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169:「病原微生物に直接作用しない」が感染症を抑える治療薬?(望月吉彦先生) - ドクターズコラム

メディカルコラム

望月吉彦先生

更新日:2023/02/20

糖尿病治療薬や高脂血症治療薬はある種の感染症に効果がある

現時点(2023-02-07)で、COVID-19の第8波は、新たな感染者が減り、落ち着きつつあるようです。人類は「細菌、ビールス、寄生虫、真菌、プリオン、マイコプラズマ、リケッチア、クラミジア」などが原因となる「感染症」に苦しめられてきました。これからも苦しめられるでしょう。いくつかの感染症には特効薬や著効するワクチンが作られています。しかしほとんどの感染症はいまだに、制御不能です。
感染症治療薬というと、

  • 細菌に対するペニシリン、セフェム系抗生物質、サルファ剤、キノロン契約剤 など多数
  • 結核に対するストレプトマイシン、カナマイシン、リファンピシン、イソニアジド など
  • 抗ウイルス薬:バラシクロビル、タミフル、イナビル など
  • 抗寄生虫薬:イベルメクチン など

が挙げられます。病原微生物のに比して微々たる数しかありません。

世界中でCOVID-19治療薬が開発されていますが、インフルエンザにおけるタミフルのような特効薬は見つかっていません。もっとも日本はタミフルを使いすぎています。全世界のタミフル全使用量のうち、なんと、その75%が日本で使われています。安易に使われ過ぎていると思います。
全世界75%のタミフルを消費する日本人、インフルエンザになる前に知っておくべき薬の話(ITmedia ビジネスオンライン)

日本ではインフルエンザの診断をするのに、イムノクロマト法という特殊な方法を用いた迅速検査キットを普通に使っています(コロナの抗原検査も測定原理は一緒です)。
咽頭粘液を綿棒で採取して検査をします。採取した咽頭粘液を特殊な液に浸し、浸した液をこの検査キットに垂らします。

A型及びB型のインフルエンザウイルスに感染

ある患者さんの検査を示します。この方は、この検査ではA型及びB型のインフルエンザウイルスに同時に感染している事を示します(同時感染は珍しいです)。

  • C:controlです。ここにスジがでれば検査はきちんと行われていることになります。
  • B:Bにスジが出ればインフルエンザB型に感染していることを示します。
  • A:Aにスジが出ればインフルエンザA型に感染していることを示します。

日本では上記の様な検査でインフルエンザ感染が診断されるとタミフルなどの抗インフルエンザ薬が投与されます。実は、この過程は世界でも極めて稀なのです。
ほとんどの国で、高齢者や感染し易い病気に罹っている方は別にして、このようなインフルエンザ検査は行いません。インフルエンザは感冒(風邪)の一種です。「流行性感冒」です。通常、寝ていれば数日で治ります。タミフルなどの抗インフルエンザ薬は解熱するまでの日数を1日早めるだけです。この辺り、議論があるかと思います。

話は変わります。これまで三大感染症と言えば、
1. 結核:150万
2. エイズ:120万人
3. マラリア:44万人
の3つでした。数字は2015年のWHO統計による死者数(世界全体)を示します。

“米ジョンズ・ホプキンズ大の集計によると、新型コロナウイルス感染症による死者が5日、世界全体で70万人を超えた。感染が報告されてから7ヵ月余りで、三大感染症で2番目に死者が多いエイズの昨年の死者数69万人を上回った(2020年08月05日)”

と報道されました。この時点で、新型コロナウイルス感染症による死者はエイズ、マラリアを上回っていましたが、最近は死者数が減少しています。また武漢株のような死亡率が高いコロナウイルスが出現すれば、新型コロナウイルス感染症も加えて四大感染症と称されるようになるかもしれません。

結核による死者数は依然として高いままです。結核にはワクチン(BCG)があり、治療薬もたくさんあります。イソニアジド、リファンピシン、ピラジナミド、エタンブトール、ストレプトマイシンなどです。感染者は近年減少していますが、死者数は多いままです。結核は薬だけでなく、社会環境の整備(栄養、上下水道etc. etc.)が必要であることを示していると言っても過言ではないと思います。

「結核菌に感染しても95%は発症しない。結核菌は肺の中で共存している」という説があります。結核蔓延国にはそういう「発症していないけれど結核菌を持っている人」が結構いるのです。発症していないと、結核は診断がつきません。一昔前まで、結核の診断はツベルクリン反応、レントゲン写真、喀痰培養などが用いられました。現在はIGRA(抗原特異的インターフェロン-γ遊離検査 :IGRA:Interferon-Gamma release assay)という検査で鋭敏な結核診断がなされるようになりました。IGRAで陽性だと体内に結核菌がいるか過去に結核に罹患したことを示します。

「日本におけるIGRA(インターフェロンγ遊離試験)の 年代別陽性率に関する検討(Kekkaku Vol. 92, No. 3 : 365_370, 2017)」によると、

20代:2.9
30代:4.7
40代:3.2
50代:3.6
60代:7.1
70代:18.8
80代:26.3

です。高齢者で高いですね。IGRA陽性=結核に罹っていることを示している訳ではありません。
IGRA陽性なら

1. 結核に罹患したことがあるか
2. 結核に罹患しているか
3. 結核菌が休眠状態で体内にいるか

のどれかを示します。結核に罹っても発症せず、休眠状態のことも多いのです。なぜ休眠するか?それも良くわかっていません。

最近とても興味深い研究報告があります。皆さんは、

  • 糖尿病治療薬のメトホルミン
  • 高脂血症治療薬のスタチン

結核に効くと思いますか?「効きます」と言われてもにわかには信じがたいでしょう。私もそうでした。
メトホルミンによる結核に対する臨床評価論文の一つを紹介します。

Nicholas R Degner, et al. 「Metformin Use Reverses the Increased Mortality Associated With Diabetes Mellitus During Tuberculosis Treatment:Clinical Infectious Diseases, Volume 66, Issue 2, 6 January 2018, Pages 198–205」

この論文には「糖尿病を合併していると結核の死亡率は約2倍になるが、メトホルミンを服用していると死亡率は高くならない」とあります。なぜメトホルミンという糖尿病治療薬が結核に効くのでしょう? 様々な説があります。メトホルミンによる結核に対する効果に関して様々な論文が出ています。100数編の論文が出版されています(2022-12-17時点)。

メトホルミンには寿命を伸ばすアンチエイジング作用があるとの研究も多数あります。
「メトホルミン」が寿命を延ばす アンチエイジング効果を確かめる試験(糖尿病ネットワーク)

「メトホルミンで糖尿病治療をしていた群ではCOVID-19死亡率が低かった」という論文もあります。
Metformin Use Is Associated With Reduced Mortality in a Diverse Population With COVID-19 and Diabetes

メトホルミンは「子宮体癌」にも効くかもしれないとのことで治験が始まっています。
Gynecol Oncol . 2017 Oct;147(1):167-180.

2022/06/30「国立がん研究センター中央病院脳脊髄腫瘍科の成田善孝氏らのグループは2022年6月、悪性脳腫瘍である膠芽腫に対して、標準治療に糖尿病治療薬メトホルミンを併用した場合の安全性と有効性を評価する第2相試験を開始した。」との報道もあります。メトホルミンは万能薬でしょうか?
メトホルミンは脳腫瘍の治療にも有用?(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)

高脂血症治療薬のスタチンも結核に「効く」という論文が多数あります。
Statin use and risk of tuberculosis: a systemic review of observational studies. Int J Infect Dis . 2020 Apr;93:168-174. Etc.

メトホルミンやスタチンは病原微生物を死滅させるような薬ではありません。このようなお薬は宿主(感染を生じているヒト)側の状態を良くさせるという「Host Directed Therapy(HDT)」と言われています。薬剤耐性も生じないか生じにくいだろうと予想されています。
そのうち「スタチンとメトホルミンをのんで結核を治そう」という時代が来るかもしれません。なおメトホルミンやスタチンのように、元々の薬効のほかに別な病気に有効な薬効を見つけることを「ドラッグ ・リポジショニング(drug repositioning)」と言います(注:何か良い日本語による訳語が無いでしょうか)。
注:フランス在住の言語学者小島剛一氏より「想定外薬効開発」が訳語としてはどうでしょうかとの提案がありました。私もそれに賛成です。

いまCOVID-19の治療薬が研究されています。灯台下暗しで、もしかしたらメトホルミンやスタチンのように思わぬところからCOVID-19に効くお薬が見つかるかもしれないです。見つかれば良いですね。

注:

COVID-19に対するmRNAワクチン接種が進んでいない国があります。コンゴ民主共和国、イエメン、チャド、ハイチ、ベニン、中央アフリカ共和国などの国の接種率は極めて低いレベルです。どの国も「貧しい」とされている国です。ワクチンを購入する費用がないのです。悲しい話です。
コロナ禍が浮き彫りにするグローバル社会のワクチン格差と不平等(ヒューライツ大阪)

注:

COVID-19mRNAワクチンを拒否し、自国製ワクチンを接種している中国のような国もあります。この辺り、本当にどう考えるのか難しいです。

注:結核のワクチンであるBCGにCOVID-19予防効果が?

ハーバード大学医学大学院Denise Faustman先生のグループの研究です。
Multiple BCG vaccinations for the prevention of COVID-19 and other infectious diseases in type 1 diabetes(PDF)
BCGを3回接種(4週間隔で2回、その翌年に1回)打つと、BCGワクチン接種群のCOVID-19発症者は1%、プラセボ接種群で12.5%と、実にBCGワクチンの感染予防効果は92%という結果です。1型糖尿病の患者さんが対象です。糖尿病の方以外にも効くか? 3回も打てるか? 等々、問題はありますが、良い視点の良い研究だと思います。

注:メトホルミンを投与すると、コロナ後遺症が40%減る

という論文が、2023年6月8日にThe Lancet Infectious Diseasesという雑誌に掲載されました。
Outpatient treatment of COVID-19 and incidence of post-COVID-19 condition over 10 months (COVID-OUT): a multicentre, randomised, quadruple-blind, parallel-group, phase 3 trial というタイトルです。アメリカの18の医療機関の共同研究論文です。
・COVID-19罹患後、早期にメトホルミンを服用するとCOVID-19後遺症発病を40%抑制する
・この効果は患者が肥満している場合に、より効果が高いとの事です。メトホルミン、凄いです。

望月吉彦先生

望月吉彦先生

所属学会
日本胸部外科学会
日本外科学会
日本循環器学会
日本心臓血管外科学会
出身大学
鳥取大学医学部
経歴
東京慈恵会医科大学・助手(心臓外科学)
獨協医科大学教授(外科学・胸部)
足利赤十字病院 心臓血管外科部長
エミリオ森口クリニック 診療部長
医療法人社団エミリオ森口 理事長
芝浦スリーワンクリニック 院長

医療法人社団エミリオ森口 芝浦スリーワンクリニック
東京都港区芝浦1-3-10 チサンホテル浜松町1階
TEL:03-6779-8181
URL:http://www.emilio-moriguchi.or.jp/

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