疾患・特集

069:血管内治療について(6) 冠動脈疾患(20)(望月吉彦先生) - ドクターズコラム

メディカルコラム

望月吉彦先生

更新日:2017/9/19

Palmaz-Schatz STENTから薬剤溶出生ステントへ、その元はイースター島の土!

前回お話した冠動脈の治療に革命を起こした「Palmaz-Schatz STENT(パルマス シャッツ ステント)」ですが、術後遠隔期にステントが入っている部分に狭窄を生じることが問題となりました。その遠隔期のステント内狭窄予防に対する「答」のひとつが、薬剤溶出生ステント(Drug-ElutingStent:以下DESと略)です。ステント内の血管内膜の狭窄を予防する薬がステントから溶け出るように設計された特殊なステントがDESです。ステント骨格の金属表面に内膜狭窄を防ぐお薬を含んだポリマーを塗り、少しずつ、お薬が溶出するようにしたのです。おおむね、DESステント留置後、1ヵ月でお薬の8割が溶出するように設計されています。このようなDESに対して、「Palmaz-Schatz STENT」のように金属がむき出しになっている形のステントをbare-metal stent(BMS)と称します(bare:むき出し)。
DESが製品化された後、アメリカでは主にDESが使われ、欧州ではBMSの方が使われていたのですが、DESが改良されて使いやすくなると欧州でもBMSは使われなくなり、時代は「DES」の時代になりました。

ざっくり言うと、1990年代は「Palmaz-Schatz STENT」に代表されるBMSの時代。2000年代はDESの時代でした。現在は、まだ混沌としていますが、近い将来、ステントが時間とともに溶解し2~4年で消失する、「BRS(bioresorbable scaffold)」とか「BVS(bioresorbable vascular scaffold)」と呼称される「生体吸収性ステント」が主流になるだろうと言われていますが、まだ、どうなるかわかりません(注:「Scaffold(スキャッフォールド)」とは聞き慣れない言葉だと思います。仮の構造物を意味します)。

さて、今回は薬剤溶出生ステント(Drug-ElutingStent:DES)の紹介をしましょう。
BMSの長期成績で一番問題だったのが、「遠隔期の狭窄、それも血の塊(血栓)による狭窄では無くて、血管内膜の肥厚による狭窄」でした。この狭窄は、ステントによって広げられた血管に炎症が生じ、内膜が肥厚することにより生じるということが解りました。それなら、血管に炎症が生じないようなお薬をステントに塗布すれば良いと考えたのです。
血管に炎症が生じなければ、狭窄は生じないだろうという予想の元に、様々な研究がなされました。そしてある種の「免疫抑制剤」や「抗癌剤」に血管内膜肥厚を抑制する効果があることがわかりました。「免疫抑制剤」と言ってもたくさんあります。その中でも血管内膜肥厚抑制効果の強い「リムス系」の免疫抑制剤が使われるようになりました。シロリムス、エベロリムス、ゾタロリムス、バイオリムスです。すべて「リムス」が付いています。最初に見つかったのがシロリムスで、このシロリムスと共通のマクロライド環を有するシロリムス類似物質を「リムス系」の薬剤と言い習わしています。このリムス系の薬剤の内、冠動脈ステントに応用されたのは、シロリムスです。シロリムスは、イースター島の土から見つかっています。このシロリムスの発見の経緯は興味深いので、ご紹介しましょう。

1964年、カナダの科学探検隊がイースター島に行って土などを採取し、それを色々な研究機関に送って解析しました。それから時が流れ、なんと8年も経ってから(1972年になっています)カナダで働いていたインド人研究者スレン・セーガル(Suren Sehgal)がイースターの土に含まれていた放線菌「ストレプトマイセス・ハイグロスコピクス(Streptomyces hygroscopicus)」が分泌する物質を発見し特定、その物質をシロリムスと名付けました。別名をラパマイシンと言います。イースター島の現地での呼称「ラパ ヌイ」に由来します(ラパ ヌイとは「大きい島」「大地」の意)。
1972年にこの物質が見つけられましたが、その特性にはあまり注意が払われなかったようです。しかし、スレン・セーガルは粘り強く、研究を続け、ついに1987年、シロリムスに強い免疫抑制効果があることを発見しました。それからまた時が流れ、1999年、FDA(アメリカ食品医薬品局)の認可を受けて、主に腎移植後の免疫抑制剤として使用されるようになりました。1964年にカナダの探検隊がイースター島の土を採取してから33年も経っています。

話は少し変わります。
シロリムスよりは発見が後ですが、1984年、藤沢薬品(現アステラス製薬)の筑波研究所で、タクロリムス(tacrolimus)という免疫抑制物質が見つかりました。このタクロリムスは筑波山の土から見つかった「ストレプトマイセス・ツクバエンシス(Streptomyces tsukubaensis)」という放線菌が分泌する物質から見つかっています。「tacrolimus」の「t」は、筑波山の「t」です。製品名が決まるまで「FK506」とも呼ばれていました。Fは藤沢のFで、Kは開発のKだそうです(開発に携わった方に伺いましたので間違いないです)。シロリムスはタクロリムスよりも先に見つかっていたのですが、お薬として世に出たのは日本のタクロリムスが先、1993年です(後述の注1を参照ください)。

閑話休題、シロリムスに話を戻します。シロリムスには血管内膜増殖抑制作用があったのです。シロリムスの研究を続けていたインド人研究者スレン・セーガルですが、こういう研究の成果もあってか、1994年、カナダとアメリカの市民権を得ています。

以下、「リムス系薬剤」が塗布された薬物溶出性ステントの一覧です。

  1. シロリムス溶出ステント = CypherTM ジョンソン・エンド・ジョンソン社
  2. エベロリムス溶出ステント = XIENCETM アボット社
  3. ゾタリムス溶出生ステント = Resolute IntegrityTM メドトロニック社
  4. バイオリムス溶出生ステント = NoboriTM テルモ社(日本発のステント)

最初に世に出た薬物溶出性ステント(DES)がCypherTMで、シロリムスを塗布したステントです。1999年のことです。日本では2004年から使用が開始されました。CypherTMは一時、世界中を席巻しましたが、2011年6月、ジョンソン・エンド・ジョンソン社はその製造発売を中止しました。ジョンソン・エンド・ジョンソン社は、現在、ステント開発を中止しています。

リムス系免疫抑制剤のほかにもDESに使われている薬品があります。それが、抗癌剤として、様々な癌治療に使われている「パクリタキセル」です。このお薬にも血管内膜増殖抑制作用効果があることがわかり、DESに使用されています。
「パクリタキセル溶出ステント = TAXUSTM ボストンサイエンティフィック社」です。
この「パクリタキセル」は1967年米国アメリカ国立がん研究所のモンロー・エリオット・ウォールとマンスック・C・ワニがセイヨウイチイ (Taxus brevifolia:漢字で書くと、西洋一位)という木の樹皮から発見しています。後に、樹皮に存在する「内生菌」がパクリタキセルを分泌していることがわかりました。

要するに、DESに使われたシロリムスもパクリタキセルも「菌」が作っていたのです。大村智先生が川奈の土壌で発見した放線菌の産生する「イベルメクチン」も大きな話題になりました。「菌」はあちこちで役立っています。

今も、様々なステントが開発されては消えると言うことを繰り返しています。段々と良いステントが開発、改良されていけば良いですね。当たり前ですが、どんなに良いステントができても、ステント治療後の全身管理が必要です。もちろん、こういうステントが必要になるような動脈硬化性の病気にならないことはもっと大切です。
それには、糖尿病、高血圧、喫煙、コレステロール、肥満などの基本治療が必要です

注1:

余談です。藤沢薬品(現アステラス製薬)が開発に成功した「タクロリムス」は1993年5月に肝臓移植時の拒絶反応抑制剤として認可されています。シロリムスが日本で、「免疫抑制剤」として認可されたのはなんと!2014年、最近のことです。シロリムスが塗られているステントが日本で使用可能になったのが2004年です。10年の差があります。このことで多少の議論がありました。薬としてはまだ日本で認められていないシロリムスをステントに使っても良いかどうかの議論です。シロリムスは「免疫抑制剤」としてでは無く「血管内膜増殖抑制作用」を持った薬ということで、あくまでも薬物溶出性ステントに限りということで認可されました。

注2:

イースター島と言えばモイ像(写真1)が有名です。渋谷駅前にあるのはモイ像です。イースター島とは無関係で、伊豆新島産の「抗火石(コーガ石)」でできています。イースター島のモアイ像をまねて作ったのですね。渋谷駅だけでは無く、全国、あちこちに、このモヤイ像があります。なんと、私どものクリニックが入居している浜松町ビルディングの敷地内にもあります。それがこの写真2です。モヤイ像のモヤイとは船を「舫う:船をつなぐ、転じて「皆で一緒にいろんな行動をする」などの寓意が込められているそうです。

写真1
写真1:イースター島のモアイ像

モアイ像はカタチも特異で世界に類を見ません。5~20トンもあるモアイ像をどうやって移動させたのか不思議ですね。モアイ像の移動については、これまでにも多くの仮説が出されています。最近、話題になったのはカリフォルニア州立大学のカール・リポ博士が出した仮説です。モアイを歩かせて運んだのだろうという仮説です。「Nature」にカール・リポの仮説を確かめた動画が載っています。とても面白い動画です。こちらではカール・リポ博士の仮説も含め、これまでに考えられた「モアイ像移動に関する様々な仮説」をわかりやすく説明したアニメを見ることができます。当たり前の話ですが、どれが正解は解りません。是非、ご覧ください。

写真2
写真2:浜松町ビルディング敷地内のモヤイ像

写真3
写真3:その由来

注3:

薬剤溶出性ステントに使われたシロリムス(ラパマイシン)は、近年「不老不死」の薬として注目を浴びています。

  1. Harrison DE, et al. Rapamycin fed late in life extends lifespan in genetically heterogeneous mice. Nature. 2009;460(7253):392-395.
  2. Bitto, Alessandro, et al. "Transient rapamycin treatment can increase lifespan and healthspan in middle-aged mice." Elife 5 (2016): e16351.

ラパマイシンを餌に混ぜてた投与したラットは、ラパマイシンを投与していないラットよりも寿命が延びるという論文が2009年「NATURE」に載りました。その後、ラパマイシン投与と寿命に関する様々な後追い実験が出ています。ラパマイシンはたんぱく質代謝を遅らせる作用があるので、寿命が延びるのだろうと予想されています。しかし、免疫抑制作用もあるので、人間が使えば感染症にかかりやすくなるでしょう。これからもこのお薬からいろいろなことが解るかもしれません。

注4:

iPS創薬治験1例目 骨の難病、京大が世界初」という報道がなされました。
iPS細胞を用いて「進行性骨化性線維異形成症」という難病に効く薬を見つけていたところ、なんと、今回お話しさせていただいている「ラパマイシン」がこの病気に効くことが解り、実際に患者さんへのラパマイシンの投与が始まりました。「ラパマイシン」には様々な薬効があり、冠動脈治療に、免疫抑制剤に、抗がん剤にと様々な病気の治療に使われています。将来、さらに効能が増えるかもしれません。

最後になりましたが、あのモアイ像で有名なイースター島から、特殊なお薬が見つかったと思うと、何となく歴史、自然の面白さを感じます。

望月吉彦先生

望月吉彦先生

所属学会
日本胸部外科学会
日本外科学会
日本循環器学会
日本心臓血管外科学会
出身大学
鳥取大学医学部
経歴
東京慈恵会医科大学・助手(心臓外科学)
獨協医科大学教授(外科学・胸部)
足利赤十字病院 心臓血管外科部長
エミリオ森口クリニック 診療部長
医療法人社団エミリオ森口 理事長
芝浦スリーワンクリニック 院長

医療法人社団エミリオ森口 芝浦スリーワンクリニック
東京都港区芝浦1-3-10 チサンホテル浜松町1階
TEL:03-6779-8181
URL:http://www.emilio-moriguchi.or.jp/

※記事内の画像を使用する際は上記までご連絡ください。