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096:日本はなぜ「ジャパン」か?~日本語について思うこと(2)(望月吉彦先生) - ドクターズコラム

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望月吉彦先生

更新日:2018/10/09

本日(ほんじつ)は晴天なりと「ジャパン」の関係

本日は晴天なり

前回で音読み、訓読みの由来をご紹介しました。漢字の読み方は難しいですね。以前から、なぜ日本が外国では「ジャパン」と呼ばれているか疑問でした。それを少し読み解いてみようと思います。

我が国の名前ですが、元を正せば、大和地方にあった大和朝廷により国家統一がなされたので「大和」と書いて「やまと」と読ませ、それが国名でした。「大和」を「やまと」と読むのも難しいですね。
その後、大化改新の頃、「東の方(日出ずる方)」を意味する「日本」が国名として使われるようになりました。その「日本」を「やまと」と読ませていた時期もありました。日本武尊(やまとたけるのみこと)が有名ですね。
さらにその後、「日本」は音読み(中国読み)されるようになりました。正確に記すと三つの音読みがありましたが、今は「にほん」、「にっぽん」の二つしか残っていません(後述)。

さて、その二つ「にほん」「にっぽん」です。どちらが正式名称なのでしょうか?これには長らく論議がありました。2009年に当時の岩国哲人衆議院議員が「日本に、二つの読み方(名前)があるのはおかしいのではないか?」と、政府に質したところ、当時の麻生内閣は「ひとまず、どちらでも良い」と閣議決定しました。結局、どちらも正式名称として使って良いことになりました。
皆さんは、この二つの読み方をどのように使い分けていますでしょうか?ちなみに「国」として扱う時の読み方は正式に決まっていて、『大日本帝国』が国名だった時代は「だいにっぽんていこく」と呼ぶのが正式な読み方です。そして今の『日本国』では「にほんこく」が正式呼称です。

それはさておき、オリンピックで「日本ガンバレ」という時は、大抵「ニッポン」が使われます。「ニッポン チャ チャ チャ」、「ビバ!ニッポン!」のように「景気づけ」のような時に「ガンバレニホン」では何となくテンションが下がるような気がします。
一方、そういう景気づけるような話ではない時は、ほぼ「にほん」と呼称することが多いですね。「日本」を冠した病気は日本脳炎、日本住血吸虫症の二つしかありませんが、どちらも「にほん」です。
ちなみに、日本脳炎の原因ウイルスは「日本脳炎ウイルス:Japanese encephalitis virus」で、日本住血吸虫症の原因寄生虫は「Schistosoma japonicum:ラテン名:学名」です(参考文献2参照)。どちらも「ジャパン」が入っています。生物の学名はラテン語が使われます。しかし、ウイルスは生物かどうかも定かで無いため、ラテン名では無くて英語表記がされることが多いです。生物の学名で日本に関係するモノはジャパン系(japonicum、Japanese)の名前が付いていることが多いのですが、朱鷺(トキ)だけはなぜかニッポニアニッポン(Nipponia nippon)です。
なお、日本医師会、日本遺産、日本育英会、日本遺族会、などの団体や機構を示す場合も「にほん」と読むのが普通でしょう。日本外科学会、日本胸部外科学会、日本内科学会など学会名も、すべてを確かめたわけではないですが、ほぼ「にほん」でしょう。前回紹介した言語学者 小島剛一氏によると文化に関する言葉も「にほん」を使うことが多いですね。日本文化、日本料理、日本髪、日本語、日本茶、日本庭園、日本刀 などですね(http://fjii.blog.fc2.com/blog-entry-656.html)。

郵便切手にはNIPPONと記載されていますが、これは、日本が大日本帝国だった1877年(明治10年)に万国郵便連合に加盟した際、国名を切手にローマ字表記することを求められたので、当時の国名「大日本帝国:だいにっぽんていこく」に準じてNIPPONとなったのだと思います。今更、「日本国:にほんこく」になったから、すべての切手を「NIHON」にするのも面倒だから、そのまま使っているのだと思います。

さて、「東京2020オリンピック・パラリンピック」まで、あと残り2年になりました。いつごろから言い始めたのかは忘れましたが、日本代表チームには監督名や愛称を冠するようになりました。「ハリル・ジャパン」、「岡田ジャパン」、「侍ジャパン」、「なでしこジャパン」、「トビウオジャパン」などです。この辺りまでは、皆さんご存じかと思います。そのほかにも、

  • スマイルジャパン(アイスホッケー日本代表女子)
  • ポセイドンジャパン(水球日本代表男女共)
  • ムササビジャパン(ハンドボール日本代表男子)
  • おりひめジャパン(ハンドボール日本代表女子)
  • クリスタルジャパン(カーリング日本代表女子)
  • マーメイドジャパン(シンクロナイズドスイミング)

などがあります。なお、「ニッポン」を使っている競技もあります。

バレーボールは、男子が「龍神NIPPON」女子が「火の鳥NIPPON」です。
でも、ほとんどは「ジャパン」を使っています。私は、以前から「ジャパン」という言い方には疑問を持っていました。
外国で「日本」はなんて呼ばれるのでしょうか?

  • 英米:ジャパン(Japan)
  • フランス語:ジャポン(Japon)
  • ドイツ語:ヤーパン(Japan)
  • イタリア語:ジャッポーネ(Giappone)
  • ロシア語:ヤポーニヤ(Япония)
  • スペイン語:ハポン(Japón)
  • アイルランド語:アン チャパイン(an tSeapáin)
  • ポーランド:ヤポニヤ(Japonia)
  • タイ語:イープン(ญี่ปุ่น)
  • ポルトガル語:ジャポン or ジャパーン(Japão)
  • 中国語:ジーペン(中:Rìběn;日本)
  • 朝鮮語:イルボン(朝:일본;日本)
  • ベトナム語:ニャッバーン(Nhật Bản;日本)
  • スワヒリ語:ジャパニ(Japani)
  • フィンランド語:ヤパニ(Japani)
  • ギリシア語:イアポニア(Iaponia)

切りが無いので止めます。
「にほん」でも「にっぽん」でもありません。ほとんどが「ジャパン」系ですね。これは「昔の中国」での「日本」の読み方が世界中に伝わったからでしょう。マルコポーロの東方見聞録で日本「ジパング」として紹介されています。ジパングの「グ」は「国」の中国での読み方です。ですから、ジパングは「日本国」のことですね。

それはともかく、日本も中国での読み方(=音読み)を取り入れて「にほん」「にっぽん」と呼称し今に至りますが、こちらの読み方は外国には伝わりませんでした。
前回で紹介した「音読み」と「訓読み」という点から、「ジャパン」問題を考察してみましょう。私たちは、普段、訓読みや音読みを意識することはあまりありません。
「日」と「本」について、それぞれの読み方を整理してみます。

「日」の訓読み(日本古来の読み方)は、「ひ」か「か」です。「日」の音読み(中国語読み)は「にち:呉音」か「じつ:漢音」です。呉音と漢音では前者の呉音の方が古く、後者の漢音は遣隋使や遣唐使を通して伝わった読み方です。正式な読み方と称して「正音」ともいいます。実にややこしいですね。
「本」の訓読みは「もと」です。「本」の音読みは「ほん」「ぽん」「ぼん」の3通りあります。「本」については、呉音、漢音の違いはありません。
ですから、本来、「日本」を中国語読みすると、呉音なら「にほん」「にっぽん」に、漢音なら「じっほん」「じっぽん」です。ジャパンもジャポンもジパングも、この「じっぽん」系の言葉です。「本日は晴天なり」と言う時は「本日」は「ほんじつ」と発音します。逆読みすれば、「じつほん」です。その「じっぽん」系の読み方は、日本では駆逐されてしまいました。それはなぜでしょう?

「日葡辞書」(1603~1604:にっぽじしょ:脚注参照)には日本のことを

  • 「Iippon:ジッポン」
  • 「Nifon:にふぉん」
  • 「Nippon:にっぽん」

と3通りの記載があります。少なくともこの辞書が成立した1600年頃、日本はこの3通りに読まれていたのでしょう。それがいつの間にか、後者二つ「Nifon:にふぉん」「Nippon:にっぽん」しか残りませんでした。前述の如く、語頭の「日」を「じつ」と呼ばなくなったからでしょうが、それがいつのことかまったく不明です。

まとめると、日本は、元々は二通りある中国読みで「じっぽん:漢音」と「にほん、にっぽん:呉音」と呼ばれていたのが、現在は「呉音による中国語読み一辺倒」になっているという不思議なお話です。ちなみに、中国語読みは「嫌だ」と言う方もいらっしゃいます。そういう方は、日本のことを「ひのもと」「やまと」と呼称しています。言葉は、難しいですね。

とういうわけで、2020年には、東京でオリンピックが開催されます。
「ガンバレ、ニッポン!」
と唱えるとき、少しだけ今回のお話しも思い出してください。

次回は日本語の多彩さについて考えていることを書こうと思います。

注:日葡辞書
当時の日本語をポルトガル語、ラテン語で解説した辞典です。性的な言葉はラテン語になっていて、簡単には読めないようになっています。当時も今も使われている多くの言葉がローマ字表記されています。1600年当時の日本の言葉の発音がよくわかります。本物は横にローマ字で「Nifon」とありその横に、ポルトガル語で説明が書いてあります。ポルトガル語がわからないと読めないですね。そういうわけで、私が持っているのは、ポルトガル語を日本語に翻訳した日葡辞書(岩波書店刊)です。読んでいて飽きません。実に面白い辞書です。

【参考文献】

  • 高島俊男(著)「キライな言葉勢揃い(文春文庫)」 など
  • 日本住血吸虫症のウィキペディアの項は凄いです。引用文献が300を越えています。ウィキペディアの有名項目です。どの項目もこれくらい詳しければ良いですね。

望月吉彦先生

望月吉彦先生

所属学会
日本胸部外科学会
日本外科学会
日本循環器学会
日本心臓血管外科学会
出身大学
鳥取大学医学部
経歴
東京慈恵会医科大学・助手(心臓外科学)
獨協医科大学教授(外科学・胸部)
足利赤十字病院 心臓血管外科部長
エミリオ森口クリニック 診療部長
医療法人社団エミリオ森口 理事長
芝浦スリーワンクリニック 院長

医療法人社団エミリオ森口 芝浦スリーワンクリニック
東京都港区芝浦1-3-10 チサンホテル浜松町1階
TEL:03-6779-8181
URL:http://www.emilio-moriguchi.or.jp/

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