望月吉彦先生
更新日:2022/09/12
前回の続きです。
患者さんのBさんが泣いているのに気づき、話を聞いたところ、「B」さんが退院して家に帰った直後、中学生の娘さんが交通事故でお亡くなりになったことを知りました。
この事故当時(200×年)にはすでに危険運転致死傷罪(2001年)が成立していました。2001年以前はこのような法律はなく、飲酒運転をして死亡事故をおこしても、業務上過失致死罪が適用されていましたが、この法律では長くても5年の懲役しか課すことしかできません。
話は少し前にさかのぼります。1999年の東名高速飲酒運転事故、翌2000年の小池大橋飲酒運転事故を契機に飲酒運転による死亡事故に対して「業務上過失致死罪」しか適応できないこと(=最高でも懲役5年)に強い批判が起きました。結果、飲酒運転で死亡事故を起こしたらもっと重罪に処すべきだと言う世論が上がり、それを受けて2001年に「危険運転致死傷罪」が制定されていました。
この「危険運転致死傷罪」の中に次のような条文があります。
(第二条) 下記の行為を行い、よって人を負傷させた者は15年以下の懲役、人を死亡させた者は1年以上の有期懲役。
1.酩酊運転致死傷罪
アルコール(飲酒)又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させる行為
人を死亡させた者は1年以上の有期懲役、人を負傷させた者は15年以下の懲役とあり、何となく死亡させた方が軽いように思えますが、有期刑の最高は20年、つまり1年以上の有期刑というのは最大で20年までは懲役の可能性があるよということです。わかりづらいですね。
飲酒運転で死亡事故のような重大事故をおこすと、2001年からは危険運転致死傷罪が適用されるようになったのです。業務上過失致死罪なら最高でも5年、しかし、危険運転致死傷罪が適用されるなら最高で20年の懲役が課されます。
5年と20年では大違いですが、この法律には「逃げ道」がありました。
私の患者さんの娘さんの交通事故に話を戻します。飲酒運転をしていた「C」は、上記の罪を知ってか知らずか……ひき逃げ現場から逃走します。6時間後に自首したのですが、すでに血中からアルコールは検出されませんでした。アルコールが検出できないなら「危険運転致死傷罪」は適用できません。「C」と一緒に飲酒をしていた方の証言があっても、アルコール濃度を調べられないと「飲酒運転」とは確定できないからです。
「逃げ得」です。
これが「危険運転致死傷罪」からの「逃げ道」でした。一瞬にして娘さんを奪われた家族の方々の怒りはすさまじかったのですが、飲酒運転をしていたことを示す「証拠」はありません。
「C」が起こした事故で亡くなった2人の遺族は危険運転致死罪の適用を求め、9万人余りの署名を地検に提出しました。しかし地検は危険運転致死罪の適用を見送りました。「ひき逃げ現場までは何事もなく運転していて、正常な運転が困難だったとは言えない」という理由でした。
一審では懲役5年6月。検察は上告します。高裁での判決は一審よりかなり重くなりました。東京高裁は懲役5年6月とした1審地裁判決を破棄、懲役7年を言い渡しました。判決理由にSY裁判長の気持ちがこもっています。
SY裁判長は、
「飲酒運転の発覚を恐れ、衝突に気付いたのに逃走したのは人倫にもとる卑劣な行為。やり場のない怒りに震える遺族の処罰感情は軽視できず、1審の量刑は軽すぎて不当だ」と述べています。
こういう「感情を露わにした」判決はあまり聞いたことがありません。遺族の皆さんの「気持ち」が届いたのでしょう。しかし、くどいですが「危険運転致死罪」の適用はできませんでした。現場から逃げてアルコールが抜けてから出頭したからです。
この時点で上述の北海道の交通事故遺族が、この「C」の事件に気づきました。以後、私の患者さんの家族と共に「逃げ得を許さない」法律の改正に向けて行動をはじめました。
冒頭に記した「福岡海の中道大橋飲酒運転事故」には「危険運転致死傷罪」が適用され、20年という長い懲役刑となっています。しかし、一審では「危険運転致死傷罪」が適用されませんでした。それくらい微妙な話です。
北海道江別市の遺族、私の患者さん、福岡海の中道大橋飲酒運転事故の遺族の方々など多くの人々が「逃げ得を許さない法律制定」を訴え続けました。
運動を続けること十数年、遂に2014年5月20日「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」(自動車運転死傷処罰法)が施行されます。 この法律は「自動車運転過失致死傷罪」と「危険運転致死傷罪」の内容に変更を加え、独立の法律として定められました。社会が動いたのです。素晴らしいことです。
自動車運転死傷処罰法に加えられた新たな規定の中に、「過失運転致死傷アルコール等影響発覚免脱罪」(発覚免脱罪)というものがあります。
発覚免脱罪とは、飲酒や薬物の影響で正常な運転ができないような状況で、自動車事故を起こして人を死傷させた場合、「飲酒等が発覚しないようにする目的で、その場から離れる」といったように飲酒等の発覚を免れる行為をしたケースを処罰するものです。
この法律の制定により「逃げ得」は許されなくなりました。飲酒運転などしない方には関係ないと思われるかも知れません、しかしこの法律が罰するのは飲酒だけではありません。
運転をする際には服用を禁止されている薬物も入っています。薬物の中には睡眠薬、向精神薬はもちろん、花粉症の方によく使われる「抗ヒスタミン薬」も含まれます。お薬の本を読めば「運転は禁」と書いてあるお薬があります。それがこの法律の規定に該当する「薬物」です。
身近なお薬、例えば風邪薬にも「運転は禁」と記されているモノが多いのです。ぜひ、1度ご自分の服用しているお薬が「運転禁止薬物」に該当していないか、見直してみてください。
長い年月がかかって、現在の法律ができあがっています。まとめます。
以上のような努力が実って飲酒運転による死亡事故件数は減少していますが、ゼロにはなっていません。飲酒運転は根絶すべきです。
参考:飲酒運転による死亡事故件数の推移(警察庁ウェブサイト)
「飲んだら乗るな 乗るなら飲むな」
「逃げるは負け」
です。
飲酒運転には2種類あります。「酔いの程度」で分類されます。
1. 酒気帯び運転
呼気(吐き出す息のこと)1リットル中のアルコール濃度が0.15mg以上検出された状態での運転
2. 酒酔い運転
アルコールの影響により車両等の正常な運転ができない状態での運転→呼気中のアルコール濃度とは関係がありません。お酒に弱ければアルコール濃度が0.15 mg以下でも酒酔い運転と判断されます。
飲酒運転をした際の罰則規定
「車両等を運転した者」が
1.酒酔い運転をした場合
5年以下の懲役又は100万円以下の罰金
2.酒気帯び運転をした場合
3年以下の懲役又は50万円以下の罰金
「車両等を提供した者」
1.(運転者が)酒酔い運転をした場合
5年以下の懲役又は100万円以下の罰金
2.(運転者が)酒気帯び運転をした場合
3年以下の懲役又は50万円以下の罰金
「酒類を提供した者又は同乗した者」
1.(運転者が)酒酔い運転をした場合
3年以下の懲役又は50万円以下の罰金
2.(運転者が)酒気帯び運転をした場合
2年以下の懲役又は30万円以下の罰金
法律は基本「元号」を用いています。正式な医療文書(公的診断書など)も同様で「元号記載」が基本。現在、大正、昭和、平成、令和が入り乱れています。元号では何年前に病気になったのか? すっと頭に入りません。西暦に統一すべきです。
公的文書の押印廃止で山梨県の印鑑業者は困っています。全国の印鑑の6割を山梨で作っているからです。デジタル化を進めるなら押印廃止よりも公式文書からの元号廃止が先だと思います。なお本文では西暦に統一しています。これを和暦で書いたら、恐らくかなり、時系列がわかりづらい文章になったと思います。
望月吉彦先生
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