望月吉彦先生
更新日:2018/09/10
今回は、20年前から使われていた薬に新たな作用があることがわかり、最近再び注目されているという話題をお届けします。
以前、冠動脈治療に使う「ステント」に薬剤溶出性ステント(Drug Eluting Stent:DES と略します)が使われているというお話をしました。狭くなった冠動脈をステントで広げても、再度、ステント内で血管内膜が増殖して再狭窄を生じます。それを予防するために、さまざまな薬剤を金属製ステントに塗布して再狭窄予防に使っている、そういうお話でした。
DESに使われる薬剤として最初に用いられたのが「シロリムス」というお薬です。シロリムスは、イースター島の土から見つかった放線菌「ストレプトマイセス・ハイグロスコピクス(Streptomyces hygroscopicus)」が分泌する物質です。
シロリムスは別名をラパマイシン(イースター島の現地名:ラパヌイに由来します)とも言います。シロリムスには、これまでに下に述べる3つの別々な薬効があることが確認されています。
シロリムスの構造を少し変えたエベロリムスは抗がん剤として腎細胞癌、再発乳癌などに使われています
ひとつの薬剤がさまざまな作用を持つのは凄いことだと思います。そのシロリムスですが、最近、さらに2つのことで脚光を浴びています。
の2つです。後者はiPS細胞を用いた「創薬(そうやく=お薬を作る)」と言っても良いかもしれません。
今回は、この2つについて紹介しようと思います。
最初は「不老長寿のお薬」としてのシロリムスです。
2009年、NATUREに「シロリムスを投与したマウスは寿命が伸びた」という要旨の論文が載ったのです(文献1)。この論文が発端になり、シロリムスと長寿に関する実験が数多くなされています(文献2.3など)。シロリムスには細胞分裂の速度を弱める働きがあります。それゆえに
としても作用します。シロリムスにより細胞分裂速度が遅くなれば、老化も遅くなるのではないだろうかと予想して実験をしたのが、先に紹介したNATUREの論文です(文献1)。NATUREに載ったこの論文には、人間でいうと60歳に当たるマウスにシロリムスを投与すると寿命が10%延びたとのことです。マウスではなく人間もシロリムスを服用すれば長生きできるのではないかと思うのが「人情」です。しかし、残念ながら人間には使えないと思います。シロリムスには免疫抑制効果もあり、腎移植後の拒絶反応予防薬としても使われています。免疫抑制効果がある薬を服用すると、免疫を抑制するので感染症にかかりやすくなります。シロリムスを服用すれば寿命は延びるかもしれませんが、さまざまな感染症に罹りやすくなると思います。
というわけで現状では人間にシロリムスを投与すれば長寿になる可能性は低そうですが、感染の問題が解決できればどうなるかわかりません。
さて、今ひとつは「シロリムスが神経難病に効くかもしれない」という話題です。
iPS細胞というと、心筋細胞を作ったり、腎臓細胞を作ったり、血小板を作ったりという「臓器や組織」の再生が話題になりますが、創薬にも使われています。創薬にiPS細胞を用いるに方法として、現在2つの方法があります。
第一の方法は、「iPS細胞を用いて、お薬の安全性試験をするという方法」です。
例えば心臓病の「治療薬A」ができたとします。「治療薬A」が実際に人の心筋細胞のどのような影響を及ぼすのかを試すのは大変なことでした。「in vivo(生体)」での試験は簡単にはできません。生きている人間の心筋細胞に新しい治療薬がどのように効くかを実験するのは危険を伴います。しかし、iPS細胞を使って人間の心筋を作れば「治療薬A」が心筋にどのような作用を及ぼすかを調べるのが比較的容易になると予想されています。iPS細胞があれば心臓、肝臓、腎臓、皮膚などさまざまな細胞が作れるのでお薬の生体内での作用を、検査することができます。夢のある話です。
第二の方法は「iPS細胞を用いて、難病の治療薬を探す方法」です。
世の中には実に多くの病気があります。その中でも特に治療が困難なのは、原因が不明で成長や加齢と共に発症する神経系の難病です。筋萎縮性側索硬化症(きんいしゅくせいそくさくこうかしょう、英語: Amyotrophic lateral sclerosis、略称:ALS)やパーキンソン病、アルツハイマー病などです。
こうした病気になった患者さんから得られたiPS細胞から神経細胞を作ると病的な異常を持つ神経細胞ができることがあります。この病的な異常の発現を阻止するようなお薬を見つける、これが第二の方法です。言うは易く行うは難しです。
お薬は無数にありますからどのお薬が効くかを調べるのは容易ではありません。しらみつぶしのようなアプローチが必要です。
今、この第二の方法を用いて「進行性骨化性線維異形成症(しんこうせい こつかせいせんい いけいせいしょう、Fibrodysplasia Ossificans Progressiva:FOPと略)」という神経難病の発症抑制薬が見つかり、臨床治験が始まりました。
FOPの患者さんは10代で発症し、筋肉が骨に置き換わっていきます。日本では80人の方が、この病気で苦しんでいます。筋肉が骨に置き換わり、動けなくなる、そういう病気です。
このFOP発症を抑制する、あるいは発症しても病気の進行を遅らせるお薬がiPS細胞を用いて探索されていました。7,000種もの化合物が試験され、ついにFOP発症を抑制するかもしれないお薬が発見されました。それがあの「シロリムス」です。再びシロリムスが脚光を浴びることになりました。
シロリムスが実際にFOPの進行を遅らせることができるかどうかの判定には、まだ長い年月が必要だとは思います。これまで神経系の難病治療は不可能とされてきました。シロリムスがFOPの進行を抑えることができれば間違いなく医学の歴史に残ります。
山中伸弥先生がiPS細胞の作り方を発見し、イースター島の土から見つかった放線菌がシロリムスを分泌することを発見していたことがこうした「創薬」に繋がったのですね。シロリムスがFOPに効くなら(ぜひ効いて欲しいです)、シロリムスには新たな薬効が増えることになります。前述のように不老長寿薬になる可能性もあります。ほかにも薬効が見つかるかもしれません。
このように、ひとつのお薬にまったく違う薬効が見つかるのはとても興味深い話です。
私は、シロリムス発見の源であるイースター島へ行ってみたくなりました。
望月吉彦先生
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