疾患・特集

104:食事が寿命を変える 「平均寿命」を考える(2)(望月吉彦先生) - ドクターズコラム

大人の健康情報

望月吉彦先生

更新日:2019/2/12

昭和10年から36年間かけた調査で得られたエビデンス

前々回で日本の平均寿命の推移と水道との関係についてお伝えしました。

日本では、水道の蛇口から出る水が飲めます。外国に行くと水道の蛇口から出る水が安心して飲める国が極めて少ないことに気づきます。日本のように水道水が安心して飲める国は30数ヵ国です(参考サイト:アメリカ疾病予防管理センター:https://neomam.com/blog/tap-water/)。水道水が飲めるかどうかは、その国の経済の指標かもしれません。
平均寿命も色々な国の「経済状態」を表す指標です。まだまだ「人生五十年」の国も多いのです。

出典:世界銀行ウェブ「平均寿命、合計(年数)」
出典:世界銀行ウェブ「平均寿命、合計(年数)」

経済状態が良いと、平均寿命は上がります。経済状態が上向きになると、インフラの整備が進み、衛生状態は向上し、衛生的な食物も安定して供給されるようになるからです。日本がその良い例です。しかし、経済状態が良ければ、どんどん長寿になるかというとそういうわけでは無さそうです。さまざまな要因が「寿命」に関与します。

その中で「食事が寿命を大きく変えている」ことを、おそらく世界で最初に見出したのが東北大学公衆衛生学教室の近藤正二教授(1893-1977)です。昨今、健康で長生きするための食事に対する研究が数多くなされていますが、その嚆矢が近藤先生の研究です。
近藤先生は昭和10年から36年もかけて、20kgになる重い調査器財を背負いながら、全国各地計990の町村を回り、平均寿命に影響する因子の調査分析を行っています。その成果は「近藤正二著:日本の長寿村・短命村―緑黄野菜・海藻・大豆の食習慣が決める」(1991年 サンロード出版)にまとめられています。
全国津々浦々を周り歩き、日本各地の風俗、習慣に関する多くの書物を著した民俗学者・宮本常一(1907-1981)に通ずるところがあります。

近藤先生は、70歳以上の長寿者が人口に占める割合が高い村を長寿村、低い村を短命村と称しています。
調査開始当初の長寿者率の全国平均は2.5%程度です。ちなみに2014年には18%です。長寿が問題となっている「今」とは隔世の感があります。近藤先生が調査を開始した昭和10年の平均寿命は男性47歳、女性50歳です。調査を終えた昭和46年の平均寿命は男性69歳、女性74歳です。調査中に20歳も平均寿命が伸びています。

近藤先生が、こういう調査を始めたのは、同じ地方、地域でも平均寿命が短い村と長い村があることに気付いたからです。近藤先生は当初、その違いは「労働時間」「飲酒量」「遺伝」「気候」によるものだと予想していたと書いています。しかし、労働時間が多いほど、短命かと思って調べると、同一地方でも重労働地域は長命で、楽な仕事が多い地域は短命でした。労働と言っても、この頃は主に農作業です。体を動かす仕事です。そういう体を使う仕事を長時間する村々の方が、長命だったのです。
飲酒量と寿命との関係も不明だったと書いています。大量飲酒者は「過少申告」しがちです。おそらく調査不能だったのでしょう。

そして、結局「寿命を決めているのは食事である」ことを突き止めました。
色々と調べていくと(くどいようですが、昭和10年-昭和46年にかけての話です)、

  • 「一升めし」をしている村は短命村(注:一升めし=米の大食い)
  • 野菜、大豆、海草を日常的に食べている村は長寿村
  • 米と魚だけ食べて、野菜を食べない村は短命村
  • 長寿村の長寿者は、高齢でも元気で働いている
  • 長寿率は全国平均2.5%だが、低い地域(1%以下)と高い地域(10%)で10倍もの差がある
  • 果物は野菜の代わりにはならない

和食

ということがわかりました。
実際に村々に入り込み、食べているモノ、仕事、文化、習慣を調査しているので、説得力があります。この本を読んでいると、日本各地で実に多種多様なモノを食べていることがわかります。ユネスコ無形文化遺産になった「和食」ですが、この「和食」はかなり特殊な料理であることがわかります。
米どころ地帯は、おおむね短命村が多いのですが、米どころ地帯の中にも長寿村があることに着目して調査すると、そういう米どころでにある長寿村では、お米は「商品」であり、自分たちが食べるモノではなかったのです。米どころなのに、米の消費量が少ない村が長寿村だったのです。魚をたくさん食べるであろうと予想される漁村にも短命村と長寿村があり、短命村は魚を大量に売って米を買って、たくさん食べていることがわかりました。

伊勢の海女さんと能登半島の海女さんの違いも面白いです。伊勢の海女さんの方が、圧倒的に高齢になっても元気で働いています。伊勢の海女さんは、経験的に野菜、特にニンジンを食べると潜水しても疲れにくいことに気づいていました。伊勢の海女さんは全員がニンジンをたくさん食べています。伊勢ではあまりお米がとれないので、お米は食べていませんでした。海産物と麦や自分たちの畑でとれる野菜が主な食事でした。そしてこれが面白いのですが、伊勢の海女さんは、御菓子を一切食べないのです。御菓子を食べると潜水した時、息苦しくなるからだそうです。そういう食生活をする伊勢の海女さんは70歳を過ぎても現役の方がたくさんいらっしゃり、最高齢は78歳だったと記しています。
一方、能登の海女さんは、潜水するには「大量の米と魚が必要だ」と言って、米や魚を大量に食していたのです。そのせいか、短命者が多く、50歳で引退する方がほとんどでした。伊勢の海女さんとは大違いです。同一職業でも、食生活で寿命がこんなにちがうという良い例だと思います。

当然、米の産地からは反論が出ます。鳥取県は「米どころ」です。その鳥取県の「米どころの村の中に長命で有名な村がある」と反論されると、近藤先生は、勇躍その村に乗り込みます。そして、その鳥取の長命村では「米をほとんど食べない。食べるのは年に10日だけだ」「米は売るモノで、食べるモノではない」「普段は麦や野菜を食べている」「それは村の方針で、その方針は明治時代に偉い人が決めて、それが文章にして残っていて皆それを守っている」というようなことがわかり、近藤先生をやり込めようとした先生が逆にやり込められています。
実際、行ってみないと本当のところは解らないのでしょう。この辺りは今でも通じると思います。

その他、大豆製品、豆腐、味噌を大量に食している村も長寿ということに気付き、再三再四、それらを食すことの重要性を説いています。
山梨県の鳴沢村は長寿村ですが、1回の食事に塩分の少ない自家製味噌汁を6杯も飲むのが習慣だったそうです。味噌は大豆から作られます。それが、周囲の村々に比して鳴沢村が長寿である原因だろうと分析しています。
近藤先生の調査がすべて正しいとは思いません。30年以上も調査していたら、最初と最後では食生活も随分と違ってきたと思います。しかし「平均寿命」という統計の数字の裏にある様々な事象を調査分析したのは「すごい」と思います。現代のように交通の便が良いわけではありません。重い器財を持ちながら、一人で全国各地を歩いて調査した近藤先生には、心底、すごいと思います。

近藤先生とは違いますが、皆様が健康で長生きできるように少しでも助力できれば良いなと思っています。

注1:

昭和10年から昭和46年にかけての調査です。まだあまり冷蔵、冷凍による流通経路が発達していない時代です。食べているモノは、住んでいる場所、地域で摂れた産物がほとんどです。ですから、冷蔵が必要な肉食のことはあまり調査されていません。あまり食べる習慣も無かったのだろうと推測されます。

注2:

麺類についての記載がありません。これは、なぜか不明です。昔は、あまり麺を食べなかったのでしょうか?

【参考文献】

すべて近藤正二先生の著書、論文、記事です。

  • 日本の長寿村・短命村―緑黄野菜・海藻・大豆の食習慣が決める サンロード出版
  • 白米に食われている人間ども 文芸春秋 1955.8月号
  • 長寿村・短命村旅日記 学校保健研究 1962.11月号
  • 食習慣と長壽 公衆衛生学雑誌 1950.3号  など

望月吉彦先生

望月吉彦先生

所属学会
日本胸部外科学会
日本外科学会
日本循環器学会
日本心臓血管外科学会
出身大学
鳥取大学医学部
経歴
東京慈恵会医科大学・助手(心臓外科学)
獨協医科大学教授(外科学・胸部)
足利赤十字病院 心臓血管外科部長
エミリオ森口クリニック 診療部長
医療法人社団エミリオ森口 理事長
芝浦スリーワンクリニック 院長

医療法人社団エミリオ森口 芝浦スリーワンクリニック
東京都港区芝浦1-3-10 チサンホテル浜松町1階
TEL:03-6779-8181
URL:http://www.emilio-moriguchi.or.jp/

※記事内の画像を使用する際は上記までご連絡ください。