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90年前のニュージーランド ラガーマンの心電図とレントゲン写真

大人の健康情報

望月吉彦先生

更新日:2018/08/27

今から90年前、ニュージーランド ラガーマンの身体測定が日本で行われていた!

ラグビー

2019年9月に日本でラグビーのワールドカップが開催されます。
前回ワールドカップの優勝国はニュージーランドです。チームの愛称が「オールブラックス」です。ユニフォームが黒いからですね。そのオールブラックスに準決勝で、わずか2点差で負けたのが南アフリカです。その南アは3位にもなっています。日本はその南アに予選リーグ勝ったのですから、3位の上、2位の下と言っても良いくらいです(言い過ぎかな)。

これまでに8回、ラグビーワールドカップが開催されていますが、優勝回数を見てみましょう。

優勝3回:ニュージーランド
優勝2回:オーストラリア、南アフリカ
優勝1回:イングランド

です。ニュージーランド(=オールブラックス)は強いですね。
ちなみに 他のチームの愛称には以下の様なモノがあります(愛称が無いチームもあります)。

南アフリカは「スプリングボック」(鹿みたいな動物)
オーストラリアは「ワラビーズ」(小さなカンガルーのような動物)
日本は「ブレイブブロッサムズ」(勇敢な桜戦士)
フランスは「レ・ブルー(Le Blue)」(青いユニフォームに由来)
イングランドには、「サクソンズ(Saxons)」(アングロサクソン民族に由来)
ウェールズには「レッド・ドラゴンズ」(国旗に書かれたドラゴンに由来)
など。

図1:New Zealand大學「ラグビー」選手身體檢査成績
図1:New Zealand大學「ラグビー」選手身體檢査成績

図1は昭和11年(1936年)に書かれた論文です。「New Zealand大學「ラグビー」選手身體檢査成績」という題です。
実はこの論文は再刊行されたモノです。論文が復刊されるなど、とても稀なことです。その経緯です。
昭和62年ニュージーランドオールブラックスが初来日して、日本代表と試合を行いました。当時、この論文の著者である木村潔先生が92歳でご存命でした。そして、この論文(別に英語版もあります)を、日本ラグビー協会に届けてくれたのです。英語版はニュージーランドラグビー協会の方に届けられました。
この論文が掲載されたのは「北野病院業績報告第二巻」です。北野病院は、大阪の実業家「田附政次郎(たづけ まさじろう)」氏が、「京都大学医学部の研究の為に拠出した基金」で建てられた病院で、今でもさまざまな研究部門があることで有名な病院です。
そういう研究心にあふれた病院に勤務していた若き木村先生はレントゲンや心電図なども駆使して、この論文を書いています。当時の大阪の新聞(文献2)には「ランニングやラグビーその他の名選手として知られた木村潔君(木村廉教授の弟)」との記載がありますから、ラグビーも学生時代にやっていたのでしょう(文献3)。
本論文を読んだ日本ラグビー協会医務委員の方が中心となって、本論文を再刊し、全国のラグビーに関係する医療関係者に配ったのです。私も当時、関東ラグビー協会の医務委員をしていたので、一部いただきました。少し内容を紹介しましょう。

この論文には、昭和11年にニュージーランドから、ラグビーの試合をするために遠征してきた大学生の身体所見、レントゲン所見、心電図所見などが書かれています。

図2
図2

例えば、この図2はこの遠征に参加した24名には各選手の名前(!)、年齢、体重、身長、胸囲が記されています。名前が載っています。医学論文に被験者の名前が載っているなど、今なら考えられないですね。
フォワード選手の体重平均が78.1kg。バックスの選手の体重平均が74.6kgです。今なら、日本の強豪高校のラグビーチームの方が大きいでしょう。身長はフォワードが180cm、バックスが177cmです。さすがに大きいですね。胸囲は全員の平均で95cmです。論文中には「日本のラグビーチームも測定して議論したい」と書かれています。

図3
図3

図3には今では、あまり使われていない診断法が書かれています。
アシュナー氏症候(眼を押すと脈がゆっくりになる)の有無とか呼吸性不整脈の有無が「副交感神経が優位になっているかどうかの検査」として行われています。「よく訓練されたスポーツマンではこれらの検査が陽性になると言われているが、実際に検査してみたら、陽性の選手が多かった」と書かれています。

ちょっと面白いのはこのページにある心雑音の有無です。1人だけ心雑音を聴取しています。昭和10年に行われた「竹内氏紀念オープンマラソン」の参加者24名中、7名は心雑音を聴取したのに比べて、ニュージーランド選手は心雑音の聴取率がとても低いと考察しています
当時、まだペニシリンは開発されていませんので、リウマチ熱の発症も多く、日本ではスポーツ選手でも心雑音を聴取することも多かったのだと思います。

図4:心臓係数
図4:心臓係数

図4には聞き慣れない「心臓係数」という言葉が出てきます。
要するに、レントゲン写真から心臓の大きさを推測しているのです。今ではもちろん使いません。この心臓係数は平均170です。なぜか十種競技は小さく150くらい、一番大きいのはマラソン選手で216などと書かれています。当時、胸部レントゲン写真から、心臓の大きさを推定していたのですね。

図5
図5

図5はそのレントゲン写真です。なんだか、真っ暗でよく解りません。
名前が書いてあるのがおわかり頂けますでしょうか?肺野は皆さんきれいですね。心臓はやや肥大していると思います。
面白いのは心電図です。時間が無くて、全員を撮影できなかったのはまことに遺憾であったと書かれています(心電図記録のことを当時撮影と記述していたことが解ります)。当時、まだ日本にも、世界のどこでも、今のように簡単に計測できる心電図はありませんでした。1回撮影するのに結構時間がかかったのだと思います。それでも10名は記録できています。
まとめが図6です。結構、細かい分析をしています。今でも、こういう分析は結構面倒ですが、木村先生はきちんとした分析をしていると思います。R波が高いが人多いと書かれています。今なら、左室肥大気味と診断できるでしょう。

図6
図6

図7
図7

図7は、その現物です。ここにも名前が記されていますね。結構、きれいに記録されています。

  • p-p間隔
  • PQ間隔
  • QRS間隔
  • QT間隔

をきちんと計測しています。
今から、90年前の心電図です。これを見られるだけでも、この論文を読む価値があると思います。

以上、紹介してきたように、今から80年前に来日したニュージーランドの大学ラグビー選手の身体計測です。立派な研究です。「スポーツ医学」研究の「さきがけ」のような論文です。
以前も記録することの大切さを記しました。この論文を読んで、その思いを新たにしました。

【参考文献】

  • 木村潔、大岡義秋、藤木正一、澤井観、江口清、松橋昇「New Zealand大學「ラグビー」選手身體檢査成績」
  • 大阪毎日新聞 1931.5.11-1931.7.28(昭和6) 「京大展望/来間恭氏の批判の批判より」
  • 亰都帝國大學新聞 (1928), 89
    http://hdl.handle.net/2433/219295

余計な注1:

ニュージーランド大学ラグビーの来日はこの1936年から始まり、今も続いています。2015年も5月に来日して、試合をしています。14回目の来日です。今はもちろん飛行機で来ますが、1936年なら船旅で結構大変だったと思います。

余計な注2:

ネクタイ

このネクタイは、オックスフォード大學ラグビーチームの公式ネクタイです。
1983年オックスブリッジ(オックスフォード大学、ケンブリッジ大学の連合チームをそう称します)が来日して、日本代表と試合をしました。
私は、この試合のドクターを頼まれました。試合終了後にレセプションがあり、そこで知り合ったオックスフォード大学のラディントン選手とバーンズ選手を、試合の無い日に浅草まで案内しました。そのお礼として、帰国する際に彼らが締めていたネクタイをいただいたのです。
ちょっと貴重かもしれません。当時のオックスブリッジに日本代表は負けています。今はもちろん日本代表チームがいくらイギリスとはいえ、大学のチームには負けません。

余計な注3:

今回紹介した論文の最後に「第12回Olympics大会東京ニ決定ノ日脱稿」とありますので、この論文は、昭和11年7月31日に脱稿したことがわかります(同日、ベルリンで開かれていたIOC総会で投票が行われ、1940年に東京でのオリンピック開催が決定しています)。残念な事に、このオリンピックは戦争のために開催されませんでした。
論文にわざわざ「東京ニ決定ノ日脱稿」記していることから、オリンピックが決定した当時の高揚感が感じられます。

望月吉彦先生

望月吉彦先生

所属学会
日本胸部外科学会
日本外科学会
日本循環器学会
日本心臓血管外科学会
出身大学
鳥取大学医学部
経歴
東京慈恵会医科大学・助手(心臓外科学)
獨協医科大学教授(外科学・胸部)
足利赤十字病院 心臓血管外科部長
エミリオ森口クリニック 診療部長
医療法人社団エミリオ森口 理事長
芝浦スリーワンクリニック 院長

医療法人社団エミリオ森口 芝浦スリーワンクリニック
東京都港区芝浦1-1-1 浜松町ビルディング1階 プラザ 111 内
TEL:03-6779-8181
URL:http://www.emilio-moriguchi.or.jp/

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