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137:伝染病を正しく怖がるにはどうしたらよいか?コレラからコロナを考える(7)人間到る処バイキンあり(21)(望月吉彦先生) - ドクターズコラム

メディカルコラム

望月吉彦先生

更新日:2020/08/17

前回より続きます。「コレラからコロナを考えよう」という主旨で書いています。
前回スノー医師の主張を受け入れ「1854年9月8日井戸Qは閉鎖され、使われなくなった」と記しました。
その後、スノー医師の予想が当たり、ソーホー街でのコレラ患者は激減しました。
1854年8月28日に始まったソーホー街でのコレラ禍は9月8日に収まったのです。
この間、11日。鮮やかに収束しました。

COVID-19もこのように収束できれば良いのですが、なかなか難しいでしょう。ウイルスはとても「厄介」で複雑です。前々回チフスの健康保菌者だった「チフスのメアリー」のことを記しました。COVID-19も健康保菌者が問題です。
つい最近出た中国からの論文(文献8)によると、なんと無症状COVID-19保因者の方が、有症状のCOVID-19保因者の方より長くウイルスを排出しているのだそうです。NATURE MEDICINEに掲載された論文です。これがCOVID-19の特徴だとすると、COVID-19の蔓延を止めるのは極めて難しいです。COVID-19が広がるのを防ぐには、韓国、台湾などが行っている「徹底したPCR検査」を行って、無症状COVID-19感染者を見つける必要があるのかもしれません。まだその点議論があり、定まっていません。

歴史には転換点があります。前回紹介した「井戸Qを1854年9月8日に閉鎖したこと」も歴史の転換点の1つです。大きな転換点です。それまでに信じられていた「瘴気説」を覆し、「科学の目」で感染症を征圧した記念日と言っても良いかもしれないです。

なお、スノー医師だけで、この偉業「コレラ患者が激減」が成し遂げられたわけではありません。
ソーホー街の担当をしていたホワイトヘッド副牧師の協力があって、初めてこの偉業は成し遂げられました。スノー医師が仮説(井戸Qの水がコレラの原因)を立て、それをきちんと証明したのがホワイトヘッド副牧師です。

スノー医師の仮説を、その原因まで確かめたホワイトヘッド副牧師

ホワイトヘッド副牧師(Reverend Henry Whitehead:1825-96)は、オックスフォード大学リンカーン校出身で英国国教会に所属していました。大学を出て最初に就職したのが、ロンドンのソーホーにある聖ルカ教会で、そこで副牧師(下級司祭ともいう)となっています。ソーホー街の人びとにとって、彼がこの地にある教会に勤務していたのは僥倖でした。
ちなみに、日本に聖路加国際病院がありますが、聖ルカが由来です。聖ルカは「医師」であったので医師の守護聖人とされています。それゆえに、聖ルカを冠した病院は世界中にあります。つまり医業と関係が深いのです。
ホワイトヘッド副牧師がこの、医業と関係の深い聖ルカ教会に勤務していたのも何かの因縁かもしれません。ホワイトヘッド副牧師は人付き合いが良く、教区の人びとに親しまれていました。後にこれが役立ちます。

さて、そんなホワイトヘッド副牧師の出番は、井戸Qの閉鎖からしばらく経ってからです。ソーホー街のコレラは井戸Qの閉鎖で収束しましたが、井戸水原因説に納得いかない人びとは「瘴気」を探すべく、調査をしていたのです。あちこちの瘴気(匂い)とコレラを関係づけるために、膨大な公的調査をしています。当たり前ですが、まったく見当外れでしたが、「見当外れ」という結果が残っただけ、良かったと愚考します。調べて「記録」したから見当外れであることがわかるのです。一番悪いのは「調べていないこと」、あるいは「調べても記録を残していないこと」です。
今、コロナが流行っています。さまざまな流行原因についての推論、議論、そしてその検証がなされています。リアルタイムにそれを見ていますが、まだ、本当に何が起こっているかわからないです。

コレラの話に戻ります。
とにもかくにも、ソーホー街のコレラは収束しました。それで「良かった、良かった」で終わらなかったのが凄いのです。今でも、何となく事が収まるとよく原因を追及もせずに「良かった、良かった」で終わってしまうことも多いのですが、当時のロンドン市民に感謝しないといけません。

当時のロンドン保健衛生担当者は「瘴気説」です。地元の人びと(ソーホー街教区)は瘴気では説明がつかず、スノー医師の言うこと(井戸水がコレラ蔓延の原因)が正しいかもしれないと思い始めていましたが、ロンドン保健衛生担当者は聞く耳を持たなかったのです。
ソーホー街の教区役員(注:今の日本なら自治会でしょうか?)はスノー医師、ホワイトヘッド副牧師達に声をかけ、自分たちで調査を始めました。日本で自治会がコレラの調査をするでしょうか? まったく想像がつかないです。それだけ、自分達の住んでいる地域に蔓延したコレラに対する恐怖が強かったのかもしれません。

「井戸Qの水を飲んでいた人」は確かにコレラに罹っていた

当初、ホワイトヘッド副牧師は、スノー医師の「コレラ蔓延の原因は井戸水にある」という説に懐疑的だったのです。井戸Qは永らく使われていたし、「井戸Qの水を飲んでいない人びと」もコレラで死んでいたのを教区担当者として見ていたからです(これが間違いだったことが後に判明します)。
ホワイヘッド副牧師は、教会で信者に教えを説くとき、信者を見渡すと何故か独居して貧乏で痩せ衰え困窮していると思われる人が多く生き残っているのに気づいていました。 普通の病気なら、裕福で栄養状態の良い人が生き残る筈なのに、ソーホー街で発生した、この年のコレラは違ったのです。何となく変だと思っていたのです。
教区の調査会(今なら自治会調査会とでもいうのでしょうか?)が始まり、ここがホワイトヘッド副牧師の偉いところなのですが、住民や元住民(コレラが発生してすぐに多くの住民が逃げ出していた)に手紙を書いて調査をしたのです。帰ってきた返事が約500通といいますから、それほど凄い数の手紙を書いたのです。
それでわかったことは

  • 「井戸Qの水を飲んでいた人」は確かにコレラに罹っていた
  • 「井戸Qの水以外の水を飲んでいた人」もコレラに罹っていた

の 2点でした。1.はスノー医師の仮説と一致します。2.は一致しません。しかし、ここもホワイトヘッド副牧師の偉いところなのですが、「井戸Qの水を飲んでいないのにコレラに罹った」人の調査をしたのです。その結果、恐ろしいことが判明したのです。「井戸Qの水を飲んでいない」と言っていた家族の話を良く聞いてみると、それら家族の「水汲み仕事」は「子供達の仕事」で、生き残った子供達に聞くと、「井戸Qの水を飲んでいない」と言っていた家族も実際には子供達が「井戸Qの水」を汲んでいました。「井戸Qの水を飲んでいない」と言っていた家族でコレラを発症した人も、実は子供達が汲んできた井戸Qの水を飲んでいたことがわかったのです。
これで、謎が解明されました。 実際にホワイトヘッド副牧師が計算してみると、井戸Qの水を飲んでいなかった人のコレラ発症率は1/10だったのです。

ホワイトヘッド副牧師が見つけた、コレラ井戸Q原因説を裏付ける「証拠」

井戸Qの水が怪しいことは解りましたが、元々ホワイトヘッド副牧師もこの井戸Qの水を好んで飲んでいたのです。井戸Qの水は、澄んでいて人気がありました。その井戸Qの水が、ある日を境にコレラ発症原因になると言われても合点がいきません。しかも井戸Qは、すでにロンドンの舗道委員会が調べていて、壊れてもいないし、井戸水を汚すような汚水が流れ込むような構造ではないことも確かめていたのです。

汚染されていない井戸水が急にコレラの原因になるなら、地下水からコレラの原因が湧き出たのでしょうか?
変です。ホワイトヘッド副牧師は困ってしまいました。スノー医師の言う「コレラ井戸Q原因説」を裏付ける証拠がないのです。
しかし、その「解答」は、なんと、スノー医師の論文から得られたのです。

スノー医師は「コレラ患者の何らかの排泄物が井戸Qに入り込んだ可能性」「平常時の井戸Qの水は何も問題が無いこと」を論文に記していました。ホワイトヘッド副牧師は「コレラ患者の何らかの排泄物が井戸Qに入り込んだ可能性」を調べるために、原点に戻ってコレラ発症歴を見直しました。

ソーホー街のコレラは、前回紹介したように「1854年8月28日、午前6時、ソーホーブロードストリート40番地に住むルイス家の赤ん坊が嘔吐と下痢をし始めたのが始まり」でした。
ホワイトヘッド副牧師はそのルイス家に赴き、赤ん坊がコレラに罹ったときの状況を母親から聞き出しました。コレラに罹った赤ん坊の便で汚れたおしめを洗った水を井戸Qの横にあった「汚水溜め」に流したことを突き止めたのです。

井戸Qがやはり怪しいと思ったホワイトヘッド副牧師ですが、すでに井戸は調査され、問題無いとされています。ここで普通の人なら止まってしまいますが、彼は普通の人ではなかったのです。
ホワイトヘッド副牧師が悩んでいたちょうどこの時、スノー医師が論文を持ってきました。それには「井戸Qの水は外的要因でコレラの原因物質が入り込んだのではないか?」という推論が書かれていました。
それを読んだホワイトヘッド副牧師は「井戸Q」と井戸Qの側にある「汚水溜め(最初にコレラに罹ったルイス家の赤ん坊のおしめを洗った水を捨てた場所)」との関係に思い至ったのです。そして、これが凄いのですが、実際に汚水溜めと井戸Qの両方を同時に調べたのです。こういうところが、常人と違います。調べたら、恐ろしいことがわかりました。汚水溜めには裂け目があり、貯まった汚染水が井戸Qに染み出していたのです。
これで全ての輪がつながりました。スノー医師の「推論」が確かめられたのです。長年にわたって飲まれていた「井戸Qの水」自体に問題はなかったのです。汚水溜めと井戸Qを結ぶ「裂け目」がソーホー街にコレラが蔓延した原因であり、井戸Qの閉鎖でコレラが収束した要因でした。
汚水溜めの使用を止めて、汚水溜めを修復して、井戸Qに汚水が流れないようにすれば、井戸Qの水は普通に飲めたのです。スノー医師の推論を、その原因まで確かめたホワイトヘッド副牧師の功績は大きいのです。

スノー医師が書いた「コレラによる死亡者をプロットした地図」

これは以前も紹介したスノー医師が書いた「コレラによる死亡者をプロットした地図」です。この地図はスノー医師の苦心の賜物です。どこそこに何名と書いていたら平面的で解りづらいので、死亡者の数に応じて黒いマスを増やしたのです。こうすることで、どこでどれだけのコレラ死亡者がいたかが、直感的にわかるようになったのです。平面的理解を立体的に、直感的にわかるような地図を考案したのです。こうすることで井戸Qの側ではコレラ死亡者が多いこと、井戸Qの側だけれど死亡者が少ない施設(救貧院、ビール工場)が誰にでも解るようになったのです。

そしてそれを裏付けたのが、くどいようですが、ホワイトヘッド副牧師です。地元のことを熟知し、皆に好かれていたホワイトヘッド副牧師がいてこそ、「疫学の始まり」である「ソーホー街コレラの収束」が歴史に残ったのです。ホワイトヘッド副牧師は医学を学んだことはありません。だから予断を持たないで冷静に分析できたのかもしれないです。

この文章を書いている時点でCOVID-19の収束はまったく見えません。2020-07-24で世界中のCOVID-19感染者は1500万人を越えています。「コレラからコロナを考えようという」主題で文章を書き始めたのが、2020年の2月でした。現代の「スノー医師」「ホワイトヘッド副牧師」が現れて鮮やかにCOVID-19を収束させて欲しいと心より思いつつ、この主題で検討は終えたいと思います。
個人的には引き続き情報を集めて、検討を続けます。いつの日か笑顔で「COVID-19」の収束について書くことができれば良いなと思っています。

なお、今さまざまな「専門家」の方がCOVID-19について、研究、検討、疫学、治療法の確立、ワクチン開発、治療薬の開発などを行っています。実は「新しく現れた病気の専門家(平たく言えばCOVID-19の予防法、治療法、的確な診断方法など全般に通じている方)」はまだいません。
誰でもできる予防方法をいくつか列挙します。参考になれば幸いです。

COVID-19 誰でもできる予防方法

  • 手を洗う。
  • コロナウイルス(正確にはSARS-CoV-2)が人体に入る箇所は3つあります。
    (1)口
    (2)鼻
    (3)目
    の3箇所です。手をできるだけ口より上に持っていかないことが必要です。もちろん目が痒くなったり、鼻がむずがゆくなったりするでしょう。その際は、きっちりと手の消毒(アルコール or 石けん)を行ってから、手を目や鼻、口元へ持っていきましょう。これだけで随分と違います。
  • コロナウイルス(SARS-CoV-2)は感染すると唾液に大量に現れます。他人の唾液が自分の目、鼻、口に飛ばないようにすることが必要です。無症状感染者(SARS-CoV-2を排出しているが発症していない)も多いので、自覚症状は無くても自分の唾液が他人に飛ばないようマスクをしましょう。会食するときはできるだけ横並びで食べるようにしましょう。向かい合って食べる場合、唾液が飛ばないように注意しましょう。
  • 糖尿病、高血圧など持病の治療を受けることも必要です。COVID-19はサイトカインストームという全身の反応を起こすと重症化します。血管に障害を生じやすい糖尿病、高血圧などの治療がきちんとなされていない状態でCOVID-19に罹ると重症化しやすいので、現在治療中の方はぜひ主治医と相談してください。
  • 喫煙している方はこれを機会に禁煙をしてください。喫煙者は非喫煙者に比して約2倍、COVID-19に罹りやすく、罹った場合の死亡率も非喫煙者に比して高くなります。
  • いわゆる「夜の街」では、喫煙、アルコール多飲、唾液が飛びやすいなどの条件が重なりやすいので注意が必要だと思います。

以上です。 1人1人の自覚で予防できることがあります。COVID-19が収まるまで頑張りましょう。

余談

コレラ菌はロベルト・コッホが発見したと思われていましたが、イタリア人医師フィリッポ・パチーニ(Filippo Pacini、1812年-1883年)の方が先にコレラの原因菌を発見し、「Vibrio cholerae」と名付けていました。論文にしたのが1854年です(文献9,10)。1884年にロベルト・コッホがコレラの原因菌を発見する30年前です。1854年はソーホー街でスノー医師、ホワイトヘッド副牧師がコレラを制圧した年でもあります。コレラの歴史で1854年は特別ですね。
コレラ菌の学名は、当初コッホが命名した「Vibrio comma」が使われていましたが、イタリア人医師フィリッポ・パチーニが先に見つけていたことがわかり、現在の正式名称は「Vibrio cholerae」となっています。
ちなみに「Vibrio」とはラテン語で「動き回る」を意味します。コレラ菌はよく動くのです。

パチーニが作ったコレラ菌の標本(University of Florence, Museum of natural History, Biomedical section所蔵)に書いてある言語はイタリア語です。イタリア語の解読についてはフランス在住の言語学者小島剛一氏よりご教示いただきました。氏に拠りますと「判読できない文字があるため正確な翻訳はできませんが、大体次のような内容になる」そうです。なお、「ʃ」は「s」の古い筆記体とのことです。

1.左側の筆記体の文字
 Colera →コレラ
 Aʃiatico →「アジア系の」
 Oʃʃerva□□ →観察□□
2.中央の上の活字
 Metodo di Filippo Pacini →フィリッポ・パチーニの手法
3.右側の筆記体の文字
 Corroʃioni ʃuperficiali della mucoʃa della parte media de l’inteʃtino tenue →小腸の中央部の粘膜の表層部の浸蝕

【参考文献】

  • 野村裕江 (著)「江戸時代後期における京・江戸間のコレラ病の伝播」地理学報告 79巻 p1~20
  • スティーヴン・ジョンソン (著)「感染地図」河出書房新社 (2007年刊)
  • Isabel Rosanoff Plesset著Noguchi and His Patrons Fairleigh Dickinson Univ Pr (1980/10/1) 邦訳もあります。
  • ウェンディ・ムーア (著)、 矢野 真千子 (翻訳)「解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯」河出文庫、2013年
  • Frerichs RR et al. Nepalese origin of cholera epidemic in Haiti. Clin Microbiol Infect. 2012 Jun;18(6):E158-63.
  • 石 弘之 「感染症の世界史」角川ソフィア文庫
  • 金森修 「病魔という悪の物語(チフスのメアリー)」ちくまプリマー新書 2006年
  • Long QXら、Clinical and Immunological Assessment of Asymptomatic SARS-CoV-2 Infections。 Nat Med. 2020 Jun 18. doi: 10.1038/s41591-020-0965-6.
  • Filippo Pacini:Osservazioni microscopiche e deduzioni patologiche sul cholera asiatico. Gaz Med Ital Toscana. 1854; 6: 397-405
  • D Lippi:The greatest steps towards the discovery of Vibrio cholerae、Clin Microbiol Infect . 2014 Mar;20(3):191-5

望月吉彦先生

望月吉彦先生

所属学会
日本胸部外科学会
日本外科学会
日本循環器学会
日本心臓血管外科学会
出身大学
鳥取大学医学部
経歴
東京慈恵会医科大学・助手(心臓外科学)
獨協医科大学教授(外科学・胸部)
足利赤十字病院 心臓血管外科部長
エミリオ森口クリニック 診療部長
医療法人社団エミリオ森口 理事長
芝浦スリーワンクリニック 院長

医療法人社団エミリオ森口 芝浦スリーワンクリニック
東京都港区芝浦1-1-1 浜松町ビルディング1階 プラザ 111 内
TEL:03-6779-8181
URL:http://www.emilio-moriguchi.or.jp/

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