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065:血管内治療について(2) 冠動脈疾患(16)(望月吉彦先生) - ドクターズコラム

メディカルコラム

望月吉彦先生

更新日:2017/7/24

前回、カテーテルによる血管内治療の創始者であるドッター先生とカテーテル製造業者のクック氏が二人三脚でカテーテル及びカテーテル関連製品の開発を行ったという話を紹介いたしました。
今回は、そのドッター先生が行った世界で最初の血管内カテーテル治療についてご紹介します。

世界で最初の血管内カテーテル治療

1963年のある日、ドッター先生は、造影剤が流れない(=閉塞していると思われていた)動脈を検査していました。いつものように、金属製のガイドワイヤーを使ってカテーテルを操作していたのです。その時、このガイドワイヤーが閉塞していると思われていた動脈部分を通過していることに気づきました。それまでの常識では、狭くなっている、あるいは閉塞している動脈にはカテーテルはもちろんのこと、ガイドワイヤーも通過しないと思われていたのです。この時、ドッター先生は、そういう狭くなっている血管でも細いワイヤーなら通過する可能性があることに気づいたのです。そして、閉塞部分を通過しやすいような工夫を凝らした特殊な治療用ガイドワイヤーと治療用のカテーテルを考案します。

簡単に説明すると、

  • 細い治療用の金属製ガイドワイヤーを狭くなっているかあるいは閉塞している血管に通す
  • 次に、このガイドワイヤーを中空のカテーテルに通します。そのカテーテルの先端は、ロケットの先端のように先細になっています。この先細カテーテルを、閉塞しているかあるいは狭くなった血管に通し、狭くなっている血管を広げる(このカテーテルの直径は2.5mm)
  • 次に(2)で用いたカテーテルよりもやや太い先細カテーテルを用いて狭くなっている血管をさらに広げる

以上のような方法で、動脈硬化で狭くなっている血管をカテーテルで広げようとしたのですね。凄い発想です。

実際にカテーテルができあがり、虎視眈々と、このカテーテルを用いた治療に適した患者さんが現れるのを待っていたところ、ようやく、このドッター先生の治療に適した患者さんが見つかりました。Ms.Laura Shawという女性で当時82歳でした(この方は世界で最初にカテーテルによる血管治療を受けたおかげで名前が医学史に残りました)。

1964年1月16日、世界で最初の血管内カテーテル治療がドッター先生とジャドキンス先生(Melvin P. Judkins:1922-85)の二人で行われました(文献1及び文末の追記も併せてご参照ください)。
患者さんの左足指は動脈硬化が原因で壊死して真っ黒になり、痛みを伴っていました。壊死した部分を放置すると、その周囲は感染を生じやすくなり、感染が原因の敗血症でお亡くなりになることも稀なことではありません。ですから、主治医の外科医は足の切断を彼女に提案していました。
その足の写真が図5です。

図5
図5

左がカテーテル治療前、 右が5ヵ月後です。
左図では動脈閉塞により足指が壊死した部分は黒く変色し硬くなっているのがわかります。
なんだ、5ヵ月後には、指が無くなっているのではないかと思われるかもしれませんが、左図のような写真の状態だと通常、段々と壊死部位が広がり足関節部くらいまで壊死部が広がることも多いのです。ですから、5ヵ月後に右図のような状態で壊死の進行が止まっているのは凄いことなのです。

この治療を行った血管造影が図6です。世界初の血管内の写真です。とても貴重な写真です。

図6
図6

A:治療前(矢印部分が閉塞しているように見える動脈)
B:カテーテル治療直後(閉塞部分が広がっているのがわかります)
C:カテーテル治療3週後(閉塞部分は良好に開存しています)

この治療終了後、効果は数分で現れ、冷たかった足が温かくなり、最終的に自分の足で歩けるまでに回復したと書かれています(文献1)。

手術をしないで治してしまう!外科医からは大きな反発が…

この世界初のカテーテルを用いた血管内治療の成功をきっかけに、ドッター先生は多くの方法を開発しました。
そのうちのひとつが、一旦広げた動脈内部にコイルスプリングを留置して、動脈が再び詰まるのを防ぐ方法です(文献4)。これが「ステント療法」の原法と言えます(文末にある追記2参照)。なお、ドッター先生の治療がうまく行けば行くほど、手術を要する患者さんが減ってきます。手術をしないで治してしまうので外科医とは敵対します。その証拠が図7です。

図7
図7

ドッター先生への血管造影の依頼書ですが、そこに太字で“VISUALIZE、 BUT DO NOT TRY TO FIX”と記載されているのがわかりますでしょうか?「造影をしてください。でも治療はしないように!」といったような意味でしょう。

ドッター先生の開発した方法はアメリカの外科医の仕事を奪うことになるかもしれないので、外科医からは大きな反発が起こりました。当時、まだ治療法としても未完成で合併症も多く、他の医師がドッター先生の方法を試してもなかなか上手くいかないなど、多くの問題点があったのです。始まったばかりの治療ですから、ある程度は仕方が無かったのだと思います。
いずれにせよ、ドッター先生は期せずして、外科医から敵視されるようになり、敵対する外科医から、とうとう
“Crazy Charlie”
というありがたくないニックネームを付けられます。そして長い間アメリカの医学界から、ドッター先生の方法は無視されてしまいました。

しかし、ヨーロッパの放射線科医はドッター先生の治療方法を受け入れて、この方法を「ドッタリング」と呼称するようになりました。 それがスイスで循環器内科をしていたドイツ人医師アンドレアス・グルンツィッヒ先生の目にとまり、今日のPCI、PTCAにつながっていきます。

【参考文献】

  1. Dotter CT, Judkins MP. Transluminal treatment of arteriosclerotic obstruction. Description of a new technic and a preliminary report of its application. Circulation 1964;30:654-70 世界で初めてカテーテルを用いた血管内治療の論文です。
  2. Charles Theodore Dotter. The father of intervention. Texas Heart Institute Journal 2001;28(1):28-38. ドッター先生の業績をまとめた論文です。追記1もご参照ください。
  3. The Society for Cardiovascular Angiography and Interventions http://www.scai.org/About/History/Legends/Detail.aspx?cId=b95d88fb-fa6e-4d7f-8701-08ffbca7654a The Society for Cardiovascular Angiography and Interventions にあるジャドキンス先生の紹介サイトです。追記1をご参照ください。
  4. Dotter CT, Buschmann RW, McKinney MK, Rosch J. Transluminal expandable nitinol coil stent grafting: preliminary report. Radiology 1983;147:259-60.

追記1:

世界で初めてドッター先生と一緒に血管治療を行い、ドッター先生の論文の共著者(上記文献2)となっているのは、Melvin P. Judkins, 先生です(1922-85)。“あの”と敢えて記しますが、あの「ジャドキンスカテーテル」の考案者です。ジャドキンスカテーテルは、冠動脈造影用カテーテルです。世界中で広く使われています。その名を知らない循環器内科医はいないでしょう。
このカテーテルには右冠動脈用と左冠動脈用の二種類があります。左右冠動脈の形にあわせて作られています。このカテーテルを使うとほとんどの患者さんで安全且つ容易に冠動脈造影ができます。
以前、クリーブランドクリニックのソーンズ先生が冠動脈造影法の創始者であることを紹介しました。ソーンズ先生の考案したソーンズカテーテルは、やや難しいテクニックを用いないと冠動脈造影ができません。しかし、ジャドキンスカテーテルはあまりそういった「テクニック」を要しないで冠動脈造影できる素晴らしいカテーテルです。
ジャドキンス先生はこのカテーテルに特許を取りませんでした。「このカテーテルに特許が無ければ、私の考案したカテーテルは誰でも作れる。そうすれば、このカテーテルが世界中に広がって安全に冠動脈検査ができるようになるだろう、そのことが一番大切だ」と述べています。ジャドキンス先生の予言通りになり、世界中でジャドキンスカテーテルは“標準使用”されるようになっています。とても良い話です。
そのジャドキンス先生ですが、大阪で働いていたことがあります。元は泌尿器科医で米国陸軍病院の医師として、1945-6年日本で働いていたのです。帰国後、家庭医として活躍後、放射線科医を志し、そこでカテーテル治療の創始者であるドッター先生と出会い、歴史に残る「ジャドキンスカテーテル」を考案したのです。日本で働いていたことがあると思うと、少し身近に感じます。

追記2:

「ステント」は、ロンドンで開業していたイギリス人歯科医のチャールズ・ステント(Charles Thomas Stent:1807-1885)の名前に由来します。
ステント先生が歯科治療用に考案した器具の商標が「STENT」でした。この「STENT」は中空の金属製の管です。現在血管治療に使われている「ステント」に形状が似ている治療器具(金属製の管)なので、なんとなく「STENT」と呼称されていますが、本来、心臓や血管とは無関係です。
泉下のCharles Stent先生は毎日、その名を世界中の病院で呼ばれてビックリしているのでは…

追記3:

参考文献2の Texas Heart Institute Journal は心臓病治療で世界的に有名なテキサス心臓病センターが出している雑誌です。先進的な心臓病治療の論文が載ることでも有名です。私も2回、同雑誌に論文を掲載してもらいました。良い思い出です。

  1. Left common carotid artery cannulation for type A aortic dissections.
    Mochizuki Y, Iida H, Mori H, Yamada Y, Miyoshi S.
    Tex Heart Inst J. 2003;30(2):128-9.
  2. Novel single-stage operation and inflow source: for thoracic aortic aneurysm and limb ischemia.
    Kawajiri H, Mochizuki Y, Kashima I.
    Tex Heart Inst J. 2011;38(5):547-8.

望月吉彦先生

望月吉彦先生

所属学会
日本胸部外科学会
日本外科学会
日本循環器学会
日本心臓血管外科学会
出身大学
鳥取大学医学部
経歴
東京慈恵会医科大学・助手(心臓外科学)
獨協医科大学教授(外科学・胸部)
足利赤十字病院 心臓血管外科部長
エミリオ森口クリニック 診療部長
医療法人社団エミリオ森口 理事長
芝浦スリーワンクリニック 院長

医療法人社団エミリオ森口 芝浦スリーワンクリニック
東京都港区芝浦1-3-10 チサンホテル浜松町1階
TEL:03-6779-8181
URL:http://www.emilio-moriguchi.or.jp/

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