望月吉彦先生
更新日:2018/11/26
今回は少し珍しい「食中毒」についてお伝えしようと思います。よく食あたりという言葉を使いますが、「食あたり」=「食中毒」です。ここでは「食中毒」という言葉に統一して使います。
さて、「食中毒」とは何でしょうか?
時折、食堂やホテルで集団食中毒事件が起きます。その原因として、「ブドウ球菌」か「腸炎ビブリオ菌」「ノロウイルス」「O-157」「病原性大腸菌」などが報道されることがあります。しかし、食中毒を引き起こすのは、細菌やウイルスだけではありません。ほかにも色々な原因で食中毒が起きます。列挙します。
年間どのくらいの人数が発症するかというと、日本全体で平成27年22,000人、平成26年19,000人ですから、おおよそ年間2万人程度が食中毒を発症しています。ただし、平成18年は39,000人、平成19年は34,000人です。これはこの時期ノロウイルスによる食中毒が急に増えたためです。このように食中毒は年間2万人程度が発症しますが、死亡者は多くて10名くらいです。
食中毒に罹る患者さんの数は、日本では2万人ということになっていますが、実はもっと多いと思います。
下図は諸外国と日本の食中毒患者数の比較です。アメリカは年間4,800万人です。日本は約2万人です。人口が違うとはいえ、あまりにもその数が違います。ほかの国に比しても少ないですね。
患者数(人) | 入院者数(人) | 死亡者数(人) | 人口(万人) | |
---|---|---|---|---|
アメリカ | 4,800万 (7,600万) |
12万8,000 (32万5,000) |
3,000 (5,000) |
3億1,500万 |
フランス | 75万 | 11万3,000 | 400 | 6,200万 |
イギリス | 172万 | 2万2,997 | 687 | 6,160万 |
オーストラリア | 540万 | 1万8,000 | 120 | 2,200万 |
日本 | 2万802 | NA | 1 | 1億2,700万 |
引用:高橋梯二「日本社会は食の安全に関しグローバル化にどう対応すべきか」(一般財団法人社会文化研究センター補助事業)
http://www.agriworld.or.jp/shabunken/hojyojigyo/H25jigyou.pdf
アメリカの食料は汚染されているのでしょうか?日本がきれいなのでしょうか?実は、食中毒に罹った患者さんの数の算定方法が違うのです。
アメリカの患者数は食中毒に罹った患者さんの《推定値》で、日本の患者数は《届出があった患者さんの人数》です。日本では「医師が食中毒を疑った場合、直ちに最寄りの保健所長にその旨を届け出なければならない(食品衛生法第58条第1項)」と定められています。届け出を怠ると6ヵ月以下の懲役か、3万円以下の罰金などの罰則が課されます。しかし、実際に届け出ることはあまり無いのです。
医師が届け出をサボっているわけではありません。ホテルや旅館、食堂などで大人数の方が同じ食事をした後に発症する食中毒は診断が容易です。同じ場所で同じモノを同じ時間に食べているから、食中毒の症状が出現した場合、かかる医療機関も同一か限られています。同じような食中毒症状を訴える患者さんが複数来院したら食中毒を疑う事は容易です。しかし、あるレストランで細菌に汚染された食材を食べたとしましょう。お客さんはさまざまな場所から来ています。ですから、食中毒を発症しても当然ながら、それぞれ別の病院に受診すると思います。
診察する医師は、食中毒かな?と思っても、届け出ることはほとんどありません。
「食中毒」として届け出るには、《同じ場所》で、《複数人数の方》が、《同様な症状》を《ほぼ同時》に示すことが必要です。つまりホテルなどで一堂に会して同じ物を食べた後に症状が出て医療機関を受診した場合以外は診断が難しいのです。
ですから内心「食中毒かな?」と思っても実際に保健所に「食中毒の疑いがあります」と届け出ることはほとんどありません。届け出た場合でも、疑われる食材が残っていないと診断はできません。ですから、日本の年間食中毒患者数は、実際の患者数よりもかなり少ない?と予想されています。根拠はありませんが、実際に食中毒が出ている患者さんの数は2万人の10倍あるいは100倍くらいはあると思います。
さて食中毒が疑われた患者さんが来られても、その確定診断のために特殊採血や便の培養をすることはほとんどありません。よほど重症な患者さん以外は内服薬それも整腸剤や胃薬、制吐剤で治ってしまいます。下痢、嘔吐をすることで原因物質(細菌、ウイルス、毒素)が体内から減少して免疫力が勝り、自然治癒することの方が圧倒的に多いからです。
しかし、「死に至る食中毒」もあります。重篤な場合は、入院しての集中治療が必要になります。そういう時は、原因菌、原因ウイルス、原因物質の特定が必要です。原因により治療が違うからです。
食中毒は季節性に変動するのも特徴です。細菌、ウイルスによる食中毒は5月頃から急増します。気温が上がるからです。秋になるとキノコ中毒、冬になるとフグによる食中毒が増えます。寒い季節は細菌による食中毒は減少します。
感染性食中毒予防の基本は、「1.冷凍、冷蔵保存」、「2.加熱」です。予防のために加熱が必要となるとお刺身は食べられないことになります。お刺身は美味しいですよね。日本では長い間、刺身が食べられてきました(生食)。日本には生魚をできるだけ安全に食べられるようにする食文化があり、それに伴う流通経路が発達しています。ですから、多くの方はお刺身を食べると思います。私も食べます。美味しいです。これは文化です。欧米(一部を除き)では、最近まで生魚を食しませんでした。今は多少、食べるようになっていますが、まだ一般的ではないです。
なお魚の刺身を食べるのは構わないと思います(=ほぼ安全だと思います)が、生肉を食べるのは止めた方が良いですね。ユッケに付着していた「腸管出血性大腸菌O(オー)111」が原因による食中毒で多くの方がお亡くなりになった事件がありました(O111は聞き慣れないかもしれません。有名なO-157の仲間です)。
肉は、その処理中に汚染されることがあります。ですから生肉を食べるのは、できるだけ止めた方が良いです。私は、基本的に食しません。食べる生肉は馬刺しくらいです。馬にはサルコシスティス・フェアリーという寄生虫がいることがあり(滅多に無い)、その寄生虫による食中毒の報告もあります。ただし、症状は軽いです。
欧米でも基本的に生肉は食べません。ところがフランスやベルギーなどは別で「タルタル・ステーキ(生の牛肉 または馬肉を、みじん切りにし、オリーブオイル、食塩、コショウで味付けし、 タマネギ、ニンニク、ケッパーを加えたモノ)」という生肉を食べます。しかしイギリスでは絶対に馬肉は食べないのです。これも文化ですね。
次回に続きます。
望月吉彦先生
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