望月吉彦先生
更新日:2021/08/23
やや旧聞に属しますが故大橋巨泉氏が経営していたカナダの土産物店に関する報道がありました。新型コロナウイルス感染症の影響で閉店(2020年6月)を余儀なくされたとの報道でした。この記事を読んでさまざまなことを思い出しました。
皆さんは、小佐野賢治という名前を聞いたことがあるでしょうか?故田中角栄元首相の「刎頸の友」と言われ「政商」と言われ、ロッキード事件で国会に呼ばれた際に「記憶にございません」を連発したことで記憶に残っている方も多いと思います。後に偽証罪で有罪となっています。一時、極悪人のような報道をされていました。
表題と関係無いと思われるかも知れませんが、しばし、お付き合いください。
丸谷才一に小佐野賢治氏を好意的に表した随筆があります。
「小佐野さんのムームー」
というタイトルです。タイトルが上手いですね。読もうという気になります。丸谷がこの随筆を書いた当時小佐野賢治氏はマスコミに糾弾されていました。そういう時期に小佐野さんの擁護論を書いています。擁護論の要旨を挙げます。
要旨1:そもそも(小佐野賢治氏のような)商人は、だいたいあくどいことをして金を儲けるものである。会社はなんのためにあるのか、買いたたく、出し抜く、買い占める、賄賂を送る、そういうことをするに当たって「会社のためだ」と自分に言い聞かせて良心を麻痺させるために存在する。小佐野さんはそれを多少派手にやっただけだ。
要旨2:小佐野さんに私(丸谷)が好感を持つのは倫理道徳を説かないことだ。偉くなると「倫理道徳」を説くようになるが、小佐野さんは、一切そういうことをしない。それだけで尊敬したくなる。
そして多分、次の要旨が一番「効いている」のではと思います(笑)。
要旨3:そういう風に小佐野さんに好感を持っていると思っていたら、実は、私(丸谷)は若い頃の小佐野さんに会っていたことを思い出した。サンフランシスコで紀伊国屋書店が開店された際、記念講演に呼ばれ、帰り道ハワイに寄った。紀伊国屋書店創業者の田辺茂一氏や同氏が引き連れてきた銀座のお姐さん達と一緒だったその時、ハワイにホテルをたくさん建てているという「ホテル王」に紹介された。そのホテル王に、すでにあるホテルや建築中のホテルを紹介された。
その時そのホテル王が
「買い物をするなら、私のホテルでしてください。買ってくれるなら割り引きます。1時間後に来ますのでそれまでに買う物を選んでおいてください」
と言ったので銀座のママさん達は随分と広い店内を走り回り、お土産物、特にムームーなどを大量に選び、丸谷はお土産に3着だけムームーを選んだ。1時間後、銘々が商品を選び終わったところで件のホテル王が来た。どれくらい割り引いてくれるかと思ったら、そのホテル王は
「お金はいりません。全部差し上げます」
と言って代金を取らなかった。最初から全部タダと言ってくれればもっとたくさん選んだのにと銀座のママさんが嘆いていた。
後に、この時のホテル王が小佐野賢治氏だとわかった。だからか私(丸谷)は小佐野さんを褒めたくなる。
そういうのが3番目の要旨です。多分、一緒に行った田辺茂一氏、銀座のお姐さん達も小佐野賢治の悪口は言わないだろうし、心密かに応援したと思います。それが小佐野賢治流の「商才」だと丸谷才一が書いています。
3番目が一番「効いている」ような気がするなあと思っていたら、私もナイアガラの滝で同様な経験をしたことを思い出しました。
以前、アメリカのミシガン大学で「ISHR World Congress」(国際心臓研究学会International Society for Heart Research)という心臓病の学会が開かれました。私はこの学会で初めて英語で発表を行いました。細かい質問をされて冷や汗をかきました。
話は逸れます。この時、ニーリー先生(James R. Neely :1935-1988)の追悼の会が行われました。ニーリー先生はラットの心臓の潅流モデル(working heart model、通称:Neely model ニーリーモデル)を考案し,この潅流モデルは世界中で心筋代謝の研究に使われていました。私もこのニーリーモデルを用いた実験で学位をとりました。
ミシガン大学で行われたニーリー先生追悼会で追悼演説を行ったのはロンドンにある、セントトーマス病院(St Thomas’ Hospital)のハース先生(David J Hearse)でした。ハース先生は、ニーリーモデルを用いた実験で心臓手術時の心筋保護液を考案したことで有名な先生でした。この心筋保護液は「セントトーマス液」として世界中で使われました。市販されるようになり私も使っていました。セントトーマス液を用いて心筋保護を行うと心臓を3時間程度止めても心臓が痛みません。良い心筋保護液です。
それはともかくそのニーリー先生は52歳で亡くなっています。若いですね。心筋梗塞の発作でお亡くなりになっています。まさかそんなに早く「死ぬ」とは思わなかったのでしょう。ニーリー先生はご自身とご自身の考案した実験モデルと一緒に撮影したことが無かった(らしい)のです。
ところが、私はまさに「ニーリーモデルとニーリー先生が一緒に写っている写真」を所持していました。ニーリー先生はお亡くなりになる前年に来日、東京慈恵会医科大学で講演をなさり、ニーリーモデルを使った実験をしていた私たちの実験室にもいらっしゃったのです。その時に、私はニーリー先生に、先生が考案した実験モデルの横に立って頂き、写真を撮っていたのです。そういう写真があるという話をしたら、なんとアメリカで発刊された本「Diabetic heart」に私が撮影した写真が使われることになりました。
写真1:「Diabetic heart」
写真2:「Diabetic heart」に載っている「ニーリー先生が先生の考案した実験モデルの横に立っている写真」
写真3:ニーリー先生と一緒に撮影した若かりし頃の私、同僚、指導医の先生の写真です。
左から、MH先生、ST先生、Neely先生、私) この時に撮影した写真(黄色点線で示す)が「Diabetic heart」に載っています(写真2)。
話を戻します。そのミシガン大学での学会が終わり、ナイアガラの滝を見に行きました。ナイアガラの滝はカナダ、アメリカの国境にあります。遊覧線に乗ると滝のかなり近くまで近づくことができます。壮大な風景でした。遊覧船を下りると辺りは滝しぶきで良く周りが見えません。そこに
Cataract!
と書かれた看板がありました。Cataractは医療用語で「白内障」だと思っていました。後で調べたら、Cataractは「瀑布(ばくふ)、大滝」の意味が本来で転じて「白内障」という病名にも使われているのだと解りました。白内障が進むと滝の前にいるような感じにしか見えなくなるからでしょう。
ナイアガラの滝観光を終えてお土産を買おうと何件かお土産屋さんを探していたら大橋巨泉の店「OKギフトショップ」が目に入りました。このお店では日本語で買い物ができ、日本円も使えると書いてあり、それならと思い店内に入りました。定番のカナダ土産、メイプルシロップや絵はがきなどを選んでいたら中年の女性店員さんが私のところに来て、
「何かお探しですか? お手伝いします」
「どこから来たのですか?」
「観光ですか?」
などと、話しかけてきました。私が、心臓病の学会でミシガン大学に来たこと、学会が終わったのでナイアガラ観光に来ていることを話したら、「お客さんは心臓の先生なのですね。時間があるなら、私たちの心臓病の相談にのってください」と言って、もう一人女性の従業員を連れてきました。
連れてきた女性は胸痛があり、狭心症を疑われているそうです。ニトロの舌下錠を持っていました。この方の胸痛は狭心症の典型的な症状ではありませんでした。胸がチクチクと痛む程度だそうです。色々と伺ったら、高血圧は無い、高脂血症はない、糖尿病はない、喫煙はしない、太ってもいません。ニトロを舌下したことがあるけれど効かなかったと言っていました。胸痛は運動や睡眠とは関係無い、長くても数十秒しか続かないというような病状でした。この病状から察するに、多分「狭心症」では無いだろうと思い、そのように伝えました。ただし、5分以上胸痛が続くなら、ニトロを舌下した方が良いだろう、そしてニトロが効くなら、その旨をきちんと主治医に伝えた方が良い。できたら、症状が生じた時刻や持続時間をメモして、担当医に渡したら良いと言うような話をしました。
もうお一方は、不整脈を指摘されているとのことでした。数ヵ月に一度、短時間、動悸がするそうです。詳細はよくわからなかったのですが、
「自分で出来る脈の取り方」
「脈の数え方」
を教えて差し上げました。
一日一回、自分で脈を取る習慣をつけると、動悸を感じた時にその動悸の原因が不整脈か不整脈でないかが解る。不整脈では無いなら「脈が早いだけ」でしょうというようなことをお二人に話しました。10-15分くらいお二人と話をしたと思います。それから買物に戻りお土産物をあれこれ選んでレジに持っていきました。全部で200ドル程度でした。支払おうと思ったら、先ほどの女性店員が来て、
というようなやりとりがあり、結局、代金は受け取ってもらえませんでした。大橋巨泉の名前を聞くと、この話を思い出します。
丸谷才一の「小佐野さんのムームー」を読み、大橋巨泉の店が新型コロナウイルス感染症で閉店の記事を読み、ナイアガラの滝での小さな出来事を思い出したのです。
アメリカの医療費はべらぼうに高いです。アメリカで小児外科医として活躍し「オペのイチロー」とアメリカで称された木村健医師が書いた「アメリカで医者をやるにはわけがある―在米外科医の見た日米事情(草思社刊 1995年)」にもアメリカの高額医療事情が記されています。
インターネットで検索をするとアメリカの医療費が度を越して高額なことが解ります。ちょっと信じられないくらいです。
約600万円
・脊柱の手術代金:1200万円 手術代金請求前
・腹痛で救急外来を受診、モルヒネ投与、採血だけで149万円 など
それでもカナダの方が医療費、薬代は安いので、カナダ国境に近い州に住んでいるアメリカ人は、ツアーを組んでカナダまでお薬を買いに行きます。
「ラブ&ドラック」という映画(ジェイク・ギレンホール、アン・ハサウェイ主演の映画です。アメリカの医療事情、お薬の事情がよくわかります。MRさんが主人公の映画です。ちょっとアレな場面も多いのですが、面白い映画です)に「カナダお薬ツアー」が紹介されています。
確かに帝王切開後のスキンシップという項目があります。これが39ドルです。日本でこんな請求をしたら、新聞沙汰です。
私の友人がアメリカに留学していた時のことです。虫垂炎にかかりました。4日ほど入院しました(保険でカバーされたので助かったと言っていました)。入院中、留学先の病院の同僚米国人医師が代わる代わる「お見舞い」に来てくれたそうです。後で請求書の明細を見たら「お見舞い」に来てくれた医師すべてが「診察料」の請求をしていたそうです。
友人の顔色を見て、具合はどうだい?くらいの話ししかしていないのに診察料がかかっているとびっくりしたそうです。つまりアメリカでは簡単な医療行為でもすべてに金額がかかるのですね。カナダは米国よりも医療費は安価ですが、それでも日本人の感覚からするとかなり高額です。ナイアガラの滝でのことがよくわかると思います。
異論はあるでしょうが、日本の医療保険制度は良くできています。これを守るべきだと思います。
丸谷才一の随筆は寝る前に読むには最適です。文春文庫で随筆選集が2冊出ています。
小佐野賢治氏の遺族は、同氏の遺産を元に「公益財団法人 小佐野記念財団(http://osano-memorial.or.jp/main/)」を設立、山梨県の生徒、学生を対象にして小中学生作文コンクールや高校生国際交流事業に対する援助をしています。
望月吉彦先生
医療法人社団エミリオ森口 芝浦スリーワンクリニック
東京都港区芝浦1-3-10 チサンホテル浜松町1階
TEL:03-6779-8181
URL:http://www.emilio-moriguchi.or.jp/
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