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142:コロナ禍である青年の旅行記を読み直した(望月吉彦先生) - ドクターズコラム

大人の健康情報

望月吉彦先生

更新日:2020/12/14

今回はある旅行記を紹介します。
今年はCOVID-19が世界中で流行し、各国でその対応に苦慮しています。国毎でCOVID-19に対する対応がかなり違います。対応に「お国ぶり」が現れています。世界にはさまざまな国があります。

自由が基本的に認められている国と認められていない国
個人情報が国家で厳密に管理されている国と管理されていない国
国家による個人の生活監視が厳しい国と厳しくない国
宗教が国家の根源を成す国と政教分離の国

それぞれの国でコロナに対する対応が違い、「お国ぶり」の違いが際立っています。
「個人の自由、個人のプライバシーを無視してでもCOVID-19を根絶やしにすることを優先する」国もあり、「個人の自由、個人のプライバシーを尊重しつつ緩やかにCOVID-19対策をする」国もあります。その中間の国もあります。
どの国の対策が良いか数年経たないと解らないですね。数年経っても解らないかもしれ ないです。

さて、その「お国ぶり」ですが、33歳の青年が初めてアメリカ、ヨーロッパを旅行した時に見聞きしたこと、感じたことを詳細に記述した本があります。これを読むと「お国ぶりの違い」がよくわかります。
いまさら、アメリカ、ヨーロッパの旅行記なんて読まなくても、こんなことは知っているよと思われるかもしれませんが、しばしお付き合いください。《種明かし》が最後にあります。

その青年の旅行記はかなり長く、私も全部、読んでいるわけではありません。幸い抄録が出版されています。その中からほんの一部を紹介します。抄録の抄録です。

1.アメリカ印象記(最初にアメリカに行った)

  • アメリカ製の機械はデザインが斬新でかつアイデアに富んでいる。
  • 色々な国を旅行してから考えてみると、アメリカ製の機械は粗っぽく、イギリス製の機械の精巧さ、フランス製機械の優美さ、ドイツ製機械の緻密さ、堅牢さには敵わないと思った。
  • アメリカの政治家は国内の産業を守るために、外国製品を輸入する際には重税を課す。これを保護関税という。さまざまな製品に保護関税を課している。
  • 人種差別がひどい。特に黒人に対する差別は酷すぎる。黒人を動物扱いしている。あまり良いことではないと思った。
  • どこの都市に行っても植物園、動物園があり「実物」を見せる努力をしている。これは市民や学生に対する「教育」のために設置している。
  • アメリカでは「ブランド」をとても大切にしている。優れた企業経営者は目先の利益より「ブランド力」を高める努力をしている。
  • 貧富の差が大きい。
  • さまざまなパーティーが催されているが、それはパーティー券を売ることで成り立っている。
  • 黒人は確かに差別されているが、黒人でも富豪がいる.政治家として一流になって活躍している人がいる。よく観察すると「皮膚の色は知性と関係ない」ということが解った。
  • アメリカは元々ヨーロッパ人が開墾した土地である。それゆえに「自主と共和」が根付いている。
  • レディーファーストが基本となっている。夫は妻に明かりを掲げ、靴を履かせている。いささかでも、妻の機嫌を損ねると「身をかがめて詫び」「部屋の外に追い出され」「食事を許されない」こともある。
  • フィラデルフィアの名前は「友愛」という意味であるが、この都市の市民は温和で活気があって際立って「友愛」に満ちあふれている。良い街だと感じた。
  • この国の人はとりわけ「聖書」を大切にしている。旅行にも携帯する。聖書に書いてあることが生活の基本となっている。

2.イギリス印象記(アメリカの次にイギリスに行った)

  • イギリスとアメリカは似ているところが多い。アメリカ人は万事大雑把だったが、イギリス人は、何事にも定石を守り緻密に計算を立てて行動する。それゆえにか、イギリスの製品は造りが堅牢で精巧である。これに比して、次に行ったフランスの製品は惚れ惚れするほど美麗であるが英国製品に比して壊れやすかった。
  • ケンブリッジ大学とオックスフォード大学は他の大学とは別格である。両大学とも都会の喧噪を離れた大学都市にある。一般にイギリスでは高等教育機関は大都市から、かなり離れたところにある。
  • イギリスはイングラド、スコットランド、アイルランドからなる連合国である。それぞれの国で宗教(キリスト教ではあるが)が違う。イングランドはイギリス国教会、スコットランドはプレスビテリアン(長老派)、アイルランドはローマ・カトリックが多数を占める。
  • イギリス人は「時は金なり」を信条としていて勤勉である。
  • ロンドン塔を見学したが、イギリス人は残酷である。気をつけないといけない。
  • イギリスもアメリカと同様、動物園、植物園、博物館が充実している。「実物」を見るという教育が徹底している。
  • ロンドンは霧が多く、暗い感じがした。

3.フランス印象記(イギリスからフランスに行った)

  • パリはロンドンよりもずっと「からっと」して過ごしやすい。空気が乾燥して明るい感じがする。イギリスは陰鬱だったと思い知らされた。
  • ロンドンでは「人は働くことを人生の一義」にしているが、パリでは「人は楽しむことを一義」にしている。
  • フランスはローマ・カトリックの国である。壮麗な教会が多い。壮麗な教会が多い。あのような壮麗豪華な教会を建てるには,相当な費用と時間がかかったと思う。民衆の生き血を絞って建てたのだろう。一般にプロテスタント国には豪華な教会が少ない。これに比してローマ・カトリックの国には豪華壮麗華美な教会が実に多い。なお、フランスにはあちこちに十字架磔刑像があり辟易した。
  • フランスは公園がとても多い。日曜日になると公園は遊ぶ人でごった返している。これに比して英米では日曜日は安息日なので基本的には礼拝をして静かに過ごしていた。
  • フランス人は古いモノを大切に保存する。
  • フランス製品は、細部まで繊細に作られている。しかし、前述の如く、英国製品に比して壊れやすい。なお、感性がイギリス人とは全く違う。それは建築、造船、紡績に及ぶ。

4.ベルギー印象記(フランスからベルギーに行った)

  • 欧州各地への交通の要である。
  • 強国に囲まれているので軍隊が整備されている。
  • それ以外、あまり印象はない。

5.オランダ印象記(ベルギーからオランダに行った)

  • オランダには山がない。
  • どこも低湿地で堤防が張り巡らされている。
  • 少し油断すると水没する土地が多いため水没しないようにさまざまな工夫がなされている。また、水没しないように国民が常時気をつけている。それゆえにオランダ国民は勤勉である。
  • プロテスタント国である。豪華な教会は少ない。
  • 運河が張り巡らされている。水運が盛んである。
  • オランダは小資源国である。鉄は作れず、木材はなく、石炭もとれない。それでも国民が勤勉であるがゆえに良質な工業生産物をたくさん作っている。
  • オランダは絵画が盛んで見るべき絵画が多かった。
  • オランダにも博物館、植物園、動物園が多い。日本人にとってもなじみのあるシーボルトのコレクションをライデンで見ることができた。

6.ドイツ印象記(オランダからドイツへ行った)

  • ドイツでは工業も農業も盛んである。工業製品は堅牢にできている。
  • 文学が盛んである。
  • 日本人に親しみを持っているドイツ人が多い。

7.ロシア印象記(ドイツからロシアへ行った)

  • ロシアは「田舎」である。ヨーロッパとは違う。洗練されていないと感じた.いわゆるヨーロッパとは違いが大きい。

8.北欧印象記(ロシアからスウェーデン、ノルウェー、デンマークへ)

  • 北欧諸国は ロシアに比して農家も田畑もこざっぱりとしている。
  • どの国の国民も自主の気概がある。
  • 清潔感にあふれている。
  • 教育が行き届いている。男女分け隔てなく教育が充実している。
    1)多くの学問を、理解しやすいように工夫して、教えている。
    2)あまり難しい事は教えていない。
     注:難しいことを教えると理解できない生徒は勉強を放棄する。一旦、勉強を放棄すると一生害すると考えているからであると聞いた。
    3)男女平等である。
    4)初等教育は、人生を享受するために必要不可欠と彼らが考えていることを教えている。必要不可欠なこととは
     (1)国語
     (2)文法学
     (3)数学
     (4)歴史 国史
     (5)地理
     (6)科学
     (7)音楽
     (8)図画
     の8つである。これに加えて、体育、修身も教えている。

9.イタリア印象記(スウェーデンからスイスを経てイタリアへ行った)

  • イタリア国民は南北で多少違うが基本的に「怠惰」である。
  • 宗教はローマ・カトリックが盛んである。
  • 享楽的で音楽が盛んである。
  • アルプスを越えてイタリアに入ると土地が肥沃であることがよくわかる。「沃土の民は材にあらず」という諺がイタリアにも通用すると感じた。草木は生い茂り、野に咲く花もきれいである。しかし、街は汚い。清掃が行き届いていない。
  • 「カトリック国には荘厳、華麗、華美な教会が多い」という法則がイタリアにも通用する。イタリア中にそういう荘厳な教会が多くある。大きく華美な教会を作るため、人民に相当な苦役、献金、重税を課したと思われる。良いことではないと思った。その金を国民のために使っていたらどんなにか素晴らしい国が出来ていたであろう。「宗教に必要以上に深入りする」のは国家発展の妨げになるだろう。
  • イタリアに残る古代ローマ帝国の遺跡、文物を見ると現在の西欧文化の「源(みなもと)」はすべて古代ローマ帝国にあると思われる。古代ローマ帝国滅亡後に「キリスト教が広まった現在のイタリア」と「古代ローマ帝国」とは別物と考えるべきだ。
  • 北イタリアはドイツやフランスと似ていて豊かである。工業も発展している。それに比して、南イタリアは産業に乏しく貧しい。
  • イタリアには国立の公文書館、古文書館があり、多くの記録が残っている。天正遣欧少年使節の記録も見ることができる。このように記録を大切に保管することは見ならうべきだ。
  • 1840年頃、ヨーロッパで微粒子病という蚕の伝染病が大流行し、フランスやイタリアはで蚕種が全滅した。そのため、日本から蚕種を輸入し、イタリアの養蚕業は復活した。

10.米欧に関する一般的な感想

  • キリスト教が人びとの生活の基本となっている。
    キリスト教は磔(はりつけ)になって死んだ人間が生き返ったことという非合理的な話が元になっている。それを信じている人が多いのは不思議だ。しかし、非合理的であっても「神」を敬う気持ちによって行いを正しくしよう努力している。キリスト教にも沢山宗派がある。ローマ・カトリック、プロテスタント、東方教会、モルモン、英国国教会、etc.多数ある。
    キリスト教徒とイスラム教徒との争いが長く続いている。西欧人の中にはユダヤ教徒もいる。要するに彼ら西欧人を理解するには、その因って立つ宗教を把握することが肝要である。日本の宗教と西欧の宗教とは全く違うことを銘記して付き合うべきだ。
  • 「ブランドが大切で、ブランドを作り上げそれを維持することが全ての商業の基本だ」。商業に限らず、何事にも 「ブランド=信用」を築くことが、西欧では一番大切。

ああ、こんなことは知っている。今更だと思うでしょう。
この旅行記は今から約150年前に書かれているのです。
書いたのは「久米 邦武(くめ くにたけ 1839-1931年:91歳没)」です。元佐賀藩士、明治初期の外交官です。岩倉具視欧州使節団(1871-1873年)で「大使随行役」を勤めています。若い頃から「秀才」として知られ、同使節団に随行し、その記録を帰国後に刊行しています。
ただの記録では無いのです。『米欧回覧実記』という記録です。それが全部で100巻!もあります。細大漏らさず、感じたこと、見たことを記しているのです。

米欧回覧実記

この一行の通訳は、新島襄、畠山義成が勤めていました。彼らは英語が堪能であったので英語が通じる国では英語で、それ以外の国では現地で英語が使える人から聞き取りをしたと思われます。

さて、上述の各国印象記ですが、皆さんの思っている印象とあまり変わりないかと思います。実は、我々が今、各国に抱いている印象の「元」は150年前の久米の記録が元になっていると言っても過言ではないと思っています。

欧米の研究家にも注目され、文献6.7.の如く英訳されています。100年以上前の米国、西欧を外国人(久米)の目から見た文献は少なく、これだけ詳しく、しかも絵付きで紹介した文献は皆無でしょう。英訳されたことを機に、この久米邦武の旅行記はもっと広く世界に知られるようになると思います。

細大漏らさずと記しました。科学技術に関する論考も多いのだそうです(文献8.9.)。政治、文化、宗教、経済、科学技術なんでも、実際に見聞きしたことを詳述しています。見たことをそのまま書いているわけではありません。論考をいちいち加えています。なんというか、読めば解りますが、観察力の的確さに圧倒されます。
キリスト教に関する厳しいというか、合理的な記述を読むと、久米邦武は「合理主義者」「リアリスト」であることがわかります。色々な物事を合理的に考えることは、今でもなかなかできることではありません。『米欧回覧実記』を読んでいると、合理的、理性的に考えることの重要性を再認識させられます。

久米邦武は帰国後に『米欧回覧実記』を著し、その功績に対して政府から多額の報奨金を得ます。その資金を元に久米は目黒に広大な土地を取得しました。今もその名残でしょうか、目黒駅前に久米美術館が残っています。この美術館では『米欧回覧実記』関連の事物を見ることができます。
帰国後、久米は歴史学者になり、東京帝国大学教授兼臨時編年史編纂委員を務めますが、「神道ハ祭天ノ古俗」と題する論文を書いて厳しく糾弾され、東京帝国大学を辞職せざるを得なくなっています(余話2)。
しかし、大隈重信が早稲田大学の教授として迎えてくれました。大隈重信も元佐賀藩士で久米邦武と同郷で同年代ですから、その縁でしょう。

いずれにせよ、長々と記しましたが、記録をすることの重要性(記録を廃棄してはいけないですね)、合理的に物事を観察することの重要さを『米欧回覧実記』を読むことで感じ取ることができます
コロナ禍でも同様です。今、起きていることを記録し、合理的に観察し、コロナ禍から得られた教訓、知見を後世に残す必要があると思います。

それはともかく、とても面白いので、是非文献 1 or 2 をお読みください。

【参考文献】

  • 久米邦武著:大久保 喬樹現代語訳 特命全権大使 米欧回覧実記(角川ソフィア文庫)
  • 久米邦武著:田中 彰現代語訳 岩倉使節団『米欧回覧実記』(岩波現代文庫)
  • 特命全権大使 米欧回覧実記 (1)-(5) 巻(岩波文庫)久米 邦武、田中 彰
  • 現代語訳 特命全権大使 米欧回覧実記 普及版
    久米邦武 編著 水澤周 訳・注 米欧亜回覧の会 企画 全5巻(慶應義塾大学出版会)
  • 『米欧回覧実記』の原本はデジタルでも読めます。漢字、カナ交じり文です。文語ですから読みづらいですね。
    https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/761502
  • Marius B Jansen, Kume Kunitake著: 『The Iwakura Embasssy, 1871-1873:A True Account of the Ambassador Extraordinary and Plenipotentiary’s of Observation through the United States of America and Europe』 Routledge (2002)
  • Kume Kunitake (著), Chushichi Tsuzuki (編集), R. Jules Young (編集) 『Japan Rising: The Iwakura Embassy to the USA and Europe』 Cambridge University Press (2009)
  • 髙田 誠二 (著):久米邦武:史学の眼鏡で浮世の景を(ミネルヴァ日本評伝選)
  • 高田 誠二 著:維新の科学精神―『米欧回覧実記』の見た産業技術(朝日選書)

余話1:

何かを調べるページ」というサイトがあります。岩倉使節団が泊まったホテルを突き止め、現在も残っているホテルを紹介しています。全て高級ホテルです。

余話2:

雑誌『史海』に転載した論文「神道ハ祭天ノ古俗」
「神道は宗教では無い」と記しています。これは問題になったでしょうね。

望月吉彦先生

望月吉彦先生

所属学会
日本胸部外科学会
日本外科学会
日本循環器学会
日本心臓血管外科学会
出身大学
鳥取大学医学部
経歴
東京慈恵会医科大学・助手(心臓外科学)
獨協医科大学教授(外科学・胸部)
足利赤十字病院 心臓血管外科部長
エミリオ森口クリニック 診療部長
医療法人社団エミリオ森口 理事長
芝浦スリーワンクリニック 院長

医療法人社団エミリオ森口 芝浦スリーワンクリニック
東京都港区芝浦1-3-10 チサンホテル浜松町1階
TEL:03-6779-8181
URL:http://www.emilio-moriguchi.or.jp/

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