望月吉彦先生
更新日:2020/01/27
※文章中に医学的な説明をするためキズ、ヤケドの写真があります。苦手な方はお気をつけください。
正月明けは仕事をするのが辛いですね(この原稿を書いているのはお正月明けです)。今回から数回にわたり私のクリニックで行っている外科的な治療を紹介します。もちろん、どの治療も「保険診療」です。
なお、本稿で紹介するキズ、ヤケドの治療について講演を行います。
本稿をお読みになって、こういう治療についてご興味を持たれた方はいらしてください。
演題名 | 「“知って安心!湿潤治療の基礎知識”~正しい知識を身につけよう!~」 |
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講師 | 芝浦スリーワンクリニック 望月吉彦 |
日時 | 2020年3月15日(日) |
場所 | ちよだプラットフォームスクウェア 東京都千代田区神田錦町3-21(地下鉄竹橋駅徒歩2分) |
連絡先 | 第六回モイストケアフォーラム http://moistcare.org/events/2020-moistcareforum.html |
それはともかく、今回から紹介する項目を挙げます。
今回は、「A. 湿潤治療(キズ、ヤケドの治療)」についてご紹介しましょう。
これまでにも紹介してきた「キズ、ヤケド」の治療です。
当クリニックでこのような治療を行っていることを知らない方が多いので再度紹介させていただきます。
この湿潤治療の基本は
「キズを乾かさない」
「キズを消毒しない」
で「キズ」を治す方法です。「キズ」とは何でしょうか?キズの原因は様々です。
その原因は様々です。
このように色々なキズがありますが、
「キズとは皮膚の正常な細胞が損傷を受けた状態」
つまり正常な細胞が失われている状態です。それなら、キズの治療は
「皮膚の正常な細胞が増やすような治療」
をすれば良いのです。つまりそれは「細胞培養」と一緒です。細胞培養を行っているシャーレに
するでしょうか?しないですね。
そんなことをすれば細胞は死滅してしまうからです。
現在行われている普通の外科処置は
の2つが基本です。10数年前まで、私もそうしていました。 しかし、現「なつい キズとやけどのクリニック」院長の夏井睦(まこと)先生が1996年に考案した「湿潤治療」を知り、夏井先生のキズの治療に関する本を読んだり、実際に夏井先生の行っている治療の見学を行い、その劇的な効果を目の当たりにしてから「湿潤治療」を行うようになりました。
この治療を行うとキズが
治ります。例外があります。低温熱傷と火による高温熱傷です。この2つの熱傷はキズが深くなるので、瘢痕形成や色素沈着を残します。それでも従来治療に比してかなりきれいに治ります。
キズの治療で人生が変わってしまうかもしれません。大げさと言われるかもしれません。しかし、下図のように「湿潤治療」行った場合と行わなかった場合で随分とキズアトが違います。
向かって左側が「真の治癒」で向かって右側は「ニセの治癒」と思っています。右側の女児は、某大病院で普通の消毒+ガーゼの治療を受けています。右側の患者さんと左側の患者さんはどちらも熱傷が手にかかっています。治療で人生が変わると言うのは大げさでしょうか?
顔に熱湯を浴びた患者さんを紹介します。
従来の治療を行っていれば、間違い無く顔に瘢痕が残ります。「瘢痕が残れば人生が変わっただろう」「私の治療経過を使って湿潤治療を広めてください」とこの患者さんは言っていました。
湿潤治療を行うのは簡単です。誰でもできます。しかし、キズの観察は「難しい」かもしれません。どのようなキズの治療をしても「感染」は1%くらい生じます。感染は細菌がキズ口で暴れ出すことです。皮膚には多くの細菌が生息しています。無菌ではありません。細菌が「いること」と「感染」は別物です。「異物」があると感染しやすくなります。異物とは通常体内には無い物です。例えば、砂、木、金属、などです。これらがあると高率に感染を生じます。また、皮下血腫(いわゆる青あざです)も感染の原因になります。
なおほとんどのキズには受傷時からの抗生物質投与は不要です。なぜなら、抗生物質投与は「感染」に対して行う治療で、将来起きるかもしれない「感染」に対しての抗生物質の予防的投与は常在細菌(元から皮膚にある細菌)を壊すので良くありません。
ただし、砂やゴミなどでひどく汚染されたキズの場合、数日投与することがあります。
キズが砂で汚染されている時は破傷風トキソイドワクチンを注射します。牧草地の土壌で汚染されたキズ、破傷風トキソイドワクチンの接種歴が不明な場合は、抗破傷風ヒト免疫グロブリンの投与も行う必要があるかもしれません。なお、破傷風菌は今度1000円札の「顔」になる北里柴三郎が発見しています。
話は戻ります。湿潤治療の基本を示します。
以上です。治療の実際を示します。
外傷とヤケドでは多少治療方法が違います。
本当に消毒しないで良いのでしょうか?とよく聞かれます。
ペニシリンを発見してノーベル賞を受賞したイギリス人医師のフレミングが100年も前に「キズは消毒すると治りが悪いこと」を発見して論文にしています。第一次世界大戦に従軍してキズの治療に当たった時に発見した事を論文にしたのですね
。フレミングについては以前のコラムをご参照下さい。
キズの処置方法により治り具合が違っていることを示した論文です。上図の青い矢印部を見てください。Without antiseptic群(antiseptic=消毒薬)、つまり消毒薬を一切使わずキズをただの水で治療した群の治療成績が一番良いのです。この論文の結語に「消毒するのは良くない」と書いてあります。後に、消毒薬はキズの治療には良くないという論文が多数出ています。
しかし、キズの治療には「消毒してガーゼを当てる」のが今でも主流です。というか、それ以外の治療をしているところは極めて少ないのです。なぜ、科学的に正しい治療=湿潤治療が広まらないのか、色々な理由が考えられますが,本稿では深入りしません。
話は変わります。キズの治り方には二通りあることをご存じでしょうか?
浅いキズ=毛孔、汗管が残っているキズ
深いキズ=毛孔、汗管が損傷を受けているキズ
毛孔、汗管が残っていると、毛孔、汗管の孔の中にある表皮細胞が損傷したキズの表面に増殖してキズが治ってきます。
湿潤治療をキズに対して行うとどうなるか。お目にかけましょう。最初に様々なケガの治療です。
※リンク先にキズの写真があります。苦手な方はお気をつけください。
図10:ケガ治療例(1) 36歳 男性
誤って鉈(なた)で指先を切断してしまいましたが、 14日で治癒。
これは夏井先生の症例です。劇的です。
図11:ケガ治療例(2) 38歳 男性
転倒して顔面にキズを負っています。
キズの部分には湿潤治療材料を当てて治療しました。10日目にはほとんどアトが残っていません。
図12:ケガ治療例(3) 55歳 男性
糖尿病性壊疽の症例です。
足を切断される寸前でした。この方は、もちろん、今はなんともありません。
糖尿病の方は,動脈硬化の進行が早い事(=血流が悪い)、細菌感染を生じやすいことから、小さなキズからでもこのような状態になりやすいのです。糖尿病のコントロールが悪いといくら湿潤治療をしてもこのような糖尿病性壊疽によるキズは治りません。血糖値のコントロールが必要です。
この方は、夏井先生が湿潤治療を行い、私のクリニックで糖質制限による糖尿病のコントロールを行いました。血糖値のコントロールが良くなるとみるみるうちにキズの状態が良くなってきました。糖尿病の方がキズを負った時、よくよく御自身で考えてください。
少し生々しいので写真に加工を加えています。
図13:ケガ治療例(4) 39歳 女性
下腿を強打後に皮下血腫に感染を生じています。
下腿を強打、皮下血腫(いわゆる青あざ)が生じ、その血腫に感染を生じています。来院時、かなりひどい事になっていました。脛骨(向こうずねの骨)が見えていたので、さすがに入院加療を勧めましたが、仕事が忙しくどうしても通院で治療したいとの事で、当院で治療を行いました。普通は入院して筋皮弁移植です。経口抗生物質の投与と水道水によるキズの洗浄、湿潤治療、貯まった膿(うみ)の体外への排出を行いました。3ヵ月で治癒しました。
※リンク先にキズの写真があります。苦手な方はお気をつけください。
図14:ヤケド治療例(1) 1歳男児
1歳男児:お湯によるヤケドです。
1歳男児です。お湯による熱傷です。前述のごとく、お湯によるヤケドは深くなることが少ないのできれいに治ります。水疱膜を全て除去します(これがとても大事です)。水疱膜は壊死した組織ですから感染の原因になります。 20日で治ります。
図15:ヤケド治療例(2) 1歳女児
お湯によるヤケドです。
図16:ヤケド治療例(3) 40代女性
お湯によるヤケドです。
初診時と治療開始後、1週間の写真です。この時点で治療は、ほぼ終了。
半年後の写真です。ほぼヤケドのアトが解らなくなっています。
図17:ヤケド治療例(4) 30代女性
天ぷら油によるヤケドです。
誤って煮えたぎる天ぷら油の中に手を突っ込んでしまったのです。聞いただけで痛そうですね。
1枚目は初診時の写真です。いつものごとく、水泡は全部除去します。
水疱を切除し、2週間で治療は終了しました。
一番下は治療終了後、半年後の写真です。
この手がヤケドを負った手だとわかる人ほとんどいないと思います。良くなった写真だけ掲載していると思われると困るのですが…
なお、湿潤治療を行っても「キズアト」が残る場合があります。
多数治療例があります。治療経過は患者さんの許可が得られた場合は全て写真に撮ってあります。
湿潤治療を行えば、劇的に良くなります。できるだけ早期に治療を開始すれば 早く、あまり痛くなく、しかもきれいに治ります。キズを負った時、思い出してくだされば幸いです。治療は簡単ですが、治療経過の観察にはやや外科的な知識が必要です。キズを負った時はぜひご相談ください。
次回は「B.切り傷に対して、できるだけ縫合をしない治療」を紹介します。
望月吉彦先生
医療法人社団エミリオ森口 芝浦スリーワンクリニック
東京都港区芝浦1-3-10 チサンホテル浜松町1階
TEL:03-6779-8181
URL:http://www.emilio-moriguchi.or.jp/
※記事内の画像を使用する際は上記までご連絡ください。