望月吉彦先生
更新日:2024/09/30
今年(2024年)は能登半島地震から始まりました。能登の復興には長い年月がかかると思います。私は能登半島に行ったことがありません。いつか、行ってみたいと思います。
日本は天災が多い国です。地震、台風、大雨、洪水など、思いつくまま、挙げてみましょう。
1986年(昭和61年)11月21日、伊豆大島三原山噴火
1991年(平成3年)6月3日、雲仙普賢岳噴火、火砕流
1993年(平成5年)7月、北海道南西沖地震による奥尻島大津波
1995年(平成7年)1月17日5時46分52秒、阪神・淡路大震災
2000年(平成12年)10月6日、平成12年鳥取県西部地震
2000年(〃)有珠山噴火
2000年(〃)三宅島噴火
2008年(平成20年)6月14日、平成20年岩手・宮城内陸地震
2011年(平成23年)3月11日14時46分、東日本大震災
2014年(平成26年)御嶽山噴火
2016年(平成28年)4月14日・16日、熊本地震
2018年(平成30年)西日本豪雨
2018年(〃)北海道地震
2024年(令和6年)1月1日、能登半島地震
注:記載していない災害も多数あります。
日頃から天災(地震、津波、台風、豪雨)に備えておくことが必要です。一昔前から、東海地方に大地震が起こると言われ、静岡県民は防災訓練を小さい頃から受けています。しかし、その東海地方にはほとんど地震が起こっていません。
社会実情データ図録(https://honkawa2.sakura.ne.jp/4331.html)より引用
ここ10年東海地方では大きな地震が起きていません。静岡、愛知、三重、香川の4県は地震空白県と言っても構わないでしょう。地震は「県単位」で起きるわけでは無いので地震空白県に住んでいるから安心というわけではないですが。過去10年、兵庫、大阪、徳島には大きな地震は1回しか起きていませんが、29年前には阪神淡路大震災が起きました。地震が最近起きていないのが良い兆候か、悪い兆候か、わからないですね。地震は「気まぐれ」で「予知不能」です。
「天災は忘れた頃来る」は寺田寅彦の名言とされています。これは寺田のお弟子さんだった中谷宇吉郎の造語です。中谷が新聞に頼まれて師匠だった寺田の言葉として「天災は忘れた頃来る」を引用、それがめぐりめぐって朝日新聞の「1日1訓」に取り入れられ以後、この言葉は寺田寅彦の名言として流布します。しかし、後に中谷が書いていますが、寺田寅彦の著書にこの言葉はありません。似たような内容の言葉があり、それを中谷がわかりやすく改変し、師匠の言葉として紹介したのが発端です。師匠と弟子の素晴らしい合作ですね。
中谷がその辺りを解説しています。
天災は忘れた頃来る 中谷宇吉郎(青空文庫)
https://www.aozora.gr.jp/cards/001569/files/53217_49675.html
さて、「好きでもない人とキスができるか?」です。
のっけから何を言うか?と思われるでしょう。キスは普通、好きな人と交わします。家族と交わすこともあるでしょうが、日本では一般的ではないですね。私は「好きでもなく、家族でもない」方とキスをしたことが2回あります。察しが良い方はわかるでしょう。そうです。心肺停止時の処置です。
2001年の心臓血管外科学会で「心肺蘇生後の心臓手術症例の検討」という演題を発表したことがあります。心臓手術開始前に心臓マッサージをしていた8例のうち、6例は特に後遺障害なく退院できたというのが要旨です。だめだと思っても最後まで心臓マッサージ、人工呼吸を続けることが大切だということを示したつもりです。心臓マッサージ、散々、やりました。集中治療室担当だった初年兵の頃は、年がら年中、心臓マッサージをしていました。厳しく指導されました。ちょっとでも手を抜くと罵倒されました。数分心臓マッサージをすると手が疲れて動かなくなるのです。大きな病院ですと交代してくれる医師、看護師がいるからまだ良いのですが、小さい病院だと延々一人で心臓マッサージをしなければなりません。つらかったです。
「Repair of Lacerated Intrapericardial Inferior Vena Cava After Cardiac Massage」という論文を“Ann Thorac Surg”に発表したこともあります(Ann Thorac Surg. 2011 Oct;92(4):1510-2.)。
これは心肺停止となった男性(心筋梗塞で心室細動)に救急隊員が心臓マッサージを行い、意識が回復、冠動脈造影を行い、心筋梗塞の責任冠動脈をカテーテル治療しました。ここまでは良かったのですが、その後血圧が低下、心嚢腔内に血液が貯留していることがわかり、内科から私ども心臓外科に緊急手術(心臓圧迫解除手術)の依頼が来たのです。
心臓が血液で圧迫されて小さくなっています
カテーテル治療後に治療した冠動脈から出血することがあります。心筋梗塞を起こした箇所からしみ出すように出血が生じることもあります。何れも止血は容易です。胸を開け心臓圧迫を解除して、血圧が上がり、やれやれと思って出血点を探そうとしたら……、出血点が見つかりません。
右心房の裏から血液が「じわーっと」湧き出てきます。どこから出血しているのかわかりません。そこで人工心肺を急遽装着(夜中でした)。全身を冷やし(28度まで)、いったん循環停止(30分くらい人工心肺を止め、つまり循環を止めても問題ないです)して、出血している箇所を検したところ、右心房と下大静脈移行部(上からは全く見えない)が裂けていることがわかりました。心臓マッサージで裂けたのだと思います。裂けている箇所の止血を行いました。さてこれで大丈夫と思って加温を開始して心拍を再開したら、止血部が裂けて出血しました。恐怖そのものでした。絶望感に襲われながらも何回か縫合止血操作をおこない、最後に1時間くらい出血部位を圧迫していたら、奇跡的に血が止まりました。この方は、幸い後遺症無く、元気に退院されました。後で調べたら、外傷後(心臓マッサージを含む)の右心房-下大静脈移行部損傷の死亡率は50-100%でした。救命例はほとんど無かったので、“The Annals of Thoracic Surgery”というアメリカの雑誌に投稿、無事掲載されました。
話を主題に戻します。
心肺停止と思われる方を見たら直ちに蘇生開始をする必要があります。
一昔前は、心肺蘇生は「ABCD」と教えられてきました。
A(Airway)は「気道の確保」です。
↓
B(Breathing)は「呼吸」、つまりマウスツーマウスでの人工呼吸です。
↓
C(Circulation)は「循環」、つまり心臓マッサージです。
↓
D(Defibrillation)は「除細動」 と習いました。
Aは(Airway) 気道の確保:上図の如く、マウスツーマウスが最初に行うべきことでした。つまり気道を確保して、次に呼吸(人工呼吸)を補助、そして循環(心臓マッサージ)をするのが王道でした。
マウスツーマウスを実施するには、相当勇気が必要です。見知らぬ方のマウスツーマウスなどできないのが普通です。必要な時は以下の写真に示すような人工呼吸用マウスシートという器具を使います。こういう器具を使えば、いくらか気分は楽になります。移動中や車の中、クリニックには常備してあります。幸い、開院してから一度も必要になったことはありません。
黄色い部分を心肺停止している方の口の中に入れて反対側から空気を押し込みます(もちろんマウスツーマウスですよ)。唇どうしが接触することはないので、心理的にはかなり楽です。
人工呼吸用マウスシート (200-500円/個)
長い年月、マウスツーマウスが必須の「ABCD」が蘇生の王道でした。
しかし、2010年、この王道は変わりました。
2010年改定の日本蘇生協議会(Japan Resuscitation Council:JRC)心肺蘇生ガイドラインで、
BLS: Basic Life Support:一次救命処置)の順番が
「A→B→C→D」
から
「C→A→B」に変わったのです。
2020年にもさらなる改訂がありました。2022年からこの改訂にそった蘇生が行われています。2020年のJRC心肺蘇生ガイドラインから最新の心肺蘇生方法を示します。コロナ禍の中での改訂です。大きく変わったのは「蘇生を行う際、無理に人工呼吸をしなくても良い」となったことです。「人工呼吸の技術と意思があれば」人工呼吸をしても良いとあります。蘇生を要した方がコロナ陽性だったら、蘇生をした方にコロナがうつるかもしれせん。そういうこともあり人工呼吸は必須ではなくなったのです。心肺蘇生に人工呼吸が必須でないなら、蘇生に対して少しだけ敷居が低くなります。
なお、人工呼吸をしてもしなくても蘇生率に大きな違いはありません。というか心臓マッサージだけ直ちに行った方が、蘇生後の社会復帰率が高いことが、日本循環器学会の調査(2009年)でわかりました。
日本循環器学会が平成21年までの5年間の1376例を調べた結果、心臓マッサージと人工呼吸を併用した場合には33%の救命率だったのが心臓マッサージだけの場合には41%と高い救命率を示したのです。他にも、人工呼吸を施さなくても蘇生率、社会復帰率は変わらないという論文が多数あります。
一番大切なのは、心臓マッサージです。
心肺蘇生訓練を受けた方も皆さんの中にはいらっしゃることと思います。
アメリカの病院を見学した時、心臓マッサージは「ミスター ルーカス」の仕事ですと冗談交じりに言われました。ルーカスさんという方が、心臓マッサージ担当なのかな?と思ったら、違いました。「ルーカス」と言う名前が付いた自動心臓マッサージ機械が心臓マッサージをしているのです。時は流れ、ルーカス君は日本各地の消防自動車にも配備されるようになりました。
富士市の消防隊です。最初の救急隊員による心臓マッサージが行われその後、ルーカス君(LUCAS3)が心臓マッサージを行っています。段々と広まると思います。それでも人による心臓マッサージは重要です。
そして大事なのが回数です。
1分間に100-120回心臓マッサージを行います。
心臓マッサージは、1分間に100-120回も行わなければいけないです。この回数を覚えるのに良いのが「Bee Geesの“Stayin' Alive”のテンポ」です。
“Stayin' Alive”のドラム音のテンポに合わせて心臓マッサージを行いましょう。回数感覚を覚えてください。
「キス(人工呼吸)は不要だぜ!キスするのは女房だけだ!“Stayin' Alive”のテンポで心臓マッサージだぜ!よろしく……」と強面のマフィアが言っています。イギリス心臓病協会の動画です。この動画には今号で私が伝えたいことが詰まっています。ぜひご覧ください。
こんな映像もありますが、これは助からないなあ。もっと押さないと駄目。肋骨が折れても大丈夫です。ガンガン押しましょう。あれれと思うくらいガシガシと胸骨を押す感じです。
“Stayin' Alive”→ 「生き続けよう!」という意味です。まさに心臓マッサージのテンポを覚えるのに最適ですね。
望月吉彦先生
医療法人社団エミリオ森口 芝浦スリーワンクリニック
東京都港区芝浦1-3-10 チサンホテル浜松町1階
TEL:03-6779-8181
URL:http://www.emilio-moriguchi.or.jp/
※記事内の画像を使用する際は上記までご連絡ください。