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064:血管内治療について(1) 冠動脈疾患(15)(望月吉彦先生) - ドクターズコラム

メディカルコラム

望月吉彦先生

更新日:2017/7/10

前回まで、冠動脈バイパス術のことについてお話ししました。今回から数回にわたり「狭くなった血管をカテーテルで治療する方法」についてお伝えします。

カテーテルによる血管内治療は「ドッタリング法」から始まる

「カテーテル」とは「中空の柔らかい管、中に孔があいている管」のことです。ドイツ語では“Katheter”「カテーテル」と読みます。英語では“catheter”「キャシーター」と読みます。日本ではドイツ語読みの「カテーテル」という読み方が一般的です。
最近は風船付きのカテーテルを用いて狭くなった冠動脈を広げる治療や狭くなった冠動脈をステントで広げる治療などに関する話を聞くことが多いと思います。前回までご紹介した冠動脈バイパス術は狭くなった血管の先に「別な道」を作る手術ですが、カテーテルによる治療は「狭くなった動脈を広げる」治療です。ある意味、こちらの方が根本的治療とも言えます。

「カテーテル」につきましては、以前心臓カテーテル検査を創始したドイツ人医師フォルスマンについて本コラムでお伝えしました。再度お読みいただければ、幸いです(自分の血管を17回も切って実験を行った医師:フォルスマン)。

「カテーテル」の先端部分に風船を付けたのが、バルーンカテーテルです。そのバルーンカテーテルを発明し、狭くなった足の動脈や狭くなった冠動脈を広げる治療を世界で初めて創始したのはドイツ人医師のアンドレアス・グリュンツィッヒ先生(Andreas Grüntzig, 1939-1985)です。しかし、その元となった「カテーテルによる血管内治療」の創始者はアメリカの放射線医チャールズ・ドッター先生(Charles Theodore Dotter ,1920-1985)です。グリュンツィッヒ先生は

“自分が様々なカテーテルを考案して血管治療を行おう思ったきっかけはドッター先生の開発した「ドッタリング法(ドッター先生の名前からの命名です)」というカテーテル治療方法を知ったからである”

と書き記しています。
今回は、まずその「ドッタリング法」誕生秘話について紹介いたしましょう。

「ドッタリング法」誕生秘話

その前に、簡単にカテーテルの基本的操作方法について説明します。目的とする動脈に造影剤をいれて撮影するためには、カテーテル先端を目的とする血管まで進めることが必要です。しかし「言うは易く行うは難し」です。カテーテルは柔らかい上に血管は蛇行しているので、ただ単にカテーテルを血管の中に入れただけでは、目的とする血管に到達するのは容易ではありません。そこで考えられたのが、細い金属製のワイヤーを使用する方法です(このワイヤーのことをガイドワイヤーと言います。目的血管まで案内(ガイド)するという意味でしょう)。
カテーテルを目的血管に入れる前に、金属製のガイドワイヤーを、血管内に入れ目的とする血管のそばまで通します。ガイドワイヤーは金属ですから適度な硬さ、弾力性があり、目的血管までこのガイドワイヤーを通すのは、比較的容易です。そして、目的とする血管の近くまでこのガイドワイヤーが到達したら、このガイドワイヤーの反対側で、体の外に出ている部分を中空のカテーテル内に通します。つまり中空のカテーテル内にワイヤーが通っていることになります。カテーテルに「芯」ができたようになり、カテーテルを目的血管まで送り込むのが容易になります。これは基本的なカテーテル操作手技の一つです。

米国オレゴン大学病院でドッター先生も、この「ガイドワイヤーとカテーテル」を駆使した方法で、血管造影を行っていました。1963年のある日、いつものようにガイドワイヤーを操作していたら、完全に閉塞していると思われた箇所をこのガイドワイヤーが通過したのです。以前の医学常識では考えられない出来事です。いつものまたかと言われますが、『偶然=セレンディピティ』です。 彼はこの「偶然」を見逃しませんでした。完全に閉塞していると思われた血管でも、細いワイヤーが通るなら、この狭い箇所を通過するワイヤーを利用して治療用のカテーテルを狭くなっている箇所に通せば、血流が再開するのでは無いかと考えたのです。それがドッタリング法につながります。彼は普通の医師ではありませんでした。若い頃から、工学技術が好きで、こんな絵(図1)を書いています。この図は、パイプとレンチですが、彼は「故障したパイプをレンチで治すように、血管もレンチのような器具で治せるのでは無いか」と思いついてこの絵を描いたそうです。「栴檀(せんだん)は双葉より芳(かんば)し」ですね。

ドッター先生の書いた血管内治療予想図?
図1:ドッター先生の書いた血管内治療予想図?

それが後年、別なカタチで実現したのです。彼は、レンチでは無いですが、血管造影のための様々な器具を開発しました。例えば、カテーテル内を通すワイヤーを開発するのに「ギターの弦」や「車(フォルクスワーゲン)のスピードメーターのワイヤー」などを使ったのです。ほかにも様々なカテーテル検査、カテーテル治療のための器具を考案しては、ドッター先生の研究室の技術者に実際に作らせていたのです。

そして大げさに言えば、人類にとって幸せな巡り会いがシカゴで生じました。1963年のことです。現在も血管撮影、血管治療器具製造会社として世界一の売り上げを誇っている「Cook 社」の創業者のビル・クック氏(William Alfred "Bill"Cook,1931-2011)と出会ったのです。シカゴで開催されたRadiologic Society of North Americaという学会の展示場で二人は出会い意気投合します。

当時、クック氏は住んでいたアパートにあった狭い「SPARE BEDROOM(予備のベッドルーム)」でカテーテルを作る会社を起業したばかりでした。ドッター先生も自分の教室で作っている「手作りカテーテル、手作りガイドワイヤー」を商業ベースで制作してもらいたいと思っていた時でした。そういう二人が、ワイヤーが偶然に完全に閉塞した動脈を通った年(=1963年)に偶然、学会の展示場で出会ったのです。運命の出会いです。出会ってすぐに意気投合したのでしょう。会った日に、ドッター先生はクック氏が作っていたテフロンカテーテル10本とカテーテル成形用のガスバーナーを、クック氏から借り受けます。そして、ドッター先生は自分が泊まっていたホテルの一室でカテーテルを使いやすいように成形したのです。夜、ホテルでガスバーナーを使ってカテーテルをあぶりながら成形している姿を想像すると、私は映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のマッドサイエンティスト通称「ドク」を想起します。ドッター先生は同じような志を持つ起業家がいて、とても嬉しかったと思います。

クック氏は後年、この時のことを「このドッター先生が作った10本はあっと言う間に売れた。だから、ドッター先生は私の会社の最初の従業員だよ」と冗談交じりに回想しています。後年、クック氏はカテーテルの製造販売で米国史上に残る大富豪になりますが、「元はと言えばこの時の出会いからだ」と彼は回想しています。この出会いは、ドッター先生43歳、クック氏32歳の時の話です。お互いの情熱がわかるとても良い話です。

この出会いから、今のカテーテルによる血管内治療が始まったのです。ドッター先生がアイデアを出し、プロトタイプを作り、それをクック氏が製品化するという文字通りの二人三脚でカテーテル及びカテーテル関連製品の開発が始まりました。その関係はドッター先生が1985年に亡くなるまで続きました。お互い、幸せだったと思います。

図2:ドッター先生
図2:ドッター先生の写真です。

図3:クックさん
図3:クックさんの写真です。

図4:学会場でのクックさん(左)とドッター先生(右)
図4:学会場でのクックさん(左)とドッター先生(右)が写っている珍しい写真です。
図3、図4の写真はクック社よりご提供いただきました。ありがとうございました。

次回はいよいよドッター先生が行った世界で最初の血管内カテーテル治療についてご紹介します。

【参考文献】

  1. Dotter CT: Circulation 30, 654-670, 1964:
  2. Charles Theodore Dotter. The father of intervention. Tex Heart Inst J. 2001;28(1):28-38.
    ドッター先生の業績のまとめです。
  3. クックメディカル社
    このサイトはクックメディカル社のホームページです。創業者ビル・クックのことが詳しく書いてあります。ドッター先生との出会いについても書かれています。
  4. IVRの歩んできた道,歩む道(PDF)
    北海道大学の森田 穰先生がカテーテルの血管内治療についての歴史を書いています。細かいところまできちんと記されている素晴らしい文献です。

望月吉彦先生

望月吉彦先生

所属学会
日本胸部外科学会
日本外科学会
日本循環器学会
日本心臓血管外科学会
出身大学
鳥取大学医学部
経歴
東京慈恵会医科大学・助手(心臓外科学)
獨協医科大学教授(外科学・胸部)
足利赤十字病院 心臓血管外科部長
エミリオ森口クリニック 診療部長
医療法人社団エミリオ森口 理事長
芝浦スリーワンクリニック 院長

医療法人社団エミリオ森口 芝浦スリーワンクリニック
東京都港区芝浦1-3-10 チサンホテル浜松町1階
TEL:03-6779-8181
URL:http://www.emilio-moriguchi.or.jp/

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