます、先生」などと言われたときに、やり切れない思いで胸が押し潰されそうになります。 体験談 その4 症状の軽い母と、介護する私とで傷つけあい ―「認知症の介護は、親子関係が邪魔をすることも」 (50代、女性、会社員) 現在、高齢の母の介護を行っています。 まだ初期の症状であるため、母の言動が認知症の症状なのか、そうではないのかの判断が難しいことが多々あります。そのせいで心身ともに潰れそうになります。 認知症の介護においては、親子関係というものが逆に邪魔をすることもあると感じています。「私の知っている母はこんなことをする人ではない」「人をボケ老人扱いして、お前は私の娘じゃない、鬼だ」といった感じで、両者が傷つけあってしまうことも多々あります。 私の母はまだ症状が軽いため、自分が認知症になったということを理解できています。今までの自分ではない、認めたくないという心の葛藤を乗り越え、1年ほどかけてやっとアルツハイマー型認知症であることを理解してくれました。理解をしてもらえなければ、もっと介護が大変ではなかったかと思います。 ただ、最近は「ボケ老人なんだから、私に言う方がおかしいでしょ!忘れて当然、出来なくて当然」とかわされるようになり、ほとほと疲れる毎日です。 私の考えでは、介護は他人が行うべきだと思います。家族が介護を行うと、介護される側に甘えが出ますし、介護する側は理想と現実のあまりもの乖離に心身ともに潰れてしまうと思います。 先生のお言葉「体験談を読んで」 香川大学医学部精神神経医学講座教授中村祐先生 アルツハイマー型認知症では脳の機能のすべてが侵されてしまうと考えられがちです。しかし、実際は、初期で侵されるの機能は、ほんの一部分に過ぎません。初期では、神経の信号を伝達するアセチルコリンという物質を分泌する神経細胞の一部に異常を来しています。そのため、物忘れが目立ちますが、他のことは結構できたりします。 また、ある程度病気が進むと、強く障害を受けているところとそれほどではないところが混在します。その結果、介護者が理解困難な言動が見られたりするわけです。このような状況では、介護者だけが苦しいのではなく、患者さん本人も相当苦しいと思われます。ただ、患者さんの場合、適切に表現できないだけなのです。 ですから、アルツハイマー型認知症を不治の病と諦めずに薬物治療をすることや種々のリハビリを行うことは、双方にとってとても大切です。初期では、それらの効果は表れやすく、また、患者さん本人にとっても実感できるものです。また、ある程度病気が進んでも、障害の強い部分を緩和することが可能なのです。 認知症の介護はひとりでは極めて困難です。医師、ケアマネージャー、介護士、看護師などと連携を取りながら続けることが重要です。家族会などに参加して、ケアの心得を聞いたり、ただ愚痴や苦労話をするだけでもストレスが軽くなる場合があります。1人で悩まないで、周りにいる人たちに相談していくことによって、介護を続けることができると思います。 また、認知症に対する知識をつけることも重要です。色々な症状がどのようなメカニズムで発生するかを知れば、場合によってはその原因を取り除いたり、緩和したりすることができるからです。
お話し手:香川大学医学部精神神経医学講座教授 中村祐先生 進行を遅らせることで、先に天寿を迎えることも ―― それでは現在、どのような治療が行われているのでしょうか? 中村先生: アルツハイマー型認知症は、脳の神経伝達物質である「アセチルコリン」の減少が見られることが明らかになっています。そのため、アセチルコリンを分解してしまう酵素を阻害(邪魔)するお薬が1990年代の後半に開発され、日本でも多くの患者さんに使用されています。このお薬は単に脳内のアセチルコリンの量を増やすだけでなく、病気の進行をも遅らせることができると分かってきています。 ―― 症状が改善されるだけでなく、全体的な進行も遅らせることができるわけですね。 中村先生: そうです。アルツハイマー型認知症の進行を抑制することで、うまくするとその人本来の天寿をまっとうすることも可能なわけです。また高度の認知症に見られる失禁や徘徊など、ご家族にとっては大変苦労の多い局面を迎えずに済むことも考えられます。 根本的に治す薬が無いからといって、途方にくれ、絶望することはないのです。 望まれる新しいお薬のカタチ ―― 認知症の患者さんというと、介護面で大変なことが多いと思われますが、お薬の服用について問題はないのでしょうか? 中村先生: 現在のお薬は口から飲み込むタイプのものなので、患者さんは嫌がってなかなか飲んでくれないという問題があります。もともと、認知症の患者さんは、自分が認知症であるということを認めない傾向がありますから、進んでお薬を飲まないことも多々あるのです。 ―― それはどうしてですか? 中村先生: 人間は本能として、「これは安全だ」という認識なくモノを口に入れたりはしないでしょう?認知症の患者さんが薬を飲むのを嫌がるのは、「これは自分に必要なお薬だ」と認識できないからです。また、本人が自発的にお薬を何錠飲んだかを把握をすることは難しいので、介護者など周囲の人が管理をしないといけないという問題もあります。 ―― そうした問題に対して、解決する方法はあるのでしょうか。 中村先生: アルツハイマー型認知症のお薬として日本で承認されているのは、現時点では口から飲み込むタイプのもののみですが、将来的には貼るタイプのパッチ剤なども実現すると思われます。パッチ剤の良いところは、何より患者さんに無理やりお薬を飲ませる必要がありません。人間は注射など直接体の中に入るものと違って、貼り薬、塗り薬などには抵抗感が少ないようです。 またパッチ剤に直接文字を書くことが出来るので、日付を書いておけば確実に服薬確認ができるというメリットもあります。 ―― ご家族など介護をされる方にとっても、かなり負担が軽減されそうですね。 中村先生: 望まれる新しいお薬のカタチアルツハイマー型認知症は進行性の疾患ですが、一方で医学も日々、進歩しています。ご家族など介護をされる方々は大変ですが、ただ単に悲嘆するだけでなく、さまざまな情報や制度を活用し、前向きに患者さんと向き合っていただきたいと思います。
お話し手:香川大学医学部精神神経医学講座教授 中村祐先生 なぜ増えている?アルツハイマー型認知症 ―― 「アルツハイマー型認知症」というと、多くの人は病名を知っている程度で、詳しい知識は無いのが実態かと思われます。アルツハイマー型認知症とはいったい、どのような病気なのでしょうか。 中村先生: アルツハイマー型認知症は、加齢によって脳の神経細胞が減っていく病気です。人間は高齢になると誰でも神経細胞が減っていきますが、何らかの理由でそのスピードが早まった人、つまり脳の老化現象が早く進んでしまった人が発症すると考えられています。 ―― 同じ認知症でも、脳出血や脳梗塞が原因で起こる「血管性認知症」が減ってきている一方で、アルツハイマー型認知症は増えていると聞きました。その原因は何ですか? 中村先生: 血管性認知症が減ってきているのは、食生活の変化により塩分の摂取量が減り、生活習慣病対策や新しい薬の開発が進んだために、血圧がうまくコントロール出来るようになり、脳出血や脳梗塞が減ったためです。 一方、アルツハイマー型認知症が増えてきているのは、一言でいうと「寿命が延びたから」。加齢によって脳の神経細胞が減っていくわけですから、長生きするほど発症するリスクが高まるわけです。そのため、男性よりも平均寿命の長い女性に認知症患者さんが多くみられるわけです。 ―― ではある意味、長寿社会が生み出した病気ともいえるわけですね。 中村先生: 「人生50年」だった江戸時代の頃には、アルツハイマー型認知症になる確率は1万人に1人くらいだったと想像されます。今は、85歳以上の4人に1人です。医学が発達して長生きできるようになったおかげで、認知症の患者さんが増えたといって良いでしょう。 アルツハイマー型認知症は絶望の病? ―― この病気を宣告されると、ご家族などは「うちの親に限ってそんなはずはない」「何かの間違いでは」と拒絶反応を示されることもあると聞きます。 中村先生: アルツハイマー型認知症は、進行性であり、根本的に治す方法がないことから、たしかに深刻な病気といえます。記憶障害をはじめ会話や日常生活動作が失われていく「中核症状」、徘徊や妄想、暴力行為などを生じる「周辺症状」があり、他の疾患にくらべ、ご家族の心の葛藤が非常に大きいのは事実です。 ―― 現代の医学をもってしても「治す」ことは出来ない病気というのが、ご家族にとってもやり切れないのでは? 中村先生: たしかに、アルツハイマー型認知症は、ある程度その原因が分かってきているものの、根本的に原因に対処する薬剤がまだ開発の途上です。そのため、私もこれまでの経験で「治りますか?」と質問されたら、「今のところ、私の知っている範囲では治った人はいませんが、進行がほとんど止まっている人はいます」と答えているのが現実です。
それでも症状は進行していく 「もしかしたら、認知症かもしれない…」家族がそう気づいても、医療機関を受診しないケースがある。それは「あんなに元気だった自分の親(妻、夫)が認知症だとは受け入れらない」と思ったり、「年齢のせいだから、仕方がない」と病気を認めないケースなどだ。また、患者さん自身が「自分は病気ではない!」と受診をかたくなに拒み、周囲が説得できない場合もある。 何の対策も講じずにいると、患者さんの症状は進行する一方だ。認知症には専門医がいる。家族だけで悩まずに、患者さんのためにそして家族自身のためにも、まずは認知症という現実に向き合ってみよう。 困ったら、迷わず専門医へ 認知症の専門医がいるのは多くは精神神経科や神経科だが、医療機関によっては神経内科、老年科などの場合もある。「物忘れ外来」を名称にしているところもある。長年つきあいのあるかかりつけ医がいるときは、そこから専門医を紹介してもらうが一番である。「どこに専門医がいるかわからない」というときは、各都道府県にある高齢者総合相談センター(シルバー110番)や保健所などが情報を把握しているので、そこに問合せをしてみるのも心強い。 患者さん自身に対しては、「頭の検診は、年を取るとみんな受けている」などと受診の理由をつくり、家族や患者さんの友人など信頼できる人に付き添ってもらうとスムーズに運ぶようだ。「買い物に行きましょう」などとウソをついて着いた先が病院では、患者さんの不信感がつのり、その後の通院に支障を来すことになる。 コラム:患者さんをみるのは誰? 「大切な存在だから」「他人の世話にまかせるのは可哀相」と、認知症患者の介護を家族だけでこなそうとするケースは多い。介護のために仕事をやめたり、友人と疎遠になったり、これまでの生活が一変してしまうことも。無理をして気持の余裕を無くしたり、健康を損なうようなことがあれば、結局は介護される患者さんにシワ寄せがいく。 「認知症には介護をする人の状態を映し出す鏡のようなところがある」という表現もある。2000年からスタートした介護保険制度のサービスを利用するなど、介護の負担に押しつぶされない出口を見つけることも重要だ。 希望を捨てずに~新しい薬も登場へ 専門医を受診すると、最初に行われるのは問診だ。本人はもちろん、家族からの情報も重要となる。医療機関によって異なるが、認知機能をチェックするために一般的に使用されるのが前ページで紹介した「改訂長谷川式簡易知能評価スケール」や「MMS」だ。その後、脳の状態を調べる画像診断(X線CT、MRI、SPECTなど)の検査を総合し、認知症を引き起こしている病気がアルツハイマー型認知症なのか、他の病気なのか、総合的に診断が行われる。 医師から「アルツハイマー型認知症です」と告げられてすんなり受け入れられる家族は少ないかもしれない。「治療法がないからもう、あきらめるしかない」と思う人もいるだろう。だが、認知症の一部の症状には薬が有効とされ、現在、病気をある程度遅らせる薬もある。近い将来には、認知症の予防薬や根本的に治療する薬が登場するかもしれない。 この病気の一番の課題は、患者のみならず家族や周囲の人間が病気をどう理解し、どう受け止めていくかだ。希望を捨てずに、アルツハイマー型認知症について考えていこう。
「あれ・それ・あそこ」は単なる老化? 「うちのおばあちゃん、最近物忘れがひどくなって…」高齢者と生活をともにしていると、しばしばこうした悩みが持ち上がる。たとえば、モノや場所などの名前を忘れ、「あれ・それ・あそこ」などの代名詞が多くなる物忘れ。会話の最中に肝心の名前が出ず、もどかしい思いをした経験がある人も多いはず。だが、この程度なら老化の範囲内、つまり年相応の物忘れと考えていいのだろうか? 問題なのは「あれ・それ・あそこ」といった名前の記憶にとどまらず、体験した記憶がすっぽり抜け落ちてしまうことだ。例えば旅行をした場所の名前を忘れるだけでなく、旅行したこと自体や旅行の一部を全く忘れてしまう場合。こうなると、年相応の物忘れではなく、認知症による物忘れの疑いが強くなる。 85歳以上では、4人に1人がアルツハイマー型認知症 認知症は、老化ではなく、脳の病気が原因となって引き起こされる。認知症の原因にはいろいろあるが、最近増えているのはアルツハイマー型の認知症だ。日本認知症ケア学会によると、85歳以上の高齢者では、約25%前後の人がアルツハイマー型認知症であると推定されている。 アルツハイマー型認知症についてはまだよく分かっていないが、脳の神経細胞の減少や機能の低下によって引き起こされる病気で、脳内に沈着する異常なタンパク質が関与しているのではないかと言われている。 アルツハイマー型認知症以外のおもな認知症 ●血管性認知症 脳出血・脳梗塞などの病気が原因で脳の神経細胞が減少し、認知症を発症。60~70代の男性に多い。 ●ピック病による認知症(前頭側頭葉型認知症) 前頭葉から側頭葉にかけての脳が萎縮し、認知症を発症。人格が変化し問題行動が多くなる。 ●レビー小体病型認知症 脳の神経細胞にレビー小体が出現し、認知症を発症。幻視などの幻覚がみられることが多い。 アルツハイマー型認知症のサインはこれだ 認知症というと徘徊や妄想といったイメージがあるが、こうした症状は現れないこともあり、また、現れるとしても病気がかなり進行してからだ。家族など、近くにいる人が早い段階で変化に気づけば、適切な治療によって症状を改善させたり、進行を遅らせることも可能となる。 捜し物ばかりしている、同じ物を何度も買ってしまう、勘定を間違える、入浴を忘れる、道を忘れる、事故をよく起こす…こうした日常生活における機能低下がサインとなるほか、下表のような認知症診断のための評価スケールも目安となるので、参考にされたい※。 現在、医療機関で認知症を診断するためには、わが国で開発された「改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)」がよく用いられている。見当識(現在の自分の状況を正しく認識していること)、記憶、失語、計算力などの状態を短時間で測ることができ、合計点が20点以下であれば認知症が疑われるとされている。 改訂 長谷川式簡易知能評価スケール 1 お歳はいくつですか? (2年までの誤差は正解) 0 1 2 今日は何年の何月何日ですか?何曜日ですか? (年月日、曜日が正解でそれぞれ1点ずつ) 年 0 1 月 0 1 日 0 1 曜日 0 1 3 私たちがいまいるところはどこですか? (自発的にできれば2点、5秒おいて家ですか?病院ですか?施設ですか? のなかから正しい選択をすれば1点) 0 1 2 4 これから言う3つの言葉を言ってみてください。あとでまた聞きますのでよく覚えておいてください。 (以下の系列のいずれか1つで、採用した系列に○印をつけておく) 1: a:桜 b:猫 c:電車 2: a:梅 b:犬 c:自動車 0 1 5 100から7を順番に引いてください。 (100-7は? それからまた7を引くと? と質問する。最初の答えが不正解の場合、打ち切る) 93 0 1 86 0 1 6 私がこれから言う数字を逆から言ってください。 (6-8-2、3-5-2-9 を逆に言ってもらう。3桁逆唱に失敗したら、打ち切る) 2-8-6 0 1 9-2-5-3 0 1 7 先ほど覚えてもらった言葉をもう1度言ってみてください。 (自発的に回答があれば各2点、もし回答がない場合、以下のヒントを与え、正解であれば1点) a:植物 b:動物 c:乗り物 a : 0 1 2 b : 0 1 2 c : 0 1 2 8 これから5つの品物を見せます。それを隠しますのでなにがあったか言ってください。 (時計、鍵、タバコ、ペン、硬貨など必ず相互に無関係なもの) 0 1 23 4 5 9 知っている野菜の名前をできるだけ多く言ってください。 (答えた野菜の名前を右欄に記入する。途中でつまり、約10秒間待っても出ない場合にはそこで打ち切る) 0~5=0点、6=1点、7=2点、8=3点、9=4点、10=5点 0 1 23 4 5 ※尚、自宅で行うことはお勧めできません。正確な施行と診断は専門医に委ねて下さい。 ※ほかに、米国で開発された「MMS(Mini-Mental State Examination)」なども使用されています。
手術を受ける?受けない? iNPH(正常圧水頭症)の治療にあたっては、「髄液シャント術」という手術で過剰にたまった脳脊髄液を他の体腔に流すのが一般的。歩行障害・認知症・尿失禁は、術後数日で改善することもあれば、数週間、数カ月かかることも。一般的に、手術によって歩行障害が約9割、認知症、尿失禁が約7~8割、改善されると言われているが、手術を受ける患者の多くは高齢者。実際にあった例をもとに、医師と患者の両方の立場から手術を受けるかどうかの判断について考えてみよう。 患者名:高田正造さん(昭和2年生まれ、取材時78歳) 平成15年にiNPHにて髄液シャント術を施行。 歩行障害が改善、自発性も取り戻す。現在も改善を持続中。 手術の成功には、家族のケアが不可欠です 石川 正恒先生 (洛和会音羽病院正常圧水頭症センター 所長) 私どもの病院に見える患者さんのうち、iNPHと診断される人は、以前に比べて明らかに増加しています。高田さんもその一人で、最初に会ったとき、歩行は小刻みで動作も緩慢、ボーッとしておられる印象を持ちました。検査の結果iNPHであることがわかり、手術をするかどうか、患者さんと家族に決めてもらいました。その際、手術についてできるだけ詳しく説明をしました。 実際の手術は3時間くらいで済み、バルブ圧調整などがあり、術後2週間くらいで退院になったと思います。退院後、最初の数回は月に1回ほど検査に通っていただきましたが、現在では数ヵ月に1回の割合になっています。 iNPHの手術は高齢者が対象なので、手術を受けるかどうかは患者さんの全身状態や家族などの周囲環境を含めて考えるようにしています。手術でよくなったとしてもまったく元通りになるというわけではありません。周囲の人間の見守りが大切と考えています。 納得がいくまで病院を探し、説明を聞きました 高田正造さんの奥様 高田小夜子さん 主人は会社を定年退職した後も、歩こう会やゴルフなどでリーダーを務めたり、役員を任されたりと、活発に過ごしていました。ところがある頃から、たたらを踏むと言うか、意思に反してたびたびつまずくようになったのです。実は主人は以前、主治医の先生から「脳の髄液が人より多いですが、異常ではないので様子を見ましょう」と言われ、iNPHという病気のことも聞いていたんです。主人がうまく歩けなくなったことで、この先生に「iNPHが進行したんじゃないでしょうか」とたずねたのですが、「うーん……」という反応でした。 そのうち、主人は歩こう会やゴルフを止めてしまい、ボーッとしたり、トイレに間に合わなくなるように……。 主人と一緒に病院をいくつも回りましたが、「年齢(とし)だから、しょうがないよ」と言われることもありました。たまたまiNPHをよく診療されているお医者さんに診てもらい、息子もインターネットで、病院の情報やiNPHの検査方法などについて調べてくれました。 検査のために入院した主人ですが、iNPHであることがわかり、石川先生は「手術をしなければいけないということではないけれど、ご希望ならすぐに手術できますよ」と言ってくださり、手術の内容について丁寧に説明していただきました。私は「なるほど、いいな」と思ったのですが、主人はいざ手術となるとなかなか踏み切れない部分もあったようです。でも、先生の説明で最終的に納得し、手術を受けました。 術後は、また歩けるようになり、何よりトイレの心配がなくなりました。病院に行くときもタクシーではなく、できるだけバスや電車を使うようにしています。急にいろいろなことが自分の身に差し迫ってくると、どうしたらいいのかわからなくなるものですが、納得のいくまで病院を探したり、お医者さんから説明を受けたりすることが大切なのではないでしょうか。
「iNPH」と「パーキンソン病」、「アルツハイマー型認知症」の違い iNPH(特発性正常圧水頭症)とは、特別な原因もないのに脳の中や周辺にある脳脊髄液(髄液)がたまり過ぎる病気のこと。【歩行障害・認知症・尿失禁】という三つの特徴的な症状をもち、手術で治療できる認知症の代表的な病気でもある。 今回はiNPHの三徴候と、パーキンソン病やアルツハイマー型認知症との違いについて、松下記念病院神経内科部長 森 敏(もり さとる)先生にわかりやすく解説していただいた。 治療可能な歩行障害・認知症として、iNPHはまっさきに疑うべき病気です 森 敏先生 (松下記念病院 神経内科部長、「認知症のとらえ方・対応の仕方」(金芳堂)など、著書多数) 歩行障害 歩行障害・認知症・尿失禁のうち、通常最初に認められる症状は歩行障害です。本人の自覚症状には「歩くときのバランスが悪くなった」「方向転換でクラッとする」「階段で足元が怖い」などがあります。 iNPHの患者さんの歩きかたは独特で、脚は外またでやや開き気味(開脚歩行)、歩幅(ストライド)は小さく、ちょこちょこと歩きます(小刻み歩行)。足が上がっていない(すり足歩行)のも特徴で、チャップリンの歩きかたをイメージすれば、わかりやすいと思います。方向転換をするとき、コンパスのように片方の足を軸にして回転する様子が見られることもあります(コンパス歩き)。 パーキンソン病の症状にも歩行障害がありますが、パーキンソン病の特徴のひとつは体が固くなることで、ひとつひとつの動作もぎこちなく、小さくなります。そのため、こちらの歩行障害は普通の歩行動作が小さくなった状態で、外またで脚を開いている様子はありません。 認知症 最近の調査では、アルツハイマー型認知症の患者さんは人口10万人あたり1000人程度、iNPHは250人程度いる可能性があるといわれています。 認知症状について、iNPHの患者さんの場合はボーッとしているのが特徴です。注意力が散漫になり、呼びかけると一拍遅れて反応したり、判断が鈍くなったりします。それまで楽しんでいた趣味の活動を行わなくなるなど、意欲や自発性の低下も認められます。ただ強い記憶障害は生じず、間違いを正してあげると、「ああ、そうだった」と思い出したりすることも。 いっぽうアルツハイマー型認知症の患者の場合は、受け答えがスムーズでてきぱきとしています。生来のユーモアなども持ち合わせたままですが、記憶障害が激しく、数分前のことを「身に覚えがない」と言うなど、すっかり忘れてしまいます。歩行障害などの身体症状はなく、アルツハイマー型認知症の患者の様子を井上靖が小説の中で『風のように身のこなしが軽い』と表現したほど、やせていても足腰が達者です。 尿失禁 尿失禁は、歩行障害や認知症状に遅れて出現します。脳の中でも状況判断などを司る前頭葉という部分が傷害されているため尿意をコントロールできず、トイレに着く前に漏らしてしまったり、我慢できる時間が非常に短くなったりします(頻尿)。尿失禁の前に、夜間頻尿という形で自覚症状が現れることもあります。 早くみつけて、早く治療を! 上記に紹介したのは、典型的な症状の例。実際には個人差もあり、熟練した専門医でないと、適切な診断は難しいもの。家族に“もしかしたら…?”という症状が見られたら、ぜひ早めに専門医の診察を。 「TVや新聞で取り上げられて以来、『iNPHではないでしょうか』という問い合わせがずいぶん増え、iNPHという言葉が一般の方たちの間にもだいぶん浸透してきたなあ、という印象を持っています。問い合わせに対して、実際にiNPHと診断される患者さんは今のところ多くはないのですが、問い合わせをしてくる家族はみんな真剣です。私たちは、その真剣さに答えなければいけないと思っています。 私は神経内科医ですが、治療の現場では神経難病と言って、治らない病気も多いのが実情です。その中でいつも心がけているのは、『この人は治療可能な病気じゃないだろうか』とまず考えること。薬や手術で治せる病気じゃないだろうかと、そこから鑑別していきます。歩行障害や認知症にはいろいろな病気がありますが、中でもiNPHはまっさきに考えるべき病気です。なぜなら、治療が可能だからです」(森先生)
iNPHの医療現場では、いま… 日本では、2004年5月には諸外国に先駆けて「特発性正常圧水頭症診療ガイドライン」が発行され、安全な診療に向けて体制が整いつつある。さらに脳神経外科医や神経内科医などの研究によって、特発性正常圧水頭症(iNPH)の解明がかなり進んできている。 診療ガイドラインの発行に伴い、全国の診療現場ではどのような変化があったのか、東京共済病院院長・桑名信匡先生と、恵み野病院院長・貝嶋光信先生にお話をうかがった。 『もしかして…?』と思う人は、まず医師にぶつけてみて! 桑名信匡先生(東京共済病院 院長) ―― 2004年のガイドライン発行から5年が経ちますが、医師たちの間ではiNPHについてどれくらい認識が高まっているのでしょうか。 桑名先生: 脳外科や神経内科の専門医の間では、かなり浸透していますよ。ガイドラインが発行されたとき、数多くのメディアが取材に来てiNPHのことを取り上げてくれました。一般の内科医向けの情報雑誌にも紹介され、さらに認識が広まりつつあると感じています。 ―― iNPHの診察に訪れる患者さんは増えていますか? 桑名先生: 確実に増えていますね。地元のかかりつけ医から紹介されたり、テレビの健康情報番組や雑誌を見てiNPHのことを知り、診察にいらっしゃる患者さんも多いですよ。 はるばる地方からやって来たある患者さんは、歩行障害で困っていたところ、お友だちから「あなたのことじゃない?」と雑誌の記事を見せられたというんです。タップテストで髄液を抜いたら、数時間でスタスタ歩けるようになってしまった。もちろんご本人の地元の病院を紹介し、手術後、かなり回復したとお礼の手紙が届きました。 ―― 医師による診断や手術の技術は向上しているのでしょうか? 桑名先生: 歩行障害、認知症、尿失禁の三大症状の確認と、画像診断による検査、タップテストを行うことで、診断技術もかなりレベルアップしてきました。特にMRIの冠状断画像(頭を垂直に切った画像)を見ると、iNPHの特徴がよくわかります。一方、外科医たちも、勉強会を開くなどして腕を磨いているところです。 現在ではさらに簡単に診断がつく方法が見つかってきており、手術のリスクも減らしていけるのではないかと思っています。 ―― 「もしかして……」と思ったら、どうすればいいでしょうか? 桑名先生: 先にあげた三大症状など、心当たりがあったら、かかりつけ医にこのページを見せるなどして「もしかしたらiNPHではないでしょうか?」と相談してみてください。もしその時点で医師が知らなかったとしても、きっと調べてくれるはずです。逆に「年だからボケるのは仕方ない」と病院にも行かないのは大問題。認知症も早期発見・早期治療が肝心ですし、大変に良くなられた患者さんもたくさんいらっしゃることも、ぜひ心に留めておいてください。 手術で劇的に改善するiNPHの患者さんたち 貝嶋光信先生(恵み野病院 院長) 最初の一歩がなかなかでない、小刻み歩行、方向転換が苦手…。こうした特徴を持つ患者さんが、ときどき外来にやってきます。昨年ゴルフの最中に左不全麻痺を起こし、緊急搬送されてきた70歳代の女性もその一人でした。患者さんに「iNPHかもしれません。手術で歩行が改善しますよ」とお伝えすると、「認知症の症状」という部分でショックを受けたようで、そのまま話が止まってしまいました。 数日後、診察室にやってきた別の男性の歩き方を見ると、これもまたiNPHに特徴的な歩き方です。手術をおすすめしましたが、歩行障害以外に失禁も認知症状態もないため、様子を見ることに。しかし、半月もしないうちに歩行が悪化、転倒による顔面打撲で入院したことを機に手術を行ったところ、術後一週間で劇的に歩行が改善しました。 その後も診察でiNPHの患者さんに出会っては手術をおすすめし、この1年6ヵ月で(2005年当時)38例の手術を行い、劇的改善例は16件を数えています。その他の例でも、ある程度の改善が認められ、本人はもちろん、ご家族からも感謝の言葉をいただいています。最初の患者さんは大いに悩まれ、手術を決断するまでに半年かかりましたが、現在では1日1万歩を歩き、ピアノも習い始めたそうです。 iNPHの初期症状は、歩行障害です。認知症の症状がなくても、冒頭に挙げたような歩行障害が見られるときは、ぜひ一度医師の診察を受けてみてはいかがでしょうか。 「こうして回復しました!」 患者と家族の体験 自分自身や家族が、いざ認知症になってしまったら…。 不安と混乱を乗り越え、ふたたび明るい日々を取り戻した患者と家族の体験談をご紹介しよう。 嶋 好子さん 79歳 「脳梗塞で倒れた後、徐々に歩けなくなり、ほとんど寝たきりとなって表情も乏しかった母。手術後1週間で自力で食事を食べられるようになり、1ヵ月で意思の疎通もできるようになりました!」 ~ 娘さん(57歳)の体験談 ~ 脳梗塞で倒れた後、左半身のマヒと歩行困難が… 母は、父とともに、長年、北海道白老町にある湯治温泉旅館を経営していました。「仕事が趣味!」というくらい、お客さんの世話や旅館の切り盛りで大忙しの毎日を送っていた母ですが、71歳のときに脳梗塞で倒れて、入院。一命はとりとめたものの、左半身にマヒが残りました。 母の退院後、少しして父が他界。その頃から母は徐々に歩けなくなり、ほとんど寝たきりで全面介助を必要とする状態となってしまったのです。 食事を全く受けつけなくなり、呼びかけに応じず、表情も乏しく、植物人間のようになってしまった母。ほんの数年前までいきいきと旅館を切り盛りしていた姿とは、まるで別人のようでした。 迷わず手術へ。そしてふたたび意思の疎通ができるように…! 母は口からものを飲み込むことができなかったため、PEG(*)という、胃に穴を開ける手術が必要でした。恵み野病院の消化器科を紹介されて入院したところ、脳MRI検査の後で脳外科の先生から「iNPHの疑いがある」といわれたのです。 私たち家族にとって『iNPH』は初めて聞く病名でしたし、母自身はまったく理解できない状態です。それでも「母が少しでもよくなるなら…」と、私たちは迷わず手術をしてもらうことにしました。 嬉しいことに、手術後1週間で母は食事を食べられるようになりました。1ヵ月目には家族と意思の疎通ができるようになり、「おはよう」「ありがとう」などの挨拶や、「○○したい」などの要求もきちんと伝えられるようになりました。 さらに2ヵ月後には、自分でスプーンを使って食事ができるようになり、9ヵ月経った現在では、施設に入所し、歩行訓練を続けています。私も母の施設を訪ね、世話を続けていますが、表情や言葉でお互いの思いを伝え合うことができるようになって、介護にもハリが出てきたのを感じています。 脳梗塞の後、歩けなくなったり動けなくなったりしたのは、脳梗塞の悪化と年齢のせいだとばかり思っていましたが、iNPHという病気によるものと診断していただいたことで、母と私たち家族の生活がずいぶん変わったと思います。本当にありがとうございました! (*)PEG……経皮経内視鏡的胃ろう造設術のこと。口から食事のとれない人や飲み込む力のない人のために、内視鏡を使って胃に小さな穴(胃ろう)をあけ、直接流動食を送り込むようにする手術。
認知症の患者数、30年後は倍に!? 総務省がまとめた2009年10月の推計によると、全国の65歳以上の高齢者は2,901万人。男女別に見ると、男性は1,240万人、女性は1,661万人だった。65歳以上の人口は1985年に総人口の10%を突破し、90年代以降はさらに急増、今回初めて22%を占めるようになった。 「5人に1人以上が高齢者」という状態は、先進諸国の中でも最高の水準。この割合は今後も伸び続け、5年後には26%に達するとの見込みもある。 同時に認知症の患者数も増加の一途にあり、現在は全国で220万人。団塊の世代がすべて高齢者の仲間入りをする2015年には250万人に、さらに2035年には337万人にまで増えるとの予想もあり、介護の負担が大きくなることから社会問題として特に注目されている。 治療できる認知症・「特発性正常圧水頭症(iNPH)」とは? アルツハイマー病などの脳の変性疾患や脳梗塞によるものなどがよく知られているため、「認知症=治らない病気」ととらえられがちだが、実際には治療薬や手術によって改善する認知症がある。慢性硬膜下血腫、甲状腺機能低下症などと並んで「特発性正常圧水頭症(iNPH)」も、そのひとつだ。 水頭症は脳の中や周辺にある脳脊髄液(髄液)がたまり過ぎる病気のことで、くも膜下出血や頭部のケガ、髄膜炎などの二次性疾患として起こる「続発性正常圧水頭症」と、特別な原因は見当たらないのに同じ症状が見られる「特発性正常圧水頭症(iNPH)」がある。 高齢者に多いiNPHの場合、歩行障害・認知症・尿失禁が三大症状で、現在認知症患者の5~10%が該当するといわれているが、脳の余分な髄液を管に通し、腹腔や心房などに流す症状がかなり改善することがわかっている。 また、iNPHは国から指定されている難病のひとつ。各都道府県に支援・相談センターが設けられているほか、研究班が設立され、原因の究明や治療方法の確立に向けた研究が進められている。さらに2004年に、診療ガイドラインが発行されたため、iNPHの診断から治療にいたる流れが明確になった。このガイドラインが、私たち患者や家族の立場にどう役立つのか、多摩南部地域病院副院長・和智明彦先生にお話をうかがった。 ひとりでも多くの患者さんを発見するために 和智明彦先生(多摩南部地域病院 副院長) ―― 「ガイドライン」とは、どのようなものを指すのでしょうか。 和智先生: 専門的にいうと、「予防から診断、治療、リハビリテーションまで特定の臨床状況のもとで、適切な判断や決断を下せるよう支援する目的で体系的に作成された文書」のことです。つまりは、“病気の状態に合わせた治療手引書”、というところでしょうか。世の中に数え切れないほどの病気がありますが、それに応じてガイドラインが作成されています。 ―― iNPHのガイドラインが誕生したきっかけとは? 和智先生: 水頭症一般の研究は20年くらい前から行われていたんですが、シンポジウムを重ねていくうちに、徐々にテーマがiNPHに移っていきました。当時は原因も病態もよくわかっていませんでしたから…。 ちょうど日本が本格的な高齢社会に突入し、認知症患者の増加が大きな問題としてクローズアップされる中、iNPHの診断技術の見直しが進められ、手術で使う機器も大いに発達してきた。私たち医師の間にも「iNPHでも科学的な根拠に基づいた診療ガイドラインをつくろう」という意識が高まってきたんですね。発案から2年ほどで診療ガイドラインを作り上げました。 ―― 診療ガイドラインは、私たち患者や家族にとってどう役立つのでしょうか? 和智先生: iNPHの診療ガイドラインを作った目的は、治療可能なiNPHの患者さんをひとりでも多く発見することにあります。1,000編の論文の中から、科学的・客観的な根拠に基づいたものをベースに、iNPHの患者さんの発見から診断、治療の流れをフローチャートでわかりやすく説明し、さらに治療後の患者さんのケアについても助言しています。 iNPHは脳外科医や神経外科医だけがわかっていればいいという病気ではありません。地元のかかりつけ医からスタートし、神経内科医、精神科医の支援を得て脳外科施設で治療、術後は脳外科医、神経内科医、歩行困難などのケースに対応するためにリハビリ科医、さらには介護支援団体も巻き込んだ、社会的な支援体制が必要です。そうした状況に、このガイドラインが役立つことと思います。 ―― ガイドラインが広く普及すれば、これまで以上にiNPHの患者さんの治療が進みますね。 和智先生: まずはこの病気を多くの人に知ってもらうことが大切だと思います。【うまく歩けない+物忘れ=iNPH】というイメージが定着するといいですね。 また、よく質問を受けるのですが、手術で使うシャント機器を体内に埋め込んでも、日常生活においては支障になりません。適切な診断に基づき、80代のご高齢であっても安全に手術も可能です。確実に治療すれば、患者さん本人のADL(日常生活動作)やQOL(生活の質)の向上につながりますし、介護するご家族の負担を減らすことにもなると思いますよ。
2004年1月、特発性正常圧水頭症のガイドラインの内容や、診断・治療の方法について、専門医たちによる活発な意見交換が行われた(第5回日本正常圧水頭症研究会)。この研究会で関心が集まったことにスポットをあて、今後の診断・治療がどうなっていくのか、どうしていくべきか、という医師たちの考えや取り組みについての情報を紹介しよう。 目次 特発性正常圧水頭症ガイドラインの作成 高まる期待-より良い診断・治療に向けた取り組み 医師たちもまた、より良い診断・治療を模索している 特発性正常圧水頭症ガイドラインの作成 「ガイドライン」というと、法律や規則のように厳しい決まりを想像する人もいるのでは?しかし、この特発性正常圧水頭症ガイドラインは医師たちの診断や治療方針を束縛するものではないという。では何のために今、作成されたのだろうか? その背景には、これまで診断の決め手となる基準がなかったために、診断・治療における病院間の格差が非常に大きい、という特発性正常圧水頭症の現状がある。 一定の基準となるガイドラインを普及させることで、すべての患者が適切な診断・治療を受けられるように、という医師たちの願いが込められているのだ。 もちろん、ガイドラインに縛られた定型的な治療を目指しているわけではない。特発性正常圧水頭症は、実際に手術をしなければ、どの程度まで症状が改善するのかがわかりにくい病気。また、患者は高齢であることが多いので、手術に対する不安も大きいだろう。だからこそ、患者や家族の要望にもしっかりと耳を傾けて治療方針を決めたい、という考えが、このガイドラインの前提となっているようだ。 今後、このガイドラインを実際の医療の現場に照らし合わせ、問題点を明確にしながら改定を重ねていき、より良いものにするための努力も続けるという。 高まる期待-より良い診断・治療に向けた取り組み 特発性正常圧水頭症の診断と治療には、まだまだ不明な点や課題も多く残されている。研究会では、それらの課題を克服するための研究結果が、専門医たちから報告された。 第5回日本正常圧水頭症研究会会長 西宮協立脳神経外科病院 院長 三宅 裕治先生 新しい診断方法の試み ガイドラインも推奨する診断方法「髄液タップテスト」の最大の問題点は、「陰性の場合でも手術による症状改善の可能性がある」ということ。研究会では、この点をどうカバーし、手術で改善する患者を確実に見つけ出すかということに、話題が集まった。 急速に進歩しているCTやMRIなど高度な画像診断を使って、手術の適応や効果判定をする方法が提案され、注目を集めた。また、歩行動作をビデオに録画して詳しく解析することで、パーキンソン病など他の病気との区別や症状の変化をより正確に捉えるなど、新たな診断方法も多数発表された。いずれもまだ診断方法として確立されてはいないが、今後の研究に期待が高まっている。 より良い治療のために シャント術では、患者の状態に合わせて髄液の排出量を適切な状態に保つことが大切だ。これまでは、この排出量調節を設定するための目安がなかったため、設定方法は医療機関によってまちまちであったという。この点を改善するために、患者の身長、体重、性別などから設定値を割り出した早見表が提案され、大きな注目が集まった。 この方法が確立されれば、手術後のリハビリ開始が早まり入院期間が短縮されるなど、患者側のメリットも大きいと期待される。そのほか内視鏡や薬物療法など、シャント術以外の治療の試みも報告された。 病気の根本的な原因を探る 特発性正常圧水頭症はなぜ高齢者に多いのか?その原因はまだ不明。その根本的な原因を探るため、髄液中のたんぱく質を詳しく解析するなど、最先端技術を取り入れた様々な取り組みも積極的に行われている。 医師たちもまた、より良い診断・治療を模索している 高齢社会が急激に進む今、認知症や歩行障害は多くの人にとって身近な問題となっている。これらの症状は「年のせいだから」とか「病院に行ってもどうせ治らないし」などと考えて、治療をあきらめてしまいがち。しかし、これまで紹介してきたように、手術で症状が改善する可能性もあるので、まずは専門医を訪ねてみて欲しい。 医師たちもまた、患者やその家族と同じように、日々事例を重ねながら、より良い診断・治療を模索しているのだ。病気を抱える患者や家族も、こうした医師の姿勢を受け入れ、互いに協力しながら病と闘うという意識を持つことが、より良い診断・治療の実現への第一歩になるだろう。 公開日:2004年3月15日
「手術で治療できる認知症」とはいわれているが、実際にはどのような流れで診断や治療が行われているのか不安な人もいるのでは?ここでは、診療ガイドラインを中心に、実際病院で行われている診断から治療の流れを紹介しよう。 目次 診断に用いる検査「髄液タップテスト」とは? 特発性正常圧水頭症の診断~治療の流れ 特発性正常圧水頭症の治療「シャント術」 シャント術で症状はどう改善するの? 診断に用いる検査「髄液タップテスト」とは? 特発性正常圧水頭症かどうかを見極めるための診断方法の中で、最も一般的に行われているのが「髄液タップテスト」と呼ばれる検査。腰椎に針を刺し、過剰に溜まっている髄液を少量排除することで、歩行障害などの症状が改善するかどうかを診断する。このテストで陽性と出れば、手術による症状改善が期待できる。 しかし、このテストでは見極められない(陰性と出てしまう)人でも、症状改善の可能性があるので、さらに検査を進める場合もある。現在、専門医たちの間で、より診断率の高い検査方法の研究がなされている。 しかしながら、やはりタップテストは、有用で危険性が低く比較的簡単な検査。「ひょっとして特発性正常圧水頭症では?」と思ったら、医師に相談してみてはどうだろうか?今回のガイドラインでも、特発性正常圧水頭症が疑われる場合には、まずタップテストの結果を見てみるということが推奨されている。 特発性正常圧水頭症の診断~治療の流れ まず、歩行障害などの症状の確認と、CTやMRIなどの画像診断による検査が行われる。そして特発性正常圧水頭症が疑われる場合には、髄液タップテストが行われる。ガイドラインでは、タップテストで陽性(症状が改善)であれば、シャント手術による治療の適応とされている。しかし実際には、タップテストで陰性の場合でも、手術により症状が改善する可能性も残されている。そのため、より診断を確実にするために、複数の検査を組み合わせて行うことも多い。 ガイドラインにおける診断~治療の大まかな流れは次のとおり。 特発性正常圧水頭症の治療「シャント術」 特発性正常圧水頭症の治療の主流は「シャント術」と呼ばれる手術。脳に過剰に溜まった髄液の流れを良くするためのバイパス手術のことだ。 シャント術では、排出する髄液の量を常に適切な状態にしておくことが重要といわれる。 この調節がうまく行かないと、脳の表面の血管が引っ張られて出血(硬膜下血腫)するなどの合併症が起こることがあるのだ。最近では、この調節に使われる装置の機能が飛躍的に向上したため、より長期間にわたる症状改善が期待でき、患者の負担も少なくなった。 シャント術の詳細は、手術で治療できる認知症!?特発性正常圧水頭症 シャント術で症状はどう改善するの? 歩行障害・認知症・尿失禁などの症状は、手術後数日で改善する場合もあれば、数週間、数ヵ月かけて改善することも。シャント術で改善する患者の割合は、一般的には次のとおりといわれている。 シャント術による改善率 ●歩行障害の改善⇒9割以上 ●認知症状の改善⇒8割前後 ●尿失禁の改善 ⇒8割前後 しかし、改善の度合いは個人差も大きく、実際に症状がどの程度、どれくらいの期間で改善されるかを予測するのはとても難しいとされる。軽度な改善から劇的改善まであって、何不自由ない生活を取り戻せる人もいる。症状の悪化や合併症を防ぐためには、定期的に医師に状態をチェックしてもらうなど、術後のケアが極めて重要だ。 公開日:2004年3月15日
「手術で治療できる認知症」といわれる特発性正常圧水頭症。しかし、まだ広く知られていないために見逃されている可能性も。特徴的な症状についてチェックしよう! 目次 特発性正常圧水頭症とは? 特発性正常圧水頭症の特徴的な症状とは? 医師たちの関心も徐々に高まりつつある 特発性正常圧水頭症とは? 「軽い物忘れ」や「足元がふらついて歩きにくい」などの症状は、お年寄りにはよくあるもの。しかし、なかには手術により治療できるものがあることをご存知だろうか?「特発性正常圧水頭症」(iNPH)と呼ばれるこの病気は、脳に過剰な髄液がたまることが原因。高齢者に多く、認知症患者の約5~10%を占めるといわれている。 特発性正常圧水頭症は本人や家族が早く気づき、医師が正しく診断・治療を行えば、症状が改善する可能性が高い病気。にもかかわらず、今まであまり注目されてこなかったのは、老化による症状と見過ごされたり、アルツハイマー病やパーキンソン病などとよく似ていて診断が難しかったため。実際には診断・治療されないままになっていることも多いのだそう。こうした背景から、医師たちはガイドラインを作成し、患者が見過ごされることのないよう、適切な診断・治療を広めるための活動を積極的に行っている。少しでも気になる症状があれば、まずは可能性を疑ってみよう。 手術で治療できる認知症!?特発性正常圧水頭症 特発性正常圧水頭症の特徴的な症状とは? 特発性正常圧水頭症の主な症状は、歩行障害・認知症状・尿失禁。特にこれといった原因もないのにこのような症状がある場合は、早めに脳神経外科や神経内科で受診しよう。 歩行障害 最初にあらわれることが多く、アルツハイマー病などほかの認知症と区別するポイントになる。パーキンソン病や脊椎の病気などでもみられるので間違われることもあるが、特発性正常圧水頭症の症状としては最も多く、90~100%の人にみられるといわれている。外見からでもわかる症状なので家族や周囲の人も注意し、気づいてあげよう。 認知症状 歩行障害の次に多い症状。軽い物忘れ、自発性や意欲・集中力の低下などの症状がみられる。例えば、周囲の呼びかけに対して反応が悪くなったり、趣味をしなくなったり、一日中ボーっとした状態になったり。さらに症状が進むと様々な認知症状があらわれる場合もある。症状が出てから何年も経っていても改善することも多く、あきらめないことが大切。 認知症は脳の病気です 尿失禁 歩行障害や認知症と比べ、わりと遅くあらわれる症状。トイレが非常に近くなったり(頻尿)、我慢できる時間が短くなる(尿意切迫)症状に、歩行障害も重なり、トイレに間に合わないことも。症状がさらに進むと、無関心さから失禁するようにもなる。 尿失禁は加齢とともによくみられる症状だが、なかなか人にはいいづらく、本人にとっては深刻な問題。しかし、勇気をもって打ち明けることが治療への第一歩だ。 医師たちの関心も徐々に高まりつつある 一般にはまだあまり広く知られていない特発性正常圧水頭症だが、医師たちの間での関心はどうなのだろうか?この病気について全国の病院(脳神経外科)に対して2009年10月に行われたアンケート調査では、関心も高くなっており、年々治療数も増えていることが分かった。 同時に、アンケート結果からは、ほとんどの施設でiNPHの治療が開始され、専門外来の数も年々増加している。高齢者の増加や診断・治療技術の進歩に伴い、医師たちの関心も次第に高まってきているといえそうだ。 公開日:2004年3月15日
山口武兼先生 2003/5/12~25にhealthクリックで行った「認知症に関するアンケート」に寄せられたたくさんの意見や質問の中から、いくつかをピックアップ。少しでも皆さんの声に応えられればと、専門医である東京都立豊島病院・脳神経外科部長の山口武兼先生に協力してもらい、「治る認知症」を知ることの大切さや、認知症を家庭や社会の中で受け入れ、ともに生きることの意義について、暖かいアドバイスをいただいた。 ※お寄せいただいた質問は紙面の関係上、一部編集しております。ご了承ください。 目次 Q 認知症は治らないと言いますが、本当に治すことができない病気なのでしょうか? Q 認知症は遺伝すると聞いたんですが、本当なんですか? Q 認知症の初期症状というのはどのようなものなのでしょうか? Q 認知症の予防策は本当ですか? Q 父が初期の認知症のようなのですが、病院が嫌いで診察を受けることができず困っています。 Q 介護する人がまわりにあまりいないので、どのようにしたらよいか今からとても心配です。 山口先生とのお話を終えて Q 認知症は治らないと言いますが、本当に治すことができない病気なのでしょうか?(40代・男性) 「認知症」とは、正常に発達した知能が何かの原因で低下した状態のこと。その原因にはさまざまなものがありますが、なかには適切な治療によって治るものもあります。 そのひとつが特発性正常圧水頭症。これは脳や脊髄の表面を循環している脳脊髄液の流れが悪くなって溜まり、脳室が広がってしまうもので、外科手術によって治療することができます。 手術で治療できる認知症!?特発性正常圧水頭症 ほかには、脳腫瘍による認知症や代謝障害による認知症も治療の余地があります。 残念ながら、患者数の比較的多い、脳血管性認知症やアルツハイマー型認知症については、今のところ治すために有効な治療法はありません。ただ最近では、せん妄(とくに夜間に多く、急に興奮したり訳のわからないことを言ったりする)や徘徊などを落ち着かせる効果がある薬がたくさんできています。薬で認知症の症状を上手にコントロールして、それなりに落ち着いた日常生活を送っているご家族も増えてきました。 Q 認知症は遺伝すると聞いたんですが、本当なんですか?(40代・女性) アルツハイマー病の場合は遺伝する可能性があります。ただしこれは、解剖の結果、脳に特有の所見が認められて「アルツハイマー病」と確定された場合にだけ言えることです。「アルツハイマー型認知症(アルツハイマー病のような認知症)」の場合は、遺伝するかどうか、はっきりしたことはわかりません。 脳血管性認知症は、その根本に生活習慣病があります。この生活習慣病が、糖尿病など遺伝傾向があるとされているものであれば、結果的に「認知症は遺伝と無関係ではない」と言えるかもしれませんね。 特発性正常圧水頭症は遺伝とは関係ありません。 なぜ認知症になるの? Q 母親がアルツハイマーと水頭症の混合の認知症ですが、同居している父が気が付かず病院に行くのが遅れたため手術もできなくなってしまい毎日の介護が大変です。認知症の初期症状というのはどのようなものなのでしょうか?(30代・女性) 認知症は、早期に発見してできるだけ早く適切な医療やサービスを受けることが大切ですね。認知症の症状やその進行の度合いはさまざまですが、とくに特徴的な症状を挙げてみましょう。 アルツハイマー型認知症の場合は、活発に動き回る傾向があります。 特発性正常圧水頭症の場合は、なんとなくいつも「ぼーっとしている」ようになり、活動性が低下します。転びやすい、小刻みに歩くなどの歩行障害や、尿失禁があり、これら三つの症状が比較的短い期間に現れてくることがあります。 医者などに相談する場合は、これらの症状にあわせて、本人や家族にとって日常生活をする上でどんなことに困っているのか、何が問題なのかを整理しておくとよいでしょう。 認知症の進行 ■軽度 記憶障害 昔のことは覚えていても現在のことは忘れてしまう。 食事がすんだことや物を片付けたことを忘れて騒ぐ。 見当識障害 「今がいつなのか」「ここはどこなのか」「自分は誰なのか」がわからなくなる。 見当識障害があるかどうかは認知症の重要な判断材料。迷子になったり家族がわからなくなったりする。本人の不安は強い。 ■中程度 思考・判断力障害 思考力や判断力の低下。 計算ができない、料理ができない、道具が使えないなどの症状が現れる。日常生活にも介護が必要な状態。 ■高度 言語障害・失行・感覚障害 失行とは体は動かせるのに今までできていた行為ができなくなること。さらに味覚、嗅覚、痛覚などの知覚にも障害が現れる。 食事やトイレなど、生活全般に介護が必要な状態。動作が鈍くなり、体も弱ってくる。 Q 認知症の予防策として「手や脚を動かすようにする」「魚を食べる」「ある種の金属の食器などを避ける」などが有効だと聞いたことがありますが、本当ですか?(70代・男性ほか多数) アルツハイマー病については、予防できるかどうかは未知数と言わざるを得ません。 脳血管性認知症の予防は、生活習慣病の予防とコントロールが基本になります。肥満や運動不足、ストレスを避け、高血圧や糖尿病、高脂血症があれば適切にコントロールしましょう。ご質問の中の「魚を食べる」というのは、生活習慣病予防のために有効な手段と言えますよね。 特発性正常圧水頭症は原因がわからないので、予防策もわかりません。 一般に「脳に刺激を与えると認知症にならない」と言われることがあります。でも脳を刺激すれば認知症にならないとは言い切れません。ただし、脳を使うこと自体は悪いことではありませんし、高齢になってからも充実した人生を送るために、趣味を持ったり体を動かしたりするのはむしろよいことですから、積極的に楽しんでください。 Q 父が初期の認知症のようなのですが、病院が嫌いで診察を受けることができず困っています。どうすればよいのでしょうか?(50代・女性) とにかく「かかりつけ医」を持つことが大切です。高齢者になると、高血圧や高脂血症など何らかの問題を持っていて通院している方も多いはずです。そういう所があるなら、まずはその医師に相談してみてください。いつも通院している所なら相談しやすいのではないでしょうか。 かかりつけ医がいない方は、近所で在宅医療に積極的に取り組んでいる診療所を探すとよいでしょう。在宅医療に積極的に取り組んでいる地域の医師なら、往診もしてくれます。かかりつけ医は、地域の医師会でも紹介してくれますので利用してください。 外科治療などでは治らない認知症の場合は、病院に入院させておくのではなく、いずれは外来で薬などで治療を受けながら自宅で生活することになります。そのためにも、遠方の有名大病院ではなく、地域に密着した医院や診療所、クリニックなどがよいのではないでしょうか?かかりつけ医と相談し、CTやMRIなどの基本的な検査を受け、必要があれば大きい病院を紹介してもらいましょう。 Q 将来、夫婦のどちらかが認知症になった場合、子どももなく、介護する人がまわりにあまりいないので、どのようにしたらよいか今からとても心配です。(40代・女性) たとえ家族が認知症になっても、家族だけで抱え込む必要はありません。反対に認知症で困るから病院や施設に閉じ込めておけばいいというのも間違っていると思います。 認知症は、治療可能なものを除けば「病気」というより「状態」です。その状態を受け入れつつ、社会の中でみんなとともに暮らすという考え方が大切なのです。社会は健常者だけのものではありません。いろいろな人が混在して生活できる社会こそが望ましい社会のあり方なのではないでしょうか。介護保険も、認知症などの問題を抱えている人や家庭を、地域全体でみていこうというのが基本になっています。 かかりつけ医と相談しながら、適切な医療を受けつつ、訪問看護やホームヘルプ、デイケアやグループホームなど、介護保険を始めとした地域のさまざまなシステムをフル活用してください。 介護保険制度はまだ発展途上です。よりよい制度にするためには、利用者がどんどん希望やアイディアを出すことも大切だと思いますよ。 山口先生とのお話を終えて 認知症全体に占める割合は少ないとはいえ、「認知症の中には、特発性正常圧水頭症などの治るものもある」という知識を持つことで、皆さんの認知症へのイメージも少し違ったものになったのではないでしょうか? 過去には見落とされていた可能性もある病気はたくさんあるでしょう。特発性正常圧水頭症もそのひとつかもしれません。今、日本は超高齢社会を迎え、さまざまな制度が見直されると同時に、自分たち自身でもさまざまな選択をしていかなくてはいけません。 そして、山口先生が最も強調されていたのは「いろいろな人が混在して生活できる社会」の実現です。私たちも、認知症や病と上手に付きあっていけるようになりたいものです。 公開日:2003年8月18日
認知症は、自分だけでなく家族にとっても毎日の生活に大きな影響を及ぼすもの。不安ばかりが先立ってしまいがちだが、みんなは「認知症」をどのように考えているのだろう?healthクリック「認知症に関するアンケート」より、結果を紹介する。 アンケートに寄せられた疑問・質問を専門医にインタビュー:「どうすればいいの?認知症Q&A」 目次 認知症に関するアンケート Q あなたは「認知症」に対する不安がありますか? Q あなたはご家族や身近な方が「認知症」になられたら、まずどうされると思いますか? Q あなたは「手術により治る可能性のある認知症」をご存知ですか? アンケート結果まとめ 認知症に関するアンケート 2009年7月に厚生労働省が発表した日本人の平均寿命。女性は86.05歳、男性は79.29歳と過去最高となった。長生きになった一方で、その分、何かの病気にかかる高齢者が増加しているのも事実。中でも認知症は、自分だけでなく家族にとっても毎日の生活に大きな影響を及ぼすもの。不安ばかりが先立ってしまいがちだが、実際、みんなは「認知症」をどのように考えているのだろう? 今回は「認知症に正しい理解を」の第2弾として、2003/5/12~25にhealthクリックで行った「認知症に関するアンケート」結果(一部抜粋)を紹介。みんなで一緒に認知症と向き合っていこう! ■認知症アンケートについて 実施期間 2003年5月12日~5月25日 回答数 2,038 性別 男性40%、女性58%、不明2% 年代 10代3%、20代19%、30代37%、40代26%、50代9%、60代以上5%、不明1% 「認知症に関するアンケート」には、多くの方々にご回答をいただきました。ご協力いただきました皆様には、心より御礼申し上げます。 healthクリック スタッフ一同 Q あなたは「認知症」に対する不安がありますか? 認知症に対する不安が「すごくある」または「ある」と答えた方が全体のおよそ60%。回答者の意見をみると、実際に自分の親や祖父母などの肉親に認知症の方がいる人は「認知症が遺伝するなら自分も?」「介護する家族は大変」など、具体的なことを心配しているようだ。また実体験はないという人たちからも「他人事ではない」「高齢化社会の今、誰にでも起こりうること」といった意見が多く寄せられた。 その一方で、残りの40%は「不安はない・あまりない」と答えている。「まだ認知症になる年代ではないから」「実感がない」「身近でない」「考えないようにしている」という意見も少なくなかった。回答者の大半が30代~40代であることを考えると、「認知症は直接的、間接的に自分自身のことでもある」とは考えられないのも無理もないことかもしれない。 Q あなたはご家族や身近な方が「認知症」になられたら、まずどうされると思いますか? ●かかりつけの医院で受診…609人 ●専門の病院で受診…………1,081人 【内訳】 ・地域の精神科……………98人 ・地域の神経内科…………115人 ・地域の脳神経外科………148人 ・総合病院の精神科………111人 ・総合病院の神経内科……170人 ・総合病院の脳神経外科…296人 ・大学病院の精神科………25人 ・大学病院の神経内科……34人 ・大学病院の脳神経外科…84人 ●受診せずに、家族で在宅看護する…41人 ●受診せずに、老人介護施設などを利用する…23人 ●分からない…239人 ●無回答………45人 計…2,038人 最も多かったのは「かかりつけの医院で受診(30%)」、次いで「総合病院の脳神経外科で受診(15%)」、さらに「総合病院の神経内科で受診(8%)」と続いている。しかしよく見ると、受診する科は何であれ「総合病院や大学病院で受診」と答えた人の合計が35%(720人)にのぼることがわかる。 病気の始まりを見逃さず、できるだけ早く病院を受診することは、他の病気同様、認知症でも重要なこと。「特発性正常圧水頭症」などの治療可能な認知症もあるだけに、「受診せずに家庭などで対処する」のではなく、必ず医療機関を訪れたい。しかしながら、いざというとき、どんな病院のどの科を受診すればよいのかとなると、判断が難しいのも現実だ。 Q あなたは「手術により治る可能性のある認知症」をご存知ですか? 「前から知っていた」という人はわずかに10%、半数が「今回初めて知った」、37%が「知らない」と答えている。healthクリックや今回のアンケートを通じて、多くの人が「手術で治る認知症がある」ことを知ってくれたことは、とてもうれしいことだ。 認知症の原因となる病気のうち、手術で治る可能性があるものは決して多くはない。しかしその可能性が多少なりともある以上、認知症かなと思ってもそのまま放置したり、「少し様子を見よう」と受診を長引かせては、みすみす治療や改善の機会を逃す結果になってしまうかもしれない。 回答者の意見にもあったように、認知症は「いずれ直面する可能性がある身近な問題」だ。何も知らないままでただ漫然と不安に過ごすよりも、認知症について情報を集め、理解を深めることで、心身の準備をしておいた方がよいのではないだろうか? アンケート結果まとめ アンケートに寄せられた意見はさまざま。最も多かったのは「自分や家族が認知症になる可能性も捨てられない」「家族も自分も認知症になりたくない」「介護や経済的な負担、生活がどうなるか心配でならない」といった漠然としたものだった。 さらに、「認知症は予防できるか」「何をしたら認知症にならないで済むか」といった質問も多く、「手を使う、趣味を持つ、魚を食べるなどの対策は認知症の予防に有効?」といった具体的な対策にも関心が高かった。また、「物忘れと認知症は違う?」「認知症の初期症状とは?」といった質問も。「認知症の始まりだったとしても、家族が病気と気づかず、結果として対応が遅れるようなことがあったら困る」というのは、私たちにとって現実的な問題だ。 「認知症になったら生きている意味がない」「延命拒否や尊厳死、安楽死などについて考えさせられる」などの意見もあり、認知症が“人の尊厳”という難しい問題に直面しなければならない病気であることを再認識させられる。これに似た意見として「認知症は、家族のあり方を考えさせられる病気である」というものもあった。高齢化が進む現在、「認知症」は、家族だけではなく、「社会のあり方」をも考えさせられる病気と言えるだろう。 「認知症」という言葉自体の知名度は、今やかなり高いものになったが、認知症を起こす病気や症状、予防や治療のこととなると、案外知らないことも多いもの。これを機に、認知症について正しい知識を身につけておこう! 公開日:2003年8月18日
和智明彦先生 認知症や特発性正常圧水頭症についての素朴な疑問を、多摩南部地域病院・副院長・和智明彦先生にうかがってきた。和智先生は実際に現場で治療にあたっているお医者さん。認知症の患者を抱えたとき、きっと役立つアドバイスをしてくれた。 目次 Q. 認知症は予防できるのですか? Q. 年々認知症が増加していることの原因について、寿命が延びたこと以外に何か理由があるとお考えですか? Q. 身近に認知症の患者が出た場合、何科を受診すればいいのでしょうか? Q. 特発性正常圧水頭症かどうかの見極めが難しいと聞きますが…? Q. 水頭症のシャント術について、髄液を腹腔や心房に流してもなぜ大丈夫なのですか? Q. 水頭症のシャント術について、1度手術をすれば、再手術の必要はないのですか? Q. 実際に認知症の診察を受ける際、どんなことを伝えたらいいのですか?また、心構えなどを教えてください。 Q. 認知症は予防できるのですか? A. 難しい質問です。ただ、認知症という病気の根本に「気力がなくなってくること」があるのだとしたら、新しいものにいつも挑戦してみたいという旺盛な好奇心や、これだけは続けるぞ!といったある種の頑固さみたいなものが必要なのかもしれませんね。また、脳血管性認知症は生活習慣病を回避することでリスクを軽減することができます。 Q. 年々認知症が増加していることの原因について、寿命が延びたこと以外に何か理由があるとお考えですか? A. 認知症は日常生活を普通に送っていく能力が全体的に低下してしまう病気です。この能力は人間関係をきちんと築くことや、社会環境に適応できるかといったことも含まれますが、日常生活を普通に送ることができる範囲は時代や環境と共に微妙に変化していくものです。例えば現在、コンピュータがどんどん日常生活にもなだれこんできていて、うまく操れない高齢者は次第に取り残されていってしまう…。現在の日本は昔に比べて社会環境の変化がとても急激な時代。変化に対応しきれない高齢者にとっては厳しい環境です。こうしたことも認知症が増える原因のひとつと考えられます。 Q. 身近に認知症の患者が出た場合、何科を受診すればいいのでしょうか? A. 多くの場合はまず内科を訪れるようです。CTスキャン検査は最初の段階ですませておきましょう。脳梗塞などの診断に必須です。ほとんどのケースはこの段階で止まってしまうのですが、さらに神経外科も一度は受診されてみてはどうでしょうか?例えば、初診でCTを見ながら「加齢による脳萎縮です」「脳萎縮や脳梗塞があります」などと診断されても、患者さんの状態がぼーっとした気力のない感じで話し方もゆっくりだったり、最初の一歩を踏み出しにくいといった歩行障害が見られるようでしたら外科の対象となる場合も考えられます。実際、外科に移して改善される患者さんも多いのです。 Q. 特発性正常圧水頭症かどうかの見極めが難しいと聞きますが…? A. 特発性正常圧水頭症に現れる歩行障害、認知症、尿失禁といった症状は、脳梗塞やパーキンソン病でも見られます。CTの画像診断で脳室が拡大しているかどうか、髄液循環の障害があるかどうか、腰椎から髄液を30ml採取し、翌日に歩くのがラクになるかどうかなどが特発性正常圧水頭症診断の決め手と考えられます。 Q. 水頭症のシャント術について、髄液を腹腔や心房に流してもなぜ大丈夫なのですか? A. 脳が浸されている脳脊髄液は、もともとは血液の一部からできたもので体の中で一番きれいな液体(99%は水:無菌)です。髄液は脳表や脊髄周囲を通って最終的には静脈から心臓に戻っていきます。従って、シャント術で腹腔に流してもそこから髄液は間接的に血管内に吸収されますし、もちろん直接心房に流しても問題ないわけです。 Q. 水頭症のシャント術について、1度手術をすれば、再手術の必要はないのですか? A. バイパスに使う管は直径2-3mmの細いものなので、まれに髄液の浮遊物によって詰まることもありますが、特発性正常圧水頭症の場合であればほとんど1回で大丈夫でしょう。また、バルブの性能やチューブの耐久性も向上していますので、それらの劣化についてはそれほど心配はないと考えられます。 シャント術の難しいところは、どれだけの髄液を流出させるかが個人によって微妙に違う点です。最近では一人一人に適した流量に微調整できる圧可変式シャントシステムが主流で、これにより合併症が減少し治療成績が良くなりました。近い将来、こうした問題もマイクロチップセンサーなどの開発でさらに簡単に調節できるようになるかもしれません。 Q. 実際に認知症の診察を受ける際、どんなことを伝えたらいいのですか?また、心構えなどを教えてください。 A. 患者さんのご家族の方は、やはり細々とした日常生活の変化について訴えられる場合が多いのですが、診察では以下のことを整理してお医者さんに伝えることがスムーズな診療の第一歩となると思います。 ●いつ頃から「おかしいな」と思い始めたか ●そのきっかけは、どんな事件だったのか(風邪をひいた、転倒した、歩行困難が始まったなど) ●症状に進行が見られるのか。進行がある場合、そのスピードは?(何ヵ月単位で悪化しているか?) ●身体的な活動性についてはどうか(徘徊があるかどうか、だんだん動けなくなってきているのかなど) 認知症もいろいろな原因が重なって起こる病気で、治療方法も少しずつ悪い原因を外していくというほかの病気の治療と同じです。シャント術はいくつかある認知症の原因のひとつの解決策。認知症の様々な症状のすべてが一気に治ると考えるより、例えば歩行障害が改善されれば患者さんの生活の質(QOL)が向上するかもしれない。介護が楽になるかもしれない。そんなふうに捉えてみてはどうでしょうか。 「認知症と外科という結びつきはなかなか出てこないものですが、例えばセカンドオピニオンとして外科を選ぶという考え方もありますよ」と和智先生。認知症とひとくちに言ってもその原因・症状はさまざま。治療できる認知症として特発性正常圧水頭症の可能性もあることを、是非心に留めておきたい。 公開日:2003年1月20日
水頭症とは頭蓋骨の中の脳脊髄液(のうせきずいえき)が何かの理由により流れが悪くなってたまり、脳を圧迫することで起こる病気。高齢者がかかりやすいタイプの水頭症で、歩行障害・認知症・失禁といった症状を伴いますが、近年手術によって症状が改善されると注目されています。 (監修:多摩南部地域病院・副院長 和智明彦先生) 目次 水頭症ってどんな病気? 高齢者がかかりやすい「特発性正常圧水頭症」 進歩し続ける診断技術 認知症を治療する手術「シャント術」とは? 水頭症ってどんな病気? 脳は頭蓋骨の中で脳脊髄液(のうせきずいえき・以下髄液とする)という液体に浸かっている。髄液は脳内の腔(脳室)で毎日400-500ml作られ、脳や脊髄周囲を循環してから主に頭のてっぺんの静脈系へ吸収される。従って、1日に2、3回入れ替わることになる。水頭症とは、何かの原因でこの髄液循環がとどこおることで頭蓋内に髄液が過剰にたまり、脳室が拡大する状態を指す。 正常 水頭症 水頭症には2つのタイプがある。 ●非交通性水頭症 脳脊髄液が生産される脳室系から脳表(くも膜下腔)に至る間のどこかで髄液の流れがブロックされた場合に起きる。脳圧が高くなり、頭痛・嘔吐・意識障害などの症状が見られる。脳腫瘍、脳出血に合併する水頭症や小児水頭症などに多い。 ●交通性水頭症 脳脊髄液が脳室から出た後、くも膜下腔などで髄液の循環・吸収が悪くなり起きる。比較的ゆっくりと髄液が脳室にたまるため、必ずしも脳圧が高くならない場合がある。歩行障害・認知症・尿失禁を主な症状とする。正常圧水頭症はこのタイプで、さらに「特発性正常圧水頭症」と「続発性正常圧水頭症」とに分けられる。 高齢者がかかりやすい「特発性正常圧水頭症」 正常圧水頭症の多くは、くも膜下出血や髄膜炎後に髄液の流れが悪くなって起こる「続発性正常圧水頭症」に分類される。これらは先行する病気が明らか(くも膜下出血・頭部外傷・髄膜炎など)なので、的確に診断され、脳神経外科手術(シャント術)によって劇的に改善する場合が多い。 それに対し、「特発性正常圧水頭症」は原因が特定されないにもかかわらず、脳室が拡大し、余分な髄液が徐々にたまっていく病気を指す。歩行障害・認知症・尿失禁が3大徴候だ。 ●歩行障害 小刻みに歩く、すり足で足が上がらない、最初の一歩が踏み出せない、両足を少し開き気味で歩くなど(パーキンソン病や脊髄の病気と間違われやすい)。 ●認知症 一日中ボーっとしている、集中力がなくなる、呼びかけへの反応が鈍くなる、軽度の物忘れ、表情が乏しくなるなど。 ●尿失禁 トイレが非常に近くなる、我慢できる時間が短くなる、尿失禁がみられるなど。 これらの症状が3~4ヵ月のうちに悪くなる。放置すると寝たきりになる。 特発性正常圧水頭症には男女の差はなく、年齢のピークは60代後半~70代(最近では更に高齢の患者が増加傾向にある)、認知症全体の約5%にあたると推定されている(「特発性正常圧水頭症とはどのような病気ですか」厚生労働省 難治性水頭症調査研究班)。 最近のいくつかの調査では、高齢者人口の1~2%と報告されており、これまでに考えられていたよりもずっと多いことが分かってきている。 進歩し続ける診断技術 特発性正常圧水頭症に見られる歩行障害・認知症・尿失禁といった症状は、脳梗塞やパーキンソン病などの病気でも現れるため区別が難しいとされてきたが、最近では診断の技術も格段に向上し、対象者も比較的見つけやすくなっている。 そもそも特発性正常圧水頭症は1965年に米国で発見され、「手術で治る認知症」と注目された。脳にたまった髄液を腹部に流す手術(シャント術)で症状の改善を図ったのだが、70年代当時は診断方法が十分ではなく、手術の合併症も多数起こり、次第に脳外科医の間でも関心が薄らいでいった。 しかし、診断技術と医療用具の進歩により、今再び注目を集めている。厚生労働省の研究班が1997~98年に行った調査によると、全国14病院で集計された手術120例のうち、改善は約80%。手術による合併症も少なかったという。この流れを受けて、2004年には特発性正常圧水頭症の診断・治療ガイドラインも発行された。 認知症を治療する手術「シャント術」とは? シャント術とは、髄液の流れを良くするためのバイパス手術のこと。脳神経外科で施され、主に3つの方法がある。埋め込むチューブはシリコン製。材質がよくなって癒着などのトラブルも減ってきたため、多くの場合は一生埋め込んだままで問題ない。圧調整のためにバルブを頭皮下につけるが、バルブは圧調整と同時に髄液の脳室内への逆流を防止している。また、どれだけ髄液を流すか各人によって微妙な調節が必要だが、磁石で体の外から圧力を変えることができるバルブも登場。特に歩行障害の症状の改善でめざましい効果をあげている。 脳室-腹腔シャント(V-Pシャント) 脳室から腹腔に髄液を流す。 脳室-心房シャント(V-Aシャント) 脳室から心房に髄液を流す。 腰椎-腹腔シャント(L-Pシャント) 腰椎から腹腔に髄液を流す。 脳室から直接髄液を引かないので、脳に対する負担はない。 公開日:2003年1月20日
認知症は大きく分けて2種類。脳の血管が詰まって起こる脳血管性認知症とアルツハイマーに代表される脳の変性による認知症です。原因は親しい人との死別、引越しなどによる精神的なものや、病気によるケースも。原因を早く突き止め、適切な治療を受けることが大切です。 (監修:多摩南部地域病院・副院長 和智明彦先生) 目次 認知症の7割はアルツハイマー型認知症と脳血管性認知症 認知症のきっかけはさまざま 注目!改善する可能性のある認知症 認知症の7割はアルツハイマー型認知症と脳血管性認知症 実際の認知症患者の7割はアルツハイマー型認知症と脳血管性認知症に分けられる。 変性性認知症…アルツハイマー 脳の実質の変性により、神経細胞が脱落し、脳が萎縮して生じる。代表的な病気がアルツハイマー型認知症。アルツハイマー型認知症の場合、原因についてはまだ明らかではないが、危険因子についてはいくつかわかっている。 脳血管性認知症 脳梗塞や脳出血などによって脳の神経細胞に酸素や栄養が行き届かなくなり、障害が起こる。梗塞や出血の程度が大きければ一度の発作で認知症が生じるが、自覚症状がないような小さな発作を繰り返すうちに神経細胞が広範囲で傷つけられ、やがて認知症がおこる。脳梗塞、脳出血の原因となる脳動脈硬化をまず防ぐことが肝心。そのほか高血圧、高脂血症、糖尿病などいわゆる生活習慣病も危険因子に数えられる。 アルツハイマー病と脳血管性認知症 アルツハイマー病 脳血管性認知症 発症しやすいのは? 女性に多い男性に多い 進行状況は? なだらかに進行する発作などにあわせて階段状に進行する 神経症状は出るのか? 神経症状は少ないしびれやマヒ、動きの低下などを伴う 物忘れの自覚は? 物忘れの自覚は失われる初期は物忘れを自覚している 人格は? 人格が変わることもある人格は保たれやすい 画像診断でわかることは? 画像診断で脳の萎縮がわかる画像診断で梗塞などの病巣がわかる 認知症のきっかけはさまざま 認知症を発症したり悪化させたりする主な理由は、病気によるものと、心理的な動揺や喪失感などが考えられる。 病気が原因と考えられるもの 認知症の症状を招く病気はいくつかあり、なかには原因となる病気を治療することで認知症の症状も改善されるケースがある。先ずは原因を見つけて正しく対処することが肝心。 ●1 脳の変性によって起こる認知症 アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症*、パーキンソン病**など ●2 脳血管性認知症 大・中梗塞性認知症、出血性認知症など ●3 混合性認知症 1と2が合わさったもの ●4 感染性の病気による認知症 進行まひ、エイズ脳症、単純ヘルペス脳炎、脳梅毒など ●5 代謝性・内分泌性の病気による認知症 肝性脳症、低血糖性脳症、甲状腺機能低下症、ダウン症など ●6 外傷性の病気による認知症 外傷性脳挫傷・慢性硬膜下血腫、ボクサー脳症など ●7 その他 脳腫瘍、正常圧水頭症、一酸化炭素中毒など ●レビー小体型認知症*:レビー小体という特別の組織が神経細胞の中にたくさんできる。もの忘れで始まり、幻視や妄想を起こしやすく、早期に手足のこわばりや動作の鈍さが見られる。 ●パーキンソン病**:脳神経の障害と考えられ、手足や顔面の筋肉がある日突然、つっぱって硬くなり、手足が震え、動作が極めて鈍くなる。 不安定な心理状態などによるもの 認知症の発病や悪化には心理的な影響も大きく関わっている。親しい人との死別や、退職や引退、住み慣れた土地からの引越しなどによる生活環境の変化に対応しきれず、寂しさがつのったり戸惑いや不安が高じて認知症のきっかけとなるケースもある。そのほか、服用している薬の量が多すぎることで物忘れや注意力散漫、物覚えが悪くなるといった認知症に似た症状が出ることも。 注目!改善する可能性のある認知症 認知症の症状が出てくると「もう治らない」と諦めてしまいがちだが、以下の例のように改善する認知症もある。 ●慢性硬膜下血腫 頭を打った際血管が切れ、1~2週間かけてゆっくりと硬膜とくも膜の間に血液がたまる病気。たまった血液(血腫)が脳を圧迫して頭痛、吐き気、手足のマヒに続いて物忘れなどの認知症状が現れる。たまった血腫を手術で取り除くと認知症の症状が改善される。 ●甲状腺機能低下症 甲状腺疾患が原因で記憶障害や意欲の低下が見られる認知症。甲状腺ホルモンを服用することで改善される。 ●正常圧水頭症 頭蓋骨の中の脳脊髄液(のうせきずいえき)が何かの理由により流れが悪くなってたまり、脳を圧迫することで起こる。歩行障害や認知症の症状を表すが、最近では効果的な手術によって症状を改善させるケースも増え、注目が集まっている。近年、これまで考えられていたよりも、有病率が高いことが分かってきた。 公開日:2003年1月20日
「最近どうも忘れっぽくて」…もしかしてこれって認知症の始まり?加齢による物忘れと認知症、似ているようで違います。認知症は段階的に進行し、記憶障害から始まって知的能力が全体的に低下してしまう、脳の病気なのです。 (監修:多摩南部地域病院・副院長 和智明彦先生) 目次 物忘れ=認知症? 増え続ける認知症 認知症の進行 認知症に伴う症状 物忘れ=認知症? 「最近、なんだか忘れっぽくなった」「新しいことを覚えにくくなった」…もしかしてこのまま呆けてしまうのでは!?と自分自身や家族について一瞬ヒヤリとすることはないだろうか? 人間、誰でも歳をとると多少の物忘れが出てくるし、新しいことを覚えるのも昔のように簡単にはいかなくなるもの。これは加齢に伴う生理的な変化による物忘れで、いわゆる「認知症」とは違う。脳そのものの老化は40歳を過ぎた頃から始まると言われているが、老化の速度や程度にはかなり個人差がみられる。一般的には50歳前後で物覚えが悪くなったり、一度会った人の名前を思い出しにくくなったり、物を取りに行って何を取りに来たのかわからなくなったりすることがあるが、なかには80歳をすぎても好奇心がいっぱいで物忘れをしにくい、脳の老化の目立たない人もいる。 一方認知症は、一度獲得した知的能力が脳の後天的な変化により著しく低下した状態のこと。病状が進行するにつれて判断力なども低下し、日常生活に支障をきたすようになるが、一番大事なポイントは認知症は脳の障害によって生じる「病気」であるということだ。もちろん歳をとれば誰にでも起こりうることだし、一般的な病気と同様、適切な治療を受ければ改善される症状も多い。いたずらに認知症を怖がらず、まずはきちんとした知識をもつことが大切だ。 老化にともなう物忘れ 認知症による物忘れ 原因加齢による生理的な脳の変化による脳の病気による 物忘れの範囲体験の一部分を忘れる体験したことの全体を忘れる 判断力判断力の低下は見られない判断力の低下を伴う 自覚症状忘れっぽいことを自覚し、思い出そうとする忘れたことを自覚しなくなる 学習能力新しいことを学習する能力は残っている新しいことは覚えられない 日常生活ほぼ差し支えない支障をきたすようになる 進行状況少しずつしか進行しないどんどん悪くなってゆく 増え続ける認知症 2009年時点で65歳以上の高齢者は総人口の22.7%を占め、そのうちのほぼ7~8%の約220万人が認知症の患者にあたるという。総人口に占める高齢者の割合が年々増加していくのと共に、認知症の患者の割合も増加し、2010年には226万人、2020年には292万人にまで増えることが予想されている。 本格的な超高齢社会を生きるにあたり、親の、あるいは自分自身の問題として、認知症という病気について是非知っておきたい。 認知症の患者さんの推移総人口・構成割合推計 出典:特発性正常圧水頭症iNPH website 認知症の進行 認知症は記憶障害から始まって知的能力が全体的に低下する病気。病気によって違いがあるが、大体次のように進行する。 軽度 ●記憶障害 昔のことは覚えていても現在のことは忘れてしまう。 食事がすんだことや物を片付けたことを忘れて騒ぐ。 ●見当識障害 「今がいつなのか」「ここはどこなのか」「自分は誰なのか」がわからなくなる。 見当識障害があるかどうかは認知症の重要な判断材料。迷子になったり家族がわからなくなったりする。本人の不安は強い。 中程度 ●思考・判断力障害 思考力や判断力の低下。 計算ができない、料理ができない、道具が使えないなどの症状が現れる。日常生活にも介護が必要な状態。 高度 ●言語障害・失行・感覚障害 失行とは体は動かせるのに今までできていた行為ができなくなること。さらに味覚、嗅覚、痛覚などの知覚にも障害が現れる。 食事やトイレなど、生活全般に介護が必要な状態。動作が鈍くなり、体も弱ってくる。 認知症に伴う症状 また、認知症は介護の大変さから徘徊、過食、作話などばかりが強調され、必要以上に恐れられているが、中心となる症状は、あくまでも物忘れから始まる知的能力の低下。認知症に伴いやすい問題行動や精神状態は本質的な症状ではなく、随伴症状に過ぎない。こうした随伴症状が出ることをあらかじめ知っておけば、認知症の患者のケアが少し楽になるのではないだろうか。 徘徊 作話 過食・異食 不安・焦燥 失禁・不潔行為 抑うつ・意欲低下 攻撃的行動 夜間不眠 性的異常行動 覚醒リズム障害 夜間せん妄 妄想・幻覚・錯覚 せん妄とは意識がぼんやりした状態で話したり行動したりすることで、周囲からは奇妙な言動に見える。急に大声を上げて騒いだり、徘徊したりすることも、せん妄が原因である場合が多い。妄想は現実にありえないことを確信している状態のことで、「物を盗られた」「浮気をしている」など、認知症の初期段階に見られることが多い。 公開日:2003年1月20日
音楽を聴いて効果が得られるのは人だけではないようです。ここではどんな効果があるのかをまとめてみました。 目次 ストレス解消に 胎教には必須 老人性認知症にも効果的 酒に音楽を聴かせる!? ストレス解消に 1/fゆらぎの波長が聴覚を通して脳にはたらきかけ、脳の自律神経の調整によって感情や情緒を安定させる。それが、臓器を安定させ血液の流れをよくし、健康な身体にしてくれるのだ。このような癒しはどんな効果をもたらすのだろうか。 ストレスはその原因がわかれば、解決したようなものといわれるが、なかなか自分自身でも原因がわからないことが多い。そんなときには、その気持ちと同調するような音楽を聴く。すると、自分の心が見えてくるのだ。 例えば、イライラしている時には、激しいテンポの曲、なにもやる気がしない時には、テンポの遅い曲を聴くと、自分の気持ちが音楽と一緒になって、ぐっと内に秘めていたうっぷんが外に出るようになる。こうなれば、ストレス解消できるはず。 胎教には必須 胎教音楽の目的は、母親の情緒を安定させること。決して赤ちゃんに直接聞かせるのではなく、母親が聞いて赤ちゃんに伝えるものだ。ロックばかりをきいてたら、産まれてきた子供が情緒障害を起こした例もあるとか!?クラシックは1/fゆらぎをもっており、赤ちゃんの胎教に良い。 ちなみに、「いつものように赤ちゃんを抱いてください」とお母さんに言うと、たいていの人が、左に頭を持ってくるように抱く。これは、母親の心音も1/fゆらぎで、赤ちゃんがそれを聞くと安心するからだそう。赤ちゃんの情操教育に1/fゆらぎは欠かせない!? 老人性認知症にも効果的 誰とも話をしないうちに、寂しさなどから認知症になるお年寄りがいる。老人ホームで音楽療法を使用したところ、それまで無口だったお年寄りが、自分の知っている曲を聴いているうちに、緊張がほぐれおしゃべりをするようになったそう。 この場合に音楽は、かならずしもクラシックとは限らない。お年寄りが知っているナツメロや童謡でも構わないのだ。 酒に音楽を聴かせる!? 音楽による効果は人に限った話ではない。 ワインやお酒などに音楽を聴かせた(実際に曲を聴かせたのではなく、音楽を振動エネルギーと考えてその振動を与えた)ところ、非常に熟成されたまろやかなアルコールができたとか。 おなじように、乳牛に音楽を聴かせていたところ、乳がよく出るようになったそう(農林水産省畜産試験場の試験では、2~3%の増量が認められた)。 音楽療法は、人以外でも活躍する! 公開日:2001年4月9日
脳は女性より男性が4%ほど重い脳は神経系の中で最も複雑なところです。体の中で一番重い臓器で、総重量は成人男性約1400g、成人女性約1350gです。 男性が4%ほど重いのは、別に男性の方が優れているからではなく、単に体格が大きいからです。 脳は18~19歳で完成し、20~40歳で最も重くなり、60歳くらいからは減少するといわれます。 脳は大脳、小脳、脳幹の3つに分かれる脳は頭蓋骨の中にあり、大きく大脳、小脳、脳幹の3つの部分から構成されています。 大脳は脳の大部分(約80%)を占めます。卵形をしていて、大脳縦裂により左右2つの大脳半球に分かれています。両半球は中心部の脳りょうでたくさんの神経繊維により結ばれています。 小脳は大脳の下に膨らんでいる部分で、体の平行機能と運動機能をつかさどります。 大脳半球とせき髄を結ぶ熱帯魚のグッピーの形に似た部分が脳幹で、呼吸や心臓活動、血圧、体温などを維持する生命中枢です。
神経細胞のネットワークが脳のはたらきの根源 大脳半球の表面は、厚さ2~5mmほどの灰白質の層で、大脳皮質と呼ばれます。その内部はミエリン鞘という脂肪性物質に包まれた特有の神経細胞が集まった髄質(白質)です。大脳皮質には140億個もの神経細胞があり、神経系の最上位の中枢としての活動を営んでいます。 体が感じるあらゆる感覚は大脳から発せられます。思考、判断、記憶、創造、感情など人間らしい精神活動はすべてここで行われています。 大脳皮質は部位によって特定の機能を持っています。左右の大脳半球は、それぞれ体の反対側をコントロールします。ちなみに、右きき、左ききというのは、左右の大脳半球の一方を偏って使うために起こる現象です。 一つの神経細胞をニューロンといい、ニューロン同士が接触する場所をシナプスといいます。シナプスを越えてニューロンからニューロンへ神経伝達物質により信号が伝達されます。この神経細胞のネットワークが脳のはたらきの根源です。 ニューロンがシナプスを作るために伸ばす突起の長さは約15km。大脳皮質全体には100億以上のニューロンがあるので、ニューロンの突起の総延長はなんと1500万kmにもなります。