疾患・特集

158:医業をなしていると色々とある。。。(望月吉彦先生) - ドクターズコラム

大人の健康情報

望月吉彦先生

更新日:2022/03/28

女の人に殴られたり蹴られたあの日。。

※注意:手術の写真が1ヵ所出てきます。血が苦手な方はお気をつけください。

最近、医師が患者さんに殺される事件が2件起きました。大阪の放火事件と埼玉の猟銃射殺事件です。大阪の放火事件では医師だけでなく多くの患者さんもお亡くなりになりました。お亡くなりになられた多くの方々のご冥福を心からお祈りいたします。これらの事件があり以前私もヒヤッとした事を思い出しました。

ある種の病気は、季節により、発病率が違います。
例えば心臓病や血管の病気の発症率が高いのは、

  • 寒い季節
  • 季節の変わり目
  • 梅雨時

です。梅雨時は湿度に加えて、気温の変化が激しいのがその原因でしょう。
梅雨時は「心」にも影響を及ぼします。以前から悲惨な「無差別殺傷事件」「通り魔事件」は梅雨時から暑い時期にかけて多いと思っています。きちんとした統計資料はありません。いくつか例示しましょう。

深川通り魔殺人事件(1981年 6月17日)
池田小学校事件(2001年6月8日)
秋葉原連続通り魔事件(2008年6月8日)
心斎橋通り魔事件(2012年 6月10日)
マツダ本社工場連続殺傷事件(2010年 6月22日)
八王子通り魔事件(2008年 7月22日)
新幹線殺傷事件(2018年6月9日)
川崎市登戸通り魔事件(2019年5月28日)
京都アニメーション放火殺人事件(2019年7月18日)
歌舞伎町ビル火災(2001年9月1日)
新宿西口バス放火事件(1980年8月19日)
全日空61便ハイジャック事件(1999年7月23日)
池袋通り魔殺人事件(1999年9月8日)
下関通り魔殺人事件(1999年9月29日)

5月末-7月末―――夏に多いような気がします。こういう無差別殺傷事件の季節性が解る統計資料があれば良いのですが、調べた範囲ではありませんでした。こういうところにもっと目を向けるべきだと思っています。
もちろん例外はあります。

土浦連続殺傷事件(2008年3月19日、同23日)
北新地ビル放火(2021年12月17日)
ふじみ野市の訪問医療医師射殺事件(2022年1月28日)

皆さんは「刑法39条問題」をご存じでしょうか?

刑法第39条

  • 心神喪失者の行為は、罰しない
  • 心神耗弱者(しんしんこうじゃくしゃ)の行為は、その刑を減軽する

心神喪失、心神耗弱とはどういう状態でしょう。大辞泉から引いてみましょう。他の辞書も大同小異です。

  • 心神喪失:精神障害などによって自分の行為の結果について判断する能力を全く欠いている状態。刑法上は処罰されない(大辞泉)。
  • 心神耗弱:心神喪失には至らないが、精神機能の障害により行為の是非を判断する能力や行動を制御する能力がいちじるしく減弱した状態。刑法上は刑が減軽される(大辞泉)。

要するに、心神喪失状態あるいは心神耗弱なら、その者が犯した犯罪は「無罪になる」か「刑が減軽される」のです。心神喪失あるいは心神耗弱に陥っていたかどうかの判定は精神科医が行います。いわゆる「精神鑑定」です。殺傷沙汰があっても「実名」が報道されなくなる場合があります。そのような時は心神喪失や心神耗弱が疑われ「精神鑑定」の対象となっていると考えて間違いがありません。

この精神鑑定の対象になるのは「精神障害者、泥酔状態者・薬物乱用者」です。精神障害者はともかく、泥酔状態、薬物乱用者がこの対象になるのはちょっと納得がいかないですね。心神喪失か心神耗弱かを判断するのは精神鑑定を担当する医師です。つまり、精神鑑定を行う医師によって「罪」が決められると言っても過言ではありません。殺傷事件時に「心身が喪失または耗弱していて善悪の判断ができなかっただろう」と診断されたら殺人を犯しても「無罪」になります。「無罪」になっても、実際にはそういう方を専門に診療する病院に入院することになり、治療も受けられます。
しかし入院の期限は不定です。その先が「闇」になっていて、殺人を犯した方でも「治った」と判断されれば、病院を出て普通に生活ができるようになります。この辺りの実態は全く不明です(参考文献2)。入院した後は「個人情報保護」の厚い壁があり、わからなくなるのです。「罪を憎んで、人を憎まず」といいますが、実際に身内や友人が殺されたら、そんな気持ちにはなれないでしょう。刑法第三十九条に関しては、様々な人々(主に肉親が殺された人)によって、問題が提起されています。様々な本も出版されています。この条文を廃止せよという議論もあるし、残せという反論もあります。

これを題材にした映画もあります。

この映画を見ると刑法第三十九条が抱えている問題がよくわかります。

「無差別殺傷事件」には「薬」の問題がつきまといます。ある種のお薬に関する問題です。ある種の抗うつ薬は脳を賦活させます。うつ状態が良くなります。しかし、副作用もあります。そのような抗うつ薬投与の副作用のために、

  • 不眠
  • 軽躁状態
  • 焦燥
  • 不安
  • 易刺激性
  • 攻撃性増加

などの状態に陥ることがあるのです。これを「賦活症候群(Activation Syndrome:アクチベーション・シンドローム)」とも言います。 逆にその抗うつ薬を止めると、止めたことにより、

  • 不眠
  • 幻覚
  • 不安
  • 立ちくらみ
  • めまい
  • 攻撃性増加
  • "脳への衝撃"感覚

などの症状が現れることがあります。それを「中止後症状」「中止後症候群」と言います。飲んでいても飲むのを止めても「攻撃性増加」があります。
もちろん、どちらの副作用も《必ず出る》訳ではありません。しかし、(1)飲み始めた時にも(2)減量や休薬をする時にも注意が必要な「お薬」なのです。ある精神科医は「無差別殺傷事件」を起こした犯人は全員ある種の「抗うつ薬」を服用していたか服薬歴があったと記し「無差別殺傷事件」これらの抗うつ薬の副作用が原因だと記し、このような薬の投与、中止には慎重が上にも慎重な観察が必要だとしています(「死刑になって死にたいから、殺す」拡大自殺の実行者と車を暴走させる高齢者…その背景にある恐るべき真実 薬物の副作用で人はおかしくなる PRESIDENT Online、参考文献3、4、5など)。

しかしその「投薬開始、投薬中止」に繊細な注意が必要な「抗うつ薬」ですが、「慢性腰痛症」「糖尿病性神経障害に伴う疼痛」「線維筋痛症に伴う疼痛」にも投与されています。

さて、なんで私がこんなことに首を突っ込んでいるかと不思議に思うかも知れません。私もある時まで、このような「抗うつ薬」のことは全く存じ上げていませんでした。心神喪失とか心神耗弱という言葉も知っていましたが、あまり興味がありませんでした。しかし、ある出来事を契機にこのようなことについて、かなり詳しく勉強しました。その出来事を紹介しましょう。

某月某日某病院での外来での話です。梅雨時でした。いつものように外来診療を行っていました。午前の診療が終了し、ほっとしていた時です。ある女性がノックもしないで外来のドアを開けて入ってきました。

「どうしました?」と問う間もなく、いきなり私の頬を平手打ちしたのです。そして私に向かって、

「お前に傷つけられた!」 「一生消えない傷を付けられた!」

と大声で怒鳴りながら、今度はゲンコツで私の顔に殴りかかってきました。次には足で思いっきり私の体全体を蹴り上げました。私には何が何やら解りません。体中のあちこちが痛くてたまりません。女性の暴力とはいえ、力任せです。殴っている方も痛いだろうと、殴られつつ、思っていたのですが、容赦がありません。

何だか全く解らないので殴り返すわけにもいかず、ただ呆然と防御していました。看護師さんは私の横で、もっと呆然としています。私は看護師さんに「何だか解らないけれど警備の人を呼んでくれ」と頼みました。最初は「痴話喧嘩」だと思っていた看護師さんも、あまりにも変なので直ちに警備員に連絡をしてくれました。

警備の人が駆けつけてくれましたが、女性は大暴れしているので簡単には押さえつけることはできませんでした。3人がかりでようやく押さえつけてくれて、暴力は振るえないようになりました。女性は大声で「お前(つまり筆者)に傷つけられた」と騒いでいます。明らかに異常です。話が通じません。

精神科の先生に連絡をとり、診てもらったら、「なんらかの精神疾患で興奮状態になっている」のだろうという話になり、患者さんに鎮静剤を注射してくれました。沈静後に所持品から氏名がわかり精神科に通院歴があることが解りました。しかし、ここ数年、受診しなくなり精神科での治療が中断していた患者さんでした。

私はこの女性の名前を見て直ぐにこの女性は私が、10数年前に、手術した患者さんであることを思い出しました。特殊な心臓疾患あり、症例報告の論文を書いたので覚えていたのです。しかし私が最後にこの方を診察したのは10年以上も前です。手術をしたとき彼女はまだ中学生でした。顔は記憶にありませんでした。

この方の心臓病は特殊でした。自分で心臓に針を刺したのです。それも一度ならず、二度も刺したのです。自分で心臓に針なんて普通は刺せないですね。 この方は、最初は縫い物をしていて、気づいたら針が無くなっていて、胸が痛いので近所の先生にレントゲンを撮ってもらったら縫い針が心臓に刺さっていると診断されて、私が働いていた病院に搬送されてきました。

図1
図1:矢印が針です。
直ちに心臓に刺さっていると思われる針を抜くために開胸しました。

図2
図2:心臓に「裁縫用の縫い針」が刺さっていました。
出血しないようにその周囲に糸をかけて、そっと、抜きました。

図3
図3:心臓に刺さっていた針です。縫い針でした。

なぜ刺さったのか不思議でした。「縫い物をしていて眠ってしまった。目が覚めたら胸が痛くて仕方なかった」とのことでした。いずれにせよ、何事もなく退院していきました。

最初の手術から数ヵ月が経ち、また、この方が病院に搬送されてきました。縫い針が再度胸に入ってしまったのだそうです。 その時のレントゲンが図4です。

図4
図4

写真左側が来院時のレントゲンです。どうやら針の様なモノが胸部の皮下に5本見えます。しかし、どの針も心臓には達していません。これなら簡単な手術でとれそうです。この辺りから「変だ」と思い始めていました。

こんなに何本も何回も縫い針が「間違って入る」ことは考えられません。「自分で刺した」のだろうと思い至りました。患者さんの話はとんちんかんでした。親御さんも、何が起きているのか解らず、戸惑っていました。手術を開始するべく、準備を始めていた時です。患者さんはトイレに行きました。そのまま帰ってきません。看護師さんにトイレを見てきてもらったら「どこにもいません」ということでした。それから病院中を大捜索しました。数時間探しても見つからず、事故があっては困るので警察の方にも来ていただき、さらに捜索を続けたところようやく、かなり病院とは別棟にある事務室のトイレに隠れていた患者さんを見つけました。

患者さんの話は支離滅裂でした。スタッフはもちろん私も捜索でかなり疲れていたのですが、手術準備を再開しました。その時、何となくいやな感じがしたので、もう一度レントゲンを撮影したら、胸に刺さっている針が1本増えていました(図4 右側)。なんということでしょう、しかも増えた針は心臓に刺さっています! 仕方なく、全身麻酔をして開胸しました。

しかし、心臓表面に針は見当たりません。手術室でレントゲンを使った透視を行ったところ、心臓内に入っていることが解りました。動いている心臓から針を抜くのは危険です。心臓を傷つけ、大出血する可能性があります。少し大がかりになりますが、人工心肺を装着して、心臓を止めて針を探して針を抜去しました。

図5
図5:刺さっていた針です。注射針以外は裁縫針です。

白い矢印で示しているのが心臓内に刺さっていた針です。病院内を逃走中にどこからか注射針を手に入れて自分で胸に刺していたのですね。

文献を調べて見ると10数例の「心臓伏針」の症例報告がありました。しかし2回も刺したのは私の症例が初めてでした。学会で発表もして、論文にもしました。

この方は「尖ったモノ」が好きで病院に入院中もずっと避雷針を見つめていました。胸の傷が治る前に精神科の病棟に移りました。その後無事元気に退院してその後は接点がありませんでした。それから10数年が経ち、なぜか執刀医だった私のことを思い出し「キズをつけた」私を殴りつけに来たのです。怖い話です。刃物で襲われたら、どうしようも無かったでしょう。この時に、この事例を傷害事件として届け出るかどうか問題になり、初めて「心神喪失」「心神耗弱」について勉強しました。

今でも、この出来事を思い出すと、ぞっとします。それにしても、殴られた後、とても痛かったです。

【参考文献】

  • 精神障害により繰り返された心臓伏針の1例
    望月吉彦et al. :The Japanese journal of thoracic and cardiovascular surgery 46(5), 473-477, 1998
  • そして殺人者は野に放たれる (新潮文庫)2006/10/30日垣 隆 著
    心神喪失と判定され「無罪」となった方のその後を追った本です。かなり苦労して、本来なら探せない「無罪となった」方から話を聞いています。読んでいると暗澹としてきます。この本だけを読むと「殺しても無罪」というかなり特殊な事がまかり通る法律を変えた方が良いと思うようになりましたが、なかなか難しい問題です。
  • 「治す! うつ病、最新治療 ──薬づけからの脱却」(リーダーズノート編著)
  • SSRI Stories
    https://ssristories.org
    SSRIという抗うつ薬にまつわる世界中のニュース、論文が集まっています(2022-03-27 確認済み)。
  • Hundred Families
    https://www.hundredfamilies.org/
    英国での精神疾患者による犯罪被害者の遺族(主に殺人)が開設しているサイトです。
    どこの国でも、こういう場合、どのように対処すべきなのか議論は尽きないと思います。

追記:

医療関係者が「⼼神喪失者」「⼼神耗弱者」に殺されることが時々、報道されます。実は結構そういうことがあり、いつも⾦属バットを外来の机の下に置いている先⽣もいました。随分前になりますが、同じ病院に勤めていた先⽣は、通勤途中、患者さんに背後から拳銃で撃たれてお亡くなりになりました。怖いことです。

余話:星野仙一監督の思い出

「殴る」「蹴る」で有名なのは野球の故星野仙一監督です。その星野監督1996年、インターネット黎明期に「HOSHINO★EXPRESS」という名前で自分のホームページを作っていました。人気があり、1日6万件のアクセスがあると報じられていました。普通の電話回線でモデムを使っていた頃の話です。
その「HOSHINO★EXPRESS」中には読者から様々な話題を取り上げてコメントするコーナーがありました。そこで駄目元と思い私も「星野監督は鉄拳制裁で有名ですが、選手は萎縮しないでしょうか?」と質問をしてみました。答えが返ってくるとは思わなかったのですが、なんと即刻返事が載りました。
星野監督:「プロ野球選手は、鉄拳制裁程度では萎縮しない。萎縮してプレーが出来無くなるような奴は駄目な選手だ。」とありました(笑)。予想通りでした。
現在も一部記録が残っています。
https://web.archive.org/web/20000229123902/http://www.hoshino.ntc.ne.jp/qa.html

望月吉彦先生

望月吉彦先生

所属学会
日本胸部外科学会
日本外科学会
日本循環器学会
日本心臓血管外科学会
出身大学
鳥取大学医学部
経歴
東京慈恵会医科大学・助手(心臓外科学)
獨協医科大学教授(外科学・胸部)
足利赤十字病院 心臓血管外科部長
エミリオ森口クリニック 診療部長
医療法人社団エミリオ森口 理事長
芝浦スリーワンクリニック 院長

医療法人社団エミリオ森口 芝浦スリーワンクリニック
東京都港区芝浦1-3-10 チサンホテル浜松町1階
TEL:03-6779-8181
URL:http://www.emilio-moriguchi.or.jp/

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