iNPH(特発性正常圧水頭症)に関する記事をご紹介します。iNPH(特発性正常圧水頭症)の正しい知識を身につけることで、予防や改善にお役立てください。
iNPHの診療状況に関する調査結果 iNPH(特発性正常圧水頭症)は、認知症と診断された患者さんの5~6%を占める※1と考えられているが、私たちの周りには、iNPHを診察してくれる医療施設がどれくらいあるのだろうか。気になる診療状況の実態についてアンケート調査を行った。 調査の概要 調査対象 日本脳神経外科学会A項C項専門医訓練施設※2(1,141施設) 調査方法 FAXによるアンケート調査 実施期間 2009年10月19日(月)~10月30日(金) 有効回答数 264件(回答率23%) iNPH(特発性正常圧水頭症)とは 原因は明らかではないが、脳室に脳脊髄液(髄液)がたまり、歩行障害・認知症・尿失禁の3つの症状が進行する高齢者の病気。手術で改善する病気のひとつとして知られている。 9割以上の施設で治療が可能。iNPH患者における治療指数には地域差も。 回答した264件の施設のうち、「積極的に診療している」施設は73件で28%を占め、「診療している」施設は174件で66%を占めた。 日本脳神経外科学会が認定した施設(専門医訓練施設)の9割以上で、iNPHを診療していることが分かる。 iNPHの可能性のある人は、高齢者人口の1.4%を占める※3との報告があり、日本では39万人と推計される。各都道府県のiNPH患者における治療指数※4をみてみると、2008年にもっとも治療指数が高かったのは、鹿児島県の2.0、次いで沖縄県の1.0、兵庫県の0.7という順であった。今回の結果では、他都道府県と比べ、鹿児島県の医療機関または自治体がiNPHの治療に積極的に取り組んでいると考えられる。 iNPH専門外来で施設の差別化を図る!? 積極的に診療している」と回答した73件の施設のうち、「専門外来を設置している」施設は11件で15%、「設置準備中または設置予定」施設は4件で5%であった。今後、日本の高齢化が進むとともに、こうしたiNPHの専門外来が増加していくことが予想できる。 また、積極的に診療している施設の2割が専門外来を設置するという背景には、iNPH専門外来を標榜することによって診療施設としての差別化を図るとともに、iNPHの疾患としての存在を啓発していこうとする意図もあると考えられる。 また、調査により専門外来の名称がさまざまであることが分かったため、いくつか紹介しよう。 いろいろな名前のiNPH専門外来 iNPH外来 特発性正常圧水頭症外来 水頭症外来 高齢者水頭症外来 水頭症/先天奇形外来 ※その他iNPHの症状にもとづいた外来名としている施設も。 認知症だからとあきらめず、まずは相談を!! 2004年にiNPHの治療指針が明記された「特発性正常圧水頭症ガイドライン」が発刊されたことにより、iNPHの治療を行う施設数や患者数が増えているといわれている※5。 今回の調査でも、回答のあった9割の施設で、治療できる現状であることが分かった。iNPHは、認知症の中でも手術によって改善する病気のひとつだ。 症状チェックリストで確認し、歩行障害を中心に当てはまる症状があれば、高齢だから仕方がないとあきらめるのではなく、まずは近くの神経内科や脳神経外科、iNPHの専門外来を受診してはどうだろう。 iNPHの症状チェックリスト 症状のタイプ 状態 チェック 歩行障害 小刻みに歩く、すり足で足が上がらない 足が外側へ開きぎみに歩く 不安定で転倒することがある 認知症 もの忘れ 一日中ぼんやりする、趣味などをしなくなった 呼びかけに対して反応が遅くなった 尿失禁 尿を我慢できずに漏らしてしまう その他 声が小さくなる、表情が乏しくなる さまざまな歩行障害 ※1 難病情報センター ホームページ ※2 社団法人日本脳神経外科学会の専門医制度において専門医を養成するための訓練施設(参考:社団法人 日本脳神経外科学会専門医認定制度に関する規程) ※3 Prevalence of Possible Idiopathic Normal-Pressure Hydrocephalus in Japan: The Osaki-Tajiri Projectより ※4 (治療指数2.0の場合…当該都道府県におけるiNPH患者数を100人としたとき、治療した患者数が2人となる) ※5 正常圧水頭症の疫学・病態と治療に関する研究 (研究代表者) 新井 一 より
「iNPH」と「パーキンソン病」、「アルツハイマー型認知症」の違い iNPH(特発性正常圧水頭症)とは、特別な原因もないのに脳の中や周辺にある脳脊髄液(髄液)がたまり過ぎる病気のこと。【歩行障害・認知症・尿失禁】という三つの特徴的な症状をもち、手術で治療できる認知症の代表的な病気でもある。 今回はiNPHの三徴候と、パーキンソン病やアルツハイマー型認知症との違いについて、松下記念病院神経内科部長 森 敏(もり さとる)先生にわかりやすく解説していただいた。 治療可能な歩行障害・認知症として、iNPHはまっさきに疑うべき病気です 森 敏先生 (松下記念病院 神経内科部長、「認知症のとらえ方・対応の仕方」(金芳堂)など、著書多数) 歩行障害 歩行障害・認知症・尿失禁のうち、通常最初に認められる症状は歩行障害です。本人の自覚症状には「歩くときのバランスが悪くなった」「方向転換でクラッとする」「階段で足元が怖い」などがあります。 iNPHの患者さんの歩きかたは独特で、脚は外またでやや開き気味(開脚歩行)、歩幅(ストライド)は小さく、ちょこちょこと歩きます(小刻み歩行)。足が上がっていない(すり足歩行)のも特徴で、チャップリンの歩きかたをイメージすれば、わかりやすいと思います。方向転換をするとき、コンパスのように片方の足を軸にして回転する様子が見られることもあります(コンパス歩き)。 パーキンソン病の症状にも歩行障害がありますが、パーキンソン病の特徴のひとつは体が固くなることで、ひとつひとつの動作もぎこちなく、小さくなります。そのため、こちらの歩行障害は普通の歩行動作が小さくなった状態で、外またで脚を開いている様子はありません。 認知症 最近の調査では、アルツハイマー型認知症の患者さんは人口10万人あたり1000人程度、iNPHは250人程度いる可能性があるといわれています。 認知症状について、iNPHの患者さんの場合はボーッとしているのが特徴です。注意力が散漫になり、呼びかけると一拍遅れて反応したり、判断が鈍くなったりします。それまで楽しんでいた趣味の活動を行わなくなるなど、意欲や自発性の低下も認められます。ただ強い記憶障害は生じず、間違いを正してあげると、「ああ、そうだった」と思い出したりすることも。 いっぽうアルツハイマー型認知症の患者の場合は、受け答えがスムーズでてきぱきとしています。生来のユーモアなども持ち合わせたままですが、記憶障害が激しく、数分前のことを「身に覚えがない」と言うなど、すっかり忘れてしまいます。歩行障害などの身体症状はなく、アルツハイマー型認知症の患者の様子を井上靖が小説の中で『風のように身のこなしが軽い』と表現したほど、やせていても足腰が達者です。 尿失禁 尿失禁は、歩行障害や認知症状に遅れて出現します。脳の中でも状況判断などを司る前頭葉という部分が傷害されているため尿意をコントロールできず、トイレに着く前に漏らしてしまったり、我慢できる時間が非常に短くなったりします(頻尿)。尿失禁の前に、夜間頻尿という形で自覚症状が現れることもあります。 早くみつけて、早く治療を! 上記に紹介したのは、典型的な症状の例。実際には個人差もあり、熟練した専門医でないと、適切な診断は難しいもの。家族に“もしかしたら…?”という症状が見られたら、ぜひ早めに専門医の診察を。 「TVや新聞で取り上げられて以来、『iNPHではないでしょうか』という問い合わせがずいぶん増え、iNPHという言葉が一般の方たちの間にもだいぶん浸透してきたなあ、という印象を持っています。問い合わせに対して、実際にiNPHと診断される患者さんは今のところ多くはないのですが、問い合わせをしてくる家族はみんな真剣です。私たちは、その真剣さに答えなければいけないと思っています。 私は神経内科医ですが、治療の現場では神経難病と言って、治らない病気も多いのが実情です。その中でいつも心がけているのは、『この人は治療可能な病気じゃないだろうか』とまず考えること。薬や手術で治せる病気じゃないだろうかと、そこから鑑別していきます。歩行障害や認知症にはいろいろな病気がありますが、中でもiNPHはまっさきに考えるべき病気です。なぜなら、治療が可能だからです」(森先生)
手術を受ける?受けない? iNPH(正常圧水頭症)の治療にあたっては、「髄液シャント術」という手術で過剰にたまった脳脊髄液を他の体腔に流すのが一般的。歩行障害・認知症・尿失禁は、術後数日で改善することもあれば、数週間、数カ月かかることも。一般的に、手術によって歩行障害が約9割、認知症、尿失禁が約7~8割、改善されると言われているが、手術を受ける患者の多くは高齢者。実際にあった例をもとに、医師と患者の両方の立場から手術を受けるかどうかの判断について考えてみよう。 患者名:高田正造さん(昭和2年生まれ、取材時78歳) 平成15年にiNPHにて髄液シャント術を施行。 歩行障害が改善、自発性も取り戻す。現在も改善を持続中。 手術の成功には、家族のケアが不可欠です 石川 正恒先生 (洛和会音羽病院正常圧水頭症センター 所長) 私どもの病院に見える患者さんのうち、iNPHと診断される人は、以前に比べて明らかに増加しています。高田さんもその一人で、最初に会ったとき、歩行は小刻みで動作も緩慢、ボーッとしておられる印象を持ちました。検査の結果iNPHであることがわかり、手術をするかどうか、患者さんと家族に決めてもらいました。その際、手術についてできるだけ詳しく説明をしました。 実際の手術は3時間くらいで済み、バルブ圧調整などがあり、術後2週間くらいで退院になったと思います。退院後、最初の数回は月に1回ほど検査に通っていただきましたが、現在では数ヵ月に1回の割合になっています。 iNPHの手術は高齢者が対象なので、手術を受けるかどうかは患者さんの全身状態や家族などの周囲環境を含めて考えるようにしています。手術でよくなったとしてもまったく元通りになるというわけではありません。周囲の人間の見守りが大切と考えています。 納得がいくまで病院を探し、説明を聞きました 高田正造さんの奥様 高田小夜子さん 主人は会社を定年退職した後も、歩こう会やゴルフなどでリーダーを務めたり、役員を任されたりと、活発に過ごしていました。ところがある頃から、たたらを踏むと言うか、意思に反してたびたびつまずくようになったのです。実は主人は以前、主治医の先生から「脳の髄液が人より多いですが、異常ではないので様子を見ましょう」と言われ、iNPHという病気のことも聞いていたんです。主人がうまく歩けなくなったことで、この先生に「iNPHが進行したんじゃないでしょうか」とたずねたのですが、「うーん……」という反応でした。 そのうち、主人は歩こう会やゴルフを止めてしまい、ボーッとしたり、トイレに間に合わなくなるように……。 主人と一緒に病院をいくつも回りましたが、「年齢(とし)だから、しょうがないよ」と言われることもありました。たまたまiNPHをよく診療されているお医者さんに診てもらい、息子もインターネットで、病院の情報やiNPHの検査方法などについて調べてくれました。 検査のために入院した主人ですが、iNPHであることがわかり、石川先生は「手術をしなければいけないということではないけれど、ご希望ならすぐに手術できますよ」と言ってくださり、手術の内容について丁寧に説明していただきました。私は「なるほど、いいな」と思ったのですが、主人はいざ手術となるとなかなか踏み切れない部分もあったようです。でも、先生の説明で最終的に納得し、手術を受けました。 術後は、また歩けるようになり、何よりトイレの心配がなくなりました。病院に行くときもタクシーではなく、できるだけバスや電車を使うようにしています。急にいろいろなことが自分の身に差し迫ってくると、どうしたらいいのかわからなくなるものですが、納得のいくまで病院を探したり、お医者さんから説明を受けたりすることが大切なのではないでしょうか。
認知症の患者数、30年後は倍に!? 総務省がまとめた2009年10月の推計によると、全国の65歳以上の高齢者は2,901万人。男女別に見ると、男性は1,240万人、女性は1,661万人だった。65歳以上の人口は1985年に総人口の10%を突破し、90年代以降はさらに急増、今回初めて22%を占めるようになった。 「5人に1人以上が高齢者」という状態は、先進諸国の中でも最高の水準。この割合は今後も伸び続け、5年後には26%に達するとの見込みもある。 同時に認知症の患者数も増加の一途にあり、現在は全国で220万人。団塊の世代がすべて高齢者の仲間入りをする2015年には250万人に、さらに2035年には337万人にまで増えるとの予想もあり、介護の負担が大きくなることから社会問題として特に注目されている。 治療できる認知症・「特発性正常圧水頭症(iNPH)」とは? アルツハイマー病などの脳の変性疾患や脳梗塞によるものなどがよく知られているため、「認知症=治らない病気」ととらえられがちだが、実際には治療薬や手術によって改善する認知症がある。慢性硬膜下血腫、甲状腺機能低下症などと並んで「特発性正常圧水頭症(iNPH)」も、そのひとつだ。 水頭症は脳の中や周辺にある脳脊髄液(髄液)がたまり過ぎる病気のことで、くも膜下出血や頭部のケガ、髄膜炎などの二次性疾患として起こる「続発性正常圧水頭症」と、特別な原因は見当たらないのに同じ症状が見られる「特発性正常圧水頭症(iNPH)」がある。 高齢者に多いiNPHの場合、歩行障害・認知症・尿失禁が三大症状で、現在認知症患者の5~10%が該当するといわれているが、脳の余分な髄液を管に通し、腹腔や心房などに流す症状がかなり改善することがわかっている。 また、iNPHは国から指定されている難病のひとつ。各都道府県に支援・相談センターが設けられているほか、研究班が設立され、原因の究明や治療方法の確立に向けた研究が進められている。さらに2004年に、診療ガイドラインが発行されたため、iNPHの診断から治療にいたる流れが明確になった。このガイドラインが、私たち患者や家族の立場にどう役立つのか、多摩南部地域病院副院長・和智明彦先生にお話をうかがった。 ひとりでも多くの患者さんを発見するために 和智明彦先生(多摩南部地域病院 副院長) ―― 「ガイドライン」とは、どのようなものを指すのでしょうか。 和智先生: 専門的にいうと、「予防から診断、治療、リハビリテーションまで特定の臨床状況のもとで、適切な判断や決断を下せるよう支援する目的で体系的に作成された文書」のことです。つまりは、“病気の状態に合わせた治療手引書”、というところでしょうか。世の中に数え切れないほどの病気がありますが、それに応じてガイドラインが作成されています。 ―― iNPHのガイドラインが誕生したきっかけとは? 和智先生: 水頭症一般の研究は20年くらい前から行われていたんですが、シンポジウムを重ねていくうちに、徐々にテーマがiNPHに移っていきました。当時は原因も病態もよくわかっていませんでしたから…。 ちょうど日本が本格的な高齢社会に突入し、認知症患者の増加が大きな問題としてクローズアップされる中、iNPHの診断技術の見直しが進められ、手術で使う機器も大いに発達してきた。私たち医師の間にも「iNPHでも科学的な根拠に基づいた診療ガイドラインをつくろう」という意識が高まってきたんですね。発案から2年ほどで診療ガイドラインを作り上げました。 ―― 診療ガイドラインは、私たち患者や家族にとってどう役立つのでしょうか? 和智先生: iNPHの診療ガイドラインを作った目的は、治療可能なiNPHの患者さんをひとりでも多く発見することにあります。1,000編の論文の中から、科学的・客観的な根拠に基づいたものをベースに、iNPHの患者さんの発見から診断、治療の流れをフローチャートでわかりやすく説明し、さらに治療後の患者さんのケアについても助言しています。 iNPHは脳外科医や神経外科医だけがわかっていればいいという病気ではありません。地元のかかりつけ医からスタートし、神経内科医、精神科医の支援を得て脳外科施設で治療、術後は脳外科医、神経内科医、歩行困難などのケースに対応するためにリハビリ科医、さらには介護支援団体も巻き込んだ、社会的な支援体制が必要です。そうした状況に、このガイドラインが役立つことと思います。 ―― ガイドラインが広く普及すれば、これまで以上にiNPHの患者さんの治療が進みますね。 和智先生: まずはこの病気を多くの人に知ってもらうことが大切だと思います。【うまく歩けない+物忘れ=iNPH】というイメージが定着するといいですね。 また、よく質問を受けるのですが、手術で使うシャント機器を体内に埋め込んでも、日常生活においては支障になりません。適切な診断に基づき、80代のご高齢であっても安全に手術も可能です。確実に治療すれば、患者さん本人のADL(日常生活動作)やQOL(生活の質)の向上につながりますし、介護するご家族の負担を減らすことにもなると思いますよ。
iNPHの医療現場では、いま… 日本では、2004年5月には諸外国に先駆けて「特発性正常圧水頭症診療ガイドライン」が発行され、安全な診療に向けて体制が整いつつある。さらに脳神経外科医や神経内科医などの研究によって、特発性正常圧水頭症(iNPH)の解明がかなり進んできている。 診療ガイドラインの発行に伴い、全国の診療現場ではどのような変化があったのか、東京共済病院院長・桑名信匡先生と、恵み野病院院長・貝嶋光信先生にお話をうかがった。 『もしかして…?』と思う人は、まず医師にぶつけてみて! 桑名信匡先生(東京共済病院 院長) ―― 2004年のガイドライン発行から5年が経ちますが、医師たちの間ではiNPHについてどれくらい認識が高まっているのでしょうか。 桑名先生: 脳外科や神経内科の専門医の間では、かなり浸透していますよ。ガイドラインが発行されたとき、数多くのメディアが取材に来てiNPHのことを取り上げてくれました。一般の内科医向けの情報雑誌にも紹介され、さらに認識が広まりつつあると感じています。 ―― iNPHの診察に訪れる患者さんは増えていますか? 桑名先生: 確実に増えていますね。地元のかかりつけ医から紹介されたり、テレビの健康情報番組や雑誌を見てiNPHのことを知り、診察にいらっしゃる患者さんも多いですよ。 はるばる地方からやって来たある患者さんは、歩行障害で困っていたところ、お友だちから「あなたのことじゃない?」と雑誌の記事を見せられたというんです。タップテストで髄液を抜いたら、数時間でスタスタ歩けるようになってしまった。もちろんご本人の地元の病院を紹介し、手術後、かなり回復したとお礼の手紙が届きました。 ―― 医師による診断や手術の技術は向上しているのでしょうか? 桑名先生: 歩行障害、認知症、尿失禁の三大症状の確認と、画像診断による検査、タップテストを行うことで、診断技術もかなりレベルアップしてきました。特にMRIの冠状断画像(頭を垂直に切った画像)を見ると、iNPHの特徴がよくわかります。一方、外科医たちも、勉強会を開くなどして腕を磨いているところです。 現在ではさらに簡単に診断がつく方法が見つかってきており、手術のリスクも減らしていけるのではないかと思っています。 ―― 「もしかして……」と思ったら、どうすればいいでしょうか? 桑名先生: 先にあげた三大症状など、心当たりがあったら、かかりつけ医にこのページを見せるなどして「もしかしたらiNPHではないでしょうか?」と相談してみてください。もしその時点で医師が知らなかったとしても、きっと調べてくれるはずです。逆に「年だからボケるのは仕方ない」と病院にも行かないのは大問題。認知症も早期発見・早期治療が肝心ですし、大変に良くなられた患者さんもたくさんいらっしゃることも、ぜひ心に留めておいてください。 手術で劇的に改善するiNPHの患者さんたち 貝嶋光信先生(恵み野病院 院長) 最初の一歩がなかなかでない、小刻み歩行、方向転換が苦手…。こうした特徴を持つ患者さんが、ときどき外来にやってきます。昨年ゴルフの最中に左不全麻痺を起こし、緊急搬送されてきた70歳代の女性もその一人でした。患者さんに「iNPHかもしれません。手術で歩行が改善しますよ」とお伝えすると、「認知症の症状」という部分でショックを受けたようで、そのまま話が止まってしまいました。 数日後、診察室にやってきた別の男性の歩き方を見ると、これもまたiNPHに特徴的な歩き方です。手術をおすすめしましたが、歩行障害以外に失禁も認知症状態もないため、様子を見ることに。しかし、半月もしないうちに歩行が悪化、転倒による顔面打撲で入院したことを機に手術を行ったところ、術後一週間で劇的に歩行が改善しました。 その後も診察でiNPHの患者さんに出会っては手術をおすすめし、この1年6ヵ月で(2005年当時)38例の手術を行い、劇的改善例は16件を数えています。その他の例でも、ある程度の改善が認められ、本人はもちろん、ご家族からも感謝の言葉をいただいています。最初の患者さんは大いに悩まれ、手術を決断するまでに半年かかりましたが、現在では1日1万歩を歩き、ピアノも習い始めたそうです。 iNPHの初期症状は、歩行障害です。認知症の症状がなくても、冒頭に挙げたような歩行障害が見られるときは、ぜひ一度医師の診察を受けてみてはいかがでしょうか。 「こうして回復しました!」 患者と家族の体験 自分自身や家族が、いざ認知症になってしまったら…。 不安と混乱を乗り越え、ふたたび明るい日々を取り戻した患者と家族の体験談をご紹介しよう。 嶋 好子さん 79歳 「脳梗塞で倒れた後、徐々に歩けなくなり、ほとんど寝たきりとなって表情も乏しかった母。手術後1週間で自力で食事を食べられるようになり、1ヵ月で意思の疎通もできるようになりました!」 ~ 娘さん(57歳)の体験談 ~ 脳梗塞で倒れた後、左半身のマヒと歩行困難が… 母は、父とともに、長年、北海道白老町にある湯治温泉旅館を経営していました。「仕事が趣味!」というくらい、お客さんの世話や旅館の切り盛りで大忙しの毎日を送っていた母ですが、71歳のときに脳梗塞で倒れて、入院。一命はとりとめたものの、左半身にマヒが残りました。 母の退院後、少しして父が他界。その頃から母は徐々に歩けなくなり、ほとんど寝たきりで全面介助を必要とする状態となってしまったのです。 食事を全く受けつけなくなり、呼びかけに応じず、表情も乏しく、植物人間のようになってしまった母。ほんの数年前までいきいきと旅館を切り盛りしていた姿とは、まるで別人のようでした。 迷わず手術へ。そしてふたたび意思の疎通ができるように…! 母は口からものを飲み込むことができなかったため、PEG(*)という、胃に穴を開ける手術が必要でした。恵み野病院の消化器科を紹介されて入院したところ、脳MRI検査の後で脳外科の先生から「iNPHの疑いがある」といわれたのです。 私たち家族にとって『iNPH』は初めて聞く病名でしたし、母自身はまったく理解できない状態です。それでも「母が少しでもよくなるなら…」と、私たちは迷わず手術をしてもらうことにしました。 嬉しいことに、手術後1週間で母は食事を食べられるようになりました。1ヵ月目には家族と意思の疎通ができるようになり、「おはよう」「ありがとう」などの挨拶や、「○○したい」などの要求もきちんと伝えられるようになりました。 さらに2ヵ月後には、自分でスプーンを使って食事ができるようになり、9ヵ月経った現在では、施設に入所し、歩行訓練を続けています。私も母の施設を訪ね、世話を続けていますが、表情や言葉でお互いの思いを伝え合うことができるようになって、介護にもハリが出てきたのを感じています。 脳梗塞の後、歩けなくなったり動けなくなったりしたのは、脳梗塞の悪化と年齢のせいだとばかり思っていましたが、iNPHという病気によるものと診断していただいたことで、母と私たち家族の生活がずいぶん変わったと思います。本当にありがとうございました! (*)PEG……経皮経内視鏡的胃ろう造設術のこと。口から食事のとれない人や飲み込む力のない人のために、内視鏡を使って胃に小さな穴(胃ろう)をあけ、直接流動食を送り込むようにする手術。
「手術で治療できる認知症」といわれる特発性正常圧水頭症。しかし、まだ広く知られていないために見逃されている可能性も。特徴的な症状についてチェックしよう! 目次 特発性正常圧水頭症とは? 特発性正常圧水頭症の特徴的な症状とは? 医師たちの関心も徐々に高まりつつある 特発性正常圧水頭症とは? 「軽い物忘れ」や「足元がふらついて歩きにくい」などの症状は、お年寄りにはよくあるもの。しかし、なかには手術により治療できるものがあることをご存知だろうか?「特発性正常圧水頭症」(iNPH)と呼ばれるこの病気は、脳に過剰な髄液がたまることが原因。高齢者に多く、認知症患者の約5~10%を占めるといわれている。 特発性正常圧水頭症は本人や家族が早く気づき、医師が正しく診断・治療を行えば、症状が改善する可能性が高い病気。にもかかわらず、今まであまり注目されてこなかったのは、老化による症状と見過ごされたり、アルツハイマー病やパーキンソン病などとよく似ていて診断が難しかったため。実際には診断・治療されないままになっていることも多いのだそう。こうした背景から、医師たちはガイドラインを作成し、患者が見過ごされることのないよう、適切な診断・治療を広めるための活動を積極的に行っている。少しでも気になる症状があれば、まずは可能性を疑ってみよう。 手術で治療できる認知症!?特発性正常圧水頭症 特発性正常圧水頭症の特徴的な症状とは? 特発性正常圧水頭症の主な症状は、歩行障害・認知症状・尿失禁。特にこれといった原因もないのにこのような症状がある場合は、早めに脳神経外科や神経内科で受診しよう。 歩行障害 最初にあらわれることが多く、アルツハイマー病などほかの認知症と区別するポイントになる。パーキンソン病や脊椎の病気などでもみられるので間違われることもあるが、特発性正常圧水頭症の症状としては最も多く、90~100%の人にみられるといわれている。外見からでもわかる症状なので家族や周囲の人も注意し、気づいてあげよう。 認知症状 歩行障害の次に多い症状。軽い物忘れ、自発性や意欲・集中力の低下などの症状がみられる。例えば、周囲の呼びかけに対して反応が悪くなったり、趣味をしなくなったり、一日中ボーっとした状態になったり。さらに症状が進むと様々な認知症状があらわれる場合もある。症状が出てから何年も経っていても改善することも多く、あきらめないことが大切。 認知症は脳の病気です 尿失禁 歩行障害や認知症と比べ、わりと遅くあらわれる症状。トイレが非常に近くなったり(頻尿)、我慢できる時間が短くなる(尿意切迫)症状に、歩行障害も重なり、トイレに間に合わないことも。症状がさらに進むと、無関心さから失禁するようにもなる。 尿失禁は加齢とともによくみられる症状だが、なかなか人にはいいづらく、本人にとっては深刻な問題。しかし、勇気をもって打ち明けることが治療への第一歩だ。 医師たちの関心も徐々に高まりつつある 一般にはまだあまり広く知られていない特発性正常圧水頭症だが、医師たちの間での関心はどうなのだろうか?この病気について全国の病院(脳神経外科)に対して2009年10月に行われたアンケート調査では、関心も高くなっており、年々治療数も増えていることが分かった。 同時に、アンケート結果からは、ほとんどの施設でiNPHの治療が開始され、専門外来の数も年々増加している。高齢者の増加や診断・治療技術の進歩に伴い、医師たちの関心も次第に高まってきているといえそうだ。 公開日:2004年3月15日
「手術で治療できる認知症」とはいわれているが、実際にはどのような流れで診断や治療が行われているのか不安な人もいるのでは?ここでは、診療ガイドラインを中心に、実際病院で行われている診断から治療の流れを紹介しよう。 目次 診断に用いる検査「髄液タップテスト」とは? 特発性正常圧水頭症の診断~治療の流れ 特発性正常圧水頭症の治療「シャント術」 シャント術で症状はどう改善するの? 診断に用いる検査「髄液タップテスト」とは? 特発性正常圧水頭症かどうかを見極めるための診断方法の中で、最も一般的に行われているのが「髄液タップテスト」と呼ばれる検査。腰椎に針を刺し、過剰に溜まっている髄液を少量排除することで、歩行障害などの症状が改善するかどうかを診断する。このテストで陽性と出れば、手術による症状改善が期待できる。 しかし、このテストでは見極められない(陰性と出てしまう)人でも、症状改善の可能性があるので、さらに検査を進める場合もある。現在、専門医たちの間で、より診断率の高い検査方法の研究がなされている。 しかしながら、やはりタップテストは、有用で危険性が低く比較的簡単な検査。「ひょっとして特発性正常圧水頭症では?」と思ったら、医師に相談してみてはどうだろうか?今回のガイドラインでも、特発性正常圧水頭症が疑われる場合には、まずタップテストの結果を見てみるということが推奨されている。 特発性正常圧水頭症の診断~治療の流れ まず、歩行障害などの症状の確認と、CTやMRIなどの画像診断による検査が行われる。そして特発性正常圧水頭症が疑われる場合には、髄液タップテストが行われる。ガイドラインでは、タップテストで陽性(症状が改善)であれば、シャント手術による治療の適応とされている。しかし実際には、タップテストで陰性の場合でも、手術により症状が改善する可能性も残されている。そのため、より診断を確実にするために、複数の検査を組み合わせて行うことも多い。 ガイドラインにおける診断~治療の大まかな流れは次のとおり。 特発性正常圧水頭症の治療「シャント術」 特発性正常圧水頭症の治療の主流は「シャント術」と呼ばれる手術。脳に過剰に溜まった髄液の流れを良くするためのバイパス手術のことだ。 シャント術では、排出する髄液の量を常に適切な状態にしておくことが重要といわれる。 この調節がうまく行かないと、脳の表面の血管が引っ張られて出血(硬膜下血腫)するなどの合併症が起こることがあるのだ。最近では、この調節に使われる装置の機能が飛躍的に向上したため、より長期間にわたる症状改善が期待でき、患者の負担も少なくなった。 シャント術の詳細は、手術で治療できる認知症!?特発性正常圧水頭症 シャント術で症状はどう改善するの? 歩行障害・認知症・尿失禁などの症状は、手術後数日で改善する場合もあれば、数週間、数ヵ月かけて改善することも。シャント術で改善する患者の割合は、一般的には次のとおりといわれている。 シャント術による改善率 ●歩行障害の改善⇒9割以上 ●認知症状の改善⇒8割前後 ●尿失禁の改善 ⇒8割前後 しかし、改善の度合いは個人差も大きく、実際に症状がどの程度、どれくらいの期間で改善されるかを予測するのはとても難しいとされる。軽度な改善から劇的改善まであって、何不自由ない生活を取り戻せる人もいる。症状の悪化や合併症を防ぐためには、定期的に医師に状態をチェックしてもらうなど、術後のケアが極めて重要だ。 公開日:2004年3月15日
2004年1月、特発性正常圧水頭症のガイドラインの内容や、診断・治療の方法について、専門医たちによる活発な意見交換が行われた(第5回日本正常圧水頭症研究会)。この研究会で関心が集まったことにスポットをあて、今後の診断・治療がどうなっていくのか、どうしていくべきか、という医師たちの考えや取り組みについての情報を紹介しよう。 目次 特発性正常圧水頭症ガイドラインの作成 高まる期待-より良い診断・治療に向けた取り組み 医師たちもまた、より良い診断・治療を模索している 特発性正常圧水頭症ガイドラインの作成 「ガイドライン」というと、法律や規則のように厳しい決まりを想像する人もいるのでは?しかし、この特発性正常圧水頭症ガイドラインは医師たちの診断や治療方針を束縛するものではないという。では何のために今、作成されたのだろうか? その背景には、これまで診断の決め手となる基準がなかったために、診断・治療における病院間の格差が非常に大きい、という特発性正常圧水頭症の現状がある。 一定の基準となるガイドラインを普及させることで、すべての患者が適切な診断・治療を受けられるように、という医師たちの願いが込められているのだ。 もちろん、ガイドラインに縛られた定型的な治療を目指しているわけではない。特発性正常圧水頭症は、実際に手術をしなければ、どの程度まで症状が改善するのかがわかりにくい病気。また、患者は高齢であることが多いので、手術に対する不安も大きいだろう。だからこそ、患者や家族の要望にもしっかりと耳を傾けて治療方針を決めたい、という考えが、このガイドラインの前提となっているようだ。 今後、このガイドラインを実際の医療の現場に照らし合わせ、問題点を明確にしながら改定を重ねていき、より良いものにするための努力も続けるという。 高まる期待-より良い診断・治療に向けた取り組み 特発性正常圧水頭症の診断と治療には、まだまだ不明な点や課題も多く残されている。研究会では、それらの課題を克服するための研究結果が、専門医たちから報告された。 第5回日本正常圧水頭症研究会会長 西宮協立脳神経外科病院 院長 三宅 裕治先生 新しい診断方法の試み ガイドラインも推奨する診断方法「髄液タップテスト」の最大の問題点は、「陰性の場合でも手術による症状改善の可能性がある」ということ。研究会では、この点をどうカバーし、手術で改善する患者を確実に見つけ出すかということに、話題が集まった。 急速に進歩しているCTやMRIなど高度な画像診断を使って、手術の適応や効果判定をする方法が提案され、注目を集めた。また、歩行動作をビデオに録画して詳しく解析することで、パーキンソン病など他の病気との区別や症状の変化をより正確に捉えるなど、新たな診断方法も多数発表された。いずれもまだ診断方法として確立されてはいないが、今後の研究に期待が高まっている。 より良い治療のために シャント術では、患者の状態に合わせて髄液の排出量を適切な状態に保つことが大切だ。これまでは、この排出量調節を設定するための目安がなかったため、設定方法は医療機関によってまちまちであったという。この点を改善するために、患者の身長、体重、性別などから設定値を割り出した早見表が提案され、大きな注目が集まった。 この方法が確立されれば、手術後のリハビリ開始が早まり入院期間が短縮されるなど、患者側のメリットも大きいと期待される。そのほか内視鏡や薬物療法など、シャント術以外の治療の試みも報告された。 病気の根本的な原因を探る 特発性正常圧水頭症はなぜ高齢者に多いのか?その原因はまだ不明。その根本的な原因を探るため、髄液中のたんぱく質を詳しく解析するなど、最先端技術を取り入れた様々な取り組みも積極的に行われている。 医師たちもまた、より良い診断・治療を模索している 高齢社会が急激に進む今、認知症や歩行障害は多くの人にとって身近な問題となっている。これらの症状は「年のせいだから」とか「病院に行ってもどうせ治らないし」などと考えて、治療をあきらめてしまいがち。しかし、これまで紹介してきたように、手術で症状が改善する可能性もあるので、まずは専門医を訪ねてみて欲しい。 医師たちもまた、患者やその家族と同じように、日々事例を重ねながら、より良い診断・治療を模索しているのだ。病気を抱える患者や家族も、こうした医師の姿勢を受け入れ、互いに協力しながら病と闘うという意識を持つことが、より良い診断・治療の実現への第一歩になるだろう。 公開日:2004年3月15日
水頭症とは頭蓋骨の中の脳脊髄液(のうせきずいえき)が何かの理由により流れが悪くなってたまり、脳を圧迫することで起こる病気。高齢者がかかりやすいタイプの水頭症で、歩行障害・認知症・失禁といった症状を伴いますが、近年手術によって症状が改善されると注目されています。 (監修:多摩南部地域病院・副院長 和智明彦先生) 目次 水頭症ってどんな病気? 高齢者がかかりやすい「特発性正常圧水頭症」 進歩し続ける診断技術 認知症を治療する手術「シャント術」とは? 水頭症ってどんな病気? 脳は頭蓋骨の中で脳脊髄液(のうせきずいえき・以下髄液とする)という液体に浸かっている。髄液は脳内の腔(脳室)で毎日400-500ml作られ、脳や脊髄周囲を循環してから主に頭のてっぺんの静脈系へ吸収される。従って、1日に2、3回入れ替わることになる。水頭症とは、何かの原因でこの髄液循環がとどこおることで頭蓋内に髄液が過剰にたまり、脳室が拡大する状態を指す。 正常 水頭症 水頭症には2つのタイプがある。 ●非交通性水頭症 脳脊髄液が生産される脳室系から脳表(くも膜下腔)に至る間のどこかで髄液の流れがブロックされた場合に起きる。脳圧が高くなり、頭痛・嘔吐・意識障害などの症状が見られる。脳腫瘍、脳出血に合併する水頭症や小児水頭症などに多い。 ●交通性水頭症 脳脊髄液が脳室から出た後、くも膜下腔などで髄液の循環・吸収が悪くなり起きる。比較的ゆっくりと髄液が脳室にたまるため、必ずしも脳圧が高くならない場合がある。歩行障害・認知症・尿失禁を主な症状とする。正常圧水頭症はこのタイプで、さらに「特発性正常圧水頭症」と「続発性正常圧水頭症」とに分けられる。 高齢者がかかりやすい「特発性正常圧水頭症」 正常圧水頭症の多くは、くも膜下出血や髄膜炎後に髄液の流れが悪くなって起こる「続発性正常圧水頭症」に分類される。これらは先行する病気が明らか(くも膜下出血・頭部外傷・髄膜炎など)なので、的確に診断され、脳神経外科手術(シャント術)によって劇的に改善する場合が多い。 それに対し、「特発性正常圧水頭症」は原因が特定されないにもかかわらず、脳室が拡大し、余分な髄液が徐々にたまっていく病気を指す。歩行障害・認知症・尿失禁が3大徴候だ。 ●歩行障害 小刻みに歩く、すり足で足が上がらない、最初の一歩が踏み出せない、両足を少し開き気味で歩くなど(パーキンソン病や脊髄の病気と間違われやすい)。 ●認知症 一日中ボーっとしている、集中力がなくなる、呼びかけへの反応が鈍くなる、軽度の物忘れ、表情が乏しくなるなど。 ●尿失禁 トイレが非常に近くなる、我慢できる時間が短くなる、尿失禁がみられるなど。 これらの症状が3~4ヵ月のうちに悪くなる。放置すると寝たきりになる。 特発性正常圧水頭症には男女の差はなく、年齢のピークは60代後半~70代(最近では更に高齢の患者が増加傾向にある)、認知症全体の約5%にあたると推定されている(「特発性正常圧水頭症とはどのような病気ですか」厚生労働省 難治性水頭症調査研究班)。 最近のいくつかの調査では、高齢者人口の1~2%と報告されており、これまでに考えられていたよりもずっと多いことが分かってきている。 進歩し続ける診断技術 特発性正常圧水頭症に見られる歩行障害・認知症・尿失禁といった症状は、脳梗塞やパーキンソン病などの病気でも現れるため区別が難しいとされてきたが、最近では診断の技術も格段に向上し、対象者も比較的見つけやすくなっている。 そもそも特発性正常圧水頭症は1965年に米国で発見され、「手術で治る認知症」と注目された。脳にたまった髄液を腹部に流す手術(シャント術)で症状の改善を図ったのだが、70年代当時は診断方法が十分ではなく、手術の合併症も多数起こり、次第に脳外科医の間でも関心が薄らいでいった。 しかし、診断技術と医療用具の進歩により、今再び注目を集めている。厚生労働省の研究班が1997~98年に行った調査によると、全国14病院で集計された手術120例のうち、改善は約80%。手術による合併症も少なかったという。この流れを受けて、2004年には特発性正常圧水頭症の診断・治療ガイドラインも発行された。 認知症を治療する手術「シャント術」とは? シャント術とは、髄液の流れを良くするためのバイパス手術のこと。脳神経外科で施され、主に3つの方法がある。埋め込むチューブはシリコン製。材質がよくなって癒着などのトラブルも減ってきたため、多くの場合は一生埋め込んだままで問題ない。圧調整のためにバルブを頭皮下につけるが、バルブは圧調整と同時に髄液の脳室内への逆流を防止している。また、どれだけ髄液を流すか各人によって微妙な調節が必要だが、磁石で体の外から圧力を変えることができるバルブも登場。特に歩行障害の症状の改善でめざましい効果をあげている。 脳室-腹腔シャント(V-Pシャント) 脳室から腹腔に髄液を流す。 脳室-心房シャント(V-Aシャント) 脳室から心房に髄液を流す。 腰椎-腹腔シャント(L-Pシャント) 腰椎から腹腔に髄液を流す。 脳室から直接髄液を引かないので、脳に対する負担はない。 公開日:2003年1月20日