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152:甲府駅は「かふふ驛」と書かれていたのか?(1)(望月吉彦先生) - ドクターズコラム

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望月吉彦先生

更新日:2021/10/25

表題のごとく今回は医学と関係ないことを記しますが、医学にも関係する「調べる」ことの大切について考えていただいたら幸いです。何事かを伝えようとする時「調べる」ことはとても重要です。
何かを論ずる時「という」「と言われている」という文章を良く目にしますが、こういう場合は根拠が不明なことがほとんどです。根拠不明な文章を読んだり論じたりするのは時間の無駄です。
先日、世評の高い歴史に関する本を読み始めました。あまり耳にしたことが無い話が満載です。「おお!」と思ったのですが目新しいと著者がいうことのほとんどに「という」「と言われている」と記されています。その根拠は一切書かれていませんでした。途中で読むのを止めました。時間の無駄です。

本論に入る前に少々余計な話を書きますが、この部分は読み飛ばしていただいても構いません。

富士山に登った時に撮影した「雲海に映る影富士+虹」

今夏も天候不順が続きました。急に暑くなったり涼しくなったりと変な天気でした。8月にはなぜか毎週末に雨が降り、夏休みの観光客を当て込んでいた観光地はコロナ禍に加えて「泣き面に蜂」状態だと報道されていました。昨年はコロナ禍で登山禁止だった富士山も今年は登れるようになりましたが、8月は週末毎に雨が降ったため、登山客は例年の4割程度だったそうです(参考:「富士山登山者、山梨県側は一昨年から6割程度減少」YAMAKEI ONLINE)。

写真:雲海に映る影富士+虹
写真:雲海に映る影富士+虹

私は時々富士山に登ります。この写真はコロナ出現前の2019年に富士山に登った時に撮影した「雲海に映る影富士+虹」です。とても珍しい光景です。影富士は珍しくないですが「雲海に現れる虹」は見たことがありませんでした。写真を撮った時は7合目の山小屋にいたのですが、その小屋の主人も見たことがないと言っていました。頂上右側の虹がお分かりになりますでしょうか? 虹の下では雨が降っているのでしょうか? 富士登山をすると、毎回ではありませんが、時にかなり美しい風景を見ることができます。

富士山は山梨県と静岡県にまたがってそびえ立っています。
富士山は山梨から見た方がきれいだと山梨の方は言います。富士五湖から一気に山がそびえ立つ様は豪快で山梨側から見た方がきれいだと言います。
一方、静岡の方は静岡から見た方がきれいだと言います。駿河湾から富士山頂までの姿は優雅に見えるので静岡から見た方がきれいだと言います。
さて、どちらがきれいでしょうか? 答えは? 最後に記しました。冗談がわかる人だけ最後を読んでください。

余談終了です。

「かふふ驛」という看板があった?

ここからが本題です。
その富士山が見える郷里の甲府に帰った時、甲府駅にこのような掲示があることに気づきました(下の写真参照 点線は筆者)。
甲府駅は「かふふえき」として親しまれたとあります。

写真:「かふふえき」として親しまれていました。
写真:「かふふえき」として親しまれていました。

この看板を見れば「かふふ驛」という看板があったと誤解されかねません。これは「間違い」だと思いました。間違いとは穏やかでは無いと思うかも知れません。その辺りを考察したいと思います。
この看板の横には鐘が掲示してあり、そこにも穏やかならざることが書いてあります。

写真:かふふ来の鐘1 写真:かふふ来の鐘2

この鐘は「かふふ来の鐘」とあり、「かふふ来」=「幸福」と書いてあります。
本当でしょうか? 答えはこのシリーズの最後に記します。

話を戻します。以前、蝶々の話を紹介した際、「春」と題する安西冬衛の作品を紹介しました。

てふてふが一匹 韃靼海峡を渡つて行つた。

この安西冬衛の詩が、ある大学の入学試験に出題され、その試験問題が厳しく批判されていることに気づきました。「桜もさようならも日本語」丸谷才一著(新潮文庫)頁237-238で厳しく批判されています。問題を紹介しましょう。

問題:次の詩は「春」と題する安西冬衛の作品である。
この詩の表記法としてふさわしいものを次の中より一つ選べ。

  • ① 蝶蝶が一匹韃靼海峡を渡つて行つた
  • ② 蝶蝶が一ぴきダッタン海峡を渡って行った
  • ③ ちょうちょうが一ぴきダッタン海峡を渡って行った
  • ④ ちょうちょうが一匹韃靼海峡を渡って行った
  • ⑤ てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた
  • ⑥ てふてふが一ぴきダッタン海峡を渡つて行つた

みなさん、正解が解りますか?本当の事を言うと正解は「無い」のです。問題文が間違っているのです。この詩は昭和4年(1929年)の詩集「軍艦茉莉」に載っている詩歌です。図書館で確認しましたが安西冬衛はこの「てふてふ」の詩の最後に「。」を打っています。どうやら「。」に拘りがありそうです。入試問題には「。」が打ってある設問がありません。ゆえに、この問題には「正解がない」と言っても過言では無いでしょう。
「。」なんかどうでも良いかも知れませんが「モーニング娘。」というグループは「。」を付して「。」に意味を持たせていました。この入試問題は、つまり、雑な出題ですね。
話を戻します。この問題には「詩の表記法としてふさわしいもの」を選べとあります。「ふさわしい」と思うのは作者の感覚を知らないとわからないですね。それは無理な話です。
つまり「この問題を解くにはこの歌を知っていない」とできないということになります。入学試験のためにこのような歌まで知っている必要があるでしょうか?
以下、丸谷才一の批判です。上掲書、頁228からの引用です。一部省略しています。匿名にしてある部分もあります。

----引用開始------
安西の詩《春》は現代日本の一行詩のなかで最も高名なもののひとつである。しかしその文字づかひをそつくり覚える事にどういふ意味があるのか、わたしにはわからない。中略。漢字と平仮名、片仮名を混ぜて書くのは日本文の表記の基本だから、その使い分けは大事な心得だ。しかしその使い分けはこの場合安西の感覚と個性と気まぐれに大きくよりかかってゐる。私にはこの感覚と個性と気まぐれが現代日本文明にとってさほど重大な意義を持つとは思へない。 歴史的仮名遣ひと新仮名との区別が日本文化の大問題あることは言ふまでもないが、しかし安西がある詩をどの仮名づかひで書いたかは、入試問題で問ふべきことではなからう。某大学(実名で書いてあるが伏せます)のこの問題は入試問題ではない。アテモノでありクイズである。マークシート方式向きの便宜主義と浅薄な文藝趣味が合体したとき、かういふ愚劣きはまる出題がなされるのだらう。
----引用終了------

安西冬衛の原詩を知らないと正解はできません。この詩は昭和4年(1929)に発表されています。昭和4年頃は文章の表記に歴史的仮名遣いが使われていたことを知っていれば、①~④は間違いであることが解ります。
①~④は「渡って行った」とあり、⑤⑥は「渡つて行つた」とあります。
「つ」が大文字で表記されているので歴史的仮名遣いが使われていることがわかります。ここが解れば正解確率は1/2になります。正解は⑤です。
原詩を再掲します。

てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた

「蝶々」だろうが「ちょうちょう」だろうが「てふてふ」だろうが「韃靼海峡」だろうが「ダッタン海峡」だろうが、どうでも良いことだと私も思います。安西が気まぐれに使った(かもしれない)仮名遣いが後に受験生を苦しめているのです。泉下の安西も嘆いているでしょう。
ちなみに丸谷才一は歴史的仮名遣いを使って小説、評論を書いています。上述の丸谷の文章も歴史的仮名遣いに沿って書かれています。
「文字づかひ」「かういふ」「問ふべき」「よりかかってゐる」「言ふまでもない」すべて歴史的仮名遣いです。

歴史的仮名遣いとは何でしょうか?
簡単言うと、平安時代から使われてきた仮名遣いです。次回に続きます。

余談:「富士山がどちらから見た方がきれいか?」

どうでもいい話です。きれいさの指標はありません。山梨県(=甲斐(かい)の国)から見た方がきれいか、静岡県(=駿河(するが)の国)から見た方がきれいかと言う議論自体不毛です。
江戸時代の狂歌師太田蜀山人は戯れ歌でこの論争に結論を下しました。もちろん冗談です。どちらがきれいか、江戸時代からあったのでしょう。恐らくそういう議論を苦々しく思っていた蜀山人はそれに関する戯れ歌を作ります。引用します。上手いですね。
「娘子の 裾をめくれば 富士の山 甲斐で見るより 駿河一番」
解る人にはわかる歌です。こういうひねりは面白いですね。意味がわからない方は問い合わせください。
2021年8月29日、富士山の西側を南北に走る中部横断自動車道の山梨―静岡間が全線開通しました。中央自動車道と東名高速道路とが高速道路でつながったのです。山梨県知事は『甲斐国(かいのくに)が「開」の国に』なったと述べています。海無し県の山梨が高速道路で海のある静岡までつながったことを「開かれた」と表現したのでしょう。
これを読んで開高健が中国に行った時のことを思い出しました。彼の国で「開」は本名ですか?ペンネームですか?と何回か聞かれたそうです。これ以上は野暮です。止めます。

望月吉彦先生

望月吉彦先生

所属学会
日本胸部外科学会
日本外科学会
日本循環器学会
日本心臓血管外科学会
出身大学
鳥取大学医学部
経歴
東京慈恵会医科大学・助手(心臓外科学)
獨協医科大学教授(外科学・胸部)
足利赤十字病院 心臓血管外科部長
エミリオ森口クリニック 診療部長
医療法人社団エミリオ森口 理事長
芝浦スリーワンクリニック 院長

医療法人社団エミリオ森口 芝浦スリーワンクリニック
東京都港区芝浦1-3-10 チサンホテル浜松町1階
TEL:03-6779-8181
URL:http://www.emilio-moriguchi.or.jp/

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