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「エコノミークラス症候群」とは(望月吉彦先生) - ドクターズコラム

メディカルコラム

望月吉彦先生

更新日:2018/11/12

ビジネスクラスでもファーストクラスでも発症します

今回は、震災、豪雨、台風などの天災で避難を余儀なくされた時に多発する病気「エコノミークラス症候群」についてお伝えしようと思います。

今年(2018年)も、北海道、大阪で震災があり、中国地方では豪雨が、大阪は大型台風が来襲して大きな被害がありました。つくづく日本は天災が多いと思いました。

「天災は忘れた頃にやってくる」

これは物理学者の寺田寅彦の警句ですが、最近は

「天災は忘れる間もなくやってくる」

ですね。この寺田寅彦の残した警句は寺田寅彦の残した文章のどこにも見つかりません。寺田寅彦のお弟子さんだった中谷宇吉郎が寺田寅彦の残した文章を隅から隅まで探してもこの文言は見つからず、結局は寺田寅彦の口癖がいつの間にか広まったのだろうと分析しています(中谷宇吉郎随筆集(岩波文庫)より引用)。

それはともかく、さまざまな災厄により車中泊を余儀なくされる場合があります。そういう方に「エコノミークラス症候群」が多発しているとの報道があります。
例えば、「重症エコノミー症候群35人、車中泊?女性多く新たに関連死も…避難長期化で急増の恐れ」(産経新聞:2016年4月25日)などです。

「エコノミークラス症候群」でお亡くなりになっている方もいらっしゃいます。「エコノミークラス症候群」とは、どんな疾患でしょうか?
飛行機のエコノミークラスで旅行する方に多く発症したので、この名前がついています。愛称のようなモノです。正式な病名は「肺血栓塞栓症:はいけっせんそくせんしょう」です。肺動脈に血栓(血のかたまり)が詰まるという怖い病気です。正確に言うと「肺血栓塞栓症」の発症原因はたくさんあり、そのうちの1つが旅行中に長時間同一姿勢を強いられることにより発症する「エコノミークラス症候群」です。別名、「旅行者血栓症」「ロングフライト症候群」などとも称されます。
パリのシャルルドゴール空港でこの「肺血栓塞栓症」がどれくらいの頻度で発症するか調べた報告では、
「飛行距離が2500km未満での発症例はなかった」
「10000km以上では100万人あたり4.77人が発症していた」

のです。つまり、飛行距離と発症率は比例するのです(注:東京‐ニューヨーク間が約10,000kmです)。長時間同一姿勢を強いられるからこの病気が発症するのですね。

肺血栓塞栓症は

  • 最初に下肢深部静脈に血栓ができる
  • 下肢深部静脈に生じた血栓が血流の流れに沿って肺動脈にまで流れ肺動脈を塞ぐ

という2つの病態が組み合わさって生じます。
東日本大震災の際、避難所での居住を強いられた方に足の静脈の超音波検査を行ったところ、約10%!もの方に足の静脈に血栓が見つかったとの福島県立医科大学心臓外科の高瀬信弥先生の報告もあります(https://www.fmu.ac.jp/univ/shinsai_ver/1_04takase.html)。
肺血栓塞栓症の第一段階である「最初に深部静脈に血栓ができる」ところまで来ていた方が、避難所への避難者の1割もいたことに驚きます。次の段階である「肺動脈に血栓が詰まる」ところまで進行すれば命の危険を生じるような状態を引き起こします。
肺血栓塞栓症はさまざまな原因で「静脈」というゆっくりと血液が流れる道に血栓(血のかたまり)ができることがその始まりです。「さまざまな原因」と記しましたが、文字通り「さまざま」です。
原因としては、

  • 肥満
  • 寝たきり
  • 手術後の臥床
  • がん
  • 凝固異常症
  • 脳血管疾患による臥床
  • 長時間の同一姿勢(飛行機、バスなどの長距離移動)
  • 妊娠、出産

などです。
頻度を下に示します。「旅行者血栓症」と書かれているのが、エコノミークラス症候群に相当します。

肺塞栓症研究会の調査から引用
肺塞栓症研究会の調査から引用

凝固異常以外で足の静脈に血栓ができるのは、「足が動かせない状態」か「足を動かしがたい状態」であることにお気づきでしょうか?普通に足が動かせるなら足の静脈に血栓ができることは稀です。大震災での避難時や飛行機搭乗中の長時間坐位により下肢に血栓ができるのは「足が動かせない」からです。それに加えて震災下では水分補給不足、トイレへのアクセス不による自主的飲水制限による脱水状態や、飛行機内では空気の乾燥による脱水やアルコール摂取、が下肢静脈内の血栓形成を助長します。

原因が何であれ、下肢深部静脈にできた血栓が深部静脈→下大静脈→右房→右室→肺動脈と流れていき、肺動脈を塞ぐようになった状態が「肺血栓塞栓症」です。
肺動脈が閉塞すると右室からの血液は肺動脈より先に流れなくなります。肺動脈に血液が流れないと酸素を体内に取り込むことができなくなり、体に酸素が行き渡らなくなります。さらに進行すると、体の静脈系に血液が貯留し、体に流れる血流が減少し、血圧が低下しショック状態となります。この疾患が発症してから直ちに適切な処置をとらないと命の危険に晒されることになります。
最初は深部静脈に血栓ができることが「肺血栓塞栓症」の始まりだとお伝えしました。下肢の深部静脈に血栓ができると、足が「ぱんぱんに腫れます」診断は容易です。

写真1:左下肢深部静脈に血栓が詰まった状態の足
写真1:左下肢深部静脈に血栓が詰まった状態の足
左下肢が腫れています

写真2:右手の深部静脈血栓症
写真2:これは非常に珍しい画像です
右手の深部静脈血栓症の方の写真です。右手が腫れているのがわかりますでしょうか?

深部静脈に血栓ができていることが疑われたら、超音波検査を行う必要があります。超音波検査を行えば診断は容易です。ノートパソコン程度の大きさの超音波検査装置もあり、東日本大震災や熊本大震災でも活用されました。今ではiPhoneにつなげる超音波検査装置も開発されています。超音波検査で深部静脈に血栓があることがわかったら、そして肺動脈まで大きな血栓が流れていない段階なら

  • ヘパリンというお薬を使ってそれ以上血栓が作られないようにすること
  • 下肢の血栓が肺動脈に流れないように下大静脈にフィルターを留置すること

が大切です。これらの処置を滞りなくできるだけ早期に行うことが必要です。言うは易く行うは難しです。特に震災などでインフラが損傷を受けていると、そういう処置は簡単にできることではありません。それが震災時に肺血栓塞栓症による死亡が多発する要因のひとつです。

肺血栓塞栓症を発症し、ショック状態で搬送されてきた患者さんを診ることもしばしばありました。ショック状態を改善するには緊急で開胸して、人工心肺を装着して心臓を止めて、肺動脈を開けて肺動脈内にある血栓を除去することが必要です。時間との勝負になります。

3人お目にかけます。最初の患者さん(写真3-1、3-2、3-3)は、60代女性です。自宅トイレで倒れていて、救急車にて搬送されてきた患者さんです。肥満を認めます。酸素投与でも動脈血酸素飽和度が上昇しないことから、肺血栓塞栓症が疑われ、CTにて肺動脈内に血栓を認めています(写真3-1)。呼吸不全、血圧低下、ショック状態となったために緊急手術となりました。手術にて肺動脈内の血栓を除去しました(写真3-1、3-2)。

写真3-1:右肺動脈に血栓が詰まっていることを示すCT画像
写真3-1:右肺動脈に血栓が詰まっていることを示すCT画像

写真3-2:心臓を止めて、肺動脈を切開して血栓を取り出しているところ
写真3-2:心臓を止めて、肺動脈を切開して血栓を取り出しているところ

写真3-3:肺動脈内に詰まっていた血栓
写真3-3:肺動脈内に詰まっていた血栓

この患者さんは、幸い後遺症無く元気に退院していきました。肥満があり、それが原因かと思われました。

次の患者さん(写真4-1、4-2)は60代男性、脳梗塞で入院中に、ショック状態となった方です。肺動脈造影にて肺動脈内に血栓を認めた方です。直ちに手術を行い、肺動脈内の血栓を取り除きました(写真4-2)。

写真4-1:肺動脈内に血栓を認めます
写真4-1:肺動脈内に血栓を認めます

写真4-2:手術で取り出した血栓
写真4-2:手術で取り出した血栓
PA=pulmonary artery 肺動脈のことです

入院中だから助かったのだと思います。脳梗塞によって安静臥床していたことが血栓のできた原因だと思います。

次の患者さんは50代女性です(写真5)。脳の手術後、安静臥床中にショック状態となり救急搬送されてきた患者さんです。CTで肺血栓塞栓症と診断、人工心肺使用下に肺動脈から血栓を取り出しました。

写真5:手術でとりだした肺動脈内に大量に詰まっていた血栓
写真5:手術でとりだした肺動脈内に大量に詰まっていた血栓

この方も、無事退院できました。手術後20年になりますが、今でも元気で時折、便りをくださいます。その便りを読むのは医師としてとても嬉しいことです。
とにかくこの病気は診断がついたら、早期の処置、手術が必要です。

ある時、The Annals of Thoracic Surgeryという雑誌を読んでいたら、心臓外科医のレジェンドの一人であるセニング先生が「Left Anterior Thoracotomy for Pulmonary Embolectomy With 29-Year Follow-up」という論文を載せていることに気づきました(文献2)。1998年に掲載された論文です。オーケ・セニング(Åke Senning)先生は、埋め込み型ペースメーカーを世界で最初に臨床応用したことや、大血管転換症の手術を開発し手術名に名前を残している先生です。心臓病を専門とする医師なら知らない人はいません。その有名な先生が症例報告を書いていたのです。当時のセニング先生の年齢は83歳です。その歳で論文を書いて、一流雑誌に症例報告をしているのだから感動しました。
内容は今回でお伝えしている「肺血栓塞栓症」の治療についてです。この論文に載っている患者さんは59歳女性で肺の腫瘍の摘出術後にベッドで安静にしていたら、肺血栓塞栓症を発症、心臓が停止したのです。セニング先生は、人工心肺を装着していては救命できないと判断、ただちに左胸を開けて左肺動脈から肺動脈内の血栓を除去、しばらくしたら心臓が動き出し、この患者さんは大きな障害を起こさずに退院し、それから29年経ち88歳になったが元気に生活している。そういうことを報告した論文でした。論文中、肺血栓塞栓症を生じたらできるだけ早期に肺動脈から血栓を摘出する必要があることを強調していました。セニング先生にとっても、とても印象的な患者さんだったのでしょう。

こういう病気は日本では少ないとされてきましたが、その数は増えています。とは言え、日本で肺塞栓症の発症率は100万人あたり62人、アメリカは100万人当り500人ですから、アメリカの1/8程度です。アメリカは肥満者が多いので、この疾患を発症する方が多いのだと思います。

さて、話は震災時の肺血栓塞栓症の話に戻ります。震災でこの病気が増えるのは上述のごとく、避難所で窮屈な生活を強いられたり、車中泊をしたり、水分摂取が減るからです。そういう災厄に遭ったら、

  • できるだけ早期に手足を伸ばして寝られる場所を確保すること
  • 水分をできるだけたくさん飲むこと

で、この病気を予防することができます。
また、仕事や旅行など、飛行機やバスで長時間移動する機会も多いかと思います。そういう場合も、できるだけ体を動かすことや水分をよく摂ることを心がけてください。

【参考文献】

  • 肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン(2009年改訂版).日本循環器学会など
  • Senning A. 「Left anterior thoracotomy for pulmonary embolectomy with 29-year follow-up.」 Ann Thorac Surg. 1998 Oct;66(4):1420-1.

望月吉彦先生

望月吉彦先生

所属学会
日本胸部外科学会
日本外科学会
日本循環器学会
日本心臓血管外科学会
出身大学
鳥取大学医学部
経歴
東京慈恵会医科大学・助手(心臓外科学)
獨協医科大学教授(外科学・胸部)
足利赤十字病院 心臓血管外科部長
エミリオ森口クリニック 診療部長
医療法人社団エミリオ森口 理事長
芝浦スリーワンクリニック 院長

医療法人社団エミリオ森口 芝浦スリーワンクリニック
東京都港区芝浦1-1-1 浜松町ビルディング1階 プラザ 111 内
TEL:03-6779-8181
URL:http://www.emilio-moriguchi.or.jp/

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