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129:交通事故に思うこと(2)(望月吉彦先生) - ドクターズコラム

大人の健康情報

望月吉彦先生

更新日:2020/03/30

前回に続き、運転から学んだ色んなことをお話しします。人生危機一髪のことがあるものです。

6:車を運転中、二車線の道路で対向車が私の運転する車の前に現れたこと

大学時代2回目に経験した事故です。自分が起こした事故ではありません。
これは衝撃的でした。今でもこの時のことを思い出すと「ぞっと」します。
ある日の夜中に鳥取から米子に向けて車を走らせていた時のことです。真正面から車が向かってくるのに気づきました。私が走っていたのは、もちろん左側の車線です。二車線しか無い国道です。同じ車線を真正面から車が向かって来たのです。どんどん近づいてきます。この場面を今でも、まざまざと、思い出します。
このままなら、正面衝突します。対向車は猛スピードで近づいてきます。私はスピードを落とし、どうするか、考えました(ほんの一瞬のことですが)。左は水田です。右は対向車線です。運良く対向車線に車は走っていませんでした。クラクションを鳴らす余裕もライトをパッシングする余裕もありませんでした。結局、前から向かってくる対向車とぶつかる寸前右にハンドルを切り対向車線に逃げました。対向車は私の車の左をすり抜け、そのまま水田へ落下していきました。
車を止めて、水田に落下した車を見に行きました。運転していた方は車から脱出していました。水田のすぐ脇にあった農家の方が出てきて何やら猛烈に怒鳴っていました。水田に落下した車を運転していた方は泥酔していました。酔っ払い運転をして、さらに眠ってしまって対向車線を走ってしまったのです。この時、学んだのは、
「人生危機一髪のことがある」
そういうことでした。あの時、ハンドルを左に切っていたら、あるいは対向車が私の車に気づいて元の車線に戻ったら、対向車の後ろに車がいたら等、考えると今でも「ぞっと」します。

7:遮断機のない踏切

これは私自身の事故経験ではありませんが、大学時代に経験した「事故」です。
大学時代、湖山池という湖のほとりに下宿していました。ヨットの無料練習所が下宿のすぐ側にあり、時々、ヨット操作の講習を受けていました。その練習所に行く途中に遮断機の無い「踏切」がありました。踏切警報機だけの小さな踏切です。
ある日、悲惨な事故が起きました。ヨット練習所のインストラクターだった女性が運転する車がその踏切で列車と衝突し、そのインストラクターの方はお亡くなりになってしまったのです。それ以後、なんとなく、そこに通わなくなりました。踏切が怖いのです。
「遮断機のない踏切は気を付けよう」
と思いました。

医師になってからも、交通事故を見たり、交通事故で搬送されてきた患者さんを診たり、自分でも交通事故を起こしたことがあります。いくつかあげます。

8:高性能スポーツカーでもろくなことが起きない

千葉県の救急病院の当直明けで家に帰るため京葉道路を東京に向かって走っていた時のことです。
日曜日の早朝です。当直明けで疲れていたので制限時速を守って走っていました。その横を外国製の有名スポーツカーが猛烈なスピードで走り抜けていきました。「危ないな、この先に急カーブがあるのに……」と思いつつ走っていたら、追い越していったスポーツカーが、案の定、事故を起こし逆さまになって転がっていました。多分スピードが出過ぎていたので曲がりきれずに高速道路の壁にぶつかったのです。
事故直後です。今なら絶対にしませんが、高速道路上で車を止め(注:今でも一般道路なら話は別です。救護します)、ドライバーの救護を行おうと思いました。
車を降り、スポーツカーから体が半分飛び出ていたドライバーに声をかけました。応答はありません。顔がこちらを向いているので近づいてよく見たら、顔と体が逆になっていました。多分、即死です。携帯電話などない時代ですから京葉道路を降りて、警察に連絡をしました。この時の体と逆になった「顔」はしばらく忘れられませんでした。この時、学んだのは
「スピードを出しすぎると高性能スポーツカーでもろくなことが起きない」
ということです。

9:冬の橋の上は慎重に

3次救急診療を行っている病院に30年以上勤めました。交通事故を起こして搬送されてきた患者さんをたくさん診ました。冬の交通事故はスリップによる事故が多いのですが、結構な数のスリップ事故が橋の上で生じていることに気づきました。
橋は、当たり前ですが、下が空間です。橋はそのために地表の温度以下になることが稀ならずあります。道路は乾いていると思って走っていても橋の上は違います。橋の上は凍っていることも多いのです。何例か橋の上でスリップして交通事故を起こした方を多数見てから、
「冬に橋の上を運転するときは慎重に運転することが必要」
だと思うようになりました。

10:人生危機一髪のことがある

同僚だった先生の経験談です。
「高速道路で自分の前を走行していた大型トラックのタイヤが外れてそのタイヤが転がってきた」
「タイヤは自分の運転している車に向かってきた」
「とっさに避けたけれど避けきれず、助手席側の車半分が潰れてしまった」
「運転席側だったら自分は死んでいた」

誰にでも「人生危機一髪のことがある」のです。

11:自分で起こした交通事故

恥ずかしい話ですが、1回だけ、自分でも大事故を起こしたことがあります。夏のある日、中央自動車道を走っていた時のことです。
中央自動車道は長いトンネル、曲がったトンネルが多いです。ある長いトンネルに入る前、少し雨が降っていました。当たり前ですがトンネル内は雨が降っていません、水たまりもありません。時速100kmくらいで走っていました。そして、トンネルを出たら、そこは雪国ではなく土砂降りの雨でした。バケツの底をひっくり返したような雨です。おまけに大きな水たまりができていて、水たまりに入った瞬間、突然車のコントロールを失いました。
ハイドロプレーニング現象です。ブレーキも一切、効きませんでした。あっという間に車は、ガンガンガンガンと音を立てながら、右側のガードレールにぶつかりました。
ぶつかっている時、「もうダメだ。もうお終いだ」と思いました。
人生で一番怖かった瞬間です。こういう時、人生が走馬灯のように思い出されると言いますが、正にその通りでした。色んなことが一瞬に思い起こされました。
幸い後続車はありませんでした。衝突してもしばらく車は動いたので路肩に車を寄せて、車を降りてみると車は悲惨なことになっていました。警察に連絡し、事情聴取を受けた後、大破した車はレッカーで移動させられました。体の方は、多少の打撲で済みました。この事故で学んだのは
「長いトンネル前後では気候が急変する事があるのでトンネルを出る時は減速しよう」
「雨の日は慎重な上にも慎重な運転が必要、ハイドロプレーニング現象は怖い」

ということです。
この事故の後1年くらい高速道路を運転することができませんでした。いわゆるPTSD(Post Traumatic Stress Disorder)です。高速道路に乗ろうとすると動悸が生じるのです。仕方なく下道を運転していました。1年くらい経ったらそういうことは生じなくなりました。「時薬」が効いたのです。

12:人生危機一髪のことがある(2回目)

携帯電話を操作していたドライバーに追突されたことがあります。
ある日の夜、交差点で止まっていました。赤信号です。一番前です。そしたら、いきなり車に衝撃が走り、私の車が前に動いたのです。
車の前は普通に左右に車が走っています。右側から来た車にぶつかるかもしれないと思った瞬間、強くブレーキを踏みました。幸いにも車と衝突はしませんでした。いわゆる「お釜を掘られた」のです。
私の車の後ろにぶつかった車を運転していたのは若い女性でした。車から降りてきて、「携帯でメールを打っていたら、間違えてアクセルを踏んでしまった」「誠に申し訳ありません」「警察を呼びます」「保険会社にも連絡します」「車は責任を持って修理します」とやけに正直で手際が良いのです。何のことはない、大きな車会社の社員でした。
赤信号で止まっていて衝突されたのはこれで2回目です。最初は前からそして後ろからも衝突されたのです。
このことから学んだのは
「人生危機一髪のことがある」(くどいですね)
「交差点で信号待ちをしているときはブレーキを強く踏んでいるべきだ」
「車を運転している時はメールをしてはいけない」

そういうことでした。
なお、この事故でいわゆる「鞭打ち損傷(正式病名は外傷性頚部症候群 traumatic cervical syndrome:TCS」になり、2ヵ月くらい苦しみました。幸い後遺障害は残りませんでした。

次回は認知症の方に車をぶつけられたこと、救急治療で経験した交通事故についてお話しします。

望月吉彦先生

望月吉彦先生

所属学会
日本胸部外科学会
日本外科学会
日本循環器学会
日本心臓血管外科学会
出身大学
鳥取大学医学部
経歴
東京慈恵会医科大学・助手(心臓外科学)
獨協医科大学教授(外科学・胸部)
足利赤十字病院 心臓血管外科部長
エミリオ森口クリニック 診療部長
医療法人社団エミリオ森口 理事長
芝浦スリーワンクリニック 院長

医療法人社団エミリオ森口 芝浦スリーワンクリニック
東京都港区芝浦1-1-1 浜松町ビルディング1階 プラザ 111 内
TEL:03-6779-8181
URL:http://www.emilio-moriguchi.or.jp/

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