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111:アサギマダラは旅をする 蝶も人の心を「忖度」できるのか?(1)(望月吉彦先生) - ドクターズコラム

大人の健康情報

望月吉彦先生

更新日:2019/6/10

※「忖度(そんたく)」:「他人の心をおしはかる」という意、最近 ある話題で注目の言葉

皆さんは蝶々が好きですか?(余計な注:昼に舞う蝶々です)

冬が終わりGWも終わり、すっかり春めいている筈の今日この頃ですが、春と言うよりすぐに夏になってしまったような感じを受けます。最近は「春」や「秋」と呼べる期間が極端に短くなっているように思えます。
とは言え、今、自然に目を向ける「春」を感じます。山の樹木は匂い立つような緑色になり、草木も生い茂り、花々も一斉に咲きます。花に釣られて蝶々(ちょうちょう)も花から花へと飛び回ります。
今回、次回は血管疾患から離れ、蝶々のことから敷衍(ふえん)して柄にもなく「心」のことなどを考えてみたいと思います。

皆さんは、子供の頃、蝶々が好きでしたか?春になるとさまざまな蝶々が飛び交います。蝶々を採取して標本にしませんでしたか? 蝶々が好きだと公言している方も多いですね。生物学者の福岡伸一、池田清彦、解剖学者の養老孟司、故鳩山邦夫代議士、ファーブル昆虫記の翻訳で有名な奥本大三郎など「蝶」に魅せられた人は多いですね。ここに挙げた方々の蝶への愛情は凄まじいです。
私の勤めていた病院のある先生は蝶の採取が好きで、学会で各地に行く時には必ず蝶採取用の折りたたみ捕虫網を持っていくのが常でした。その先生は捕虫網にもこだわりがあり「志賀昆虫普及社@戸越銀座」というお店の網でないとダメだと仰っていました。何がダメなのか、私にはサッパリわかりません。その先生は、学会に行っているのか、蝶々を採取に行っているのか、良くわかりませんでした(笑)。蝶々が好きで、蝶に魅せられている方は一種独特な感性を持っている方が多いと感じています。小さい時から蝶々に親しむと、独特な感性が養われるのかもしれません。ただし観察個体人数が少ないのでこの仮説が正しいかどうかは不明です。

そんな先生方の中から、蝶に纏わり私が知っている2名の先生をご紹介しながら話を進めます。

「栴檀は双葉より芳し」元鹿児島大学内科学 納光弘先生

まずは、元鹿児島大学内科学の教授で納光弘(おさめ みつひろ)先生です。「HTLV-1関連脊髄症」という病気を発見したことで有名な先生です。納先生は「痛風はビールを飲みながらでも治る!―患者になった専門医が明かす闘病記&克服法(小学館文庫)」の著者としても知られています。さまざまな病気の研究で有名な方です。診療や医学研究の合間に、玄人顔負けの絵を描いたり、人わざとは思えないようなゴルフをしています。
「1日に105ホール回る」「本場リンクスコースで1日に94ホールまわり、大新聞に載る」などと上記のサイトに載っています。
プロを目指してボウリングもしています。ここに、納先生のボウリングのスコアが載っています実に多芸多才な方です。
納先生の書いた論文を読むと、その精緻さに頭がクラクラとします。天才的な先生です。
その納光弘先生が最初に書いた科学論文を紹介しましょう。医学の論文ではありません。「蝶」に関する論文です。「栴檀は双葉より芳し(せんだんは ふたばより かんばし)」と言いますが、当にその言葉が正しいことを体現しているような論文です。著者名に鹿児島市甲南高校2年とあるのが微笑ましいです。文中に出てくる「福田先生」は後述する本も書いている有名な蝶類学者で、そういう人と出会ったのも運が良いですね。この運?は蝶が引き寄せてくれたのかもしれません。何を言っているのか不明だと思いますが、次回まで読んでいただければ、理解していただけると思います。

鹿児島県昆虫同好会誌「SATSUMA 19号」に載っている論文

この論文は、「タイワンツバメシジミ」という蝶が日本でどういう「カタチ」で越冬しているのかを明らかにした立派な論文です。納青年(当時)は「タイワンツバメシジミ」という蝶が鹿児島の土中で幼虫となって越冬していることを発見したのです。鹿児島県昆虫同好会誌「SATSUMA 19号」に載っている論文です。『蝶の履歴書』(福田晴夫著)にもこのことは紹介されているくらい凄い業績です。
納先生には色々と教えていただいたことがあります。その際、この論文の事も伺いました。この論文に書いたことを発見したのは先生が中学生の時で論文にしたのが高校生の時だそうです。ただ、どこにもこの論文は残っていない、納先生の手元にもないとのことでした。私は探せばあるとはずだと考え、ある方法で探したところ、上記の論文が見つかり、納先生に送って差し上げました。喜んでいただきました。いずれにせよ、後に医学においても世界的な発見をした納先生の記念すべき最初の科学論文は、この蝶に関する論文だということになります。この発見に関して、納光弘先生はこう書き記しています。

“だれも越冬状態を見たことがない。こんなアホなことでも初めてのことだと、書いておけば名前が残っていく。ものごとの発見というのは、変だな、不思議だなと思ったら、その原因をさぐる努力をすれば、いずれ原因に到達するのです”

やはり、「栴檀は双葉より芳し」ですね。

アサギマダラは旅をする

ここからは、本号の主題に移ろうと思います。
最初に、安西冬衛(1898年-1965年)という詩人の「春」という詩を紹介します。

「てふてふが 一匹 韃靼海峡を渡っていった。」
注1:「てふてふ」は、「ちょうちょう」の旧仮名遣い表記です。音読するなら『ちょうちょう』です。
注2:韃靼海峡(だったん:今の間宮海峡、アジア大陸と樺太の間)

という「詩」です。詩集『軍艦茉莉』(1927年)に載っています。

韃靼海峡の地図(Wikiより転載)韃靼海峡の地図(Wikiより転載)

韃靼海峡(=間宮海峡)は狭いところでは7kmくらいしかありません。蝶々も渡れると思います。後述の如く、蝶々は考えられないほどの距離を飛翔することが解ってきています。数kmくらい飛ぶのは訳もないことです。

さてこの詩で使われている「一匹」がおかしいと言われる方もあるかも知れません。クイズ番組等で「蝶々の数え方」は「頭」を使うのが正しいとされるからです。私は以前から、昆虫の数え方に「頭」を使うのは変だと思っていました。「蝶鳥ウォッチング」というブログ(https://yoda1.exblog.jp/19635989/)で「チョウの数え方、昆虫の数え方 」について学問的な考察がなされているのに気づきました。これを読んで疑問が氷解しました。
以下、同ブログより引用します。

----引用開始------
日本動物学会に問い合わせると、以下の説明を公式にいただきました。
「昆虫関係の和文誌論文をいくつかみると、多いものが何「個体」、次が何「頭」です。しかし、厳しく呼称統一されているわけではなく、何「匹」も間違いではないと思います。これが論文ではなく一般向け書物ならば順番は逆になるのではないでしょうか。あまり厳しくルールを決める必要もないのではないかというのが学会関係者の意見でした」
つまり、動物学会でも、学術論文において「頭」にするか、「匹」にするかは、著者の自由であるわけです。
----引用終了-------

TVなどのクイズ番組が間違いなのです。「頭」か「匹」を選ぶのは学術論文でも、どちらでも良いのです。

仮に
「てふてふが 一頭 韃靼海峡を渡っていった。」
としたら何だか情緒が無くなり違和感が残ったと思います。

その韃靼海峡を渡ったとされる蝶々ですが「アサギマダラ」という蝶ではないかとされています。樺太でも見つかるからです。そもそも「か弱そうに見える」蝶々が本当に遠距離を移動するのでしょうか?
それについては少なくとも世界で2種類の蝶が何千キロも旅をすることが確かめられています。最初に長距離を飛ぶことがわかったのは北米の「オオカバマダラ(大樺斑・学名:Danaus plexippus、英名Monarch)」という蝶々です。どうやって、蝶々が数千kmも飛ぶかわかったかというと「オオカバマダラを捕獲」して図1にあるようなラベルを付けてから蝶を放つのです。ラベルにはe-mailのアドレスが書いてあります。

図1:ラベルが貼られたオオカバマダラ図1:ラベルが貼られたオオカバマダラ

このラベルが付いた蝶を再捕獲した人が捕獲場所をe-mailで連絡すれば、蝶々がどこかからどこまで、どれくらいの日時で移動したかが、わかるのです。多くの人の努力、観察により、カナダでラベルを貼られたオオカバマダラはメキシコまで移動していることや、時にはイギリスまで移動していることが解ったのです。このオオカバマダラに次いで長距離移動をすることが解ったのは日本の「アサギマダラ(浅葱斑、学名:Parantica sita 英名:Chestnut Tiger)」という蝶です。


図2 アサギマダラ図2 アサギマダラ

「浅葱:アサギ」とは青緑色の古称で羽の部分の半透明の水色部分の色です。
このアサギマダラですが、春になると北上し涼しい土地で過ごし、秋には暖かい地方に南下するのです。詩的に書けば「アサギマダラは旅をする」のです。旅をするらしいことがわかったのは1980年頃の話です。全国各地のアサギマダラの愛好家がアサギマダラにマーキングを開始しました。大阪市立自然史博物館の方が「アサギマダラを調べる会」を発足させ、以後、現在に至るまで、マーキングをして、アサギマダラがどのように飛んでいるかを調べています。

図3:マーキングされたアサギマダラ図3:マーキングされたアサギマダラ

図3はマーキングされた「アサギマダラ」です。北米の「オオカバマダラ」のラベルとは違います。油性のペンでアサギマダラの羽に字を書き込むのです。キカイとあるのは喜界島のこと、3/28は3月28日、SRSはマーキングした方の略称(例えばこのSRSは栗田昌裕先生です)。このようにアサギマダラの羽にマーキングし、誰かが別な場所でこの蝶を捕獲したら、捕獲場所、捕獲日時をSRSさんに報告する。SRSさんはそれを公開する。Aさん、Bさん、Cさん……がそれぞれそういうことを行ってはじめて、アサギマダラがどれくらいの距離を飛翔するか、わかるというわけです。理屈は簡単ですが、実行するのは大変です。インターネットが普及したお蔭で報告、集計は多少容易になったとは思いますが、それでも蝶にマーキングしてそれを集計するのは大変だと思います。ご興味がある方は「アサギマダラ観察会」に参加してみてください。

以下、次回

【参考文献】

  • 謎の蝶アサギマダラはなぜ海を渡るのか? 栗田昌裕(著) PHP研究所
  • 謎の蝶 アサギマダラはなぜ未来が読めるのか? 栗田昌裕(著) PHP研究所
    両書ともに、極めて興味深いことがたくさんかかれています。お時間あるときに是非、お読みください。なお、本文中の“”内は両書からの引用です。
  • アサギマダラ 海を渡る蝶の謎 佐藤 英治 (著) 山と溪谷社 (2006年)

望月吉彦先生

望月吉彦先生

所属学会
日本胸部外科学会
日本外科学会
日本循環器学会
日本心臓血管外科学会
出身大学
鳥取大学医学部
経歴
東京慈恵会医科大学・助手(心臓外科学)
獨協医科大学教授(外科学・胸部)
足利赤十字病院 心臓血管外科部長
エミリオ森口クリニック 診療部長
医療法人社団エミリオ森口 理事長
芝浦スリーワンクリニック 院長

医療法人社団エミリオ森口 芝浦スリーワンクリニック
東京都港区芝浦1-3-10 チサンホテル浜松町1階
TEL:03-6779-8181
URL:http://www.emilio-moriguchi.or.jp/

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