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090:「一猫単位」から、お薬を考える(1)~お薬の効力=力価に関する考察(1)(望月吉彦先生) - ドクターズコラム

メディカルコラム

望月吉彦先生

更新日:2018/07/17

「力価:りきか」という言葉をご存じですか?

※猫好きの方は、お読みにならない方が良いです。

普段、お薬には「有効な成分が一定量含まれていること」が当然だと思って、処方しています。例えば「A」というお薬に「血圧を下げる」という効能があるとします。「血圧を下げる」という効能は、「A」というお薬にきちんと「血圧を下げる成分」が入っていないと発揮できません。
化学合成して作るお薬は、製造会社が違っても、あまり効き目が変わらないということになっているのでジェネリック医薬品が認められています※注。 しかし、それでもジェネリックでは効き目が悪いから、元のお薬に変えてくれという方がいらっしゃいます。もしかしたら、同じ薬(ということになっている)のジェネリック医薬品でも製造過程が違うことがあり得るので、製造方法、製造過程により「効き目」が違うのかもしれません。それは本来あってはいけないことです。
※注:ジェネリック=generic
元は「一般的な、包括的な」という意味を表す形容詞です。 転じて、特許期間の切れたお薬を他社が同一成分の薬を製造販売する際の薬を指す言葉として使われています。

お薬が、厚生労働省の認可を得て製造販売が許可されるためには、

  • そのお薬が効くか? 効かないか?
  • 同じ効能を持つ他のお薬比べて「効き目」が上回るか?
  • 効くとしたらその投与量はどれくらいか?
  • 副作用が生じるかどうか?
  • 安全性はどうか?

などの検査が必要です。当たり前ですが「効かない」と話は始まりません。効き目が良くて、安全性が高い薬が良い薬です。

皆さんは「力価:りきか」という言葉をご存じでしょうか?「力価」はお薬の効力を表します。化学合成したお薬では、成分が同じであれば効き目はあまり変わりません。しかし、生薬は違います。生薬というと、漢方薬が頭に浮かぶ方も多いと思いますが、それだけではありません。生薬とはブリタニカ大辞典によると、

「薬用にする目的をもって植物、鉱物、動物、昆虫、カビ、細菌などの全体あるいは一部、分泌物などをそのまま、あるいは乾燥またはこれに簡単な加工を施したもの。生薬のなかで大部分を占めるのは植物性生薬であり、医薬品の歴史は生薬で始まった。産地、原料の種別、生長度、湿度、光線などにより有効成分が異なる。」

とあります。カビから生まれたペニシリンは生薬です。「生薬」は数多く使われ、病気の治療に役立っています。
生薬の始原は植物です。野に生えている植物をお薬として、つまり「薬草」として使っていたのが、生薬の起源です。ひとつの植物だけで薬効が認められることもありますし、多くの植物を混合して初めて薬効を発揮することもあります。後者の代表が「漢方薬」です。前者の「一つの植物で効く生薬」は分析が進み、効いている成分(物質)がわかり、その物質を化学合成してお薬が作られています。
以前、ご紹介した長井長義先生が「麻黄という植物」から「エフェドリン」を抽出したのがその代表例です。エフェドリンのように成分がはっきりとして、化学合成もできる場合は効力に差はありません。
しかし、効果を発揮する物質が不明で植物をそのまま使う「植物性生薬」は産地により有効成分が変わります。つまり効き目が違います。同じ植物でも有効成分の入り具合が違うのですね。同じ種類のブドウから作られるワインの出来が産地で違うようなものです。

今回から数回、この「有効成分が変わる」部分にまつわる、とても興味深く、しかも大事なお話をしてみたいと思います。

「猫単位」を元にお薬を投与

こんなエピソードから始めたいと思います。
多くの医師、研究者は色々な学会に所属しています。学会で、自分の研究を発表したり、ほかの研究者の発表を聞いたりして勉強します。遠隔地の学会に参加する時は、折角行くのだから、勉強だけではなくて+αで「何か」をしようと企みます(笑)。ここで色々な個性がでます。

企みetc.

  • 学会会場周囲の観光地などの小旅行をする
  • 水族館、動物園に行く
  • 美味しいモノを食べに行く
  • 美味しいお酒を求めに行く
  • 美術館巡りをする
  • 博物館巡りをする
  • 釣りをしに行く
  • 蝶々を採取する

さまざまです。
「お前はどうだ?」と言われれば、1.5.6.+学会開催地の「古本屋」巡りをします。その地方独特の「本」を見つけることができるかもしれないからです。
最近はインターネットでの古書売買が普通になったことや新古書店が全国各地にできたためか、面白い本が見つかることが少なくなりました。しかし、古い大学、学校がある街では、時にとても面白い本に出会うことがあります。
今回紹介する本も、そういう旅(学会+α)で見つけた本の中の一冊です。この本で「植物性生薬の有効成分が変わること」を学びました。この本を読むまでは、そんなことは考えたことがありませんでした。新潟で1992年胸部学会があった時に学会場のすぐそばにあった古本屋で買った本です。

その本の名を【診療寳典(しんりょうほうてん)】と言います。
寳は宝の旧字体です。新字体なら「診療宝典」でしょう。古い本です。大正13年(1924年)に出版されています。100年近く前の本です。宝典は「貴重な書物、大切な本、日常用いて便利な内容の本」という意味ですね。現在なら、「今日の治療指針」と「今日の診断指針」(どちらも医学書院刊)を併せたような本です。大阪の開業医だった山田豊先生が、開業して15年、その間に勉強したことをまとめた本です。

写真1:診療寳典 表紙
写真1:診療寳典 表紙

写真2:値段
写真2:値段

写真3:診療寳典の著者、出版社
写真3:診療寳典の著者、出版社

次に目次をお示しします(写真4.5)。目次は「いろはにほへと順」になっています。「いろは順」に慣れていないと、とても解りづらいですね。

写真4:診療寳典 目次1
写真4:診療寳典 目次1

写真5:診療寳典 目次2
写真5:診療寳典 目次2

目次の一部の紹介です。
最初の項目が「陰萎(=ED)の原因と治療」です。ここだけでも、参考になりそうです(笑)。今も陰萎の治療に使われる「ヨヒンビン」が紹介されています。インスリンの製造方法も面白いです。この本が刊行された1924年当時の日本でどうやってインスリンを作っていたか?興味がわきませんか?
ちなみに、インスリンの発見は1922年にかけてです。1923年、インスリンの発見に対してノーベル賞が、フレデリック・バンティングとジョン・ジェームズ・リチャード・マクラウドの二人に授与されています。このインスリン製造方法がすでに1924年の日本で読むことができたのです。実際に作れたかどうかは不明です。

このように目次を見るだけでも楽しめます。新潟からの帰り道に楽しみました。この本は現在、国立国会図書館のデジタルライブラリーに収載されていて誰でも読めます(参考文献1)。この本の価値に気づいたどなたかが、デジタル化して残そうと考えたのだと思います。

さて、その本の中に凄い?項目がありました。私が生薬の有効成分や、お薬の力価などについて考えさせられた項目です。

写真6:診療寳典 ヂギタリスの項
写真6:診療寳典 ヂギタリスの項

旧字体ですので、読みづらいですね。
項目名は「心臓弁膜症代償機失調患者にヂギタリス製剤の用法」とあります。要するに心臓弁膜症患者さんが心不全に陥った時の「ヂギタリス(=ジギタリス)」の投与法が書いてあります。ジギタリスは強心利尿薬で、今でも普通に使われている薬です。
この項をわかりやすく翻案してみます。

“心臓弁膜症患者さんが心不全に陥った時には注射用のジギタリスは用いない。ジギタリスの粉末を経口投与して治療する。さまざまな投与法があるが、私(山田)が推奨する方法は「エグルストン氏法」である(参考文献2)。エグルストン氏法とは、すなわち、「一猫単位(!)」を用いてジギタリスの投与量を決定する方法である。一猫単位とは「体重1キログラム (瓩)の猫に、ジギタリスを注射し致死量を測定し、ミリグラム (瓱)に換算した値」である。エグルストン氏はこの一猫単位に0.0157とポンド(封度)換算した体重とをかけた値を100で割り、その量を1回の連用の極量として用いる” ~以下略~

つまり、
ジギタリスの投与量の目安=(一猫単位×0.0157×ポンド換算した患者さんの体重)/100
として、ジギタリス粉末の投与量を決めていたのですね。

猫単位の件(くだり)を読んで、思わず笑ってしまいました。要するに、猫さんには誠に申し訳ないのですが、ジギタリス粉末を溶かした液を猫に注射して、その致死量から「一猫単位」を求め、その「猫単位」を元にお薬を投与しているのですね。

なんでこんなに面倒くさいことをするのでしょうか?猫がかわいそうではないか?という声が聞こえてきそうです。でも必要だったのです。
ジギタリスというお薬は、今は化学合成されていますが、一昔前まで「ジギタリスという名前の植物の葉っぱ」から作られていました。その「葉っぱ」の持つお薬としての効力は、産地、日当たり具合、採集時刻、乾燥方法などで違うのです。まったく効力がない葉っぱもあれば、効力が極めて強い葉っぱがあったのです。それはワインの出来が畑により、あるいは日当たりにより、降水量、気温、湿度などにより、違ってしまうのと同じようなことでしょう。 ワインなら、美味い不味いで、済むのですが、ジギタリスは量が多すぎると中毒を生じ、死亡してしまうこともあり得ます。逆に量が少ないと効きません。今は化学合成したジギタリスが使えますが、当時は葉っぱから作られていて、産地によりかなり効き目に違いがあったのです
参考文献3には、某薬品会社が農家に依頼して栽培していたジギタリスの葉っぱを、その農家の方が間違って大量に食べてしまったけれど、何とも無かった(=つまりジギタリスに有効成分がほとんど含まれていなかった)逸話が紹介されています。それくらいジギタリスには「差」があるのですね。
ジギタリスの葉っぱの効力には、産地や収穫時期などさまざまな要因で、差があったのを、「猫単位」なる概念を案出して薬の効力を標準化しようとしたのですね。診療宝典に載っているくらいですから、日本でもこの方法がある程度は広まっていたのだと思います。
ジギタリスの葉っぱに含まれているさまざまな物質のうち、心不全治療に有効な成分(ジギトキシン)が同定されるまで(1962年)、葉っぱの効力測定には、猫単位のほかにもさまざまな方法が考案されています(次回ご紹介します)。

いずれにせよ、100年以上も前に患者さんに良質な医療を提供するために一生懸命お薬の効力を測定しようとした真面目な人々がいたことに畏怖の念を覚えます。
「猫単位」を思い出す度に、測定のために失われた多くの猫さんの命や、自分が今使っている「安全で安定した量が入っているジギタリス」が作られるまでの長い歴史に思い巡らせていると、柄にも無く少し、しんみりとします。

なお、ジギタリスの葉っぱを用いて作った製剤は「ジギタリス葉末」「ジギタリス末」と呼称され、2001年の第14版日本薬局方まで収載されていました。
次回に続きます。

写真7:ジギタリス開花前の全景
写真7:ジギタリス開花前の全景

写真8:ジギタリスの花1
写真8:ジギタリスの花1

写真9:ジギタリスの葉
写真9:ジギタリスの葉
ジギリタスの葉っぱ、これを乾燥させてお薬とします

写真10:ヂギタリス葉末
写真10:ヂギタリス葉末:トンボ商会 昭和20年以前(内藤記念くすり博物館
※この写真は同博物館のホームページにあり、同協会、同博物館の許可を得て掲載しています。

【参考文献】

  • 診療寳典 山田(著) 明治堂大正13年(1924年)
    国立国会図書館のデジタルライブラリーで読めます。お時間があるときに是非。面白いですよ。
    http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/935277
  • DIGITALIS DOSAGE CARY EGGLESTON, M.D. Arch Intern Med (Chic). 1915;XVI(1):1-32
    「エグルストン」が考案した「猫単位」の論文です。お読みになりたい方は連絡ください。電子媒体で供覧できるようにしてあります。
  • 『傷寒論』を講義してみた 桜井謙介(著)(2015年)
    元シオノギ製薬で生薬を研究していた方が、生薬とは何かについて書いています。名著ですが、入手は困難(私家版)です。ご興味がある方にはお貸しいたします。
  • 世界を変えた薬用植物 ノーマン・テイラー(著), 難波恒雄 難波洋子(翻訳) 創元社(1972年)
    良い本です。薬物を考える上で必要な基礎知識を得ることができます。再販または再翻訳出版をしてほしいです。

まったく関係無い余話:

ある本屋さんで本を買うために並んでいたら、私の前に並んでいたのが、タレントというかマラソンランナーやオリンピアンとしても有名な「猫ひろし」さんでした。 レジのお姉さんに「ニャー」と言って笑いをとっていました。カンボジアに行く前のことですから、随分昔のことです。

望月吉彦先生

望月吉彦先生

所属学会
日本胸部外科学会
日本外科学会
日本循環器学会
日本心臓血管外科学会
出身大学
鳥取大学医学部
経歴
東京慈恵会医科大学・助手(心臓外科学)
獨協医科大学教授(外科学・胸部)
足利赤十字病院 心臓血管外科部長
エミリオ森口クリニック 診療部長
医療法人社団エミリオ森口 理事長
芝浦スリーワンクリニック 院長

医療法人社団エミリオ森口 芝浦スリーワンクリニック
東京都港区芝浦1-3-10 チサンホテル浜松町1階
TEL:03-6779-8181
URL:http://www.emilio-moriguchi.or.jp/

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