疾患・特集

091:「一猫単位」から、お薬を考える(2)~お薬の効力=力価に関する考察(2)(望月吉彦先生) - ドクターズコラム

メディカルコラム

望月吉彦先生

更新日:2018/07/30

「猫単位」という特殊な単位を考案してまで使われるようになった「ジギタリス」

前回より続きます。前回は、主にジギタリスというお薬についての効力(力価)の評価に猫が使われたという話でした。なぜ、猫だったのでしょうね。猫単位を考えたエグルストン医師は英国人です。紳士の国は犬を大事にするからでしょうか?
猫以外にも、ジギタリスの力価判定には蛙、鳩などが使われていました(文献3)。このように動物を使ってのお薬の効力判定(=力価判定)は「動物単位」と言われていました。今、ほとんど使われていません。
話は変わりますが、今、ジェネリック医薬品が使われています。ジェネリック医薬品は、お薬の本質となる成分は一緒ですが、添加物、製造方法はさまざまです。それゆえに、多少効き目が違うジェネリック医薬品があるのかもしれません。公的には先発品とジェネリック医薬品との間に効力差は無いことになっています。しかし、先発品でないと効かないと仰る患者さんがいます。差があると仰る患者さんは先発品との「違いが解る」センサーがあるのかもしれません。「動物単位」に通じるかもしれません。

前置きが長くなりましたが、今回の主題は「猫単位」という特殊な単位を考案してまで使われるようになった「ジギタリス」というお薬の話です。

「ジギタリス」は「キツネノテブクロ、英語=foxglove、ラテン名=Digitalis purpurea」という植物の葉っぱから作られます。キツネノテブクロは元々日本には無い外来植物です。明治12年(1879年)に、強心薬の原料として使われるために渡来しました。そのキツネノテブクロの葉は、「ジギタリス」という薬名で、日本薬局方第一版(明治19年)に収載されています。
なお、キツネノテブクロは、花がきれいなので、今はもっぱら園芸鑑賞のために育てられています。キツネノテブクロは、植物の中では少し珍しい二年草です。種をまいて、二年目に花が咲き、咲いたら枯れます。

写真1:園芸用のジギタリス各種(1)
写真1:園芸用のジギタリス各種(2)
写真1:園芸用のジギタリス各種

さまざまな色の花がありきれいですね。
注:(1)学名:Digitalis purpurea (2)英名:Foxglove、digitalis (3)和名:キツネノテブクロ(狐の手袋)
和名は英名からの翻訳

話を戻します。「ジギタリス」は心不全、不整脈、心不全に伴う足の浮腫の治療薬です。1785年頃から英国で「水腫治療薬」として使われるようになりました。「水腫」とは聞き慣れないですね。今なら、「浮腫」「むくみ」と呼称されるほうが普通でしょう。「水腫」の原因はさまざまですが、ジギタリスが効くのは「心不全が原因の水腫」です。心不全が進行すると水腫が生じます。ひどい水腫が生じるのは心不全の末期です。そのため、当時の「水腫」は死に直結する病(やまい)でした。次回詳述しますが、心臓病のことは当時ほとんど解明されていませんでした。足に「水腫」が出ると程なく死んでしまうのが普通でした。足の水腫がなぜ死に直結するか、全く解らなかったのです。そんな怖い病気だったのです。

そんな中、英国の医師ウィリアム・ウィザリング(William、Withering:1741-1799)はある発見をします。1775年頃、ウィザリング医師は「水腫を患った患者さん」を診察しました。それから1年が経ってもその患者さんは元気にしていました。それを見て「なぜだ?」と思ったのです。繰り返しになりますが、当時「水腫」を発症するとほどなく死んでしまうのが普通のことだったのです。
ウィザリング医師はこの患者さんから色々と話を聞き出します。そしてあることに気づきました。この患者さんはある秘薬を服用していました。イギリス西部のシュロップシャー州の老婆がさまざまな植物を用いて作った「秘薬」でした。この「秘薬」で「水腫」の治療をしていることを聞いたウィザリングは、(ここが偉いのですが!)この老婆の元を訪れて、「秘薬」ついて教えを請います。歴史に名を残すような人はこのあたりが違うのだと思います。

ウィザリング医師はこの老婆が用いている植物のうち「ジギタリス」の葉っぱが一番効きそうだとあたりをつけます。ウィザリングは植物に造詣の深い医師でした。医学史にはあまり書かれていないのですが、ウィザリングは一流の植物学者でした。ウィザリングはエディンバラ大学の出身ですが、その大学の先輩に医師で植物学者だったリチャード・パルトニー(Richard Pulteney、1730-1801)がいます。パルトニーは後年、スウェーデンの植物学者カール・フォン・リンネの著作を紹介した、「A general view of the writings of Linnaeus」(1781年)を著したくらい著名な植物学者です。ウィザリングは、多分、そのパルトニー医師の影響も受けていたので、医師として開業する傍ら、植物の研究をしていたのです。そして、ウィザリング医師も1776年に、
「A Botanical Arrangement of All the Vegetables Naturally Growing in Great Britain: With Descriptions of the Genera and Species, According to the System of the Celebrated Linnaeus. Being an Attempt to Render Them Familiar to Those who are Unacquainted with the Learned Languages. vol 1.2.」
という本を著します。「英国における植物研究の総説及び英国産植物の分類」に関する解説本ですね。この本は植物の分類を世界で初めて行ったリンネの分類法に沿って「英語」で書いています。
わざわざ英語と書いたのは、リンネの書いた「Species plantarum:植物の種誌」という植物分類の本はラテン語で書かれていたので、普通の英国人には読めなかったのです。要するにそのリンネの分類法に基づいた植物研究のことや英国の植物をリンネ流に分類した本をウィザリング医師は、英語で、書いたのです。
この本はベストセラーになり、版を重ねます。それくらいウィザリングは「植物」に精通していたのですね。この本には、もちろん「ジギタリス」も載っています。

話は戻ります。
無名の老婆の秘薬からヒントを得て「ジギタリスが水腫に効く」と思いつき研究すること10年。ウィザリング医師は1785年に「An Account of the Foxglove and Some of its Medical Uses: With Practical Remarks on Dropsy and other Diseases. (Published by M. Swinney for G. G. J. & J. Robinson)」という本を出版します(写真2、文献4)。

写真2:初版本の写真
写真2:初版本の写真

日本語にするなら「キツネノテブクロという薬草の持つ幾つかの医学的効能の重要性」でしょうか。初版本は、心臓病治療の歴史に残る本ですから、高級外車1台分くらいの額で取引されています。私も持っていますが、それは複製本で2,000円くらいです(笑)。この本は、ウィザリング医師が「ジギタリス」を用いて治療した163名の患者さんについて書かれています(余話4参考)。
もとより、ジギタリスという植物の何が効いているのか?全く解っていない頃の話です。ウィザリング医師はジギタリスのどの部分に「水腫」を治す力があるのか研究しています。花なのか?茎なのか?根なのか? 葉っぱなのか?を検討しています。そして葉っぱに水腫を治す効力があることを確かめます。同時に、どの時期の葉っぱをどのように使えばいいのかも記しています。当時すでに、ジギタリスを投与すると、嘔吐したり、脈がゆっくりになったりすることが記されています。それはジギタリス中毒の初期症状です。ジギタリスは多すぎると、中毒を起こし、少ないと効かないのです。ある意味とても厄介です。
そこで後年、考案されたのが「猫単位」です(前回をご参照ください)。
ジギタリスには興味深い話がたくさんあります。以下、次回に続きます。

【参考文献】

  • 診療寳典 山田豊(著) 明治堂 大正13年(1924年)
  • DIGITALIS DOSAGE CARY EGGLESTON, M.D. Arch Intern Med (Chic). 1915;XVI(1):1-32
    「猫単位」をジギタリスの力価判定に使用するように提案した論文です。
  • ジギタリス葉並びに強心配糖体の毒力検定法に関する実験 猫,鳩,蛙法による成績の比較 戸木田 菊次, 荒蒔 義知 東京大学医学部薬理学教室 日本薬理学雑誌 Vol. 48 (1952) No. 5 P 309-315
  • Withering, William (1785). An Account of the Foxglove and Some of its Medical Uses: With Practical Remarks on Dropsy and other Diseases. デジタル化されているので下記で読めます。
    http://www.gutenberg.org/ebooks/24886?msg=welcome_stranger
    digitalisがdigitalで読めるというちょっと高級な「だじゃれ」です(後述の「余話1」を参照されたく…笑)。
  • 世界を変えた薬用植物 ノーマン・テイラー(著) 難波恒雄・難波洋子(翻訳) 創元社(1972年):絶版
    良い本です。薬用薬物を考える上で必要な基礎知識を得ることが出来ます。再販または再翻訳出版をしてほしいです。

余話1:

ジギタリスは英語では「digitalis」と書きますが、その語源はラテン語の「指 (digitus)」です。前出の「写真1」にあるように、ジギタリスの花が指サックに似ていたことから付けられています。いわゆるデジタルも語源は一緒です。カズを指で数えることから、digitalという言葉ができているのですね。
医学用語に「Digital Examination」という言葉があります。略して「ジギタール」ということが多いのですが、これは直腸診のことです。指を肛門から直腸に入れて、直腸を検査する方法です。医師の基本手技の一つです。直腸診をすると直腸の腫瘍、痔疾、前立腺疾患、腹腔内膿瘍などが診断できます。外科医には必須の手技です。
ゴム手袋をして直腸診を行うのが普通ですが、若かりし日にある病院でとても有名な先生(今も外科の教科書に、ある大腸の病気を分類したことで、必ず紹介される有名な先生です。敢えて名を秘します)の「直腸診」を拝見したことがあります。その先生は、ゴム手袋をしないで直腸診をしていました。びっくりしたので、ゴム手袋をしないで直腸診をする理由を聞いたら、「素手で無いと直腸にある出来物が癌なのか良性のポリープなのか区別できない」と言っていました。「素手で直腸診は、私にはできません」と言ったら笑っていました。偉いヒトは違うのでしょう。

余話2:

リンネは植物、動物の分類で有名です。
スウェーデンの学者ですが、リンネの分類学を継いでいるのがロンドンリンネ協会です。現天皇陛下は「魚類学への貢献」により同協会の名誉会員になっています。2007年5月29日、同協会で開催されたリンネ誕生300年記念行事において「リンネと日本の分類学 -生誕300年を記念して-」と題した講演をなさっています。

余話3:

リンネはそれまで火星のシンボルマーク(戦いの神、マルスのマーク)だった「♂」マークを「雄:オス」のマークとして使っています。
今はそれが普通のことになっています。某サッカーチームのシンボルマークにもなっています。

写真3:某サッカーチーム

余話4:

ウィザリングが治療した163名患者さんの中には、進化論で有名なダーウィンの祖父エラズマス・ダーウィン医師(Erasmus Darwin:1731-1802:内科医です)から紹介された患者さんも入っています。エラズマス・ダーウィン医師は、ジギタリスの発見に関して、とんでもないことをしでかしています。
ジギタリスに水腫を治す効力があるのを発見したのは私だ!という論文を書いて、ウィザリング医師の発見を横取りしようと……詳細は次回に。

望月吉彦先生

望月吉彦先生

所属学会
日本胸部外科学会
日本外科学会
日本循環器学会
日本心臓血管外科学会
出身大学
鳥取大学医学部
経歴
東京慈恵会医科大学・助手(心臓外科学)
獨協医科大学教授(外科学・胸部)
足利赤十字病院 心臓血管外科部長
エミリオ森口クリニック 診療部長
医療法人社団エミリオ森口 理事長
芝浦スリーワンクリニック 院長

医療法人社団エミリオ森口 芝浦スリーワンクリニック
東京都港区芝浦1-3-10 チサンホテル浜松町1階
TEL:03-6779-8181
URL:http://www.emilio-moriguchi.or.jp/

※記事内の画像を使用する際は上記までご連絡ください。