疾患・特集

166:異国の患者さんの「家族」から学んだこと(望月吉彦先生) - ドクターズコラム

メディカルコラム

望月吉彦先生

更新日:2022/10/03

大動脈瘤破裂にまつわる真面目な話

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今回は胸部大動脈瘤破裂にまつわる話をお伝えしようと思います。
正確に言うと「大動脈瘤が破裂した後のこと」に関する話です。
真面目な話と少し不真面目な話があります。

今から30数年前のことです。当時勤務していた病院に日本を旅行中の東南アジアの方が緊急搬送されてきました。60代後半の男性でした。奥様と一緒に日本を旅行していたのです。来院時、意識がほとんどありませんでした。
奥様は日本人でした。奥様から話を伺うと

  • この患者さんは高血圧の治療中であること、他に病気はないが喫煙歴が長いこと
  • 東京駅で「強い胸痛」を訴えた後、意識が無くなったこと

などが判明しました。

心筋梗塞、大動脈瘤破裂などを念頭において検査を行いました。採血、胸部レントゲン、CT検査などを行ったところ、この方は胸部大動脈瘤が破裂して血圧が低下し「ショック状態」となっているということが解りました。

直ちに手術が始まりました。破裂部の大動脈を人工血管に交換して手術が終わりました。「言うは易く行うは難し」です。人工心肺を使った手術です。10時間くらいかかりました。無事手術は終わったのですが、麻酔が覚めるはずの時間になっても患者さんの意識は戻りませんでした。脳のCTを撮影したところ、大きな脳梗塞を認めました。大動脈瘤が破裂して血圧が低くなり、脳梗塞を生じたのだと思います。1ヵ月くらい集中治療室に滞在した後、一般病室の個室に移ることができました。

この方には、成人したお子さんが二人いらして両名共アメリカに住んでいました。一人はアメリカの文系大学を卒業した娘さん、もう一人はアメリカの理系大学に在学中の息子さんでした。
最初にアメリカから病院に駆けつけたのは娘さんでした。娘さんは、胸部大動脈瘤破裂に関する多くの医学論文のコピーを持ってきました。アメリカの大学の図書館で調べてきたのです。娘さんも息子さんも日本語ができました。私の指導医だった先生が娘さん、息子さんに病状を説明しました。

  • 病院に搬送当時、胸部大動脈瘤破裂でショック状態だったこと
  • 手術は成功したが、脳梗塞を生じていること、それも範囲が広い脳梗塞であり、今後も意識が出ない可能性が高いこと
  • いわゆる植物状態になる可能性が高いこと

などを説明していました。娘さんは持ってきた論文を広げ、アメリカの病院でも胸部大動脈瘤破裂は死亡率が高く、脳梗塞などの合併症が多いと書いてあると言って、病状や手術については納得してくれました(涙を流しながらでしたが)。

手術後、3ヵ月遷延性意識障害(いわゆる植物状態、英語ではpersistent vegetative state)が続き、ほぼ回復の見込みが無くなりました。帰国するにも手立てがありません。

奥さんと娘さんは病院近くのアパートを借りて、毎日病院に来ては、患者さんに、声をかけていました。我々も、当時遷延性意識障害に対して効果があると言われていたありとあらゆる治療を施したのですが、全く効果がありませんでした。娘さんは日本の図書館で「意識障害を治す治療」に関する論文を探していました。そして我々に色々な治療法を提案してくれました。

外科医は遷延性意識障害の専門家ではありません。娘さんが世界中の「遷延性意識障害治療」に関する論文を探してきてくれるのである意味助かりました。そういうわけで患者さんの家族と一緒に治療法を議論し、日本でも実行可能な治療は取り入れて治療しました。患者さんの家族に治療法を提案されるという希有の事態でした。これは私にとって色々な意味で勉強になりました。今ならインターネットを介して様々な治療法に関する知識を素人の方も入手できますが、当時は簡単ではありませんでした。

当時すでにMedlineがあり、この家族の方々は英語ができるので、Medlineを利用して様々な文献を探してきたのです。しかし、残念なことに、どの治療も功を奏しませんでした。しかし、これは私にとって、とても良い経験でした。
近い将来「患者さんや患者さんの家族が自分達で診断方法や治療方法、治療成績を入手できる時代が来るだろうということ」が予見されたのです。実際に、そういう時代になりました。

やや話は変わります。インターネットでの情報は玉石混淆です。玉が少なく、石が多いのです。玉か石かの見分け方は追記に記しました。参照ください。

話を戻します。今でも英語ができないとMedlineでの文献検索はできませんし医学用語も簡単ではありませんが、翻訳ソフトなどを使ったりすると以前とは比較にならないほど、検索の敷居は低くなっています。そういう時代が直ぐにやってくるであろうことを今から30年以上前、この大動脈瘤が破裂した患者さんの治療を通して学びました。
以上、真面目な話。

不真面目な話

この患者さんは、結局2年近く、遷延性意識障害が続いたまま病院に入院していました。その間、奥様は毎日病院に来て、声をかけ続けていました。娘さんは日本で、外資系多国籍企業に就職し、働きながら病院に来て看病を続けていました。息子さんはアメリカの大学を卒業し、米国の企業に就職し、数ヵ月に一度、来日していました。2年も病院にいらしたので、ご家族とも治療を含めて色々な話をするようになりました。そんな中での話です。

以下は不真面目な話です。読むと不愉快になるかもしれません。ご容赦下さい。

今から記すことは、時効でしょうが、少しguiltyです。

娘さんがある企業に就職した事は前述しました。就職が決まった時、丁度息子さんも来日していて、一家で娘さんの就職祝いをするとのことで、食事に誘われました。普通は入院している患者さんの家族と食事などしません。しかし、入院して1年以上が経過し毎日顔を合わせ、治療法などを相談していたので誘ったのでしょう。私の他に担当だったMH先生と共にご家族と一緒に食事をしました。

食事の際、私は娘さんが就職した「多国籍企業」がどういう仕事をしているのか興味があり質問したところ、娘さんがその企業の入っているビルが食事場所のすぐ近くにあるので「どういう所で、何をやっているかお見せしましょう」というので、当の娘さんと息子さん、私、MH先生の4人でその企業が入っているビルに行きました。娘さんは、その企業の広報部門に就職したので、色々とその企業が行っていることを説明してくれました。

超高層ビルの上層階に、その企業は入居していました。そこから見る東京の夜景はきれいでした。夜、10時を回った頃だと思います。広いスペースに残って働いている社員が数名いました。彼らは米国本社との各種会議があるので、夜中から朝まで残っているのだそうです。多国籍企業の方は大変だと思いましいた。

残って働いている彼ら数名がいるスペースにはなぜか「超高性能天体望遠鏡」が数台置かれているのに気づきました。米国本社との会議の時間待ちをしている間、高層ビルから星を見ているのだと思ったのです。私は中学生の頃天体望遠鏡で月や星を見ることに熱中していた時期がありましたので、彼らが使っている天体望遠鏡がもの凄い性能を持っていることが直ぐに解りました。ガラス窓越しではその高性能が発揮できないなと思いました。それはともかく、望遠鏡に興味があったので、彼らに性能などを聞いていたら、いつの間にか一緒にいた娘さんがいなくなっていました。

女性が周りにいなくなったら彼らは天体望遠鏡を下に向けました。あれれ?と思ったら、彼らがニヤニヤ笑いながら、これを見てみろと言うので見たら「いけない光景」が見えたのです。このビルから1km位のところに有名ホテルがあります。そのホテルの部屋の中の光景が丸見えなのです。まさか遠くから見られているとは思わず、カーテンを開けたままにしている部屋も多かったのです。「色々な光景」が高性能天体望遠鏡のおかげで見えました。

彼らは天体望遠鏡で「天体」ではなくて「ホテルの部屋」を観察していたのです。これは「犯罪行為」です。かなり、嫌な気持ちになりました。世界でも超一流と言われている企業の連中がこんなくだらないことをしているのにびっくりしました。娘さんが、天体望遠鏡のそばにいなくなった理由がこれだったのです。

今でもあのビルを見るとあるいはあの企業の名前を聞くとあのホテルのことを思い出します。あれ以降、ホテルに泊まる時は絶対にカーテンを閉めています。後年、アメリカ人ジャーナリストのゲイタリーズが「The Voyeur's Motel」という本を出版しました。この本とあの風景がダブりました。

大動脈瘤にならないようにするには

話を戻します。2年近く遷延性意識障害が続いた患者さんですが、意識が回復すること無く、最後は肺炎でお亡くなりなりました。大動脈瘤破裂に脳梗塞が合併すると本当に大変です。大動脈瘤にならないようにすれば良いのですね。
それには

  • 高血圧管理
  • 禁煙
  • 体重管理
  • 糖尿病管理

などが必要です。

なお、最近、遷延性意識障害に対してある種の薬物に劇的効果があることが報告されています。今なら、こういう治療も試したかもしれません(追記2 参照ください)。

追記1:玉と石の見分け方

様々な病気の治療法がたくさんインターネットで見つかります。それが真っ当かどうか、見分け方は簡単です。その治療が査読(peer review)のある雑誌の論文になっているかどうかそれが1番大切です。
論文になっていない治療は、査読に通らなかったか(=同業者に認められない)、そもそも論文にしていない(できない)治療です。
インターネットで様々な診断法、治療法を見つけることができますが、論文になっていない治療は効果が無いと思って間違いありません。

注:Peerとは《仲間、同僚》と言う意味ですがこの場合は同業者でしょう。概ね3名で査読をします。要するに同業のプロが認めない論文は査読を通りません。私も様々な医学雑誌(日米欧)を査読をしたことがあります。査読には時間がかかります。投稿してきた論文に関する文献を集め、掲載に値するかどうかを判断するのです。しかも、ただ働きです。真面目に査読をするのは本当に大変です。

注:上記の様なことをあちこちで言ってたり書いていたら、最近いかがわしい治療がいくつか論文になっているのを発見しました。論文が載っている雑誌が査読の無い聞いたことも無いような医学雑誌でした。そういう雑誌を出版する会社があるのですね。困ったことです。

追記2:遷延性意識障害に対する奇妙な治療

今でも遷延性意識障害に対する良い治療はありませんが、にわかには信じがたいような話が2007年に報じられました。睡眠薬の「ゾルピデム」が遷延性意識障害に著効することがあるのだそうです。

Sleeping Pill Wakes Woman After 2 Years in Coma - Consumer Health News | HealthDay
https://consumer.healthday.com/cognitive-health-information-26/brain-health-news-80/sleeping-pill-wakes-woman-after-2-years-in-coma-602688.html

この記事によると、6年も昏睡状態だった23歳の女性が睡眠薬であるゾルピデム(商品名:マイスリーなど)投与で意識が戻り、歩けるようになったとあります。この治療は南アフリカの看護師さんの発見から始まりました。

交通外傷で脳に重篤な障害が生じ、5年間寝たきりで遷延性意識障害の状態だった南アフリカの24歳の男性が、夜中にマットレスを握りしめているのを見た看護師さんが、苦しそうだから深く眠らせてあげようとゾルピデムを投与したら、なんと投与25分後に座って話せるようになったのだそうです。

睡眠薬は、通常、眠りを誘うお薬です。そういうお薬が意識障害の治療に有用という、にわかには信じがたい話です。それが始まりでゾルピデムを遷延性意識障害の患者さんに投与するという治験が始まりました。治験は続き、肯定的な論文も否定的な論文もあります(文献1-4)。

30数年前、ゾルピデムはありませんでした。今なら、遷延性意識障害となったあの患者さんに投与できるかもしれません。医学の発見は、こういう、思わぬところから起きることがあります。まだこの発見は認められてはいませんが、ある種の遷延性意識障害の患者さんに効果はあるのでしょう。この現象を見逃さなかった看護師さんに敬意を払います。

【参考文献】

  • Brefel-Courbon C, Payoux P, Ory F, et al. Clinical and imaging evidence of zolpidem effect in hypoxic encephalopathy. Ann Neurol. 2007;62:102–105.
  • Clauss R, Nel W. Drug induced arousal from the permanent vegetative state. NeuroRehabilitation. 2006;21:23–28.
  • Clauss RP, Güldenpfennig WM, Nel HW, Sathekge MM, Venkannagari RR. Extraordinary arousal from semi-comatose state on zolpidem. A case report. S Afr Med J. 2000;90:68–72.
  • Thonnard M, et al.Funct Neurol. 2013 Oct-Dec;28(4):259-64.i: 10.11138/FNeur/2013.28.4.259.
    Effect of zolpidem in chronic disorders of consciousness: a prospective open-label study.

望月吉彦先生

望月吉彦先生

所属学会
日本胸部外科学会
日本外科学会
日本循環器学会
日本心臓血管外科学会
出身大学
鳥取大学医学部
経歴
東京慈恵会医科大学・助手(心臓外科学)
獨協医科大学教授(外科学・胸部)
足利赤十字病院 心臓血管外科部長
エミリオ森口クリニック 診療部長
医療法人社団エミリオ森口 理事長
芝浦スリーワンクリニック 院長

医療法人社団エミリオ森口 芝浦スリーワンクリニック
東京都港区芝浦1-3-10 チサンホテル浜松町1階
TEL:03-6779-8181
URL:http://www.emilio-moriguchi.or.jp/

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